表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/20

1/売られた男、異世界と出会う

 ――ガタン、ゴトン。


 舗装されていない道を車輪が転がる音がする。石か何かに乗り上げるたびに思いっきり揺れるので、乗り心地は最悪だ。

 俺は膝を抱えて座ったまま何度目かの溜め息をついた。

 手足が縛られていないのが不幸中の幸いと思うしかない。


 ――ガタン、ゴトン。


 覗き窓すらない巨大な木箱。

 俺が今いる場所を言葉にするなら、そんな表現がぴったりだ。箱の形状は恐らく横長の直方体。立とうとすると天井に頭がぶつかるので、高さは一メートル七十前後。奥行きは三メートルくらいありそうだ。

 光源は古風でシンプルなランプが中央にひとつあるだけ。なので内装をじっくり確かめられるほどの明るさはなく、ゆったりとした車輪の音が聞こえるおかげで、辛うじてこれが乗り物だと分かるだけ。


 ――ガタン、ゴトン。


 あれか? これは荷馬車か? ドナドナされてるのか?

 今どき馬車なんて代物が日本国内を走っているとは思えないが、エンジンの音がしない以上、普通の自動車という可能性はない。人力の荷車でこんなサイズの箱を運べるわけもないのでリヤカー説もボツ。

 となると、やはり馬車くらいしか思いつかなかった。


「何でこんなことになったんだ……」


 俺は真っ暗な天井を見上げながら、記憶の糸をたぐり寄せた――




 天蓋寺コーポレーション。日本でも指折りの規模を誇る、新興の総合商社。俺はそこの支社の倉庫でアルバイトをしていた。

 指示された荷物を探して荷台に乗せてトラックへ運ぶ単純作業。疲れる仕事だが、俺みたいに体力の有り余った学生には格好の仕事だった。何より給料がいい。他の会社の同じようなバイトと比べて数割増は堅かった。

 ただ、荷物の中身を決して見てはならないという規則があり、バイト達の間ではヤバい品を運び出しているんじゃないかというブラックジョークが流行っていた。

 もちろん、規則の名目は「未発売の商品が秘密裏に運び出される場合もあり、他社への情報漏洩を防がなければならないため」というとても真っ当なものなのだが、上司が黒い噂の絶えない人物だったので妙な噂が立っていた……




「ああ、そうだ。あの荷物だ! まさかアレを見たからか? アレを見たから消されるのか俺!? でもなんであんなガラクタで!?」




 唯一の心当たりは今朝の出来事だ。今朝とは言っても、あれから何時間経ったのかも分からないので、日付が変わっていなかったらの話だが。

 積み込み作業中、俺は箱が積み上げられた山の一番上に、商品が満載された新しい箱を不注意に置いてしまった。そのときは気付いていなかったのだが、一番下の箱の側面に亀裂があり、俺が置いた箱の重みで亀裂の部分が砕け、中身がひとつ転がり落ちてしまったのだ。

 生半可なことでは開けられないような造りになっていると聞いていたので、そんな箱でも壊れることがあるのかと、強く印象に残っている瞬間だった。

 そして、俺がついその商品に手を伸ばしたとき――


『さようなら、鬼束勇司』


 バチィ!という音がして、激痛と猛烈な痺れが全身を走り抜けた。あっという間に身体から力が抜けて、受け身も取れずに倒れたのは覚えている。今思えば、あれはスタンガンだったに違いない。

 薄れゆく視界の片隅に映ったのは、冷酷な笑みを浮かべた天蓋寺晴彦――俺のバイト先での上司で、天蓋寺コーポレーションの社長の息子とかいう奴の顔だった。





「確かに中身は見えちまったけど、ほんの一瞬だったんだぞ! スパイか何かと間違えたのかよ、あのクソ上司!」


 直後に押し付けられた二発目のスタンガンで完全に気を失い、目を覚ましたらこの馬鹿でかい木箱の中に放り込まれていた。意識が覚醒してからも体の痺れはなかなか取れず、長いこと床に転がっているしかなかったくらいだ。

 一体、どんな出力のスタンガンを使いやがったというのか。

 思い出した途端、猛烈な怒りが沸き上がってくる。怒りに任せて、座り込んだままの格好で壁を蹴りつけてしまう。


「……痛ってー」


 硬かった。猛烈に硬かった。

 蹴破れるとは思ってはいなかったが、まさかこれほどのダメージが返ってくるとは。

 情けなくも足を抱えて悶えて苦しんでいると、進行方向側の壁の向こうから怒号らしき声が飛んできた。


「××××××!」

「は?」


 人間の声なのは間違いなさそうだが、何と言っているのかさっぱり分からない。まるで外国語を早口でまくしたてられたかのようだ。

 ……外国?

