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5/売られた男、強敵と出会う

 俺が警吏を三人ふっ飛ばしたことで、広場は酷い騒ぎになっていた。子供を連れて避難する人、プロレスの観戦でもしているように野次と歓声を飛ばす人。激しく動く人の群れを抜けようと奮闘する、警吏の増援。

 その混乱に紛れて、リリィが鮮やかな緑色の光を帯びた精霊筒を路面に突き立てた。

 舗装材の隙間から二本の細い樹木が生える。それらは広場の中央めがけ瞬く間に伸びていき、ヴェルメリオ達盗賊団と警吏を分断する二枚の生きた壁と化した。


「ブランクコード!」


 リリィは即席の生垣の間を走りながら、俺に向かって声を張り上げた。

 名前ではなくブランクコードと呼んだのは、警吏達に俺の本名を知られることを防ぐための、咄嗟の配慮だったのだろう。


「水の精霊を使って! 風と水、風が強ければ霧になる!」

「……!? わ、分かった!」


 事前にリリィから受け取っていた精霊筒のうち、もう一つの透き通る水色の光を帯びた筒を左手で握る。淡く青い光が左手を包み、左腕の肘から先を変化させていく。

 左腕から立ち上る白い煙――霧の腕だ。

 今の状況で、この腕を活用する手段。どういう風に腕を振るえばいいのか直感的に理解する。


「――こうか!」


 武器を構え駆け寄ってくる警吏達。

 俺はそいつらを無視して、霧と溶けあった左腕を路面に叩きつけた。間欠泉の水煙のように、真っ白な霧の奔流が吹き上がり、一瞬のうちに広場を覆い尽くす。

 怯み立ち止まった警吏達の間をすり抜けて、俺はヴェルメリオ達がいた方向へ駆け出した。身体の周りで渦巻いていた微風が旋風になり、霧の煙幕をより一層かき混ぜて、視界を更に悪化させる。


「大丈夫か!?」


 ヴェルメリオ達を囲む植物の壁越しにリリィの姿を探す。植物の枝が絡み合って他人の侵入を妨げているが、それなりに隙間はあるので中の様子を伺うことはできる。

 リリィは小振りなナイフを握り、不機嫌そうな顔でぶつくさ言いながら、盗賊団を戒める捕縄を切断していた。そうして解放された盗賊が、まだ縛られている仲間の解放に取り掛かり、脱出がどんどん進んでいく。


「まったく、ピュラリスなんかを助けることになるなんて……」

「ははっ。助かったぜシルヴァの嬢ちゃん」


 不満気なリリィに、ヴェルメリオが屈託のない笑顔で礼を言う。


「大体、火の種族なんだから縄くらい燃やせばいいじゃない」

「無茶言うなって。火種もないし、精霊筒も発動体も取り上げられたんじゃ、精霊術どころじゃないだろ。うちには裸一貫で術が使えるような達人はいねーんだから」


 ヴェルメリオを縛る綱も断ち切られる。ヴェルメリオは身体の具合を確かめるように四肢を動かし、満足気に頷いた。


「それと、すげーことになってるそっちのアンタ」


 解放されたヴェルメリオが植物の壁越しに俺を見やる。

 改めて見ると、ヴェルメリオは非常に均整のとれた体付きをしている。別にいやらしい意味ではなく、美術館の彫像を見ているような気分になるのだ。今は動きやすさだけを考えた格好をしているが、凝った衣装に着替えても映えそうに思える。


