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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
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ACTion 77 『I am...』

『おお! アルトではないか。探しておったぞ!』

 サスが千切れんばかりに鼻溜を振る。駆け出していった。

『おいッ、じいさん。鍵はどうした、鍵はッ』

 だがこれでは明らかに不審者の侵入丸出しだ。アルトは唸り、勢いを削がれたサスがあからさまと不満げにしぼませた表情でトラを指差す。

『こやつが毟り取っておったがの』

『だーッ、早く戻せ。もうすぐラボの奴らが矯正の準備に来るってのにッ。バレちまうだろうがッ』

 ならそこがお決まりの場所らしい。トラはシワの間から押し込んでいた磁気錠を引っ張り出した。ひったくってアルトはドアのススを手のひらで拭い取る。磁気鍵を押し付け直す。

『はい』

 背でネオンが藪から棒にネオンが挙手してみせた。

『もう来たわよ。白衣のお兄さんたち。血圧と脈拍と血糖値と、えすおーえす? はかってDNA採って、ムカつくほどあたしを無視して帰っていった』

 指折りそらんじる。ドアを閉めなおしたアルトの足は、そんなネオンへ一直線と繰り出されて行った。

『話がある』

 ひったくった腕を引く。

『なに、痛いって』

 声にトラの巨体こそひるがっていた。

『何だ、貴様は!』

 アルトの手をネオンから切る。切って間へその身を割り込ませた。仁王立ちで見下ろす胸をこれでもかと反り返らせたならアルトも眉間を詰めてゆく。ままに睨み合えば互いの間へ否応なく緊張感は満ちていった。

『違うぞトラ! これがわしの探しておったアルトじゃ』

『そう、あたしをサスの店まで乗っけてくれたジャンク屋なの』

 察してネオンにサスもまくしたてるが、結局、一言多かったらしい。

『何、コイツがか!』

 トラはぶるん、とシワを波打たせる。なにしろジャンク屋と言えば「『アズウェル』でネオンの頭を撃ち抜こうとした輩」としかトラの頭には記憶されていない。

『このヤロウが!』

 問答無用だ。アルトへ踊りかかった。見て取りアルトもまた背へ手をまわす。だがそこにスタンエアはない。手は空を切り、しまった、と目を泳がせた瞬間だ。襟首をトラにわしづかみとされていた。あった身長差を埋めて体はいとも軽々と吊り上げられ、暴れようものなら壁へ背から押し付けられる。

『違う、違うってばっ』

 光景にネオンが絶叫し、サスもトラの腰へと食らいついた。

『全くこのトンチキが。やめんか!』

 だがトラにはまるで聞こえていない。

『貴様、わしのネオンへ銃口を向けるとは、いい度胸だ! だがそうはさせんぞ。わしはそのためにここまで来た! 金輪際、その汚い手でネオンには触れるな!』

 部屋が揺れそうなほどに幾度もアルトを壁へ叩きつける。

『やめなさぁいっ、このっ、バカトラぁっ!』

 制してネオンの声は響き渡った。大きさに、針金を通したようにトラは背を伸びあがらせる。

『アルトを離しなさいって言ってるでしょっ! 今すぐ離しなさいってば。離しなさぁいっ!』

 手もまたスイッチが入ったように開くとアルトをドサリ、床へ離した。そんなトラのまたぐらを潜り抜けてサスがアルトへ駆け寄ってゆく。

『大丈夫かの?』

 放って肩越し、そうっとネオンへ振り返ったトラの怯えようはまるきり飼い主に叱られた犬だ。

『銃口を向けたのは本当だけど、それは仕方なかったのっ。ここへ連れ戻らせないためにそう脅しただけよ。引き金なんて引くつもりはなかった。それなのにあなたってひとはっ』

『わしはてっきり……』

『言い訳は後っ!』

『まったく、こんな事をしている場合じゃねぇんだ』

 サスの手を借りたアルトも喉元にあてがった手でむせつつも、どうにか立ち上がってみせる。

『何? 話って』

 ネオンがそんなアルトへ鋭い視線を投げかけた。あけすけな問いかけは、ここにいる誰もへ明かすようにも訴えかけている。察したアルトにためらう素振りがないのは、もうそれほど時間がないことを知っているためだ。