 嫌な予感が脳裏を過ぎる。大慌てで進行方向側の壁に駆け寄り、さっきの怒号に負けない大声を張り上げた。


「誰かいるのか! 日本語分かるか!? まさか外国に売り飛ばされたとか言うなよ!」

「×××、×××××! ×××!」

「だから何いってんだか分かんねーよ!」

「×××××!」



 産業スパイだと誤認したバイトを外国に売り飛ばす。天蓋寺晴彦の人格を考えると充分にありえる展開だった。

 あいつはプライドと野心と非常識の塊が高級スーツを着て歩いているような奴だ。それだけじゃない。他の兄弟を出し抜いて天蓋寺コーポレーションの跡継ぎになるために、絶対に表沙汰にできないことをやっていると噂される男なのだ。


「…………」

「なんだよ、急に黙るなよ……」


 壁の向こうのしわがれ声が途切れると、言葉にできないほどの不安が両肩にのしかかってきた。

 本当にこのまま外国に売られてしまうんだろうか。

 それとも人里離れた山奥で誰にも言えないヤクザな手段で神隠しか。

 嫌な想像だけが際限なく膨らんでいく。


「おいってば!」

「――うるさいぞ糞ガキ! これで通じるんだろ!」


 さっきと同じガラガラ声が響く。

 だが、今度はしっかりと聞き取れた。間違いなく日本語だ。

 状況は全く改善していないのだが、流暢な日本語が聞こえただけで猛烈な安心感が胸の奥から溢れ出た。外国で一人旅をしていて日本語が耳に入ったら、きっとこんな感じになるのだろう。


「俺、一体どうなってるんだ!?」


 言いたいことは山ほどあったが、真っ先に口を突いて出たのはそんな質問だった。どうしてこんな場所にいるのか。この乗り物らしき箱は何なのか。そして一体どこへ向かっているのか。ありとあらゆる疑問を込めた一言だ。

 しわがれた声の主は喉を鳴らして下品に笑うと、俺が置かれている状況をたったの一言で説明した。


「お前、売られたんだよ」

「なっ……」


 思わず言葉が詰まる。

 まるで後頭部をハンマーで殴られたような衝撃だった。血の気が引いていくのがハッキリ分かる。想像していたとはいえ、改めて突き付けられると……。


「ガウディウムからフォルミドへの片道旅だ。ゆっくり楽しみな」

「……は? ガウディ……フォルミ……何?」


 まったく聞き覚えのない単語だった。そんな国名聞いたこともない。地名とか町の名前なのだろうか。


「ガウディウム共和国とフォルミド王国だ。ヨソ者だからって、それくらいはちゃんと覚えとかねぇとやってけないぜ」


 なんと、どちらも国名らしい。

 しかし俺の記憶にはガウディウム共和国だのフォルミド王国だのいう国は存在しない。授業で習わないレベルの超マイナー国家なら知らなくて当然かもしれないが、だとしたらいよいよ状況は最悪だ。そんな土地に売り飛ばされるなんて悪夢以外の何者でもない。


「冗談じゃねぇ! おいっ、ここから出せよ! 今すぐ!」

「駄目駄目。んなことされたら首をちょん切られちまう」


 首を切られるというのは解雇の比喩だろう。声の主も笑い混じりに言っているのだからそうに違いない。このご時世に斬首刑が残っていて、しかも積み荷を失くした程度で処刑される国があるわけない。ないはずだ。お願いだからそうであって下さい。


