ACTion 78 『FAKE LIKE A FALE』
『そんなところで何をしている』
果たして声は背から聞こえていた。
今まさに元の位置へロッカーを立てかけなおすと、アルトにネオンは振り返る。
『え、や、その……』
覚えた後ろめたさがネオンの口を曖昧と開かせていた。
制するアルトの目が、黙れ、と訴える。
だがもう口から出てしまったのだから戻せない。
『や、やだー』
ネオンの声は棒読みと放たれる。
『いつまでこんな格好させておく気よー。このヘンタイー。あたしの服はどこよー』
その大根芝居こそ凄まじい。目の当たりとしたアルトの頬も引きつりに引きつる。押して今度はネオンが視線を投げた。小刻みに振るアゴで、何か言いなさいよ、と投げる。だからして、冗談、とアルトが目を剥こうが引かない。あたしは服を探してるの。七面相で訴え返した。
ままに互いが睨み合うことしばらく。
やがてアルトの鼻から、意を決したような荒い息はひとつ、吐き出される。
『うるせー。今さら服がなんだってんだー。それで十分だろうが』
一瞥くれると負けず劣らずの棒読みで天を仰いだ。
『こちとらもう見飽きてるんだ、っつーのッ』
『み、見飽きっ……!』
とたん耳の先までネオンの顔は赤くなる。
『あっ、あなたねっ! みあ、見飽きたってそれっ、デリカシーってものがないのっ!』
大根だった先ほどまでとは雲泥の差だ。
見せつけられた白衣の二人は、ドアの前できょとんとしている。
『そいつは必要ない。歩かせる』
すかさずアルトはそんな二人が押していたポッドをアゴで示してみせた。ならそうだった、と我に返った一人がネオンへ歩み寄ってくる。
『気をつけろ。丁重に扱わないと噛みつかれるぞ』
『そんなことするわけないでしょっ!』
などと早々に噛みつくも、かまわずアルトはそんなネオンの腕を掴む。白衣へ引き渡す間際だ。のぞき込んだ顔へとわずかに首を振ってみせた。
「約束」を問え。
否応なく思い出したネオンの悪態も止む。
その背を白衣が押して歩かせた。
『表の磁気錠が外れていましたが、あれはあなたが取ったのですか?』
向こうから、もう一人の白衣がアルトへ問いかける。
『俺が来た時からショートしてたぜ。アルトが逃げ出そうとドアを乱暴に叩いたんじゃないのか?』
いずれにせよここに必要不可欠な本人はいるのだ。それ以上、追求すべく話題ではないと判断したらしい。白衣はそれきり納得した様子だった。
『今回、マスター立ち会いの元に矯正を行います』
話題を変える。無論、マスターとはクレッシェのことだ。
『確かに前歴アリってわけだ。任せっきりにできやしないよな。トパルもいるんだろ?』
アルトはすかさず確かめる。
『それが何か?』
白衣は不可解な面持ちを向け、もう一人がネオンと共に、早くも空のポッドが乗ったストレッチャーをドアの向こうへと押し出していった。
『いや。なら俺も付き合うぜ。自閉が解けたからといって、それまで矯正に携わっていたのは俺だ。いなけりゃ何かと不便なことがあるかもしれないだろ』
強引さに白衣はしばし眉をしかめる。
『問題ないとは思われますが』
いや、問題があろうとアルトは居座る気でいた。それこそが最初で最後のチャンスなのだ。
『いいさ。あんたに判断を求めちゃいないよ』
だからこそ握りつぶさぬよう、そっと受け流す。
ストレッチャーが耳障りな音を響かせていた。通路をリンクルームへ向かってゆく。追いかけアルトも部屋を出ると、誰もいなくなった部屋のドアを後ろ手に閉じた。
『で、あやつらは助けに来たわしらを閉じ込めて一体どうするつもりじゃ?』
つまりロッカーで塞がれた防音室の中、呟いたのはサスだ。その隣ではトラがシワの間から抜き出した通信機を握り締めている。
『スラーとは通信がつながったが……なんと言う?』
問われたサスが、うーん、と唸った。
『こら、呼び出しておいて返事くらいしろ! こっちはバカでかいデータと格闘中で猫の手も借りたいところなんだぞ。聞こえてるのか、テラタン!』
通信機の向こうから漏れる声からさっするに、どうもあちらはあちらでずいぶんてこずっているらしい。
『ええい、二人に閉じ込められたとでも言っておけいっ!』
投げ返し、ともかくサスはドアへと耳をすりつけた。
『うむ。防音室とか言っておったな。外の音がまるで聞こえんわい』
隣ではトラがけんか腰、サスに言われた通りを伝えている。まどろっこしく聞きながらサスはドアの隙間へ爪を立てた。
『トラ、済んだら手を貸せ』
『わしに言うな、わしに! 行きがかりじょう、そうならざるを得んかったのだ!』
スラーへ怒鳴りつけたのを最後にトラが通信を切り上げ加勢する。
『待たせた!』
その力はサスにとって百人力か万人力か。やがてゆっくりとドアは引き開けられていった。
(ボス、あれ!)
