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6/売られた男、機巧船と出会う

 広場の騒動から一昼夜。

 俺達はガウディウム共和国の目から姿を隠すため、太陽の盗賊団がキープしている隠れ家の一つを訪れていた。隠れ家といっても森や山の奥にあるわけではなく、徒歩で半日程度の距離に建てられた大河の畔の小さな小屋だ。

 ちなみに、しばらくどこかに身を隠そうというのはリリィの発案で、この隠れ家を使うのはヴェルメリオの提案だ。今回も俺は何の役にも立てていない。


「それで、今後の行動指針についてなんだけど……」


 リリィはダイニングルームにあたる部屋を見渡し、そこに集まった盗賊達を睥睨した。盗賊団は頭領のヴェルメリオを含めた全員が揃っている。ただし、その手に果実酒を満たした木製のコップを携えて。


「何で! 飲酒に! 走ってるの!」


 言葉を切るたびにテーブルをバンバンと叩き、憤りを全身でアピールする。

 俺はといえば、そんなリリィの隣に座って、ただ苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ん? そりゃ全員無事だったんだから、祝いの酒は必要だろ」


 当然だと言わんばかりにヴェルメリオが答える。

 頭領であるヴェルメリオの主張に、他の盗賊達も頷いて同意する。その動作は示し合わせたように揃っていた。


「それに酔い潰れるようなキツイ酒じゃなくて、果汁感覚の軽い酒にしてるんだ。これくらいは問題ないって」

「うんうん」


 またも呼吸の揃った相槌だ。


「あああっ、こいつらはほんっと……! 定期的にアルコールを注がないと精霊が鎮火しちゃう構造なんじゃないかしら!」


 顔を赤くして憤るリリィ。俺はリリィの肩に手を置いてなだめることしかできない。 この場でリリィは圧倒的少数派なのだ。こちらのペースに合わせさせるのは諦めて、彼らの豪快さに慣れる努力をしたほうがいい。ちなみに俺はとっくに諦めた。

 多少油断することはあるが基本的に生真面目で理屈屋のリリィと、豪快かつ気楽で直球勝負のヴェルメリオ。性格的にも面白いくらい正反対な上、植物属性と火属性で種族レベルの相性まで最悪ときた。

 これはもう誰かが間に入らないとろくな事にならないだろう。


「とりあえず、飲みながらでも話を聞いてもらったらどうだ?」

「……しょうがないわね」


 リリィはしぶしぶ話を切り出した。


「こちらが提案する行動方針は、まず私の別行動中の仲間と合流することね。そうしないと次の行動が起こせないわ。問題は合流地点まで向かう方法なんだけど……」

「何か問題でもあんのか? レイズル、地図持ってこい」


 ヴェルメリオが可愛い顔立ちをした少年に命令する。レイズルと呼ばれた少年は部屋の片隅に丸められていた地図を持ってきて、テーブルに広げた。俺とリリィ、そしてヴェルメリオがその地図を覗き込む。


「このアジトはここだな」

「で、合流予定地点はここ」


 リリィとヴェルメリオがそれぞれ地図上の違う場所を指さす。

 合流地点は隠れ家が隣接している大河――バラエナ河の岸辺に位置している。具体的に表現するなら、バラエナ河は広大な森を二分するように流れていて、このアジトはバラエナ河の下流、森から多少離れた場所にある。合流地点はかなり上流寄りだ。


「そこに行くの、難しいのか?」

「ハッキリ言えばそうなるわね。アジトと合流地点はどちらも同じ側の岸にあるから、移動手段は船で川を遡るか、陸路で森を抜けるかになるんだけど……」


 まずリリィは地図上のバラエナ河を指で示した。


「今の季節、バラエナ河は水量が増していて流れも早くなってるの。だから手漕ぎの小舟で遡るのはまず不可能。水路を選ぶなら、バラエナ河の流れに対抗できる精霊術師を探すしかないわ」


 それはつまり、水の精霊か何かを操って川の流れを制するということなのだろう。そしてリリィもヴェルメリオも、水の精霊術をそこまで使いこなせていない、ということでもある。