「……冗談じゃないっての」


 脱力し、床に座り込む。俺が置かれている状況は最悪の中でも特に最悪らしい。全ては声の主の悪質なジョークだと思い込みたくなるレベルだ。

 俺が何も言えなくなっている間にも、巨大な木箱を運ぶ車輪は淡々と音を響かせ続けていた。



 ――ガタン、ゴトン。


 ――ガタン、ゴトン。


 ――ガタ……。



 不意に音が止まる。

 何か起こったのかと、壁の向こうの男に訪ねようとした次の瞬間、俺を閉じ込めている巨大な木箱が盛大に横転した。


「うわあああっ!」


 狭い空間の中でもみくちゃに転がされ、全身のあちこちを打ち付ける。

 背中を打ったせいで息が苦しい。喋ろうとしていないのに苦悶の声が口から漏れる。

 全身の痛みを必死に堪えていると、進行方向と逆側の壁から閂を外す音がして、眩しい光が差し込んできた。


「扉……、外……?」


 考えてみれば扉があるのは当たり前だ。内側からは開けるどころか壁と扉の区別もしにくいように造られているだけで。

 突然のことに頭の回転が追いつかず、しばらく呆然としていたところ、妙な悪臭が鼻をくすぐった。

 なんというか、こう、シンプルに表現するなら焦げ臭い。

 つまり何かが燃えている。燃えるようなもの、壁も床も木製だから燃えて当然。じゃあ火種は? そこら辺に前時代的なランプが置いてあったはず。


「…………」


 嫌な予感をひしひしと感じながら、ランプが置いてあった場所を見る。

 案の定、さっきの衝撃でランプがひっくり返り、溢れた油に引火して床や壁をじわじわ焦がし始めていた。


「や、やばっ!」


 外に駆け出そうとしたが、木箱の中は少し屈まなければならないほどに狭く、しかも全体が斜めに傾いているせいで上手く走れない。両手も使ってどうにか必死に前進し、開け放たれた扉らしき場所から外に転がり出た。

 勢い余って、文字通り地面の上を何度か転がり、剥き出しの乾いた土で肌を痛めつけられる。


「痛たた……」


 スタンガンの感電に横転の打撲、火傷を逃れたと思ったらこの擦り傷ときた。今日は厄日なんて言葉では物足りないほど最悪の一日のようだ。

 暗い場所にずっといたせいか、久しぶりの太陽光に目が眩む。

 本当、手足を縛られていなかったことだけは運が良かった。拘束なんてされていたら、ランプから燃え広がる炎で焼け死んでいたかもしれない。

 立ち上がろうとした俺の目の前に、白くて細い手がスッと差し出された。


「…………?」


 腕のラインをなぞるように、少しずつ視線を上げていく。

 同じように白く引き締まった腕。簡素で動きやすそうな服。その上から重ね着された、手作り感溢れるシンプルなプロテクター、というか鎧。そして、可愛らしい女の子の笑顔と綺麗な金髪、横向きに伸びた尖り気味の耳――

 エルフという単語が思い浮かぶ。俺に手を差し出してくれているこの女の子は、そうしか表現できない容姿をしていた。


「大丈夫だった? 乱暴な助け方でごめんなさい」


 少女の手を握り、助け起こされる。

 ホッとして深く息を吸い込むと、濃厚な森の香りで肺がいっぱいになった。軽く辺りを見渡せば、どこを向いても森、森、森。どうやら俺を載せた乗り物は、森林を抜ける道を走っている途中だったようだ。

 肝心のその乗り物はといえば、想像以上にひどい有様だった。運転手の座る部分に細く削られた丸太のようなものが横合いから突き刺さっていて、その向こうから馬らしき動物のいななきが聞こえる。あれが突き刺さった衝撃で、俺が乗せられていた荷馬車状の部分がひっくり返ったらしい。


「私はリリィ・サンダノン。あなたの名前は?」

「あ、えっと、勇司……鬼束勇司」


 唐突に名前を聞かれ、つい正直に答えてしまう。

 エルフ風の少女――リリィはユージ、ユージと小声で反復すると、改めて俺の手を握ってきた。


「早く逃げましょう、ユージ。フォルミドに連れて行かれたらおしまいよ」

「待ちやがれ!」


 ガラガラ声と、どすどす重い足音が近付いてくる。よく分からない乗り物で、俺が入った木箱を運んでいた男だ。反射的にそちらに顔を向けた結果、とんでもない瞬間を目撃する破目になってしまった。

