8/売られた男、聖樹と出会う
カレンドラに連れられて、鬱蒼とした森を抜けた先には、俺が想像していた以上の光景が広がっていた。
城壁のように高い生垣が森林地帯の只中にそびえ立ち、森の一部を切り取っている。それでいて、壁を構成する枝葉は光も風も通さないほど密集しているわけではない。むしろ壁のそこかしこに大小の隙間を目視できる程だ。
全体が木漏れ日で輝き、風が吹くたびに緑の薫りを漂わせる、生きた城壁。
そんな代物が俺の前に立ち塞がっていた。
「こいつは、凄いな……」
「すごいです……」
素直に感嘆の声を上げたのは俺とラールだった。ヴェルメリオは腕を組んで面白そうに城壁を見上げていて、レイズルは神経質に辺りを見渡し警戒を続けている。そしてリリィは大した感慨もなさそうに、カレンドラと一緒に先頭を歩いていた。
緑の城壁の手前でカレンドラが立ち止まる。
「リリィ様とユージ様以外のお方はここまでとさせてください。他の方々は、壁外の樹館にご案内致します。そこでお待ちを」
「ジュカン?」
「樹木で作られた館です。大きさは外でいう小屋程度ですが」
首を傾げたヴェルメリオに答えながら、カレンドラは壁面に手を触れた。その箇所の枝が動き、人間が通れる大きさの穴が開いた。壁に扉や門が見当たらないと思ったら、こうやって出入口を作る仕組みになっていたらしい。
「リリィ様。後はよろしくお願い致します」
「分かってるわよ」
「あれ、カレンドラさんは一緒に来ないんですか?」
入口の脇に避けたカレンドラを見て、つい思ったままのことを聞いてしまう。てっきり聖樹様とやらの場所まで案内してくれると思っていたのだが。
「私はお客様方をご案内しなければなりませんから。エベノスの里の聖樹様までの道のりは、リリィ様もよくご存知と思われますし」
「そういうこと。さ、行きましょ」
リリィに先導されて壁の穴を潜る。俺が通り抜けると、穴はすぐに閉じてしまった。
壁の向こうの風景は以外にも壁の外と大差ないように見えた。しばらく歩いていると、幹が太く歪んだ大樹が立ち並ぶ場所に出た。見たこともない木だ。幹は巨岩か何かと見間違いそうになるほどで、ところどころ異様に大きく膨らんだ瘤があり、その上には空を覆い隠す勢いで枝葉が広がっている。
俺はリリィの後を歩きながら、きょろきょろとあたりを見渡した。この辺りは壁の外と気色が違うが、誰かが住んでいるような建物は見当たらない。
「なぁ、エベノスの里はまだ先なのか?」
「え? もう里の中だけど」
「嘘っ!?」
「誰がこんなとこで嘘なんかつくのよ……ほら、あれ」
リリィは歪んだ大樹の幹にできた瘤を指差した。よくよく目を凝らすと、瘤には窓状の穴がいくつも開いていて、内部は空洞になっているらしかった。
瘤の穴を見つめていると、穴の縁から金色の髪をした人影がひょっこりと現れ、すぐに引っ込んでしまった。
「わっ、誰かいた! ……あれ全部が家なのか?」
「あれがさっき言ってた樹館ね」
「へぇ……木で造られてるっていうから、木造の家なのかと思ったら。本当に木そのものだったのか」
それを理解した上で改めて大樹を見ると、人間が暮らしている痕跡がそこかしこに見つかった。プランターらしきものが瘤に開いた穴からぶら下がり、幹の根元には瓢箪に似た寸胴で一抱えもある容器が何個も置いてある。
「階段は見当たらないけど、どうやって部屋まで登るんだろうな」
「ツタが何本か垂れ下がってるでしょ。あれを精霊術で操って昇り降りするのよ」
「精霊術使うの前提かぁ……そりゃそうだ」
「うちの集落だと、幹にも穴を開けて内側に階段を作ることもあるんだけど。ここの里は保守的だから昔ながらの建て方しかしないのよ」
