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16/売られた男、軌跡と出会う

「…………」


 夜。俺はベッドの上で何度目かの寝返りを打った。

 リリィからラーディクス島奪還作戦の新たな指針を聞いたのは、今日の昼頃のことだ。そのときは皆の前で問題無いと宣言したが、やはりプレッシャーは拭い切れない。

 もちろん、今更前言を撤回するつもりはない。

 それでも緊張は感じてしまうし、重圧に押し潰されそうにもなってしまう。


「……俺と有馬だけ、か」


 当初の予定だと、俺も主力部隊の一員に組み込まれ、ごく普通にラーディクス島の防衛戦力の排除を試みる計画だったらしい。

 しかし、共和国が島の地下から『何か』を掘り出そうとしていることが判明したのと、地位の高い何者かの視察とタイミングが重なるので陽動や奇襲を重ねるのが有効と判断されたことから、作戦の内容を切り替え得ることになったそうだ。


「一人じゃなかっただけマシと思うしかないよなぁ」


 十何度目かの溜息を吐く。

 さっきからあれこれ呟いているが、眠っている皆を起こさないように、ささやくような声量を維持している。それならいちいち声にしなくてもいいのでは、と自分でも思ってしまうが、こうでもしないと不安が紛れなかった。

 いい加減、寝付けずにこのまま転がっているわけにもいかない。

 気分転換に外の空気でも吸おうと思い、俺はベッドを降りた。

 外へ出る前に、部屋の中をぐるりと見渡す。部屋に並べられたベッドには空きが目立っていた。リリィは作戦本部のような場所に缶詰で、ヴェルメリオは何故か見当たらない。ラールとレイズルは同じベッドで布団を被っていて、ラールが使っていた方のベッドは無人になっている。


「二人とも仲直りしてたのか……いつの間に」


 レイズルが島の奪還戦に参加するかどうかで揉めていたはずだが、どうやら無事に仲直りすることができたらしい。まさか仲違いしたまま戦争が始まるのではとも思ったが、そうはならなかったようで一安心だ。

 屋外に出ると、草木の匂いを帯びた冷たい空気が胸を満たした。

 ひんやりとした空気を吸っているうちに、心が静まってくる気がする。

 しばらく頭を冷やして、そろそろ屋内に戻ろうとしたときだった。植物で編まれたあの鳥がどこからか飛んできて、建物の陰に降りていった。

 不思議に思って後を追いかけると、ヴェルメリオがその鳥を腕に止めて、足に結ばれていた手紙を解こうとしていた。


「ヴェルメリオ?」

「ん? なんだユージか」


 ヴェルメリオは俺がいたことに対して驚いた様子もなく、緑の鳥を夜空に放した。


「今の、リリィ達が使ってる道具だよな」

「便利なもんだよな、あの鳥。シルヴァのお嬢さんから借りてアジトと連絡取ってるんだけどさ」


 太陽の盗賊団も今回の戦いに加わることになっている。そのためには打ち合わせが必要になるはずだが、当の盗賊達が居合わせていないのが気になっていた。


「作戦内容もあれで伝えてたのか」

「一回ごとに送るのは、どこそこに動けだの、指定の場所でしばらく待てだの、細切れの命令だけどな。一度に全部送ると漏れたときが怖いだろ?」

「なるほど……。それで、さっきの手紙は?」

「ん、ちょっと待ってろ」


 ヴェルメリオは手紙を開いて素早く目を通した。

 文字が読めたら俺も手紙を読ませてもらっていたところだが、あいにくこちらの文字はさっぱりだ。


「指定の場所に到着、現地の連絡員と合流。あっちも順調みたいだ」

「連絡員ってサンダノンの人達か。本当に準備が進んでるんだな……」


 ラーディクス島奪還のため。共和国に一泡吹かせるため。恩を返すため。人それぞれの目的を巻き込んで、決戦の準備が刻一刻と整っていく。

 俺が心の準備を整えられようと整えられまいと、その瞬間はお構いなしに訪れる。


「……よしっ!」


 両手で自分の頬を叩く。

 いい加減腹を括ろう。これ以上、あれこれ悩んでいても時間の無駄だ。


「ははは、いい気合の入れっぷりだな。そこまでするってことは、やっぱり不安があったのか?」

「当然。元の世界じゃ喧嘩すらろくにしたことなかったんだからさ」


 無意味に胸を張って答える。暴力を振るわないことが美徳の世界ならまだしも、こちらだと何の自慢にもならない経歴だ。それでも、申し訳無さそうに話すよりは開き直った方が気も楽になる。


