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13/売られた男、本音と出会う

 教えられた場所へ大急ぎで駆けつける。森と里の境界近くの開けた場所で、確かに四人が何事か言い争っていた。

 けれど何か様子がおかしい。

 俺の想像だと、鈴蘭がヴェルメリオとラールとレイズルの三人相手にトラブルを起こして、三対一で喧嘩をしているのだとばかり思っていた。ところが――


「……なんだ、これ」

「お、ユージか! いいところに来た。お前からも何か言ってやれ!」

「こいつときたら聞き耳持たないんだ。鬼束君からも説得してよ」


 ヴェルメリオと鈴蘭の二人から同時に同意を求められる。しかし、いきなりそんなことを言われたってどうしようもない。


「すまん、まずは状況を説明してくれ。どうして有馬とレイズルが組んで、ヴェルメリオとラール相手に言い争ってるんだ?」


 今度は四人分同時にドッと声が押し寄せる。


「みんな危ないって言ってるのに、レイズルが!」

「オレだって戦いたいんだ!」

「レイズルに変なこと吹き込んでやがるんだよ!」

「せっかくボクがアドバイスしてあげてるのに、一顧だにしないなんて!」

「ええい、順番に話せ! さっぱり聞き取れないから! 誰が何言ってるのか分かんないから!」


 思わず声を荒げながらも、ひとりひとりから事情を聞き出そうとする。

 四人の話を総合すると、言い争いに至った経緯は以下のようなものだったらしい。


 今朝、サンダノン郷が島の奪還戦の計画を早めたことが、ヴェルメリオと鈴蘭に伝えられた。ヴェルメリオは恩義と共和国に対する遺恨を理由に協力を快諾し、鈴蘭は傭兵として雇ってもらえるなら断らないと答えたらしい。

 問題は、そのことがラールとレイズルに伝わってからだった。

 ヴェルメリオは二人を戦いに巻き込むつもりはなく、アジトに返すかここで大人しく待たせるつもりでいるそうだ。ラールもそれに同意して足手まといにならないと決めたのだが、レイズルは拒否。自分も戦いたいと主張したらしい。

 それに油を注いだのが鈴蘭だ。

 レイズルの望みを支持しただけでなく、希望を叶えてあげた方がいいと『助言』までしたそうだ。


 結果、レイズルが奪還戦に参加することを拒むヴェルメリオとラール、参戦を望み支持するレイズルと鈴蘭で言い争いが始まってしまったということらしい。


「話はおおよそ分かった。けどさ……」


 どちらの意見に理があるのか判断するには、まだ色々と情報が足りていない。

 反対する理由はまだ分かる。小さな子を戦わせたくないと思うのは当然だ。ラールも兄弟が――兄か弟かは知らないが――危険に身を投じるのを嫌がっているわけだから、その気持ちはよく理解できる。

 分からないのは、レイズルの気持ちだ。


「レイズルはどうして戦いたいって思ってるんだ?」


 まずはそこを確かめなければ話にならない。

 レイズルは強い眼差しで俺を見上げ、声変わりもしていない声ではっきりと答えた。


「父さんも母さんもあいつらに殺された。だからだ!」


 幼い瞳に込められた意思の強さに、思わず怯みそうになってしまう。

 俺がいた世界なら小学生程度の年頃だというのに、レイズルの言葉には確とした重みがあった。俺がこれくらいの頃はどんな子供だったか思い返す。日本で平々凡々と暮らしていた小学生の頃の俺と、この世界で盗賊団に加わらなければならなかった身の上のレイズルとでは雲泥の差だ。

 それを思うと、レイズルの希望を無碍に否定することができなくなってしまう。


「あたしは別に今すぐじゃなくていいだろう、って言ってるんだけどな。この戦いで共和国を滅ぼすわけでもなし。またいつか機会はある」

「いつかっていつだよ、お頭!」


 レイズルはヴェルメリオにも食って掛かった。


「テタルトスの奴にとっ捕まったとき、オレ、何もできなかった……ラールのこと守るんだってずっと言ってたのに……」


 テタルトス。スース村の広場で共和国の警吏に捕まったヴェルメリオ達を助けたとき、俺達の邪魔をしたゲノムスの精霊術師だ。ヴェルメリオが、太陽の盗賊団はテタルトスに捕らえられたと言っていたが、やはりレイズルもその場に居合わせていたらしい。


