ACTion 69 『BLACK BOX RUN 2』
残して格納庫を後にする。この広さだ。探して全てを見回ることはできない。さしあたって手近には第一霊安所と、第二霊安所があり、比べてどちらが閑散としているのか。確かめるべく軍服姿でスラーは船内を歩いた。第一霊安所だと見定めたのは明らかに横たえられたボディーバックの数が少なく、駆けつけた業者や遺族の数も応じてまばらだったからである。奥の詰め所も伴い安穏とした様子で、駐在する優勢二十三種中の『ホグス』種担当官など、モニターが埋まるデスクへ覆いかぶさるとすっかり居眠りしてしまっていた。
さて、いかに不条理な要求であれ、強引に相手にのませる方法があるとすればそれは、有無を言わさず場の心理的主導権を握り、相手の上位に立つことだといえよう。
つまりあの古式ゆかしき戦法、強襲というやつだ。
遺体引取りにいそしむ葬儀業者へはご苦労、と腕を振り、うなだれる遺族へはご愁傷様でしたと声をかけ、スラーは上官気分で詰め所へ向かう。入り口前に立ったならその奥、ウィルスカーテンが掛けられたさらに奥へと伸びる通路へ目を凝らした。これから繰り広げるのは、そんなウィルスカーテンを潜り抜け、内部へ侵入するために欠かせないショーだ。備えてスラーは胸を張る。背中へ回した両手を握り合わせ、腹の底へと深く息を吸い込んでいった。戦法の成否を賭けて、最初一喝を『ホグス』へ放つ。
『くぉわらぁっ! 何を、しとーるっ!』
とたんデスクから、『ホグス』が爆発的な勢いで跳ね起きた。腰掛けていた椅子は弾け飛び、形状記憶合金がごとくスラーの前で直立不動と伸び上がる。
『……った! はいっ! も、申し訳ありませんっ! ソロ軍曹殿!』
などとこの船に、こうも旧式な上官が存在するのかどうかを知らない。だがいつしか刷り込まれたステレオタイプほどイメージを誘導しやすいものはなく、何より目の前の『ホグス』がそれを証明してみせていた。寝起きとは思えぬほどの滑舌のよさで答え、くっていたヨダレを慌てて拭う。目の前に立つ『エブランチル』がソロ軍曹ではないことに気づくと、ようやくまじまじスラーを見つめて返した。
『あ、あの……』
どこのどなたか訪ねたいらしい。だがすでに自ら走らせたシナリオが、彼自身の立場を制約している事に間違いはなかった。
『貴様のせいかっ?』
この藪から棒がいいのだ。読み取ったからこそつけ入りスラーは口を開く。さらに『ホグス』へ得体の知れぬ責任を負わせにかかった。
『は?』
『ホグス』が目を瞬かせる。だが制約が彼へ割り振った役割こそサボタージュの発覚したダメ軍人なら、ここでも違います、何のことでしょうか、などとぬけぬけ質問などできはしない。
『も、申し訳ありません。以後、このようなことがないよう、気を引き締めて任務に当たります』
吐けば役割は、なおさら『ホグス』に馴染んだ様子だった。
『ソロ軍曹からF7のことは聞いておったろう。だのになんという失態をしでかしたのだ!』
なおさらみスラーはたたみかける。聞いたばかりの『ソロ軍曹』と『F7』のを混ぜ込むと『ホグス』の反応をうかがった。ならそのタイミングは絶妙だったらしい。ビンゴを示して特徴でもある皮膚の凹凸を、『ホグス』はキュッと引き締める。
『それは管轄が違いますので……』
つまり『ホグス』は『F7』を知っているらしい。
『だからなんという失態だと言っておるのだっ!』
逃すまいとスラーはいきり立つ。スラーの中にも設定されていない衛府に関する『失態』を引き出させるべく、怒りをぶちまけた。浴びた『ホグス』は、サボタージュが発覚したダメ軍人なのだ、とたん自分の中に『失態』を探し始める。はっ、と息をのむと、全身を硬直させた。
『F7付きの格納庫で何か?』
こうも単純明快な思考の持ち主も他にはいないだろう。
『回収したヒトを移送して来た。向かいの格納庫に安置してある』
『いえ、その件でしたら二七〇〇〇セコンド前にヒト、二体。専用格納庫から搬入済みとなっているハズです』
そうしてひとつ、揺るぎない事実は手に入る。
『まだ他に何が? 失礼ですが、その制服は一体どちらの……』
引きかえに『ホグス』は冷静を取り戻し始めたらしい。スラーは焦り、しかしながらここでうわ滑れば主導権を相手へ移すことになるはずだった。取り繕うなどナンセンスと、むしろスラーは『ホグス』が唯一、見せたスキへ逆転の足払いをかける。
『まだ他に、だとーっ!』
一喝に躊躇はない。
『それが貴様の仕事だろうがぁっ! 先に搬入されたのは一体のみだ! 残りが届いた際はF7へ通す! 専用格納庫は今、先の船のメンテナンス中で利用できんからして急遽こちらへ回さえると変更の連絡はあっただろうが! 格納庫ナンバー〇〇〇。うたたねなどで見逃しおって! きさま、やる気はあるのかぁっ!』
散漫としつつあった成り行きを『うたたね』の、冒頭にまで一気に巻き戻す。蘇った役割に、『ホグス』が折れんばかりと頭を下げた。
『もっ、申し訳ありませんでした!』
なら鉄は熱いうちに打て、である。
『分かればボヤボヤするな、早く行け! 葬儀社が棺を構えて待っている』
『はっ! 任務にとりかかります!』