『いいか、奴らは恐らく今のお前のアタマをマッピングするため最初、覚醒状態から矯正にかかるハズだ』

 告げられたところでネオンにもう疑問も困惑もありはしない。

『イルサリ、ね』

 うなずき返してさえみせる。

 飛び出した名前にアルトも小さく笑むとこう続けていた。

『その間に作業が中断しないようなら、後はお前がやれ』

『やれ? って何を』

 こればかりは唐突過ぎて言うしかない。

『イルサリに約束の内容を聞くんだよ』

『聞く? 聞いてどうするの。だいたい約束って何?』

 などと説明すれば話は長い。

『何でもいいからとにかく聞け。そうすれば分かる』

 だが理解できていないのはネオンだけではない。さらに深い不可解の底からタイムを訴えサスが両手を振り上げ前へ躍り出た。

『いやはや、待て待て。イルサリとはあの症候群の権威のことか。もう死んだハズじゃろうが。そもそもこのF7は何なんじゃ。もぐりこんだはいいが、分からんことだらけじゃ』

 言うものだから肩を縮めてアルトも呆れ返ってみせた。

『まったく、それでよくここまでこれたもんだぜ』 

『うむ、ここの制服を着たバナールがわしらの侵入を助けてくれおっての。ミラー効果を一式、あの兵隊から奪ってよこしてくれたんじゃ。いや、あのバナールが言うにはそれもこれも自分の意志を通すための手段に過ぎんらしいが』

 思い起こしてサスは鼻溜を振る。

『バナール?』

『そいつはお前さんのスタンエアを持っておったぞ。知り合いか?』

 問いかけるサスにアルトの脳裏へ顔は浮かんでいた。

『シャッフル、か?』

『ともかく、お前さんはここで一体、何をしておった? 帰るつもりならわしは手を貸すぞ。そのつもりでここまで来た』

 サスはたたみかけ、アルトはしばし泳がせていた目をサスへと向けなおす。

『連邦の戦略の一つとしてある研究に従事していた。サスに拾われる前、俺はここで働いていたのさ。世間が知るドクターイルサリもイルサリ症候群の研究も、ハナから存在しなけりゃ、連邦は推し進めてもいなくてね』

 穏便ならざる雰囲気を嗅ぎ取ったサスが首をかしげ、向かってアルトはひとつ息を大きく吸い込んだ。

『イルサリはプロジェクトに利用されていたAIの呼び名だ。そのAIを使ってここではまったく別のプロジェクトを進めていた。そう、あんまり世間に大きな声でいえない類の、な』

 ほう、とサスは鼻溜を揺らし、トラが心配げとシワへシワを重ねてゆく。

 前でアルトは目を伏せる。過ぎた時を自身の中で手繰り寄せなおしていった。

『安直にいやぁ連邦は、じいさんがデフ6で、そっちがテラタンだ、ってことを忘れさせて自前で用意した新しいカテゴリーにはめ込もう、って方法をここで模索していたのさ。そのために既知宇宙内で初めて万族共通の話題となった、造語が普及する前だ、種族間を超えたコミュニケーションツールとして有効性が認められたアナログ楽器と、トニックの動話が選ばれた。この二つを操作することで誰も彼もをラクに丸め込もうって大胆な計画を連邦は打ち立てていたのさ。その鍵がネオンだった』

 開いたまぶたでチラリ、ネオンを見る。ネオンは何ら動揺することなく、ただそこでアルトの話を聞いていた。

『だってのに俺はそのネオンをここから連れ出した』

 サスの手がしきりに鼻溜をさすり始める。

『おかげで奴らは船賊を使ってまで連れ戻そうとした。なにしろ計画は極秘だ。そしてネオンはそんな計画のための最初一体、成果を詰め込んだマスターピース、だからな』

 とたんシワを押しのけ、トラの目は見開かれていった。

『だからネオンは楽器と……?』

『それはなかなか刺激的な話じゃの』

 真逆と落ち着き払ったサスの、さすっていた手も止まる。

『じゃが丸め込むとは言いようで、その話、昔は洗脳、とか言っておった類のものではないのか?』

 質問こそなかなか鋭いものだ。

『ただし過去、それは思想へかけられたものじゃった。じゃがお前さんの話から想像するならば、両方共言語外じゃの。それはもっと抽象的で、感覚的な部分を浸食するもののように思えるがどうじゃ?』