「ありがとな。恩に着るぜ」

「どういたしまして」


 彼女達を助けた動機はただひとつ。後で自分が嫌な気持ちになりたくないという利己的な理由だ。なのでお礼をされるとくすぐったくなる。

 最後の盗賊が縄から解放される。

 これで一安心だと思った瞬間、首筋がざわつく感覚がした。

 空気を裂いて何かが来る――俺は直感的に、その場で振り返りながら身を屈めた。

 直後、一瞬前まで俺の頭があったところを大きな刃物が通り過ぎ、植物の障壁に深々と食い込んだ。


「きゃっ!」

「んなっ!?」


 リリィとヴェルメリオが揃って声を上げる。

 霧を割って飛んできたそれは、柄のない両刃の斧とでも表現できそうな物体だった。


「――なるほど、ブランクコードか」

 誰かが霧の向こうから歩いてくる。


「今までに出会ったブランクコードはみな客将待遇だったからな。一度、敵として戦いたいと願っていたところだ。警吏部隊の支援など退屈な任務だと思っていたが、なかなかどうして……」


 霧の向こうから現れたのは、身体にフィットした黒い鎧を身に付けた若い男だった。

 男は全身を黒い装備で固めていたが、顔の肌はやや青白く、警吏達と同じ種族だということが分かる。


「総員、霧の外に離脱! ここは私が片を付ける」


 特徴的な猫目の瞳孔が丸く形を変える。まるで威嚇する猫のように。さっき蹴散らした警吏とは雰囲気が違う。武器すら持っていないのに、大量の刃物を突き付けられているような悪寒を感じてしまう。


「ガウディウム共和国一級精霊術師、テタルトス・シュタール・オリエンス。名も知らぬブランクコードよ。お前を誘き寄せられたのなら、つまらん盗賊退治をやった甲斐があるというもの」

「気をつけろ! あたしらはアイツにやられたんだ!」


 ヴェルメリオが叫ぶより早く、テタルトスが踏み込んでくる。

 次の瞬間、テタルトスの手元で異変が起きた。手の甲の部分に付けられた鈍色の宝石が銀の光を放ったかと思うと、左右の手に両刃の短剣が握られていた。

 鍔も柄も金属で作られた短刀が、凄まじい速さで俺の首めがけ振り抜かれる。


「――っ!」


 紙一重で身を反らし、どうにか刃を回避する。

 風の精霊とやらの力を借りて動きが速くなったお陰で、辛うじて避けることができた。いつもの俺ならリアクションをする暇もなく首を斬られていたに違いない。

 テタルトスは休むことなく左右の短刀を繰り出してくる。

 太腿、横腹、肩口、目元、手先――刃の軌道はめまぐるしく変わり、とてもじゃないが目で捉えることなどできない。一度も斬られずに済んでいるのは、身体の動きが凄まじく速くなっているおかげだ。刃が当たる前に動きさえすればギリギリで回避が間に合ってくれる。


「どうしたブランクコード! 反撃はしないのか!」

「そんなことっ、言われっ、てもなぁっ!」


 煽られたところで、手も足も出しようがなかった。いくら速くなったといっても、俺はあくまで素人。不用意に殴りかかったり蹴りつけたりしても、避けられて腕や脚を斬られる姿しか想像できない。


「くそっ……!」


 半分霧と化していた左手を握り締める。濃厚な霧が絞り出されるように溢れ、俺とテタルトスの間に煙幕のように立ち込めた。

 その隙に一気に後退し、テタルトスとの距離を離す。

 これだけ離れていれば反撃を食らう危険はない。拳を突き、蹴りを繰り出して人間を軽く吹き飛ばす風圧を浴びせかける。

 直線上の霧が散り、風圧の大砲がテタルトスに直撃する。

 だが――テタルトスは一歩も退くことなく、その衝撃を受け流していた。


「ふむ、やはり速さが厄介か」


 余裕ぶった態度が、風圧は脅威にならないと暗に告げている。

 俺は横目で植物の壁の向こうの様子を確認した。盗賊達は次々に逃げ出していて、ヴェルメリオも小さな子を抱え上げて広場を離れようとしている。広場を包む霧がいつまでもつのか、俺自信にも分からない。逃げられるうちに逃げてもらうのが一番だ。

