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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
83/89

ACTion 82 『EXPRESS! 1』

『あるならそれ出して、早く!』

 デミの声が飛ぶ。

 霊柩船のコクピットへ駆け戻ったモディーは操縦席へ移動したデミと入れ替わりだ。いつもの助手席へおさまるや否や、座面の裏側から自身の専用の端末を取り出す。

『今のままじゃ、無理に決まってるよ。だからIDコピーして作りなおす。手伝って!』

『ま、間に合うでやんすか?』

 問うてデミに睨み返されていた。

『モディーはも、もちろん、間に合わせるでやんす』

 言うしかない。

『そっちにコレ、つないで!』

 向かってデミが、カードパソコン内に巻き上げられていたジャックを引き出し投げつけた。

『どわ。で、一体ど、どこにつなげれば』

 剣幕にうろたえるモディーは端末を眺め回す。

『左っ!』

 デミの手はすでに怒涛の勢いでキーボードを弾いていた。

『あ、あったでやんす』

『メモリーの残りは?』

『結構ある……』

『それじゃ、わかんないよ!』

 ヒステリックな響きに思わずモディーは両手を突き出す。

『分かったでやんす。今すぐ、今すぐ調べるでやんすから!』

『それ遅い! いい?』

 などとよく手元と鼻溜がこうも別々に動くものだと思うほかない。

『IDのプログラム転送は十七セコンド後に開始ね。そのためにも八千TB以上、落とし込む先、今すぐ確保して! それまでに完了したらすぐ、ぼくに知らせて!』

『十七って、ま、無理でやんすよぉ、デミさん』

 モディーはもう半泣きである。

『待てない、時間がないのっ! それとも捕まって終わりにするっ?』

 だとして融通はききそうになく、モディーの目は脳内以上、互い違いと高速回転を始める。ゆえに言葉はこうも、もれ出していた。

『し、社長より、怖いでやんす……』



 立ちふさがっていたロッカーが遠ざかってゆく。蹴り倒したサスとトラの視界に光は差し込んでいた。室内に誰もいないことは、どうにか開けたドアの隙間から確認済みだ。トラがシワを揺らしロッカーの上へ駆け上がる。危うい足元で這い上がってくるサスへ手を伸ばすと引き上げた。ふたりしてロッカーを乗り越える。

『アルトは矯正の準備がどうのとか言っておったが、どこへ行きおった?』

 サスは部屋を見回すがもう誰もいない。

『知らん。数え切れないほどのネオンがいる、とか言っておった場所か』

 着込んでいた黒いツナギの前をトラが勢いよく開いた。溶けかかったクリームのようにそこからシワはあふれてぶら下がり、袖から腕を抜いたトラは腰へときつく巻きつける。

『あやつは強引過ぎて自分のことを分かっておらん。だのに一人でどうにかしようと企んでおるのなら、それこそ無理というもんじゃ』

『そんな危うい奴にネオンを預けてはおれんわ』

 吐いたトラが腰から警棒を引き抜く。感触を確かめ宙へ放り投げ、数回転したそれはパシリ、受け止めなおした。

『ならば行くか?』

 見上げるサスの目が鋭く光る。

 顔へトラも小さくうなずき返した。

 剥き出しとなったシワの間から通信機をさぐり出す。

『わしはデミ坊の悲しむ顔も見たくない。サスはわしの後にまわれ。おいデミ坊、聞こえるか?』

『おいちゃん! そっちは大丈夫なの? 軍に追われてるんじゃないの? おじいちゃんはどこ?』

『ぐ、軍だと? こちらは白衣がウロついておるだけだぞ』

『デミ、わしはここにおるぞ』

 つま先立ったサスが声を割り込ませる。

『おじいちゃん! よかった。えっと、スラーおじさんが霊安所の詰め所へ軍が駆け込んできてる、って言ってたの』

 トラとサスが顔を見合わせたことは言うまでもない。

『あの、バナールのせいかの?』

 サスが鼻溜を振り、確かなことなどわかるはずもない。トラは通信機へと向きなおる。

『ともかく今からネオンとジャンク屋を連れて戻る。いつでも船を出せるよう、管制の準備を頼んだぞ』

『やった。おねえちゃん、見つかったんだね!』

『そうだ、変らずエビの尻尾だった』

 意味が伝わったのかどうなのか、少なからず通信の向こうで安堵するような間は生じる。

『じゃ今、ぼくID……』

 が、言葉はそこでふい、と途切れる。

『違う! 先に変換してから、そっちのファイルへ! それじゃない! その後のヤツ!。……って、入艦記録の再チェックが始まっちゃっててバレそうだからぼく、今、IDつくり変えてる最中なの。何とか間に合わせて出航の準備するね!』

 そんなデミの向こうからは、そんなにどやさなくてもいいじゃないでやんすか、 とけんか腰のモディーの声もかすかに漏れ聞こえくる。どうやらデミたちはデミたちで修羅場を迎えているようだ。任せてトラは通信のチャンネルをスラーたちへ切り替えた。