「お頭は! 俺に悔しい思いしたまま、いつ来るか分かんない次の機会をずっと待ってろなんていうのかよ!」

「あのとき何もできなかった奴が、すぐに何かできるようになるわけないだろ! だいたいラールを守るったって、お前だって――!」


 ヴェルメリオとレイズルの言い合いが売り言葉に買い言葉で白熱していく。そんな二人の間で、ラールがおろおろして困り果てていた。

 俺は見ていられなくなって、衝突寸前の二人の間に割って入った。

 ちょうど同じタイミングで鈴蘭もレイズルを引き止める。


「二人とも待った! 少し落ち着け」

「大きな子供みたいだったよ、ピュラリスのおねーさん」


 鈴蘭にも頼むから煽るなと言いたかったが、その前にヴェルメリオが矛を収めたので、この言葉は飲み込んでおく。


「とにかく、こんなところで口論したって意味ないだろ。そもそも俺達はサンダノンに協力する側なんだから、俺達だけで決められることではないんじゃないか?」


 ヴェルメリオとレイズルへ交互に視線を向ける。

 二人ともここで言い争うことの無意味さは分かっていたのか、ちゃんと静かになってくれていた。


「あちらが拒否したらレイズルは諦める! あちらが大丈夫だと言ったらヴェルメリオは納得する! これでどうだ?」


 結論の先送りだと言われたら否定はできない提案だ。けれど、この場を収めてなおかつ二人を納得させるにはこれしかないと思った。サンダノン側に……というかリリィに余計な負担をかけてしまうのは心苦しいが。


「それもそうだな。悪ぃ、迷惑かけちまったな、ユージ」

「……あちらが良いって言ったら、ボクも戦いますからね、お頭」


 納得してもらえたようで、思わず安堵の息を吐く。ラールも胸を撫で下ろしていた。予想外の衝突だったが、どうにか空中分解に至らずに収集させることができたようだ。


「俺はリリィを探して、この件について訊いてくるから、みんなは宿舎で待っててくれ。返答が貰えたらすぐに戻るからさ」

「じゃ、そうさせて貰うとしますか。ここだとピュラリスは無条件で警戒されるみたいだしな。うろうろしてビビらせるのも嫌だし、大人しくしとくよ」


 ラールとレイズルを連れて、ヴェルメリオは宿へと帰っていく。

 残された俺の隣には、鈴蘭がしれっと留まっていた。


「有馬は戻らないのか?」

「ボクも手伝うよ、人探し。ボクなら歩き回っても怖がらせたりしないしね」

「はぁ……まぁいいけどさ」


 ここでまた、帰れ帰らないの押し問答に持ち込むのも不毛だ。俺は諦めて、鈴蘭と連れ立って里の中へ戻ることにした。

 それにしても、リリィがいそうな場所はどこだろうか。

 俺はサンダノン郷に土地勘が全くない。それは鈴蘭も同じはずだ。唯一思いつくのは、昨夜訪れて郷長のゲンマと話した建物だけ。そこ以外はどれがどんな建物なのかすら全く分かっていなかった。


「手分けして探そうか? そっちの方が手っ取り早いと思うけど」

「駄目だ。有馬は単独行動させるなってことになってるの、説明しただろ」

「ちぇ、残念。雇われる約束もしたんだから、そろそろ一人で観光ぐらいさせてくれてもいいのに」


 鈴蘭を連れてサンダノン郷に入ることになったときに決めた取決めだ。鈴蘭は、傭兵というスタンスとはいえ実質的に共和国の支援を受けて活動していた。万全を期すなら同行させないのが一番だが、もう一人のブランクコードという価値は捨てがたい。

 そこで、信頼に値すると革新できるまでは単独行動させないと決めたというわけだ。これには鈴蘭も積極的に同意してくれていた。


「それにしても、さっきのは良い先送りだったね。ボクとしたことが、サンダノンに判断してもらうのは思いつかなかったよ」

「茶化すなよ。その場凌ぎなのは自覚してるんだから」

「……? 真面目にいいアイディアだと思ったんだけど」


 鈴蘭はきょとんとしていた。どうやら本気で、あの他人任せな仲裁案に感心していたらしい。


「当事者同士で騒いでも詰んでる状況なら、第三者からビシッと決めてもらうのは物凄く有効だと思うよ。鬼束君も見た目によらずちゃんと考えてるんだなって思ったくらい」

「へぇ、元ひきこもりの割にいいこと言うもんだ」


 何だかさり気なく馬鹿にされた気がしたので、さり気なく揶揄し返してみる。すると、鈴蘭は顔を赤くして怒りだした。


「ひ、引きこもりじゃないし! 学校行ってたし! あと、えっと、コンビニも行ってたから!」

「そりゃ悪かった。あとキャラ壊れてんぞ」


 ゲンマと会った建物を目指して里の中を歩いていると、道の向こうからリリィがやって来るのが見えた。布が巻かれた商品らしきものを、幾つも木製の籠にいれて運んでいるようだ。