 それなのに、リリィはその場を離れていなかった。


「その速さで離脱すればいいものを。そうしないということは……」

「……! 逃げろ、早く!」


 テタルトスが短剣を捨て、振り向きざまに片腕を振り抜く。手甲の宝石が再び輝き、テタルトスとリリィを隔てていた植物の壁と周囲の霧が切り裂かれた。


「理由はこれか」


 振り抜かれた腕には大きな斧が握られていた。

 逃げ出そうとするリリィだったが、テタルトスのもう片方の手の宝石も輝き、その手元に一条の鎖を出現させる。手首に絡みついていたその鎖は、テタルトスが腕を振ったのに合わせて蛇のようにうごめき、リリィの足首に固く巻き付いた。


「きゃあっ!」


 リリィが足を取られ転倒する。

 鎖はテタルトスの手に吸い込まえるように短くなっていき、倒れたままのリリィを引きずりながら引き寄せた。


「てめぇっ……!」


 こいつは俺を捕まえることしか考えていないらしい。せっかく一網打尽にした盗賊団が逃げ出しているというのに、焦る様子も惜しむ様子も一切ない。まして、リリィのような女の子を人質にすることへの呵責など。


「安心しろ、あくまで担保だ。この娘の生命が惜しければ投降しろ――とも言わん。逃げずに俺と戦えばいいだけのこと。だが……」


 テタルトスは斧を捨て、空いた手を俺に向けて伸ばした。


「その隙は突かせてもらう」


 何条もの鎖が俺目掛けて殺到する。気付いた時には両腕が絡め取られ、距離を離すことすらできなくされていた。


「っ……!」

「この娘に気を取られすぎたな。いくら速かろうと、注意散漫では宝の持ち腐れだ」


 リリィと同じように鎖に引き寄せられていく。転倒こそ堪えたが、引き寄せる力には抵抗しきれない。数秒と経たないうちに、広場を包む霧の煙幕が意味を成さない距離にまで引っ張られてしまう。


「戦場なら仕留めているところだが、今回は連れ帰らせてもらう」


 テタルトスの手が俺の喉を鷲掴みにした。気管と血管をまとめて押さえ込まれ、視界が揺らぐ。このままだとすぐに気を失わされてしまう。必死になって足掻き、至近距離から風圧付きの蹴りを繰り出しても、テタルトスはまるで動じない。

 どうにかして引き離せないかと、喉を掴む腕に手を掛けた。


 そのとき、全身がどくんと脈打った。


 何故か、精霊筒を使ったときとよく似た感覚を覚える。

 風の精霊筒のときは風が吹き抜けるような。

 水の精霊筒のときは冷たい水が染み込むような。

 そして今は、手先が重い金属に変わっていくような――


「つまらん抵抗だ。こちらは手の内の二割も見せていないというのに、もう限界か」


 俺は無我夢中になって、霧になっていない方の手を、テタルトスの手甲に埋め込まれた鈍色の宝石に被せて強く握り込んだ。

 宝石から銀色の光が迸る。


「なんだと!」


 テタルトスの顔に初めて表情らしい表情が浮かぶ。

 宝石を握り込んだ俺の手が、指先から順に金属光沢のある甲羅のようなものに包まれていく。

 だけど、足りない。

 これじゃまだ足りない。

 リリィを傷めつけた奴の顔面をぶん殴ってやるには、まだ足りない――!


「おおおおおおっ!」


 俺の感情に呼応したのか、拳の各所に鋭い突起が盛り上がる。

 テタルトスはリリィを縛るために片手を、俺の喉を締めるためにもう片方の手を使っている。身を守るための腕はない。

 俺は渾身の力を込めて、凶悪な形状に変化した鉄拳をテタルトスの顔面に叩き込んだ。


「が、ふ……っ!」


 赤い液体が俺の頬にまで飛び散る。鋼と化した拳には感覚らしい感覚がなく、手応えもさほど感じない。だが、俺は決着がついたことを確信した。

 テタルトスが意識の飛んだ目で倒れる。

 その直後、俺とリリィを拘束していた鎖も、そこら中に散らばった武器も、テタルトスが纏っていた細身の黒い鎧も、虚空に砕け散って消えていった。


「げほっ……。り、リリィ……!」


 広場を覆う霧が消えつつある。俺は急いでリリィのところに駆け寄った。


「大丈、夫……痛っ」


 リリィはどうにか立ち上がろうとしていたが、片足を抱えてうずくまってしまった。テタルトスの鎖に絡み付かれていた足だ。無理やり引きずられたせいで足を痛めているのかもしれない。