「陸路も陸路でこれまた問題。この辺りの森は厄介な連中の縄張りなのよ。ちょっと森に踏み込む程度ならともかく、あそこまで深く入り込むなら確実に妨害されるわね」


 それを聞いたヴェルメリオが怪訝そうに顔をしかめた。


「ちょい待ち。水路はダメ陸路もダメ。だったらどうしてそんなトコを合流地点に選ぶんだよ」

「私達の出身地だからだけど?」


 ヴェルメリオの疑問はもっともだと思えたが、リリィの回答はそれ以上に簡潔かつ納得せざるを得ないものだった。


「一緒に故郷を出て別行動をして、故郷で落ち会う約束をする。そんなに不思議なことかしら」

「それを最初に言えって。要らないこと考えて無駄に頭使っちまったじゃねーか」


 リリィはヴェルメリオの抗議を涼しい顔で受け流している。

 売り言葉に買い言葉で話し合いが進まなくなる予感がしたので、この辺りで割って入ることにしよう。


「水の専門家を探して雇うか、無理にでも森を抜けるか、選択肢は二つしかないのか」

「下流に留まって共和国に見つかる危険を冒すか、森に踏み込んで捕まる危険を冒すかの二つとも言えるわね」

「言えるわねじゃねーだろ、シルヴァのお嬢さんよ。アンタどうやってそこまで行くつもりでいたんだ?」


 リリィがふんと鼻を鳴らす。


「当然、陸路よ。私だって森羅の民なんだから、連れがユージだけなら上手く身を隠して抜けられる自信くらいあるわ。もっとも、火の精霊の気配をまき散らしてる誰かさん達がいたら無理だけど」


 言葉の端々に灼熱の民ピュラリスに対する棘が感じられた。

 ちょうどリリィの故郷へ向かうことになったのだ。リリィが剥き出しにしているピュラリスへの対抗心が、種族レベルのものなのか、単なる一個人の感想なのか確かめてみるいい機会かもしれない。


「んじゃ、仮に河を遡れる船があったとしたら?」

「あるはずないけど、もしも存在するなら使うわね」

「ほう、二言はないな。ちょっと来い」


 それを聞いてヴェルメリオがニヤリと笑う。

 ついて来いと言われて、リリィは渋り気味の顔をした。しょうがないのでこちらからも呼びかけて一緒に来てもらう。俺としては、あちらに策があるなら是非とも聞いておきたいところだ。


「ほら、行ってみよう」

「でも……」


 リリィの反応からは怯えのようなものが感じられた。嫌っているピュラリスの提案を受け入れることを嫌がっているのではなく、ピュラリスに連れられてどこかへ行くことを怖がっているように見える。

 そういえば、この隠れ家へ行こうという話になったときも、リリィだけはなかなか了承しなかった覚えがある。


「大丈夫、俺がついてるから」


 つい、歯の浮くような台詞を吐いてしまう。安請け合い。自意識過剰。ネガティブな表現が色々と頭に浮かぶ。それでもリリィは納得してくれたらしく、俺の後ろにさり気なく隠れるようにしてヴェルメリオの後についていった。

 ヴェルメリオは俺達を隠れ家の裏口の外、バラエナ河の川岸に案内した。川辺には革製のカバーが掛けられ小舟らしきものが係留されている。


「あたし達、太陽の盗賊の秘密兵器さ」


 船体を覆うカバーが取り除かれる。

 そこにあったのは、奇妙な装置が取り付けられた小舟だった。

 船自体の大きさはおおよそ五、六人が乗れる程度。船体の後部にはボイラーらしきものが、船体側面には一対の水車状の部品が設置されている。


「なに、これ」


 リリィが首を傾げる。

 しかし、俺はこの手の装置に覚えがあった。


「ヴェルメリオ、これって……!」

「お、ユージは分かるか」


 ヴェルメリオはリリィに対して、この『蒸気機関船』の仕組みを説明し始める。


「こいつはだな。船の後ろに積んだ汽缶で水を湯気に変えて、内側に仕込まれてる風車を回して、その回転を左右の水車に伝えて、その羽根で水を掻いて進む仕組みの船だ。いわゆる機巧からくり船って奴だな」

