親戚の者
久しぶりに親戚と会うのは楽しいですか?
ピンポーン
ピンポーン
(誰だ?こんな時間に)
和夫は呼鈴の音に眠りを妨げられた。夜中の2時を回った訪問者である。狭い安アパートにはインターホンなど無く薄いドア越しに応対した。
「はい、どちらさまで?」
『夜分、すみません。親戚の者です』
「はい?」
声の主は年配の男性の様だ。疑念を抱いた。親兄弟とでさえ疎遠なのに、親戚が訪ねて来る筈が無い。
「あ、失礼ですが、お名前は?」
『親戚の者です。和夫君』
表札には高木としか書いていない。下の名前を知っていて、尚且つ、ここの住所が分かる人物だ。
「あ!大家さんですか?」
『親戚の者ですよ』
恐怖を感じた。誰にせよ、夜中に訪ねて来る事自体、変であろう。
「あの、どんなご用件で?」
『和夫君、ドアを開けて下さい』
年代物のドアスコープは外の様子を伺い見るには、役に立たない。
「お名前とご用件を仰って下さい。でないと、ドアは開けられませんよ」
『親戚の者です。和夫君』
「誰なんです?ちゃんと話して下さいよ。意味がわからないですよ」
『和夫君!和夫君!』
今までに無い恐怖を感じた。ドアを開けてはいけない。
「ちゃんと話して下さらないなら、お帰り下さい。そうでなければ開けられません」
『親戚の者ですよ。親戚の者ですから開けて下さいよ』
これ以上、話しをしてはいけない。普通では無い事が起きている。
「お帰り下さい。さもないと通報しますよ」
その後は何の応答も無かった。和夫は数分経ってからドアを恐る恐る開け、外の様子を見た。誰もいなかった。
寝付けぬ布団の中で、様々な可能性を考えた。一番、納得できるのは、あの世へ向かう間際に死者が挨拶に来るという、よく聞く胡散臭い話だ。その手の話は、まったく信用しないが、今夜の一件は、それで片付けるしか無さそうだ。
いつしか和夫は眠りに落ちていった。
ピンポーン
ピンポーン
(誰だ?)
和夫は混濁した意識の中で、何とか体を起こした。時計に目をやると2時を少し回ったところだ。カーテンの隙間から光が差していない。夜中の様だ。
(ん?あのまま一日中寝ていたのか?)
「どなたですか?」」
和夫は起きたばかりの布団の上から声をあげた。
『親戚の者です』
昨日と同じ、いや、ついさっきと同じ?時間の経過がまるで理解できない。夢なのか?ドアまで素早く歩み寄る。
「誰なんですか?何で、うちにやって来るんです?」
『和夫君、開けて下さいよ』
「いい加減にしろ!誰なんだよ!」
『親戚の者です。親戚の者ですよ』
恐怖と怒りが入り混じる中で、ドアだけは絶対に開けてはいけないと自身に言い聞かせた。
「名前だよ!名前は何だ?用件は何だよ!」
『親戚の者ですよ。開けて下さい』
「帰れ帰れ!帰れったら帰れ!」
感情の留め金が外れた和夫は大声を出し、その場にしゃがみ込んだ。外からの応答は無くなっていた。
和夫は朝になったら、久しく連絡を取っていない実家に電話してみようと考えた。どんな些細な事でもいい。手掛かりになる話が聞ければと。目指し時計を普段より少し早めにセットし、普段はあまり飲まない強めの酒を飲み、布団に入った。いつしか眠りに落ちた。
ピンポーン
ピンポーン
(……………)
夢なのか現実なのか、まるで理解出来ない。
『夜分にすみません。親戚の者です』
布団に入ったまま、無視し続けようと考えた。どうせ、放っておけば帰るだろうと。
『和夫君!和夫君!開けて下さい!』
『和夫君!親戚の者ですから!』
『和夫君!和夫君!和夫君!和夫君!』
布団の中で恐怖に震えた。いったい何が起きてるのか?朝はやって来たのか?恐る恐る時計を見ると、2時過ぎだ。時間が動いていないのか?そんな筈は無い。
「もう、止めて下さいよ!何でこんな事するんだよ!」
布団の中から大声で叫んだ。
『和夫君、親戚の者ですよ。開けて下さいよ』
もう、気が変になりそうだ。和夫は声にならない悲鳴をあげた。震えながら声を振り絞って言った。
「帰れー!帰れ帰れ帰れー!」
意識がもうろうとした。急激な眠気が襲ってくる。外の様子など、どうでもいいと思える程の眠気だ。和夫は眠りに落ちていった。
ピンポーン
ピンポーン
ドンドン
ドアを叩く音もする。
『高木さん!高木さん!居るんでしょ?開けて開けて!鍵開けて入るよ!』
このアパートの大家だ。手早く解錠して部屋の中に入った。2人の男が後に続く。
『うわぁー』
大家は悲鳴をあげた。2人の制服姿の男は素早く部屋の中に入り込み、事の真相を、ただちに理解した。肩に付けた無線機のマイクを握り、喋りだした。
【異臭通報の件、現場確認しましたところ、変死体を発見。続けて、現場捜査をする】
和夫は親戚の者と会ったのだろうか?