ジェスチャーに近い動きがテンとメジャーの視線をさらっていた。ホログラムの巨大な樹が立つ部屋の向こう、交差する通路を白衣が台を押し歩いている。テンが探す『ヒト』もまた、その後ろについて姿を現していた。
(なんや、あの奥へいくんか)
腰の辺りでテンは控えめに指を折る。
(追いかけますか?)
メジャーがたたみ掛けていた。
(いや、おることがわかればそれでいい。処置室が先や)
つづるうちにも白衣と『ヒト』は通り過ぎて行く。見送りテンは視線を手元へ引き戻した。ホログラムの樹が立つ部屋は、もう目の前だ。隣が処置室だと記憶していた。
とその時だ。ホログラムの樹が立つ部屋のドアがスライドする。中から白衣は飛び出してくると、通路を走り去るのかと思えばすぐ隣、テンたちが目指す処置室へとなだれ込んでいった。二人、三人、さらには機材を押しながら現れた合計四人が中へと消え去る。
伝わる物々しさが、これからひと暴れするつもりでいたテンたちへ先を越されたような拍子抜けを食らわせていた。思わずガスマスク越しの顔を見合わせさえする。間にも一人、二人とぶつかりそうになりながら、白衣は処置室から出入りし続けた。
何かがおかしい。
残る距離を一気に詰めていた。
駆け寄るその姿に、ホログラムの樹が立つ部屋から姿をあらわした白衣が気づく。短く声を上げた体を、テンはスパークショットで突き飛ばした。
処置室のドアは忙しい往来に、開け放たれたままだ。
そうして中をのぞき込む。
だがベットは囲う白衣と、照射されている滅菌ライトやその他の機材に遮られ見えない。さらに拒絶するかのごとく細かく交わされ続ける会話の速度が圧倒的とたちはだかった。
割り込めずテンはしばし気圧される。拉致があかぬと恐る恐る、やがて処置室へと足を踏み入れていった。
気配に気づいたのかベッドを囲っていた学位の一人がふい、と顔を上げる。いるはずのないテンたちを見つけるや否や目を見開くと後じさった。おかげで見えるようになったのは、それまで覆い隠されていたベッドの一部だ。そこに、頭から被っていたはずの処置着を裂かれた部下の体はあった。
『何をしている。遅延剤だ!』
すかさず怒号がテンを見つめたままの一人へ飛ぶ。
『ぼうっとしている場合か!』
動かないならさらなる声は上がり、怒鳴りつけた白衣もまた顔を上げていた。テンたちに気づくなり、忙しなく動かしていた手を止める。我を取り戻すや否や造語を放った。
『な、貴様らは別室ではなかったのか。ここは関係者以外立ち入り禁止だ!』
だがテンたちに造語は聞き取れない。
テンはただアゴ先からファスナーを引き下ろす。じかに光景を確かめんと、かぶっていたガスマスクを払いのけた。とたん触れた空気は目に染み、それまで感じることのなかった腐敗臭が鼻を突く。
(こ、これは……)
ガタリ、鳴った音は、握っていたスパークショットをメジャーが手から滑らせたせいだ。慌てて掴みなおしたその傍らでもう一体も、ぎゃふんと跳ね上がっていた。
ベッドの上に横たわっていたはずの部下はもう、そこにはいない。裂かれた処置着の中にはスライムがごとく溶けて輪郭を失った肉塊だけが転がると、不規則な呼吸を繰り返し手足の名残と思しき出張った「何か」を振り回しながら声もなくもがき続けている。
これが大役をかって出た仲間の成れの果てか。
テンの中で声は回った。だが信じきれない。瞬きさえもがぎこちなくなる。
『今すぐ出てゆけ!』
向けて白衣の罵声が飛んだ。外を指さし振り上げられた袖口には、透き通るような緑のシミが広がっている。
『だめです。代謝、止まりませんッ!』
また別の声が飛び、開け放たれたままのドアの向こうからさらにもう一人、白衣は飛び込んでくる。動かぬテンとメジャーを押しのけるとベッド脇へと駆け寄っていった。握りしめているのは半透明の袋だ。
『ほうっておけ。このままでは汚染が広がる。シールが先だ!』
白衣はその袋を裂く。中から二メートル四方はありそうなシートを引き出した。
『くそッ。矯正に手を取られたからだ!』
邪魔だ、といわんばかり機材に吊られていた滅菌ライトが払いのけられていた。シートはベッドを回り込みながら肉塊全体を覆いかぶせられてゆく。合図にかえて周囲の白衣たちもまた、シートの縁をそれぞれ掴むと引っ張った。
とたんシートが白く曇る。
内側から冷気のようなものは吐き出され、ままに白衣たちはベッドごと、暴れる肉塊をシートで押さえつけ始めた。無論、密着したシートに呼吸を確保するような隙間などない。つまるところ白衣たちはこのケースを見限ったのだ。察したテンの怒りは爆発していた。
(なに、さらしとんじゃぁっ! キサマらぁっ!)
振り上げた腕もろとも、白衣たちへ踊りかかってゆく。