 探していた相手があっさり見つかり、思わず唖然としていると、リリィの方から俺達に声をかけてきた。


「あれ? 二人ともこんなところでどうしたの」


 昨日の別れ際はひどく塞ぎ込んでいたようだったが、今はもういつもの様子に戻っているようで一安心だ。


「ちょうどよかった。ボク達、君を探してたんだ」

「私を……?」


 露骨に訝しがるリリィ。このまま鈴蘭に事情を説明させたら余計に問題がこじれそうな気がしたので、やや強引に説明役の立場を横取りする。


「ヴェルメリオ達が島の奪還戦のことで揉めてたんだ」


 俺が見聞きした事情をリリィに伝える。どちらかの立場に偏らないように気をつけながら、ラールとレイズルの両親のこともきちんと説明しておく。そして、最終的な判断はサンダノン側に委ねるという同意が得られたことも。

 リリィは神妙な顔で話を聞いていた。そして説明が終わると腕を組み、しばらく考えこむ仕草をした。


「レイズルの気持ちは痛いほど分かるけど、ヴェルメリオの意見は間違いなく正論ね。どちらが正しいかなんて考えたらキリがないから、私達にとってどちらが有難いかで考えてみるわね」

「ああ、そうしてくれ」


 むしろ、そうしてもらうために、リリィにこのトラブルを持ち込んだようなものだ。

 リリィは「あくまで私個人の考えだけど」と前置いた上で、期待どおり忌憚のない意見を返してくれた。


「申し訳ないけど、島に攻め込む集団にレイズルは入れられないわ。戦力として不足がありすぎるもの。でも、今度はヴェルメリオには悪いけど、何もせずに帰ってもらうのも惜しいと思う。人手は少しでも欲しいから、後方支援に回って貰いたいところね」


 思わず感心してしまう答えだった。俺の隣で鈴蘭もしきりに頷いている。

 サンダノン側からすれば、レイズルのような子供を最前線へ送るわけにはいかないが、人手は常に不足しているので、支援を手伝ってもらうのは有難いというわけだ。現実的であり、それでいて二人とも納得させるだけの説得力がある判断に思えた。

 後方での活動ならヴェルメリオも同意してくれるだろう。後はレイズルが前線ではなく後方での参戦で納得するかどうかだが、サンダノン側の判断に従うことに同意をしたのだから、納得できないならそれこそ無理矢理にでも帰らせるしかない。


「ヴェルメリオ達は宿舎にいるの? それなら私も今から戻るところだから、私から伝えておくけど」

「ん、いいのかい? 偉い人と相談しなくって」


 鈴蘭が、俺も感じた疑問をストレートに尋ねてくれた。

 しかしリリィは不思議そうに眉を傾け、割ととんでもないことをさらりと言った。


「お父様は脚を悪くしているから、今回の戦いは私が指揮することになるんだけど」

「えええええっ!?」


 俺と鈴蘭の驚きの声が重なる。


「あれ、言ってなかった?」

「ボクそんなの聞いてないってば」

「さっき、私個人の考えとか言ってただろ。それって、誰かと相談しないと決定にはできないって意味じゃないのか」


 リリィは、ああそれね、と頬を掻いた。


「一応は私が指揮役ってことになってるけど、一緒に作戦を考える相談役もいるの。その人達の中には『余所者は必要ない。戦力は里の者だけで充分だ』なんて言う人もいてね。その人はレイズルの手伝いにも反対するだろうから、里の総意にはならないって意味でそう言ったのよ」


 リリィを指揮官とするなら、その人達は参謀のポジションということか。リリィが指揮を執ると教えられたときは驚いたが、郷長の娘としての、サンダノン郷の象徴としての指揮官役なのかもしれない。