静かな集落を横切っていく。住人達は依然として姿を現そうとしない。時折、さっきのように窓からこちらを伺うことはあるが、決して外に出て来ないのだ。
あちらの立場になって考えれば、無理もないことだ。
俺は集落どころか世界レベルの余所者で、リリィは方針が対立する里の者。にこやかに歓迎できる相手ではない。むしろ歓迎されたら怖い。油断させて後でこっそり……なんて失礼な妄想をしてしまいそうだ。
やがて、壁の外とも樹館が並んだところとも違う風景の場所に出た。
「…………」
言葉が出ない。
澄み切った湧き水を生み出す泉。水面に映る空の青と木々の緑。泉の中央の小島にそそり立つ壮大な大樹。エレメンティアに来てから色々な風景を見てきたが、今までに出会ったどの風景よりも幻想的だ。
そして最も異質だったのは、大樹の幹に人間の上半身のような模様が浮き彫りになっていることだ。喩えるならば木彫の胸像。彫りが深く険のある顔の男が、瞼を閉じ俯き気味に眠っているような――
「聖樹様。サンダノン郷のリリィ、仰せにより罷り越しました」
リリィが前に進み出て、泉の淵で跪き片膝を突いた。
ざぁっと風が吹く。
その風音に織り込まれるようにして、何者かの威厳ある声が心の奥底へ届く。
『――……来たか、サンダノンの新芽よ』
誰に説明されるでもなく、直感的に理解する。これはあの大樹の声だと。
『異界の虚無を手に入れたそうだな――』
「……はい」
『――空白の力を以て何を為す。報復か。根絶か』
「鉱床の民は我々の森を望むままに切り取ろうとしています。それは防がなければならないはずです。だから……」
『偽りだな』
リリィは言葉を詰まらせた。
一際強い風が吹き抜ける。
『お前の目的は報復。復讐であろう。残された物を護るのではなく、奪われた物を奪い返すこと』
「……」
『それが即ち悪であるとは言わん。我らの選択が必ずしも正しいとも言わん。屈従を拒み報復を成すのも道理。だが――その達成、叶うものか? 叶わぬならば止めることも、また我ら聖樹の務め』
「それは……」
リリィは一瞬だけ、肩越しに俺を見た。
「そのための、空白の力。そのためのブランクコードです」
俺は二人、いや、一人と一樹のやりとりを、立ち尽くしたまま聞いていることしかできなかった。
語りの表現こそ難解だが、つまりはこういうことだろう。
聖樹はリリィがブランクコードを味方にした事実を確認し、その目的を問い質した。
リリィはその問いに、鉱床の民ゲノムスから、つまりガウディウム共和国から森を守るためと答えたが、聖樹は奪われた森を取り返すことこそが目的だと見抜いた。
森を守ることがリリィの本当の望みでないことは、俺にも分かっていた。リリィが抱いている願い、それは数日前に連れて行かれた湖の小島と、かつてそこにあった『神聖な森』を取り戻すこと――
聖樹はリリィの願いを否定せず、それでいて自分達の方針を肯定せず、リリィの目的は本当に成就できることなのかと問いかけた。
リリィの答えは、ブランクコードがいれば果たせる、だった。
『異界の虚無か……毒を以て毒を制すもまた道理。だが、その者はどうなる。我らの諍いに巻き込み、命すら失いかねぬ宿命を背負わす覚悟はあるか』
「……っ、それは……!」
「それは問題ありません!」
思わず俺は声を上げていた。
リリィが驚いた顔で振り返る。
「俺は天蓋寺の手でここに連れて来られました。元の世界に戻る手段は天蓋寺と共和国だけが持っているんでしょう? それなら俺は奴らと戦わなきゃならない。リリィと同じです!」
聖樹は応えない。まさか言葉が通じなかったのかという焦りが、今更になってじわりと心に滲む。だが、それは杞憂に過ぎなかった。
『故郷への帰還を望む者同士……か。打ち倒すべき敵を同じくするならば、命を賭すことになろうとも――』