「なぁに、あんたは才能あるよ。あたしが保証する。本番では思いっきり暴れてやりな」


 ヴェルメリオは俺の背中をバンッと叩き、笑いながら建物の中へ戻っていった。手荒い激励だが、今はそれが心地良かった。

 去り際に、ヴェルメリオは軽く振り向いて綺麗なウィンクをしてみせた。


「レイズルのこと、頼んだぜ」

「……?」


 何のことだかよく分からないが、託されてしまった。

 意味を問い質す暇もなく、ヴェルメリオは姿を消してしまう。


「レイズルか……あいつも自分なりに頑張ろうとしてるんだから、俺も頑張らないとな」


 昼間のリリィの立ち振舞いを思い出す。リリィは父親の代役として、島の奪還作戦を指揮するリーダーとして、百人以上を前に堂々と振舞っていた。

 鈴蘭は、ブランクコードを二人も仲間にした実績で信頼を得たのだと分析していたが、俺はそれだけではないと思う。鈴蘭の言う理由だけでなく、人を導くに足る実力を備えていると認められていたからこそ、彼らはリリィの言うことに耳を傾けていたのではないだろうか。

 リリィと同じくらいに堂々と振る舞えるとは言わない。だけど、せめてリリィの期待を裏切らないだけの結果は出さなければ。

 俺は決意を新たに、服の下に隠れた『首飾り』を握り締めた。




     ― ― ―




 作戦決行を目前に控え、俺と鈴蘭はリリィに湖のほとりへと連れ出された。

 対岸が見えないほど広い湖の水平線に浮かぶ、ラーディクス島のシルエット。初めてリリィに連れられて湖を訪れたとき以来だ。

 あのときは樹の上からでなければ島が見えなかったが、今は地上からでも島を視認することができる。確か地図だと、ラーディクス島と南の岸との距離と比べれば、西の岸と島の距離は比較的近いので、そのためだろう。


「やーっと着いたぁ……」


 へろへろになった鈴蘭が泣き言一歩手前の声を漏らす。

 里からここまでの距離はかなり長い。途中、リリィの精霊術で木を操ってショートカットしたり大樹の枝に運んでもらったりしていたが、それでもかなりの距離を歩かざるを得なかった。


「ごめんなさいね。どうしても、一度は現地で打ち合わせをしておきたくて」


 そう言うと、リリィは湖のほとりの一角に俺達を呼び寄せた。

 岸に生えた一本の木が、たくさんの葉を貯えた枝を湖面すれすれまで垂れ下げている。リリィが幹に触れて合図を送ると、その枝がゆっくり持ち上がり、青々とした葉に隠されていた船を露わにした。


「……これって!」

「え、なになに?」


 俺は驚きに目を丸くしてしまった。枝葉に隠されていた船、それはサンダノンの里までやって来るときに使ったヴェルメリオ所有の蒸気式ボート、小型の外輪船だった。


「どうしてこれが、こんなところに」

「ヴェルメリオから借りたのよ。ちゃんと頼み込んでね。二人がラーディクス島に奇襲をかけるときは、これに乗って湖を渡ってもらうことになるわ。手漕ぎの舟よりも早くて、当日の風向きに関わりなく進める……作戦には理想的よ」


 小型とはいえ、船一つを森の端から端まで運んでくるなんて。普通ならにわかに信じられないことだったが、リリィ達は植物の精霊術を使えるのだから、周りの植物を動かして運搬を手伝わせることができるのだから、俺の想像よりも楽なのかもしれない。


「あー、ボクも乗せられた奴だね。でもこれ、ボクは動かし方知らないんだけど。鬼束君は知ってる?」

「火の精霊術で小型の蒸気機関を動かして、そこのハンドルで舵を切って動かすんだ。俺も理屈は知ってても操縦は出来そうにないけどさ」


 俺は説明を求めてリリィに目を向けた。まさかリリィが考えなしに外輪船を持ってきたはずがない。


「操船はレイズルにお願いすることになってるわよ」


 それを聞いて、俺は少しの驚きとそれ以上の納得を感じた。

 レイズルには後方支援をさせることで同意が得られたとは聞いていたが、具体的な内容までは知らされていなかった。シルヴァの子供にもできるような軽作業ではなく、現状の人員ではピュラリスであるレイズルにしかできない仕事。この任務内容ならシルヴァの自尊心も保たれるだろうし、戦闘要員の輸送は立派な後方支援だ。