『おい葬儀屋! 聞こえるか?』



 というものの、傍らを駆け抜けて行った軍の目的は別のところにあったらしい。何事も起きず、めまぐるしく変化を続けていたライオンの義顔もアルトのそれで止まる。

『な、何が起きてやがんだ』

 腰を抜かしたスラーもこぼした。

『てっきりバレたのかと……』

『おい、なら中のヤツらがヤバイんじゃねーのか?』

 まさにその時、通信は飛び込んでくる。

『おい葬儀屋! 聞こえるか?』

 トラだ。スラーは弾かれたように耳元の通信機を押さつけていた。

『何してやがる、テラタン!』

『待たせた。先に霊柩船へも連絡を入れた。今からネオンとジャンク屋を回収してここを出る。そっちもそろそろ撤退の準備にかかれ』

 だが今しがた目にした光景がスラーに了解、とは言わせない。

『軍が今、詰め所を抜けて奥へ駆けていっちまったぞ。そっちこそ大丈夫なのか?』

『デミから聞いた。わしらはまだバレておらん。ただ、わしらの侵入を手助けしてくれた内部の者がおるのだ。そいつが軍をひきつけ、外へ駆け出して行った。そのせいかも知れん』

『なら、いいんだが』

 少なからずスラーは胸をなでおろす。投げる視線でライオンへ、双方の無事を知らせた。

『分かった。格納庫の手前まで来たら連絡をくれ。それまで俺はここで入艦記録の抹消に粘る』

『余計なことをして、逆にハッカー手配されるな』

『俺はそこまで馬鹿でも、デキルクチでもねー!』

 などと通信を切るタイミングが合えば、もう互いはコンビだ。

『テラタンたちが二人を連れて戻ってきたなら通信が入る、って寸法だ。俺はそれまでこの間の記録の抹消に没頭してー。悪いが、こいつを頼むぜ』

 ライオンへ耳からはずした通信機を投げつける。

『了解した』

 受け取ったそれがアルトの耳にかけられることはない。こめかみから奥へめり込むと、ライオンの耳へと消えていった。



 階級章をかざせば鉄扉はスライドする。

 シャッフルはただあの『デフ6』と『テラタン』が無事にアルトとセフポドをここから連れ出すことだけを考えた。そのためにも分隊員たちを引きつけなければ、と奥歯へ力を込める。果てに自身はどうするつもりでいるのかなど取るに足りない問だった。

 目的は、この思いを通すことにある。

 引き換えに得るモノこそ目的であるとも言えた。

 得てもなお後悔することがあるとすれば、イルサリの称号を我が物にしたい、と一瞬でも過ったあの欲、というやつだろう。あれさえ顔を出さなければまったく違う今があったはずだった。タイムスケジュール通り運んだ計画に今頃は、成果の一端を垣間見、誰に知られることなく巨大な力を手にしていたはずと振り返る。

 だがそれは何か、どこかがしっくりこない。だからこそあの欲は、鬱積したその何かを足がかりに頭を持ち上げた。

 シャッフルの背で追い立てる分隊員たちの足取りが、またけたたましさを増している。聞きながらドア際へ張り付くように身を寄せ、シャッフルは上がる息を肩で押さえつけた。足音との距離を測って視線を投げ、ひねった首で進行方向、ドアの向こうをうかがいのぞく。

 そこに見えるものは何もない。

 ただ霊安所へ続く小綺麗な通路が一本、涼しげに伸びていた。

 その胡散臭さに確信するのは、追い詰めるならここだ、と言わんばかり仕掛けられた罠だろう。

 知って飛び出すのか。

 リスクを負えるのは、それが自らの望んだ物事の一部であるからだ。

 得るために、越えるボーダーの外にあるものは。

『意志……か』

 シャッフルは呟く。乾いた唇の端を持ち上げたなら、脳裏へカウンスラーで対峙したセフポドの瞳は蘇る。

『使いこなすつもりがわたしはどうやら、それに使われていたらしいな。いや、そもそも使いこなせる奴などそうはいないのだろう。それすら持たぬ者であったからこそ、貴様はそこに固執した』

 背後の靴音はもうすぐそこにまで迫っている。シャッフルは誰もいない通路を再度、睨みつけた。大きく息を吸い込み腹へ残る力をすべて溜めこむ。

『貴様の守りたいものがなんだったのか、わたしにもようやく分かってきたような気がするよ。わたしもわたしで、あり続けよう』

 吐き出し、その身を通路へ躍らせた。



 穴が、床に広がる保冷ガスの海へ点々と空いてゆく。

 一つ、二つ、いや五つ、六つ。

 間違いなくそれらはミラー効果を作動させて歩く分隊員たちの足だ。テンは円卓の足の隙間から目を凝らし、その動きを追い続けた。浅い息を繰り返すメジャーへと指を折る。

(しばらく、ここでガマンできるか?)

 円卓の脚へ背を預けたメジャーは辛うじてなずき返してみせていた。

(すぐ、戻る)

 振って、保冷ガスを吐き出す扉へと動話を投げる。

(俺は右から行く)

(了解)

 陰には一体が潜み、返す振りを見届けテンはその場から抜け出した。思い出して踏み止まり、預かっていたスパークショットをメジャーの手に握らせる。

(ええか、使うまで、気ぃ、失うなよ)

 小さく笑い返すメジャーは弱々しい。

 様変わりした部屋の様子に警戒する分隊員たちはひと塊のままだ。また保冷ガスへ穴を空けると、円卓沿いに静かに部屋を奥へと進んでゆく。

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