 その男は、最初ただの大柄で小太りなおっさんにしか見えなかった。それが俺達に近付いてくるにつれて、体の表面がメキメキと質感を変え、くすんだ色になり、スライスした岩盤を皮膚という皮膚に貼り付けたような姿に変貌したのだ。


「う、うわぁ!」


 思わず情けない声を上げてしまう。目の前で人間が岩人間に化けたのだ。平然としていられる方がどうかしている。

 ところがリリィはその異形の姿ではなく別のことに驚いた様子で、ポシェットから何かを取り出そうとしていた。


「信じられない。生身であれを食らって生きてるなんて。ペトラスの頑丈さを舐めてたかも……厄介ね」

「いや、厄介とかいう問題じゃないよな、あれ! 何なんだよあの岩の化け物!」

「ああなったら剣も矢も通らないけど、足が遅くなるから足止めしてしまえばなんとかなるわ」


 リリィが取り出したものは、精巧な細工が施された親指サイズの金属筒だった。

 それを目にした瞬間、俺の脳内で最悪の記憶がフラッシュバックする。




『やばっ、箱が割れてんのか』


 不注意で落下させてしまった商品を拾い上げようと身を屈める。

 それの形をハッキリ見たのはその瞬間だけだったが、確信を持って言える。箱の亀裂からこぼれ落ちた、ガラクタとしか思えない金属製の小さな道具。あれはリリィが手にしている金属筒と全く同じものだった。

 天蓋寺晴彦にスタンガンで気絶させられたのは、まさにその直後のこと――




「どうして、それがここに……!?」

「えっ?」


 リリィが俺の呟きに気を取られた隙を突いて、岩人間が乗り物から木製の車輪をひっぺ剥がし、俺達に向けてぶん投げてきた。


「危ないっ!」


 俺はとっさにリリィの肩を掴み、覆い被さるようにして地面へ倒れ込んだ。本日二回目の地面とのキスを味わう俺の上を車輪が回転しながら飛んでいき、大樹の幹にぶつかって砕け散る。


「あっ、精霊筒が!」


 リリィの手から金属筒が滑り落ち、未舗装の路面を転がっていく。それがリリィの細腕では届かない距離で止まったのを見て、俺は反射的に手を伸ばしていた。

 この金属筒が一体何なのかは分からない。だが、岩人間を足止めすると言って取り出したということは、そういう効果が期待できる道具なのは間違いないはずだ。現状をどうにかしてくれるなら閃光弾でも煙幕でもなんでもいい。

 そう願い、金属筒をしっかり握り込む。


 ――カチッ。


「あっ」


 嫌な音がした。強いて言うならスイッチを押したような音。

 握り込んだ指の隙間からエメラルドグリーンの光が溢れ出る。失態を犯したと思ったのも束の間。強烈な光が俺の指に、手に、腕に染み込み、内側から何かが膨れ上がってくるような感覚を叩き込んできた。