ざああっ、と旋風が巻き上がる。
目を開いていられないほどの風の中、聖樹の言葉だけが脳髄に響く。
『最後に問おう、異界の虚無よ。お前の願いが、この者の助力を得ずとも叶うとすれば、お前はこの者を見捨てるか――?』
「そんなわけ……ない!」
逆風に負けじと声を張り上げる。
リリィは何度も俺を助けてくれた。例え、リリィがいなくなっても俺の目的――天蓋寺に一泡吹かせて元の世界に帰ること――が果たせるとしても、これまでに受けてきた恩だけは必ず返すつもりだ。
さもなければ、俺は俺を許せなくなる。
『その想い、努忘れるな――』
声が消えて、風が止んでいく。
そっと瞼を開けると、目の前にリリィの顔があった。
「うわあっ!」
「驚きたいのはこっちよ。聖樹様にあんな態度が取れるなんて、やっぱり知らぬが花っていうのは本当なのね」
「んなこと言われても……」
聖樹様なる存在がどれだけ重要なのか、知識もなければ実感もないのだから仕方がないだろう。先程の件で只者ではないというのはよく分かったが、森羅の民シルヴァにとっての重要性は未だに理解の外だ。
何気なく、聖樹の方に視線を向ける。幹の表面に浮き出ていた人型の隆起は、いつの間にか姿を消していた。
「とにかく。もう大丈夫なら皆のところに戻ろう」
「……そうね。待たせ過ぎたら大変だし」
「ヴェルメリオに気遣いしてるのか?」
「まさか。怒らせて暴れられたら大変でしょう」
聖樹のそびえる泉を後にし、雑談を交わしながら生垣の城門へ引き返していく。
エベノスの住人達は帰りにも姿を見せてはくれなかった。窓や物陰からこちらを伺っているのは分かるのだけれど。
「それにしても、聖樹様からお呼びがかかったときはどうなることかと思ったけど、何事もなく終わって良かったわ」
「多分、リリィが本当に目的を達成できるのか確かめたかったんだろうな」
行きとは違って道のりを把握しているので、リリィの後ろではなく横について歩く。なので会話も横顔を見ながらだ。
横から眺めたリリィの表情は、どこか嬉しそうだった。
「そういえば、カレンドラに非活性呪法がどうとか言ってたけど、それってどういうものなんだ?」
「ああ、それ? 簡単にいえば精霊術の先掛けってところね。誰かが何かに術を掛ける前に、予め『精霊術を受けても反応するな』っていう命令を与えておくの。大都市だと、精霊術師総動員で土の精霊に非活性呪法を掛ける場合もあるって話」
何となくいつもより饒舌に喋っているようだ。やはり機嫌がいいらしい。
「エベノスの場合は住人総掛かりで領地全体の森に掛けてあるから、住人以外は直接樹木を操れなくなってるわけ。だから私も、この森だとわざわざ植物の精霊筒を使わなきゃいけないのよ」
そう言って、リリィは腰のポシェットを軽く叩いた。
思えば、湖の島を見せてもらったとき、リリィは精霊筒を使わずに植物を操っていた。町の広場での一件では精霊筒を使って植物を出していたが、本来は自然の植物なら精霊筒なしでも精霊術を行使できるのだろう。
ふと、懐かしい記憶が蘇る。懐かしいとはいえ数日前の事なのだが。
「初めて会ったとき、森の中なのに植物の精霊筒を使おうとしてたよな。それを俺が拾って、腕がとんでもない形になっちまって」
右手に視線を落とし苦笑する。
「あの森もエベノスの森だったのか?」
「……よく覚えてるわね。ご明察。あそこにも非活性呪法が掛かってたわ。エベノスは共和国に敵対放棄してるから、エベノスの領地は森を迂回せずに直進するときの輸送経路として頻繁に使われるの」
共和国からフォルミド王国へ商品として扱われていた俺も、その輸送ルートを使って運ばれていたということか。
