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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
73/89

ACTion 72 『SOUL La La! 』

 あれほど清潔感に溢れていた部屋へ、鉛臭さは充満してゆく。スパークショットへ再びプラグが差し込まれたせいだ。

(やっぱ、このニオイですよ。ボス! 血が騒ぐー!)

 フレキシブルソファの上で腕は振り上げられる。

(どないや、バッテリーの残量は?)

 取引は中止にする。

 決めたテンの動話にはいつもの力強さが戻っていた。

(ダメですね。無放電時間が長かったことと、プラグを外していたせいでしょう。ほとんど残っていません)

 手元のゲージをのぞきこんだメジャーがで眉間を詰めた。

(具体的にどれくらいや?)

 振るテンへメジャーは顔を持ち上げる。

(フルで一二〇百二十セコンド)

 短くつづる隣でもう一体もまた、指を折り返していた。

(九五)

(こっちは一四五セコンドや)

 最後に振った手でピシャリ、テンは股を打つ。

(しゃあない)

 搾り出した。

(ええか、残り放電時間五〇セコンドや。切ったらお互い、知らせろ)

 視線をメジャーともう一体へ走らせる。双方が神妙な面持ちでうなずき返したなら、見届けテンは打って変わって明快と腕を振ってみせた。

(それからどや、クロマに連絡つきそうか?)

 とたんメジャーの隣から一体は跳ね上がる。腰掛けていたフレキシブルソファをまたいで向こうへ飛び降りると、床へと屈み込んだ。そこには手のひらほどの大きさのビーコンが動作中を示し、黄色いランプを点滅させている。

 限られたスペースの関係上一式を取り揃えるわけにはゆかないが、個々の好みやグループ行動時のバランス等を配慮し、船賊たちは自分のガスマスクの中に翻訳器やビーコン、非常食に解錠ツール、予備バッテリーや救急箱であるところのファーストエイドセット等のいずれかを忍ばせており、テンががこの一体を連れてF7へ乗り込んだのも彼がビーコンを仕込んでいる、と知っていたからだった。

(作動中です。ただ通信機とはちゃうんで、問題はこいつの信号をクロマが気づいてくれるかどうか、っちゅうところですけれど)

 旧式の地雷にも似た楕円のそれをつまみ上げて一体は、動作を確認し、ひとつふたつ、裏面のパネルをいじる。テンはそこへ動話をかぶせていた。

(大丈夫や。あいつやったら見逃すはずがあらへん)

(だからクロマを船へ戻したんですよね)

 メジャーがテンへ微笑みかける。様子はいかにも楽しげで、テンも思わず笑い返していた。引き締め、肩へとスパークショットを担ぎ上げる。フレキシブルソファから尻を抜いた。

(ほな、いくぞ)

(はい)

 メジャーが続き、ビーコンをいじっていた一体もそれをガスマスクの中へ仕舞い込むと立ち上がる。そうして互いが目配せを交わした時間は、至極短い。うなずきドアへきびすを返せば、スパークショットを下二本の腕で構えたテンが素早くドア際へ背をはりつけた。挟んで向かい側にはもう一体が身を添わせ、残るメジャーがスパークショットの電極をノブへと押し当てる。

 残り少ない電力だ。無駄にできない。

 手元で放電量を必要最小限に絞った。

 引き金を引く。

 二つに割れた電極から光は短くほとばしり、鈍い音と共にノブへ絡みついた。それまで充満していた鉛臭さに焼け焦げるニオイは混じり、遅れて湯気にも似た煙がうっすら白くテンたちの前に立ち上る。

 見定め、背後につくようテンはメジャーへ手招きした。同時に向かいのもう一体へ宙で指を折る。

(三……、二……)

 途切れたところで静かに、実に静かにスパークショットの電極で、テンはドアを押し開けていった。



 そうして開いた扉を潜り抜けた分隊長は、他の分隊員らと共に保安所へと向かう。

『お前は怪我した者を医務室へ連れて行ってやれ。そっちは残念だが、そのまま霊安室だ。処置を頼む。もちろん家族への連絡はしてもかまわんが、引き取りはこの捕り物が終わってからにしろ。うまく取りはからえ』

 負傷者を抱え歩調の鈍る分隊員らを追い抜き先頭へ躍り出ると、手を振り上げひときわ大きく声を張った。

『残りはシャッフル中尉の追跡に向かう! あの足ではそうも移動はできんはずだ』

 続けさま呼び止めたのは、偶然目が合った一体だ。

『警戒線をエリア四五まで展開。捜索範囲を囲え』

 すかさずまた別の一体へも指示を飛ばす。

『中尉のIDを追跡。逃走経路の割り出しをしろ』

 それぞれの仕事へ散ってゆく全員へ最後、告げた。

『ブリーフィングは保安所内にて、三五〇セコンド後! それまで各自、装備の再点検をしておけ!』

 身内を狩るなど気乗りはしなかったが、今しがたの大立ち回りだ。警戒する越したことはなく、分隊長はさらに歩みを早める。プロダクトルームを右手にやりすごし、現れた十字路を右へ折れた。遮るウィルスカーテンは一枚きりと照射され、その向こうに現れた保安所の、ブルーグレーのドアへとなだれ込んでいった。



