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15/売られた男、岐路と出会う

 鈴蘭とブランクコード同士の訓練をする約束をした翌日。俺はさっそく鈴蘭に連れ出されてしまっていた。朝っぱらに叩き起こされて今に至るので、事ある毎にあくびが漏れて仕方がない。

 一方で、鈴蘭の方はやけにやる気に満ちている。いったい何が鈴蘭を突き動かしているのか知りたくなるくらいだ。


「それじゃ始めよっか。ボクは火と雷が得意なんだけど、ここは火気厳禁だから封印で、ふたりとも風ってことでいいかな」

「はいはい、風ね。ほらっ」


 俺は事前に持たされていた精霊筒の中から、風の精霊が密閉されたものを鈴蘭に投げ渡した。

 リリィから薦められた訓練場所は里からやや離れた森の一画だ。当然ながら、火の精霊や雷の精霊のように火災を引き起こしかねないものは使用禁止。木を酷く傷つける行為もダメと言われている。

 制限は多いが、本気で戦うわけではないのだから問題はないだろう。普通にやっていれば破ることのない制約ばかりだ。


「えー、こほん! 先輩ブランクコードとして、後輩の鬼束君に基本から教えさせてもらうよ。まず、普段は精霊筒をどんな風に使ってる?」

「どんな風って……手で握って親指でスイッチ押すか、首筋に押し付けるか」


 精霊筒を握った手でジェスチャーしてみせる。リリィから教わった使い方はこの二通りしかない。


「天蓋寺の連中は、手だけとか足だけとか体の一部分だけに精霊を取り込む方式を『部分展開』って呼んでるね。首や胸に押し当てて全身で取り込む方は『完全展開』だ。例えばこう、完全展開したとして――」


 鈴蘭は精霊筒を首筋に押し付けた。スイッチが押し込まれ、旋風が鈴蘭を包み込む。

 黒く長かった鈴蘭の髪は色が薄くなり、うっすらとではあるが薄緑に染まっているように見えた。瞳の色も日本人らしい鳶色から変貌し、やや黄色がかった淡い色へ変わっている。まるで風と一体化したかのような印象を受ける姿だ。

 その変化を不思議そうに眺めていたところ、逆に鈴蘭から怪訝そうな眼差しを向けられてしまった。


「何、不思議そうにしてるのさ。鬼束君もボクと戦ってたときはこうなってたんだよ」


 全身に風を纏ったまま、鈴蘭は呆れたような態度で腰に手を当てた。


「しょうがないだろ。自分の姿なんて見れないんだから」

「まぁ、外見のことはいいや。完全展開をすれば全身で精霊の力を使えるのは知ってのとおり。体の一箇所に力を集中させることもできる。これは君もやってたね」


 鈴蘭の脚に風が束ねられ、解放された反動で鈴蘭の身体を浮あがらせる。

 バラエナ河で鈴蘭と戦ったときに、これと同じようなことをした覚えがある。あのときは無我夢中で思い付きのままに挑戦したのだが、どうやら基本的なテクニックの一つだったらしい。


「で、この次の応用はまだやったことがないんじゃないかな」


 鈴蘭は風を操って軽やかに着地すると、俺に向けて片手を突き出した。その手に風が集う。両脚に風を集めたときとは勢いがまるで違う。腕の周囲の風を吸い寄せ圧縮するかのような勢いだ。

 その引力に吸い取られるようにして、鈴蘭の全身に行き渡っていた精霊の光が薄れ消えていき、髪と瞳の色も元通りになっていく。その代わり、片腕に束ねられた風の勢いが、小規模な竜巻を思わせる域にまで達していた。


「完全展開から部分展開へのシフト。これとは逆に、部分展開させた精霊の力を全身に行き渡らせることもできるよ。これから先の応用テクニックのベースになる技法だから、きちんと身につけておいた方がいいテクニックだね」

「なるほど……」


 今までに、自分がこの『完全展開』と呼ばれる使い方をしたのは二回。どちらも風の精霊筒を首筋に押し当てて変身し、以降は力を使い尽くすまで、精霊の力を全身に巡らせっぱなしだった。

 鈴蘭が見せてくれた技術は、それの更に応用的な手法だ。流石にブランクコードの先輩を名乗るだけあって、俺が知らない技術を幾つも知っているらしい。

 それはそうと、何だか聞き流せない台詞が聞こえた気がした。


「……って、ちょい待ち。これから先の応用テクニックって、一体どれだけ訓練やるつもりなんだ」

「んー、そうだね」


 鈴蘭は空いている手で指折り数え始めた。


「まずは複数属性の精霊の同時使用テクニックに、属性の合成テクニックでしょ。同じ組み合わせから違う精霊を作る合成技術は必須級だし、金属の精霊はパワードスーツみたいに使えて楽しいから教えたいし……」