俺はこの辺りの土地勘がないので、これまで色々な出来事に遭遇した場所が、それぞれどんな位置関係にあるのか把握しきれていなかったが、こうやって聞くと意外に狭い範囲でしか動いていない気分になってくる。
「……なぁ、リリィ? 今回呼び出し食らった理由って、もしかしてここの土地で共和国の馬車を襲ったりしたからじゃないのか……?」
「うっ……私も薄々思っていたことを……」
「リリィってさ……頭良い割にときどき抜けてるよな」
「う、うるさいわね!」
顔を赤くしたリリィに食って掛かられる。肌が透き通るように白いので、こういうときは顔色の変化が物凄く分かりやすい。
樹館が並んでいる場所で二人して騒ぎ立ててしまったので、住人達が何だ何だとばかりに顔を出す。それに気付いたリリィは余計に頬を紅潮させ、俺の手を引っ掴むと駆け足で街を出ようとした。
――その瞬間、バラエナ河の方角に閃光が降り、大気を割く轟音が鳴り響いた。
閃光と轟音に追い散らされるように、エベノスの住人達が姿を消す。
落雷だ。それは一瞬で理解した。しかし、空がこんなにも晴れ渡っているというのに、落雷が自然発生するなんて思えない。ならば可能性はただ一つ。
「リリィ! 今の精霊術か!」
「分からない……けど、そうとしか……!」
俺とリリィはどちらからともなく走り出していた。
生垣の城壁まであと少しのところで、城壁を構成する枝葉が動いて出入口が生じ、カレンドラが内側に駆け込んできた。
「リリィ様! ちょうど良かった、早くご出発を! 私はこの件を郷長に報告しなければ!」
「報告って、カサンドラ! 何があったの!」
「共和国の精霊術師です!」
その一言でリリィの表情がこわばる。急いで外にでると、バラエナ河の方へ向かうヴェルメリオ達の背中が見えた。
「ヴェルメリオ!」
「ユージか。二人とも何ともなかったみたいだな。しっかし……」
急いで追い付くと、ヴェルメリオは真剣な表情で俺を一瞥し、すぐにバラエナ河の方を見やる。ヴェルメリオの傍らでは、ラールが木で作られたバスケットを抱いて不安げな表情を浮かべ、レイズルがそれを庇うように前に出ていた。
「今の精霊術、普通じゃねぇぞ」
「そうなのか?」
ああ、とヴェルメリオが頷く。
「火と風の元素……雷の精霊術さ。理論上は知られてる術なんだが、実際にやれる奴は殆どいないって話だ」
「精霊術はその対象をしっかり思い浮かべることが重要。けど、雷なんて空の上で起こる現象、ハッキリ想像できるわけがないでしょう。だから極端に使い手が少ないのよ」
リリィも口を揃えて、あの雷の異常性を肯定した。
言われてみればそうかもしれない。俺は日常生活の中で、雷の映像や写真を数えきれないほど見てきたし、電気の仕組みも中学校や高校でちゃんと習っている。しかし、精霊術が生活の中心になっているこの世界に電化製品は存在しないだろうし、映像メディアの類を見かけたこともない。
俺が精霊の働きをイメージできないように、エレメンティアの住人が雷や電気の働きをイメージできなくても不思議はない。
そんな状況で雷の精霊術を操れる奴がいるとすれば、雷と日常的に接していたか、雷を入念に観察し続けていたか、あるいは俺のように画像や映像で記録された雷を気軽に見られる環境にいたか――
「そんな奴が、どうしてここに……?」
「んなことあたしが知るかよ。とにかく、船が壊されてたら洒落にならねぇ。急ぐぞ」
ヴェルメリオに急かされて再び走り出す。
ようやくバラエナ河の水面が見えてきたところで、先頭を走っていたリリィが急に立ち止まった。
「止まって。誰かいる」
俺達の進行方向上、バラエナ河との間あたりに二人の人間が立ち塞がっていた。
一人は黒い外套を羽織り黒い帽子を被った長身の男。もう一人は黒髪を長く伸ばした少女。どちらも不可解なまでににこやかな笑みを浮かべている。