 そして、ヴェルメリオから「レイズルを頼む」と言われた理由も理解できた。


「出発の合図はいつもの鳥が届いたら。水と風の精霊筒をひとつずつ余分に渡しておくから、霧を出して朝霧に紛れて島に接近して」

「そうそう都合よく朝霧なんて出る?」

「この辺りの気象は私達が一番良く知ってるわ。今の季節なら毎朝のように霧が出る。気温も例年通りだからほぼ確実よ」


 土地勘と現地の気象知識は、共和国にはなくてサンダノンの里だけが持つ大きなアドバンテージだ。勢力で劣る側が勝って相手を追い払うためには、やはりそういった知識もフル活用する必要があるのだろう。


 その後もリリィは、俺達に作戦中の具体的な行動内容を伝え続けた。


 推奨される上陸地点。万が一そこが使えなかった場合の予備候補。

 島に上陸した密偵の情報で作成された手書きの地図。

 採掘施設のどこを重点的に壊すべきかという指定。

 破壊後は主力部隊に合流し、撤退か追撃かの判断を待てという事前指示。


 真剣に聞いているつもりの俺の隣では、立ち聞きが辛くなった鈴蘭がしゃがみこんでいた。ここまでの道程でよほど疲労していたらしい。


「――私からは以上だけど、なにか質問はある?」

「んー、じゃあ……」


 しゃがんだまま鈴蘭が手を挙げる。


「もしも、ボク達が強力な精霊術師や他のブランクコードに出くわしたとしたら、行動の優先順位はどうしたらいいのかな。倒していく? それとも無視推奨?」

「そうね……」

「ボクとしては、できるだけ強行突破するのを前提に、状況に応じた対応をさせてもらえたら嬉しいんだけど」


 聞き方はややだらしなかった鈴蘭だが、リリィの指示の内容自体にはしっかり耳を傾けていたらしかった。その辺りは曲がりなりにも傭兵ということらしい。


「分かったわ。最優先事項は施設破壊として、敵戦力の対処はその上で臨機応変に」

「了解。もしものときは、ここはボクに任せて先にいけ!って言って鬼束君を送り出すことにするよ」

「最悪の場合は、お願いね……」


 お決まりの定型句を混ぜ込む鈴蘭と、それをジョークと認識できず真面目に受け止めてしまうリリィ。思わず脱力しそうになる光景だ。


「縁起でもないこと言うなって言ってるだろと突っ込むべきか、真に受けられてるじゃないかと突っ込むべきか、物凄く悩むんだが」

「いやいや、ボクは本気だよ」

「……?」


 強引に甘味処へ連れて行かれたときの「思い残すことが減った」発言といい、鈴蘭の冗談は微妙に笑い事ではない。傭兵業を続けて戦い慣れしている鈴蘭と、全くの素人である俺の認識のズレなのだろうか。もしくは、最初からそういう性格なのか。

 何となく後者が正解な気がした。


「ユージも別行動せざるを得ない状況に追い込まれる可能性は考えておいて。本当に、その……危険な役だから」


 リリィの口調は冷静さを維持していたが、俺を見上げる視線は不安に揺らいでいるように思えた。その姿が、いつかの夜に弱さを見せたリリィの姿と重なって見える。

 どんなに強く振る舞っても。どんなに気丈な言動をしていても。薄皮一枚の下には不安と怖れで泣きそうな女の子の顔が隠れている――それがリリィという少女の在り方なのだということを、俺は教えられていた。


「俺は大丈夫だって。ほら……お守りもあるしな」


 首から下げていた頑丈な紐を手繰り寄せ、服の下に隠れていた首飾りを外に出す。

 以前、沃野(よくや)の民カンプスを名乗る行商人に頼んで加工してもらったものだ。多少のことでは切れそうにない紐の先には、精霊筒がひとつぶら下がっている。

 スリットから覗く精霊の色は青。いつかの夜にリリィから貰った水の精霊筒。

 身の程知らずにもリリィを守ると約束して貰った品を、俺は自分のためのお守りとしても身につけることにしていた。


「それ、って……」


 数秒くらいの間を置いて、リリィの顔が真っ赤に染まっていく。色白の頬だけではなく首筋や尖った耳まで見事に真っ赤だ。

 その反応を可愛いと思ってしまった直後、容赦の無い拳が胸を打った。

 いわゆるポカポカ殴りではない。正真正銘の拳が何度も何度も襲い掛かる。


「痛っ! 痛いってマジで! なんでそう怒り方に容赦がないんだ!?」

「うるさいウルサイ煩い!」


 精霊筒の首飾りを見るなり突然怒りだしたリリィと、殴られながらもどこか嬉しそうにしているであろう俺を、鈴蘭は呆れ返った表情で眺めていた。

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