 霧の外には警吏達が待ち受けているはずだ。元気だったヴェルメリオ達ならまだしも、足を怪我したリリィは逃げ切れそうにない。


「ユージ、私のことは気にしないで。あなただけでも逃げてくれたら――」

「断る」


 そう、リリィ『だけ』なら逃げ切れない。

 本人に許可を貰うのは後回しだ。金属の殻に覆われた右手でリリィの肩を支え、霧と混ざり合った左手で両脚を抱き上げる。


「え、ユ、ユージ!?」

「しっかり捕まってろよ。自分でも速さの加減が分かんないんだ」


 リリィを抱きかかえたまま走り出す。風の精霊を取り込んだ身体の変化は、まだ健在。こんなに軽い身体なら、いくらでも抱えて走れそうだ。

 霧を割って外に踊り出て、驚く警吏の横を抜け、まだ留まっていた群衆を大ジャンプで飛び越える。そのまま建物の三階の窓枠を蹴って方向転換。路を横切り、背の低い建物を越えて、違う路地に着地する。

 身体が軽い。本当に風になったようだ。


「い、いま飛んだ? 飛んだっ!?」


 リリィがぎゅっと抱きついてくる。

 役得といえば役得だが、喜んでいる暇はない。


「町の外まで逃げるぞ!」

「う、うん!」


 肩に回された細腕に力が込められる。

 この身体の状態がどれだけ持つか分からないが、力尽きるまで走ってやる。それくらいのやる気が沸き上がってきた。




     ― ― ―




 昼下がり。俺は元に戻った身体でリリィを背負い、町外れの道を歩いていた。痛めた足にはリリィが持っていた薬を塗り、その上から水で冷やした布を巻いて応急処置を施してある。

 曰く、この薬はリリィの故郷で採った薬草で作られたもので、森羅の民の体内に宿る精霊を活性化するとか何とかいう理屈で傷の治りを早くしてくれるらしい。

 一方で俺はといえば……


「ユージ、本当に大丈夫? 重くない?」

「はは……だいじょうぶだいじょうぶ……」

「絶対重いと思うんだけど……」

「平気平気……」


 正直、キツかった。

 身体は町を出て間もなく元に戻り、反動とでも言わんばかりの疲労が押し寄せてきた。リリィも背丈の割に軽いとはいえ、そう軽々と運べるほどではない。気を抜いたら倒れてしまいそうだが、ここで音を上げるのは情けない。

 気を紛らわせようと、朝方の一件から抱いていた疑問を口にしてみる。


「そういえば、あのとき俺の右手がどうして金属になったのか、理由がよく分からないんだよな」


 テタルトスが腕につけていた宝石に触れたとき、精霊筒を使ったときのように右腕の形を変えることができた。あの瞬間は無我夢中だったが、後で思い返せばどうしてそうなったのか不思議でならない。


「そうね……これは私の想像なんだけど。私みたいなエレメンティアの人間の体にも精霊は宿っているって話はしたよね」

「ああ、そう聞いた」

「この精霊を『守護精霊』とか『種族精霊』と呼ぶんだけど、上級の精霊術師は種族精霊を使った精霊術……『固有精霊術』を身につけてるの。自分の属性にぴったり合った系統しか覚えられないけど、普通の精霊術よりもずっと便利で強力な高等技術。テタルトスが使っていたのも多分そうよ」