放たれる力のこもった敬礼が美しい。その手で代わりの常駐官を呼び出そうとするのだから、たまったものではなかった。遮りスラーは口を開く。
『かまわん。一刻を争う。ここはわたしが預かろう』
着せる恩で押しとどめた。振り返った『ホグス』の顔はまったくもって、これほどまで親身になってくれる上官はいるのか、といわんばかりだ。
『も、申し訳ありません! それではよろしくお願いいたします』
果てに互いの間へ妙な一体感まで生まれたりもする。
『覚えておけ。つまらぬヘマさけしなければ、お前もいち軍人として故郷に錦を飾ることができるのだぞ』
だからこそ吹き込んでやる、さらなる使命感。
『みなの喜ぶ顔が見たいだろう?』
それは眠るほど退屈していた『ホグス』にとって、じいんと響く言葉だった。証拠に瞳はとたん輝いて、腹からスラーへ答えて返す。
『はいっ!』
スラーはここでも逃さず追い討ちをかけていた。
『かまわず、行ってこい!』
それこそあの夕日に向かって、と。
受けて再敬礼した『ホグス』は駆け出してゆく。
そう、その実、降格へ向かって。
見送りスラーは息を吐いた。謎の熱血上司を切り上げると、緩めた軍服の襟の中から通信機のマイクを引き出す。
『そっちへ詰め所のホグスが向かったぞ。たたんで、早く来い。俺は今から入艦データの抹消にかかる』
『了解』
答えて喉元のシワへトラは通信機を押し込んだ。
『来おるのか?』
隣でサスも鼻溜を揺す。
『サスは手を出すな。わしが片付ける』
『の、方がよさそうじゃの。頼んだ』
もう意地を張る歳でこそない。
そんなふたりの足元には、霊柩船から下ろされたチタン製の棺があった。挟んでふたりにこやかに立てば、小さすぎるサスのせいでトラの巨漢はやたらと際立ち、ままに『ホグス』の到着を待つ。
と、よほどスラーがうまくたきつけたのだろう。ややもすれば格納庫脇の小さな扉は押し開けられ、。投射されたウィルスカーテンを潜り抜けて軍服姿の『ホグス』は駆けこんでくる。
『まことに遅くなりました。回収物をF7までお通しいたします』
なら返すのは、それこそすぐにばれるウソで十分だ。
『ご苦労様です。まずは中の確認を』
似合わぬ口調をトラが繰り出し、ひたすらニコニコ笑ってサスもまた促した。
『ご苦労ですの』
なら使命感に燃えた『ホグス』は、棺に空いた小さな窓を覗き込んでゆく。『フェイオン』事故発生直後、遺体の引き上げがあった際は報告が義務付けられていた『ヒト』をそこに確認した。
『確かに』
と、遺体の目は棺の中で開く。死んでいるのだと思い込んでいただけに『ホグス』はぎょっ、と息をのんでいた。思わず生き返った、といいかけたるが彼の記憶はそこで途切れる。
『痛そうじゃのう……』
サスが目を細めていた。
トラは、窓を覗き込んで前屈みとなっていた『ホグス』の頭を思い切りチタン製の棺へ叩きつけていた。
『かまっておる時間はない』
力の抜けきった『ホグス』の体を棺の上から引きずり降ろす。
『いやはや、そうじゃった』
棺のふたをサスが開いたなら、中からアルトは身を起こしていた。
『実にいい音だった』
だが、声はライオンだ。『ホグス』の頭蓋骨が上げた悲鳴のことを言っているらしい。
『しばらくは目を覚まさん』
答えるトラに愛想はない。
『だろうな』
ライオンはアルトのままで棺を抜け出し、トラから『ホグス』を預かり受けた。
『これの始末はわたしがしておく。ご老体とトラは先を急げ』
『たのんだ』
うなずき返すトラのシワが弾む。
葬儀社の偽造IDをサスが格納庫の扉へかざしていた。読み取って扉は開き、潜り抜けたサスを追いかけトラも向こうへ姿を消す。
残されてライオンは、空になった棺桶へ『ホグス』の体を放り込んだ。中の酸素濃度をホグスに合わせ調節すると、惜しむことなく棺桶をロックする。
その後の光景は自然だった。
詰め所を訪ねる葬儀社社員が、二体。入艦記録を抹消中だったスラーは見つけてトラとサスへ顔を上げる。
『よう、来たか。あのホグスは?』
『ライオンが棺桶へ放り込んでくれている。済んだなら、こっちのフォローへ来るハズだ』
手短にトラが告げた。
『守れる限りはここに居座るが、無理なら離れるぜ』
『わかった。その時はデミを頼むぞ、スラー』
『悪いがそれは俺の役目じゃねーし、あんたも真剣には言ってねー』
サスは促し、軽く突っぱねたスラーはこうも付け加得て言う。
『間違いなくF7って場所は存在して、すでに二人は運ばれてやがる。ホグスからの情報だ。いるぜ、この奥に必ずな』
『そうか。ならば、ますますここで引き下がるわけには、いかんの』
鼻溜を揺らしたサスがトラを見上げた。受けた視線にトラもサスへアゴを引いて返す。ふたりはそれを合図に、詰め所奥へ続くウィルスカーテンへ身を翻した。オレンジ色のそれをくぐり抜け、向こう側へ足を踏み出す。
『さてと、向かうはこの中央にある不明区域じゃな』
早速サスが懐から電子地図を取り出していた。
『じゃが、そこへ通じる道は、これだけのようじゃの』
指で地図を拡大すると、右へ左へとスクロールさせて周囲の状況を把握してゆく。不明区域と現在地を繋ぐ唯一の部屋に鼻溜を鳴らした。
『特殊医療区、保安所か』
方向へと顔を上げてゆく。