「分かった分かった。数日がかりの大仕事なのはよーく分かった。リリィ達が行動を起こすまでに間に合うならそれでいいよ」


 すると、何故か鈴蘭は難しそうな顔をして口元に手を当てた。

 ああ、何だか嫌な予感がする。


「……間に合いそうにない部分は、積極的にカットしていくから」

「計画性なさすぎだろ、お前」

「張り切り過ぎちゃったかなー……」


 予想どおり、やりたいことを詰め込みすぎて本来のタイムスケジュールに収まりきらなくなっていたらしい。平時ならそれでもいいが、今回は共和国との戦いまでの時間的猶予を利用した訓練という題目だ。当然ながら、サンダノン郷の作戦準備のスケジュールが絶対的に優先される。

 ほんの数日程度の付き合いだが、有馬鈴蘭という少女の性格が見えてきた。

 鈴蘭は人付き合いを苦手とするものの、苦手だという自覚症状がなく、それでいて他人から頼られるというシチュエーションを好んでいる。だからこそ、いざ本当に頼られるとなると、必要以上に頑張りすぎてしまうのだろう。

 ……実はもっと露骨で直接的な言い換え方もあったのだが、そちらはハッキリ言って中傷そのものなので、頭の中で思い浮かべることも止めた。


「作戦に間に合う分だけで頼めるか? 時間は掛けられないけど訓練は重要だしな」

「もちろん! 今日のところは精霊一種類だけのコントロールを集中的にやろうか」


 俺も鈴蘭がしたのと同じように、風の精霊筒を首筋に突き立てる。

 それからしばらくの間、俺達は森の片隅で訓練に明け暮れた。この訓練は、これまでは必要にかられてがむしゃらに戦うだけだった俺が、初めて落ち着いた状態で力を振るった経験だった。

 時計のようなものはなかったので、具体的にどれくらいの時間が経ったのかは分からない。鈴蘭が取り込んでいた風の精霊の力が消え、俺の体も元に戻った頃、緑色の鳥が俺のところへ飛んできた。


「こいつは……」


 羽毛ではなく植物のツタと葉で編み上げられた緑色の鳥。サンダノンの里にやってきたとき、リリィのところへ飛んできた連絡用の道具だ。

 緑色の鳥は俺の周りをパタパタと飛び回ると、戻って来いとばかりに里の方へ飛び去っていった。


「呼ばれてるみたいだな」

「ちょうど切りがいいし、今日はこれくらいにして戻ろっか」


 鈴蘭の提案を受けて、一度サンダノン郷へ戻ることにする。

 立ち去り際、振り返って訓練の現場をぐるりと眺める。リリィとの約束通り木を折ったり酷く傷つけたりはしていないつもりだが、地面を覆っていた背の高い草はまるで竜巻に煽られたかのようになってしまっていた。


「これくらいなら、セーフだよな……?」


 もしものときの言い訳を無意識に考えながら、俺は鈴蘭の後を追ってその場を足早に立ち去った。




     ― ― ―




 サンダノン郷で一番大きな建物は、倉庫の類を除けばこの集会場ということになるらしい。流石に全住人を収容できるわけではないが、今回の反攻作戦の主要戦力となる者達が集まるには充分すぎる広さがある。

 今、集会場にはシルヴァの男女が真剣な面持ちで集っていた。

 割合で言えば七割が男で三割が女。彼らがラーディクス島奪還作戦の主軸だ。これに俺と鈴蘭、そしてヴェルメリオの盗賊団を加えたメンバーが直接的に敵と戦うことになるらしい。

 ――思っていたよりも少ない人数だな。それが俺の正直な感想だった。

 ヴェルメリオの盗賊団は、まだここにいないので数に入れられないとして、ざっと見た限り百人より少し多いくらいか。もちろん、あくまで主力部隊だけの人数なので、後方支援も含めれば倍以上にはなるはずなのだけれど。


「急な召集なのに、集まってくれてありがとう」


 リリィは集会場に立ち並ぶ人々の前に立ち、全員の顔を見渡すように視線を巡らせた。

その姿を見て、俺は少しだけ驚いた。リリィはいつもの服装の上から凝った作りの外套を羽織り、袖には腕を通さずマントのように着流していたのだ。

 外套は少し……いや、かなりサイズが大きい。本来なら太腿を隠す程度の長さであろう裾が膝裏まで達している。もしも袖に腕を通していたら、完全に袖が余ってだぶだぶになり、威厳も何もなくなっていたに違いない。


「本来なら、ここには父が立っているはずでしたが、父は先の戦いで負った傷が癒えていません。父の代役は大任ですが、必ず務めきってみせます」


 百人以上からの視線を浴びながらも、リリィは緊張の色を欠片も見せていない。

 それに、集会場に集まったシルヴァ達は皆リリィよりも年上ばかりなのに、リリィへ向ける眼差しからは強い信頼が感じられた。


「凄く信頼されてるんだな」

「そりゃ君のせいじゃないかな」


 隣にいた鈴蘭が、思わず漏らした呟きに答える。

 よく分からない答えだ。リリィが仲間からの信頼を勝ち得ていることと、俺にどんな関係があるというのか。発言の意図を理解できないでいると、鈴蘭はやれやれと言わんばかりに方を竦めた。