「な、何だ……? 腕が、膨らむ!?」


 肩から先の部分が丸ごと緑色に輝いた。その光の中から、なんと植物のツタにも似た太いモノが生えてきた。

 それだけでも腰を抜かすほどの驚きだったが、本当の驚きは光が消えてからだった。


「う、うわああっ!?」


 俺の右腕は、岩人間のことをとやかく言えない姿に変わり果てていた。

 数本の太いツタが手から手首にかけた範囲から生え、それが螺旋状に腕を這い上がり、肩の付け根にまで達している。これでは岩人間ならぬツタ人間だ。

 パニックを起こしかけた視界の片隅で、岩人間がもう一つの車輪を担ぎ上げる姿が見えた。


「シルヴァの小娘が!」

「って、やめろ!?」


 二つ目の車輪が投げつけられる。本能的な防御反応というべきか、無駄だと分かっているのに、車輪をはね退けようと腕を振ってしまう。

 それに呼応するように、腕に巻き付いていたツタが解け、鞭のように弧を描いて車輪を打ち砕いた。


「――は?」


 間の抜けた声は俺の口から発せられていた。

 車輪の残骸が飛び散り、細かな木片が顔にまでかかる。

 何なんだこれは? 無数の疑問符が脳内を飛び交う。俺の身体は一体どうなってしまったというんだ。

 岩人間は混乱する俺に背を向けると、のっしのっしと走り出した。


「くそっ、なんてこった! カルコス様にお伝えしねぇと!」


 リリィが言っていたとおり、確かに足が遅い。呑気にそんなことを考えていたが、それどころじゃないと思い直し、立ち上がって岩人間を追いかけようとする。


「おい、待て!」


 届くはずもないのに、引き留めようと腕を突き出す。

 すると車輪を打ち落としたときと同じようにツタが伸び、岩人間の身体に絡みついた。

 ――このツタ、俺の思った通りに動くのか? そんな予感が頭を横切る。

 が、岩人間は俺に冷静になる暇すら与えてはくれなかった。


「うおっ!」


 凄まじい力で引っ張られ、危うく転びそうになる。岩人間は俺の腕から伸びたツタに絡まれていることなどまるで意に介さず、力任せに前に進もうとしていた。

 右腕だけで引っ張り合ったら肩が外れかねないと直感し、左手でもツタを掴んで応戦する。だが、両足を突っ張って踏ん張っても、靴底で地面を削りながら引っ張られるだけ。まるで綱引きで惨敗しそうになっているときの気分だ。

 俺が離そうと思ったら、このツタは岩人間から外れてくれるのかもしれない。

 けれども、あの岩人間を放っておいてはいけない気がした。


「ぐっ……どこに行くつもり、だよ……!」

「決まってんだろ! カルコス様に報告して、お前を売りつけてきたテンガイジとかいう野郎に文句言ってやるんだ!」

「天蓋、寺ぃ……!?」


 やっぱりだ! ここでコイツを逃したらとんでもないことになりかねない。

 とはいえ力の差は歴然で、このままだとカルコス様とやらのところまで引きずられてしまいそうだった。


「ユージ!」


 リリィが駆け寄ってきてくれたが、引っ張るのを手伝ってもらっても意味が無いのは明らかだ。引っ張られる速さがほんの少し緩む程度だろう。

 本人もそのことはちゃんと理解していたのか、リリィは力任せの引っ張り合いに加わる代わりに、俺の右手にあの金属筒を二つ握らせてきた。


「これを使って。冷たい氷をイメージしながら、二つ同時に押して解放させるの。きっと上手くいくから!」

「二つ同時って……」


 手の中で持ち方をあれこれ変えてみる。

 確か、リリィが落とした金属筒を動作させてしまったときは、円筒の底部に指が触れていたはずだ。どういう原理でこんな不可思議な現象を起こしているのか知らないが、底部にあるスイッチを押すのが起動の合図になっているのだろう。


「……こうか!」


 イメージは氷。とびきり冷たい氷。北極の巨大な氷山。

 親指で二つのスイッチを同時に押し込む。カチリと小気味の良い音がして、薄い水色でなおかつ強烈な光が発せられる。

 ――パキィ! と右手が凍りついた。

 氷は右手から伸びるツタにまで伝播し、瞬く間にツタを凍結させ、それに絡め取られた岩人間をも氷に閉じ込めた。


「……凍った?」


 唖然とする俺の目の前で凍りついたツタが砕ける。しかし砕けたのはツタだけで、岩人間は前のめりの格好で凍結したままだった。

 元通りになった右腕を動かしたり、指を閉じたり開いたりさせてみる。

 違和感はない。普段通りの俺の腕だ。ツタが生えたり凍りついたりした痕跡もない。

 安堵に浸ったのも一瞬だけ。すぐにとんでもないミスをしたことに気がついて、思わず声を上げてしまう。


「しまった! アイツからあれこれ聞き出したかったのに! ていうかこれ、やっぱり殺人に……!?」

「大丈夫。ペトラスはとにかく頑丈な種族だから、これくらいじゃ死んだりしないわ」


 リリィは俺の手から空っぽになった金属筒三つ――ツタが生えたときの金属筒一つと、岩人間を凍らせたときの金属筒二つを受け取り、改めて正面から俺と向かい合った。


「ありがと。助けるつもりが助けられちゃったね」

「ど、どうも……って、そういう話じゃなくて! 今の、何だったんだよ。俺の腕があんなことになるなんて……まさか魔法とかいうんじゃないよな……?」

「魔法? ううん、精霊術なんかとは別の力」


 そして、リリィは真剣な顔で俺の目を見つめた。


「あなたの力は、この世界に存在しない空白の力――白紙の法典(ブランクコード)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