「もちろん、こんな極論を言ってるのは一人だけだし、レイズル一人を加えるくらいなら私だけの判断でも大丈夫だから。決定ということで伝えてくるわ」


 ヴェルメリオ達が言い争っていると聞いたときはどうなることかと思ったが、丸く収まりそうで何よりだ。


「ボクも一緒に戻ろうかな。買い物の内容も気になるし」

「そうか。じゃあ俺は……」


 当初の用件が早く済んだことで、思ったよりも時間が余ってしまった。朝の散歩の続きでもして里の施設を覚えようか。それとも一緒に戻って一休みでもしようか。あれこれ思い浮かべていると、かねてから考えていたアイディアが思考の底から浮かんできた。

 問題は『それ』をできる施設がここにあるかなのだが。


「なぁ、リリィ。ここにアクセサリーを作れる場所ってあるかな」

「装身具? 木や草を材料にするのだったらあるけど」

「植物か……金属を扱ってるようなとこはないのか」

「そんなのうちの里にあるわけ……」


 リリィは何かを思い出すように視線を泳がせた後、空いた手で里の外に通じる道を指差した。


「……そうだ。里の外れで行商人が商品を広げてたはず。外の商品を持ち込んできてたから、探してるものがあるかも」

「ああ、この世界って多いよね、行商人。なんでだろ」


 鈴蘭が軽く首を傾げる。

 行商人、つまり各地を歩き回って商品を売りさばく営業形態の商人だ。精霊術の存在のお陰で生鮮食品でも気軽に運べる社会とはいえ、こういうタイプの商売の需要はなくなっていないらしい。

 いや、むしろそういう社会だからこそ、行商が盛んになっているのかもしれない。

 保存技術は高くても、運搬手段は馬車のような乗り物がせいぜい。何かを買いに遠くまで行くのも、逆に遠くから取り寄せるのも手間が掛かるなら、商品を持って定期的に巡回する業態は人気が出そうに思える。


「ちょっと行ってみるか。有馬のことは頼んでいいか?」

「任せて。ちゃんと見張っておくから」

「む……ボクの扱い、まだ良くならないんだ」


 頼むだの見張るだの言われて不満そうにしていた鈴蘭だったが、急に何かを思いついた顔になったかと思うと、ニヤリと笑って俺に向き直った。


「アクセなんか買ってどうするのかな? ひょっとしてリリィちゃんにプレゼントとか」

「な……違うっての!」


 いきなり何を言い出すのかと思いきや。

 強く否定してやっても鈴蘭は態度を変えず、今度はリリィに絡みだす。


「違うんだってさ、残念。もしかしたらボクにくれるのかも?」

「ああ、もう! 口に苦い薬草突っ込んで増殖させるわよ!」


 独特の表現で怒るリリィ。

 河辺で戦ったときから思っていたのだが、鈴蘭は絡みづらい言動が多い気がしてならない。人間関係の距離感が鈍いというか、相手との距離を適切に保つのが不慣れというか、そういう印象だ。

 一言で言ってしまえば、人間関係を築くのが下手なのだろう。


「有馬、ほどほどにしとけよ」


 それだけ言い残して、俺はリリィに教えられた方向へ歩いて行った。

 遊んでいるシルヴァの子供達の隣を通り、傾きかけた簡素な木造家屋の横を抜け、森の入口の一歩手前まで辿り着く。

 そこにあったのは、見事なまでのテントだった。

 テントの前に広げられた布の上には、商品が入った大小の袋や箱が並べられ、テントの裏手では体格の良いヤギのような生き物が草をむしゃむしゃ頬張っている。


「すみませーん」


 近くに誰も見当たらなかったので、とりあえず声をかけてみる。

 すると、テントの入口の布がめくり上げられ、中からよく日に焼けた少年がひょっこり姿を現した。


「いらっしゃいっ! お客さんかな?」


 店主らしき少年は元の世界の人間とよく似た外見をしていた。しかし、やはり俺達と全く同じというわけではない。色も質感も他の髪とは違う頭髪の房が、重力に逆らうようにしてぴょこりと立ち上がっている。

 ただの癖毛なのか、そういう趣味のファッションなのか。何かの風習なのか、それとも生まれつきの種族的形質なのか。あれこれ考えていると、店主の少年が営業トークを仕掛けてきた。


「何にする? 色々あるよー」

「えっと、商品を買いに来たんじゃなくて、これをアクセサリーにして欲しいんだ。できるかな」


 俺はポケットをまさぐって、例のものを取り出した――


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