 正解だからこそアルトは唇の端を吊り上げ返す。

 と隣で頭を、いやシワか、トラが引っ掻き回してみせた。

『だー! わしに小難しい話はわからん。だが最初、一体とはどういう意味だ? わしのネオンは、ここにおるだけだ』

 なら答えて返すその前にだ。アルトは大仰な素振りで己が顔をひとつ拭う。気持ちをひとつ、入れ替えた。

『悪いな、サス』

 などとその事実が裏切りに値するのかどうかは分からない。呼びかけられたサスも何のことか、とアルトへ訝しげな顔を向けていた。

『俺もネオンも、ヒトだがヒトじゃない』

 アルトは教える。

『何と?』

『俺は34クルー。ネオンはすでに数え切れないほど生成されている』

 つまづきそうなほどにトラが二人へ身を乗り出していた。

『俺たちは地に足ついた一回性のあんたらとはちょいとワケが違う、連邦所有の合成塩基から複製されたデザイン自由な生き物なのさ』

『もう、やになっちゃう』

 人ごとかと肩をすくめるネオンの合いの手が絶妙だ。

 だとしてやはりサスに動揺はない。

『おうおう、そら小細工じゃ。何人おろうと、わしが知っとるアルトはお前だけじゃからの』

 鼻溜を揺らしてくれる。

 ただトラだけが乗り出した体を驚くままに固めていた。

『奴らは世界を俺たちのように変えたがっている。冗談。こっちから願い下げだ』

『まったく、やることが強引なのはその時からか』

 切り返すサスの呆れ顔は本心からだ。

『それしか手がないと思えた。ラボ中の職員が組めば抜け出すことはそれほど……』

 熾烈を極めた逃走劇が、思い出すアルトの表情を冷たくさせてゆく。

『挙句、地球のあの場所で、へべれけか』

 叩いて目を覚まさせるようなサスのそれは言葉だった。

『ここを抜けるためにいくらか必要だった。それに当初と計画が狂っちまった。おかげでネオンを外へ出すには囮が必要になったのさ。都合して俺が乗り込んだ船はたまたま興奮剤を積んで着艦したところらしくてね。乗せたままで向かった地球には遺伝的な興味があったが期待外れで、仕込んだ遅行性の記憶マーカーが働くまでの間、あれはあれで十分、役に立ってくれたと思ってるぜ』

『死にかけておったくせに、よく言うわい』

 自虐的と笑い飛ばすアルトをサスは睨み、切り上げ仕方なし、といつもの笑みを同じ頬へ滲ませてゆく。

『ま、おかげでわしは命拾いしたがの』

 そこから放たれるのはウインクだ。

『なら、ここにとどまる理由はないようじゃな』

 目で周囲もまた見回した。

 アルトも小さくうなずき返す。

『なんの、入ってこれたなら出られんわけがなかろうて。あの時の借りをこれから返してやるぞ。みなでもう一度、ここから抜け出すぞ』

 そこでサスの鼻溜はそこで大きく膨れ上がった。一本、指は振り上げられる。

『よしトラ、スラーへ連絡じゃ! アルトとネオンを見つけたと伝えろ!』

 重なりドアの向こうで微かに騒がしい音が近づいてくる。甲高い軋み音だ。それが矯正に使用されるポッドを乗せたストレッチャーの音だと分かったのは、一番よく知るアルトだろう。

『来やがった』

 つまりうろたえるのは不審者でしかないトラとサスとなる。

『てっ、撤回じゃ。トラ、ミラー効果を用意しろっ!』

 サスがそらそら、とトラの巨体を突っついた。が操作したところでトラの姿が消えるどころか、ポトリ、手元から何かは落ちる。足元に、二つあった肩あての片方は転がった。どうやら元々大きさが合わないところを無理やりに装着したことに加え、先ほどの乱闘がマズかったらしい。果たして頑強なはずの装備もトラの首回りでシワに押し潰されてしまっていた。

『なっ……』

 絶句するトラ。

『壊しちゃったのっ?』

 ネオンも短い毛を逆立てる。

『何をしとるか、このすかぽんたんっ!』

 サスが逆上し、『ちがう』とネオンから声は上がっていた。 その目がとらえたのは塞いだばかりのロッカーだ。

『この奥に部屋があるのっ』

 走りだせば蘇る記憶にアルトも、見開いた目で後を追う。

『防音室かッ』

 取り残されてトラとサスはしばし顔を見合わせた。

 おっつけ床を蹴りつけ二人に続く。

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