 脳裏に戦いの光景が思い浮かぶ。

 テタルトスは両手から武器や鎖を次々に生み出していた。それらは気絶したときに跡形もなく消えていたが、鎧も一緒に消滅していたので、ひょっとしたら鎧も固有精霊術とやらの産物だったのかもしれない。

 あれだけの突風を受けて身じろぎ一つしなかったのが鎧の恩恵……ひいては固有精霊術の恩恵だとしたら、確かに強力な術だ。


「固有精霊術を使うには発動体っていう宝石が必要で、テタルトスはそれを両手に付けていた。もしもユージが、使用中の発動体に振れることで、テタルトスと同じ金属の精霊の属性を得たのだとしたら……」


 リリィは少しだけ間を置いてから続きを口にした。


「もしかしたら、固有精霊術に使われていたテタルトスの種族精霊を横取りしたのかも」

「横取り? ブランクコードってそんなこともできるのか?」


 背中の上でリリィが首を横に振る。


「ブランクコードについては色々と調べてきたつもりだけど、そんなことが出来るという記録はなかったわ。だから私の想像だって前置きしたのよ」

「そっか……」


 リリィも知らないのではどうしようもない。今はひとまず疑問を脇に置いて、追っ手が来る前に出来るだけ遠ざかることに集中しよう。

 そう考えながらしばらく進んだところで、俺達の前に褐色銀髪の集団が現れた。

 集団の先頭にいるのは言うまでもない。ヴェルメリオだ。


「よお、お二人さん」

「ピュラリスが揃いも揃って何の用?」


 リリィの台詞は露骨なまでに刺々しかった。しかも彼らの前で背負われていることが嫌だったのか、俺の手を振り切って痛むはずの足で地面に立った。平気そうな顔をしてはいるが、本当は強がってやせ我慢しているだけだ。


「ほんと、シルヴァの奴らは無意味にあたしらを毛嫌いするよな。まぁ、それはそれとして。別に喧嘩しに来たわけじゃないんだ」


 ヴェルメリオは一歩前に出ると、俺とリリィに向かってハッキリと頭を下げた。


「今回は本当に助かった。おかげでうちの連中も全員五体満足で帰れそうだ」

「いや、別にそういうつもりじゃ……」


 この一件、自分の中では人助けではなく自分がスッキリするための喧嘩という位置づけだ。それで礼なんかされたら逆に戸惑ってしまう。

 リリィも似たような心境だったらしく、ヴェルメリオからの礼を頑なに拒んでいる。


「別に、私達は共和国のゲノムスが好き勝手してるのが我慢ならなかっただけ。犠牲者がどこの誰だろうと知ったことじゃないわ」


 ……ん?


「なぁ、リリィ。ひょっとしてあいつらがゲノムスだったのか? 鉱床の民とかいう」

「え、知らなかったのに喧嘩売ったの?」


 お互いに驚いた表情で顔を見合わせる。

 そんにな驚かれても初耳なのだから仕方がない。リリィからは鉱床の民ゲノムスの習慣や所業について聞かされていたが、肝心の外見的特徴は全く教えられていないのだから。何か理由があって伏せているのかと思いきや、まさかど忘れだったのか。


「……と、とにかく」


 リリィが軽く咳払いをする。


「暗い坑道でも見通せる猫の瞳と、太陽には当たろうとしない青ざめた肌。それがゲノムスの特徴よ。私はそいつらが許せないから、ああやって妨害してやったの」

「俺は小さい子や女の子にあんな仕打ちしてるの見て、何だか腹が立ったから……かな」


 驚いたことに、俺とリリィは微妙にズレた動機を理由に、お互い同じ選択肢を選んでいたらしい。

 二人して顔を見合わせたまま目を瞬かせていると、ヴェルメリオが豪快に笑った。


「そうかそうか! お手柄だなラール! お前がいたお陰で、あたし等は助かったんだとさ!」


 ヴェルメリオは盗賊団で一番小さな子の肩をバシバシと叩いた。公園で盗賊団が捕まっていたときに泣き出してしまった子だ。確かにあの子の存在は俺を突き動かした理由のひとつだった。