『うぉっと』

 声はサスのものである。同時に足もまた止めていた。なら背後で四つんばいになっていたトラの、うんざりした表情にも輪がかかる。

『なんだ、また行き止まりか?』

 何しろ身を反転させるスキさえないこの空間で、トラはすでに何度も後退を余儀なくされていたのである。ネオン救出の使命に燃えたトラと言えど、さすがにうんざりせずにはおれなくなっていた。

『まあ、それはそうなんじゃが』

 などと、サスの返事ははっきりしない。

『ええい、どうした?』

 その尻ばかりを眺めていたトラは首を伸ばす。と、行く手を塞いで緑の光線は、格子よろしく照射されていた。

『警戒線か?』

 言えばサスがうなずき返す。

『危ないとこじゃった。今しがた目の前に出てきおったわい』

『侵入がバレたのか?』

『まさかの。わしらが潜り込んだとバレたなら侵入経路も筒抜けじゃろうて。追跡なんぞ容易いもんじゃ。こんなもん、仕掛けんでも追いつかれるわ。これはもうちっと別の、何かを警戒しとるんではなかろうかの?』

 鼻溜を振ったサスはピントの合わない老眼の目を細める。ままに光線に触れぬよう、注意深く照射装置の根元を覗き込んでいった。任せたトラは、シワの間から通信機を引っ張り出す。つなげる相手は霊安所の詰め所にいるスラーだ。

『聞こえるか?』

『聞きたくない声だが聞こえちまってらー』

 用意していたかのような応答は、悪態だろうと小気味よい。

『で、どうした?』

『急に警戒線が張られた。そっちの様子はどうなっている』

『……いや、こっちは相変わらず湿っぽい空気が流れてるだけだぜ。俺がここで入艦記録をいじっていることも察知されてないくらいだ。何かあればすぐに知らせてやるから安心しろ。いきまいていた割には気が小さいぞ、テラタン』

 などとスラーは毎回、一言多い。

『うるさいわい』

 吐きつけるや否や切った通信機を、トラはシワの間へ押し込みなおす。

『いかんの』

 と、サスが呟いていた。

『は、あのエブランチルが悪いのだ』

 ふてくされるトラへ違う、とサスは続ける。

『その話ではないわい。これは警報が鳴るどころか触れば焦げるやもしれんシロモノじゃ』

 観察し終えた照射装置から顔を引き戻す。サスはその場で身を反転させた。

『そら、そら、ぼうっとしとらんと後退じゃ』

『ええい、また後戻りか』

 向かい合ったトラを追い払えば、唸ってトラも器用に体をくねらせる。とたん悲鳴は小さく上がっていた。

『うお、体がつかえた』

 続けさま沈黙が流れたのは錯覚でもなんでもないだろう。

『ええい、手の掛かる!』

 サスが小さな体で、とたんトラへ体当たりを食らわせる。



 いつしか眠りこんでいた。

 経て、ネオンは記憶に残るおぼろげな眠りの淵から蘇る。

 五感の隅々に充填されてゆく意識はまるで、今しがたこの世へ生み出されたばかりかのごとく新鮮だった。実に冴えわたった、それは稀なる目覚めでもあった。

 降り注ぐ光を受け入れる目の、焦点が合うまでのタイムラグ。掴んで引き寄せたシーツのシワさえ遠近感を伴い、世界はやがてネオンの前に姿を現す。だがあの時のようにそれを白衣と混同しなかったのは、混乱そのものが「していた」という過去にひとくくりとされたせいだろう。仮死や矯正で寸断されていたかつてと違い、眠ってもなお積み重ねられる記憶がネオンへ整合性を与えていた。その整合性が冴えわたる目覚めの前へ、一筋の道を伸ばす。

 彼方には。

 いてもたってもいられない。 

 寸断され続けたこれまでを取り戻すように、ナニカが溢れんばかりとネオンの中で巡りだす。巡ってそれは血を血に変え、肉を肉たらしめると、鼓舞して巡るスピードを早めていった。紛れもない生命が、ネオンの中から響きだす。その響きは鼓動と絡み、もう誰も手出しすることのできないネオンの意志と意識をリズムと紡いでいった。

 誘われるままに、気づけばシーツの中から足を抜いていた。

 床へ下ろすが靴はない。

 だとして裸足もなかなか気持ちがいいものだ。ひんやりとした床はなおさら自身の輪郭を鮮明とさせ、鮮明となった輪郭に喜々とリズムもグルーヴ感を増してゆく。

 ならふと眠る前、アルトが話していた故郷という概念、無条件に埋め込まれた最初のナショナリズムの話を思い出していた。案外、このことなのではないのだろうか。想像して、確かめるように大きく息を吸い込んでみる。満たして、あると主張を始める譲れない領域を、譲れば己を明け渡すに等しいモノの気配を、ネオンもまた味わった。

 だからこそ一方で、失ったその先もまた過ると身をすくませる。何らリズムの聞こえてこない死すより寒々しいその光景に、巡り始めた血さえ固まるような心地を覚えた。 

 連邦はそんなことをしようとしている。

 ならば好きになんてさせられない。

 肩の白衣が脱げ落ちかけていた。引き寄せネオンは袖を通し、大きすぎるその袖口を左右、手早くまくり上げる。中で体が泳ぐほどの前を合わせ終わったなら、部屋の中をぐるりと仰ぎ見回していった。

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