 リリィは狐につままれたような顔で、ヴェルメリオの解説を聞いている。

 俺達の世界でいう蒸気タービン搭載の外輪蒸気船という奴だ。現代ではもう主流じゃないタイプだが、蒸気船が生まれた頃はこの仕組みが一般的だったそうだ。


「水は河からいくらでも汲み上げられるし、水を沸かす火は火種さえあれば精霊術用意できる。しかも手漕ぎより力がある。こいつならバラエナ河も余裕で遡れるぞ。ま、一隻しか持ってないのが難点だけどな」

「こんなものがあるなんて……。流石、ピュラリスは泳げないだけあって、新しい船の開発に余念がないのね……」


 感心しながらもピュラリスへの嫌味は忘れない。この熱意は一体どこから来るのだろうか。逆に尊敬の念すら覚えてしまいそうだ。


「あはは。死活問題だからなぁ、そりゃ本気にもなるさ」


 当の本人はリリィの煽りをごく自然に笑い飛ばしている。

 この二人の関係が一触即発にならないのは、ひとえにヴェルメリオの人格によるものなのではないだろうか。盗賊団とはいえ、この若さで集団を率いるだけあって、リーダーの素質的な何かを備えているのかもしれない。


「で、船があるなら使うんだよな? 恩人なんだし快く貸すぜ」

「…………しょうがないわね」

「助かるよ、ヴェルメリオ」


 リリィに代わって、というか、世話になる張本人の一人として礼を言う。


「いいってことよ。けど、この船でも今から出発したら、着くより先に日が暮れそうだな。アジトで泊まって早朝出港ってことでどうだ?」


 リリィの表情がまた固くなったのを、俺は見逃さなかった。




     ― ― ―




「部屋まで貸してもらって、ほんと至れり尽くせりだよな」


 俺達は隠れ家の一室を借りて一泊することになった。

 広場の一件から逃げてここに着くまでの間に一度野宿を挟んでいるので、一日ぶりのまともなベッドだ。昨日、道端で野宿した時は全くと言っていいほど眠れなかったから、簡素な寝具でも楽園のように感じられる。

 ただ、問題は――


「なぁ、リリィ。本当に俺と一緒でいいのか?」

「いいわよ。他に選択肢なんてないんだし。部屋も足りてないんでしょ」


 リリィはベッドの上で片膝を抱えて座っている。この隠れ家は盗賊団が緊急避難のために使う場所なので、建物もさほど大きくなく、盗賊団全員にプラス俺達が満足に泊まれるほどの部屋数はなかった。

 部屋割りは、ヴェルメリオと盗賊団の女性陣で一室。俺とリリィで一室。残り全ての部屋に盗賊団の男性陣がややキャパシティオーバー的に割り当てられるという形だ。これはヴェルメリオの決定だったが、何故か今度ばかりはリリィもあっさり同意していた。


「でもやっぱり、俺は男なわけだしさ。俺が団の皆と同じ部屋で寝て、リリィがヴェルメリオと同じ――」

「嫌よ」


 あっさり断られた。

 この部屋の光源は開けっ放しの窓から注ぐ月明かりだけなので、リリィの表情はよく見えない。暗さには目が慣れてきたから、室内を動き回るくらいは支障がないのだが、少し離れた場所にいるリリィの表情を読み取ることはできなかった。


「リリィ……お前、そんなにピュラリスが嫌いなのか?」

「……」

「答えてくれ。一緒にいるのが嫌なくらいなら、俺にそう言ってくれたらよかったのに。それなら俺だって、気軽に手伝ってもらいたいだなんて……」

「……ユージ」


 リリィはベッドの縁をぽんぽんと叩いた。ここに来いということらしい。

 言われるまま近付いて腰を下ろす。リリィは片膝を抱いたまま顔を伏せていたが、肩が小刻みに震えていた。


「私、ピュラリスが怖いの……」

「怖いって……リリィが森羅の民だから、相性が悪いってことか?」


 膝を抱いたまま、リリィは首を横に振った。


「相性は良くないけど、それだけじゃなくて……私のお母さん、ピュラリスが起した火事で、死んじゃったの……」

「――――」


 何も言えなかった。


「火事は本当にただの事故。旅人のピュラリスが、猛獣を追い払うために出した火が燃え広がって……。あっという間に、人間一人の精霊術じゃ鎮められないくらいの炎になったんだって、お父さんも言ってて……」