「ここの住人の視点で考えてみなよ。異世界から来た人間を連れてくるなんて言って村を出てさ、憎い宿敵の鼻を明かして一人ゲットした上、宿敵の側に付いてた異世界人も一人引き抜いてきたんだよ? そりゃあ一目置かれて当然でしょ」

「そうか……確かにそうなるのか……」


 ものの見事に鈴蘭の理屈に納得させられてしまった。俺の視点だと、自分自身は普通の存在に過ぎず、普通じゃないのは周囲の人間だ。けれど、立場を逆にすれば普通じゃないのは俺の方。当然、認識もそれ相応のものになっているのが当然だ。

 俺にとってリリィとの出会いが特別であったように、リリィにとっても俺との出会いが特別で――

 と、そこまで考えて思考を打ち切った。自惚れにも程がある。頭の中で考えているだけでも恥ずかしくなってしまう。


「こうして集まってもらったのは、共和国側に新たな動きがあったからです」


 リリィが差し出した手に植物で編まれた鳥が舞い降りる。俺達のところに来た鳥とは別の個体のようだ。あちらと比べると全体的に一回りほど大きい。


「南に派遣した偵察班から報告がありました。共和国高官専用の馬車が街道を北上中。護衛は少数。ラーディクス島の視察が目的と思われる。以上です」


 集会場がにわかにざわつく。

 どうしてこんなタイミングで。まさか計画が漏れたのか。計画は延期なのか。そんなことをしたらいつ好機が来るか分からない――

 様々な不安の声が飛び交っている。

 このまま収集がつかなくなるのではと思ったが、リリィの隣に座っていた初老の男が咳払い一つでその場を鎮め、重々しく口を開いた。


「これは島の発掘作業の視察である可能性が濃厚だ。馬車の護衛は少数……むろん精鋭だろうがな。島の警備と周辺への警戒は普段以上に厳重になるだろう」

「それじゃあ、やっぱり計画は……!」


 誰かが大声を上げる。

 しかし、リリィはそれを即座に否定した。


「島に出入りする船は常に注視していますが、大規模な増援を運び込んだ様子はありません。つまり、警備の強化中は兵ひとりひとりの負担が増え、警戒心も過剰になっているはずです」


 リリィは大仰に腕を広げ、聴衆に訴えかけるように語調を強める。体格に対して長過ぎる外套の袖がふわりと揺れた。


「作戦は、以下のように調整した上で決行します。共闘関係にあるピュラリスの盗賊団には、私達との関わりを伏せて『ラーディクス島のゲノムスに略奪を試みた』という体裁で陽動を仕掛けてもらいます」


 集会場の壁に掛けられた大きな地図の上で、リリィの指が走る。指し示した襲撃地点は島の南。


「こちらから正反対の位置にあたる東側ではなく、陽動は南から行います。東からの陽動はあからさま過ぎ、盗賊団の行軍距離が伸びて支障をきたしますから」


 次に指したのはラーディクス島の西側。サンダノンの里から最も近い場所だ。


「陽動により敵の意識を南に引きつけた後、あなた方主力部隊が島の西側から奇襲を仕掛けます。これまでに収集した情報が正確なら、陽動と奇襲を成功させても共和国勢力を駆逐できる可能性は五割未満でしょう。そこで――」


 リリィの目が俺と鈴蘭に向けられる。それに釣られるように、百人分近い視線が一気に俺達に突き刺さった。不意打ち過ぎて心臓が口から飛び出そうになる。

 どうにか無様な反応を堪えた俺の横で、鈴蘭は注目を浴びて嬉しそうにしていた。


「お二人には更なる別働隊として、採掘施設を直接叩いてもらいたいのです」


 珍しいことに、リリィが俺に対して丁寧な口調で語りかけてきた。部下達の前だからなのか、それとも指揮官の立場で話しているからか、どちらにせよ普段以上に真剣な雰囲気を、否応なしに感じさせられてしまう。


「採掘施設を、直接……?」

「はい。二名のブランクコードがこちらに付いていることは相手も承知でしょう。ならば奇襲を受けたとき、相手は本命の奇襲部隊にブランクコードが投入されていると考えるはず……その裏を掻いて、島を占領している意義そのものを破壊してください」


 ガウディウム共和国――それを構成するゲノムス達がラーディクス島を奪った理由は、地下から『何か』を掘り起こすこと。リリィは俺達に、その採掘施設の破壊という大役を任せるというのだ。


「防衛部隊が苦戦し、肝心の採掘施設も破壊されたとなれば、あちらが撤退を選択する可能性も高まるはずです。そうでなくとも、施設を破壊できれば共和国の計画を狂わせることができます」


 理屈は分かる。確実とはいえない手段だが、多少の賭けはやむを得ないというサンダノン側の事情も理解できる。しかし、俺にそんな大役が務まるのか――?


「…………」


 瞼を閉じ、ゆっくりと呼吸を整え、眼を開く。

 ここで拒否をしたところで、一体どうなるというんだ。何も得られない。目的も果たせない。恩も返せない。メリットは『危ない仕事をしないで済む』以外に何もない。

 ならば答えは最初から決まっているようなものだ。


「……分かった。できるだけやってみる」

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