「はじめまして、リリィ・サンダノン嬢。太陽の女盗賊ヴェルメリオ殿。ブランクコードユージ・オニツカ殿」
黒外套の男が帽子を脱ぎ、恭しく一礼をする。
「わたくし、ガウディウム共和国筆頭氏族のひとつ、セプテントリオの末席ジョーカル・メルクリオ・セプテントリオと申します」
男の瞳は真昼の猫のように細く尖っていた。鉱床の民ペトラスの身体的特徴だ。リリィはいよいよ不快さを隠さないようになり、吐き捨てるように口を開いた。
「私達に何の用?」
「いえいえ。本来の用件はエベノス郷への訪問ですよ。協力国各国への定期的な表敬訪問が習わしとなっておりまして。貴女方と居合わせたのはただの偶然。せっかくですので、穏健に交渉を進めているサンダノン郷のご令嬢にお目通り願おうかと思いまして」
「何が表敬よ……何が穏健よ!」
冷静さを失い強行手段に訴えかけたリリィの肩を、ヴェルメリオが掴み止めた。
「よせ。思う壺だ」
「……っ!」
「それより大使さんよ。そっちの女は何者だ? 見たところペトラスじゃなさそうだが」
ヴェルメリオは黒い長髪の少女を顎で示した。彼女の瞳は丸く、肌の色もペトラスとは違う。それ以前に、彼女のような外見的特徴を持つ人間を、これまでエレメンティアで見たことがない。
だが、俺は彼女のような人間に見覚えがあった。それこそ飽きるほどに。
「彼女はわたくしが護衛を依頼した傭兵です。我が共和国は国家規模に対して人材が少なすぎることが悩みでして。アリマ嬢、自己紹介を」
「ん、ボク?」
少女が一歩前に進み出る。
俺はリリィから預かった精霊筒をいつでも取り出せるように身構えた。
「有馬鈴蘭。鈴蘭が名前で有馬が苗字ね。よく間違えられるんだけど」
「――っ!」
やはりそうだ!
俺の態度がおかしいことに気がついたのか、ヴェルメリオが怪訝な目を向けてくる。
「おい、どうしたユージ」
「気をつけろ。こいつ……ブランクコードだ」
リリィとヴェルメリオが息を呑む気配がする。俺はその間も有馬鈴蘭と名乗った『俺と同じ国の名前を名乗る少女』から視線を逸らさずにいた。俺の世界から来た人間、それもこんな女の子が傭兵なんてやれるとしたら、俺と同じブランクコードである以外に考えられない。
鈴蘭は口の端を上げて笑うと、掌を胸の前でパンと打ち鳴らした。
「そっか。名前を聞いたときにさ、なーんか親近感あるなぁって思ってたんだ。君もボクと同じブランクコード。ボクと同じ地球人。ボクと同じ日本人。懐かしいなぁ……ねぇ、ボクと一緒に傭兵しない?」
あっけらかんとした態度でそんなことを言われる。
「異世界人と行動するよりも、身内同士で組んだほうが気楽だと思うんだ。ボク結構強いし、一緒に傭兵やったらこっちで大活躍できるよ」
「お断りだ」
「えー?」
すかさず即答してやったのだが、鈴蘭はきょとんとした表情で俺を見ていた。まるで、俺の答えが理解できないと言わんばかりに。
「それもそっか。そうだよね、当然だ」
鈴蘭がゆらりと片腕を上げる。指の間に三本の精霊筒――それぞれ赤、薄緑、鈍色の光を帯びた筒が握られている。俺も咄嗟に、手持ちの精霊筒から数本を掴み取った。
本能レベルの警報が脳内に鳴り響く。
こいつはヤバい女だ。
戦いの強さがどうこうという方向ではない。人格がひたすらにヤバい――!
「ボクがどれだけ強いか知らないんじゃ、仕方ないよね! 教えてあげるよ鬼束勇司!」
鈴蘭が壊れた笑顔のまま、三本の精霊筒を一度に首筋へ突き立てる。
俺も反射的に、手にしていた精霊筒の一本を首筋に当てた。
複数の色が混ざり合った精霊の光が、辺り一帯を包み込む。光が消えるより早く、俺は有馬鈴蘭目掛けて駆け出していた――