 声が震える。


「あの人は何度も何度も謝って、頭を下げて……だから、ゲノムスみたいに恨んだりはできなかった。だけど……」


 リリィは伸ばしていた膝も抱き、自分自身を抱きしめるように身体を縮みこませる。


「怖いの……! あんなに広い森を焼いた火が、お母さんを真っ黒にした火が、あの体に詰まってるんだって……そう考えちゃって……怖いの……」


 リリィの声はもはや涙声になっていた。

 つまり、あの悪態も嫌味も全ては虚勢だったのだ。恐れを抱いている対象に弱いところを見せないよう、精一杯に背伸びをして自分を大きく見せようとしていたのだ。

 ならば協力を断れば良かった、と口で言うのは簡単だ。

 リリィの目的は鉱床の民ゲノムスから大切な土地を取り返すこと。そのためなら、盗賊同然の行為で俺の――ブランクコードの強奪だってするほどだ。恐怖心抑え込むことだってするだろう。

 今思えば、ヴェルメリオから協力を申し出られたときに、多少ながら同意を渋っていたのはリリィという少女の本音、恐怖心が垣間見えた瞬間だったのかもしれない。


「そう、だったのか……」


 俺は自分を責めずにはいられなかった。知らなかったこととはいえ、リリィの気持ちを理解していない言動があったかもしれない。いや、確実にあったはずだ。

 そんな俺がリリィにできることは何だろう。

 慰める? 説得する? そんなものは意味がない。説得力もない。

 俺ができること、俺にしかできないことは――


「……精霊筒。水の精霊が入った奴、まだ余ってるか?」

「えっ……?」


 突然、全く違う話題を振られたことに驚いたのか、リリィは顔を上げた。


「え、えっと、まだあるけど……」

「一つ貸してくれないか」


 リリィは枕元に置いてあったポシェットを探り、青いスリットが入った精霊筒を俺に渡した。それを誤作動させないよう注意して握り込み、リリィの表情が見える距離で視線を重ねる。


「これ、持っていていいかな。あり得ないと思うけど、もしもピュラリスの炎がお前を傷つけるなら、俺がそれを消すよ。全部消せないなら、全身を水にしてでも壁になる。だから――」


 涙に濡れていたリリィの瞳が丸くなる。


「俺のこと、お守りみたいに思ってくれないか」


 俺は何も知らない。何もできない。そんな俺に価値があるとすれば、ブランクコードという特殊な存在であるというただ一点。だから、リリィに安心してもらう手段もそれしかない。

 この世界――エレメンティアに来てからずっと、俺はリリィに助けられてきた。リリィがいたから安心して生きていることができた。もしも彼女がいなかったら、なんて想像もしたくない。

 返しきれないほどの恩がある。それはゲノムス達と、ひいてはガウディウム共和国との『大喧嘩』を手伝うことで返すつもりだが、貸し借りには利子もある。これはその一回目の利子支払いみたいなものだ。

 ……なんて気取った理由付けを考えてみても、やはり気恥ずかしい台詞だった。


「ふふっ……ユージ、顔赤いよ」

「う、うっさい!」


 リリィは涙で目尻の赤くなった目を細めて笑った。

 そして、枕に頭を預けるようにポフッと横たわる。


「お守りなら、別の部屋で寝るなんて言わないでね? 二人は並んで寝転べるベッドなんだし」

「う……わかったよ」


 暗に、毛布を被って床で寝るという選択肢も封じられてしまう。

 やはり、リリィの警戒心の薄さは納得がいかない。そういう風習の文化なのかもしれないが、この前の宿で膝蹴りを貰ったあたり、その手の観念もあるはずなのだが。

 警戒心を抱かなくていい対象と思われているのでは、なんて自惚れ混じりの考えが浮かんできたので、速攻で振り払う。

 寝る準備をするため立ち上がろうとしたとき、リリィがぽつりと呟いた。


「――ありがと」


 その一言だけで、何だか満たされる気持ちがした。

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