 しかし、何やら誤解を受けているようなので、そこだけは訂正しておくことにする。


「小さい女の子じゃなくて小さい子と女の子だけどな。小さい子ってのはその子で、女の子はお頭さんのことだから」


 ヴェルメリオの動きが止まる。盗賊団も止まっていた。まさか地雷ワードでも踏み抜いてしまったのだろうか。

 リリィが出し抜けに俺の肩を抱き、無理やり引き寄せて顔を突きつけてきた。


「ちょっと! 何ピュラリスなんか口説いてるのよ!」

「く!? 口説いてねぇって! どう聞いたらそうなるんだ!」


 俺とリリィが至近距離で口論していると、ヴェルメリオがさっきよりも大きな声で哄笑した。


「あっ、はははははっ! あ、あたしが女の子って……! 何年ぶりだよそんなこと言われたの……あはははははっ!」


 ヴェルメリオはひとしきり笑った後で、笑い泣きの涙を拭いて俺に向き直った。


「んじゃあ、こうしよう。あんた達が勝手に助けただけっていうなら、あたし達は勝手に恩を返す。他の誰のためでもない。自分自身のケジメのためだ。これならいいだろ?」

「…………」


 自分達の理屈をそのまま返されて、流石のリリィも反論が浮かばないようだ。

 沈黙を肯定と受け取ったのか、ヴェルメリオは部下達に高らかに号令を掛けた。


「いいか野郎ども! 手始めに共和国との大喧嘩の手伝いだ! あたし達にとっても憎らしい相手なんだ、気合入れろ!」

「ちょ、ちょっと……! 何勝手に言ってるのよ!」

「やるんだろ? 大喧嘩」


 慌てるリリィに、ヴェルメリオがにやりと笑った。


「盗賊業は情報が命。シルヴァどもが置かれてる状況だって知ってるよ。その上で、シルヴァのお嬢様が盗賊団を出し抜いてブランクコードをかっぱらい、共和国の警吏相手に大立ち回りと来た。こりゃあ国そのものに喧嘩売る気としか思えねぇ。だろ?」


 リリィは答えない。今度は俺にも分かる。この沈黙は肯定の消極的な表れだ。


「……私達シルヴァの問題に、よりによってピュラリスが首を突っ込むことなんて……」

「ついでだよ、ついで。さっきも言ったけど、うちの盗賊団のメンバーは多かれ少なかれ共和国に恨みがある。だから共和国かその犬っころばかり狙ってるんだしな」


 それに、とヴェルメリオは胸を叩く。


「あたしはさっきの件で大事な大事な発動体を盗られたっきりだ。こいつも取り返さないと話にならねぇ。そのついでに恩返しって腹だよ」


 彼女の言動からは裏表が感じられない。思っていること、考えていることをストレートにぶつけて来ている。

 正直に言うと、俺はヴェルメリオの提案をありがたく受け入れたかった。元の世界へ帰る手段を手に入れるためにも、天蓋寺晴彦に逆襲するためにも、こちらの世界での仲間は多い方がいい。

 その意見をどういう風にリリィへ伝えるか迷ったが、下手な細工はせず直球で伝えることにした。


「……リリィ。正直、俺はヴェルメリオに手伝って欲しいと思ってる。もちろんリリィが構わないならだけど」

「ユージの立場ならそれが当然よね……分かったわ、そうしましょう」

「ん、交渉成立だな」


 ヴェルメリオが片手を差し出す。


「そういえば、ブランクコードの兄ちゃん。あたしアンタの名前知らないや」

「鬼束勇司。鬼束の方が苗字だ」


 俺はヴェルメリオの手を握り返した。その手は仄かな熱を帯びていて、普通の人よりもずっと温かかった。


「よろしくな、ユージ」

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