ACTion 55 『相憐れむ』
勢いに体までもが吹き飛ばされていた。別体はよろめき、どうにか踏みとどまってみせる。否や飛び掛らんばかりシャッフルへと振り返ってみせた。頬骨の皮膚は裂けて血をにじませ、淀んでいたはずの瞳はぬらり、むき出しにした憎悪で光を取り戻している。
『触れたくもなかったが、再会の挨拶としようじゃないか』
打ち付けた手をさすり、シャッフルは乱れた呼吸を整えなおした。
『何をのん気にジャンク屋だと。実におもしろいシナリオだよ』
さげすみ頬を歪めて、すぐにもあきれ顔へと開いて笑う。
『貴様、ハブAIを使って自らに記憶マーカーを注入させたな』
おさめて真顔と睨み返した。
『だからこそ免疫センターにDNAデータを残した。そうでもしなければ貴様がアシのつくようなことをするハズがない。違法行為には違いなかったが、おかげでツーファイブ社には感謝状の一つも送ってやりたい気分だよ』
小部屋内、エコーするシャッフルの声はまるで生き物のようだ。幾重にも重なり、開け放たれた扉からこの険悪な雰囲気を嫌い逃げ出してゆく。見送りシャッフルは別体を覗き込むと前屈みと体を折った。
『つまり最後に、ハブAIが自閉する直前にリンクしたのは貴様だ。あれを自閉させたのは原因だ』
詰めた眉間で突きつける。否定はさせない。目を細め、前のめりだった体を引き戻した。
『いいか、ジャンク屋ごっこはこれで終わりだ。貴様にはラボで事態の収拾に取り掛かってもらう。断るという選択肢があると思っているなら今のうちに改めておくんだな。クレッシェは口にさえ出させないぞ』
『……あの時の生き残りは、俺だけなのか?』
確かめる別体の口調は固い。
『残す価値がどこにある? 出過ぎたマネを。貴様らこそ造り直す必要があったというべきだ』
『簡単に言ってくれる』
『何をいまさら。基本的なことは実に簡単ではないか。それは貴様も知っていることだろう』
『知っていればそれで納得できるって解釈は、いかにもあんたららしい話だ』
吐いた別体の口元へ皮肉な笑みは浮かぶ。
見て取りシャッフルは視線をそらした。アゴ先で、プラットボードを抱える部下を指し示す。
『違いは何だ?』
別体へと問いかけた。
『同じだと、あんたが勘違いしているだけだろ』
突き返す別体の口調に変わりはない。
『つまらんな』
『所詮、あんたらが調節できるのはツマミだけってことなんだよ。その中身までも自由にできると思っていたら大間違いなのさ』
とたんミシリ、音を立てたのはシャッフルの眉間だ。
『わたしへ説教か? 貴様、よほど行く末を短くまとめたいらしいな』
『さて、それこそあんたらの自由になるかな』
後ろ手に固定されたままで別体は無理から肩をすくめてみせる。
『一人前の口を……』
言いかけてシャッフルは言葉をのんだ。大きく吸い込んだ息で自らを落ち着ける。会話から主導権を取り戻すべく改めその口を開いていた。
『ひとつひとつの細胞が寄り集まり貴様の体が構成されているように、世界を構成する種族や個々から大なり小なり生ずる拒絶反応を取り除き、新たな肉体を組み上げ我々は、貴様が一人前の口をきいたようなひとつの意思、志向性、命とやらを世界へ吹き込みなおすのだ。無論、連邦は公式にそれらの存在を認めていない。なぜならいまだ定義できないもののために政府が動くことは出来ないからだ。だが、我々の思うようになった時、それは初めて解き明かされるだろう。そしてそれが普遍的な既知宇宙の安定につながるというなら、貴様が何をどうほざこうとプロジェクトに変更も中止もない。そもそも貴様はそのプロジェクトに従事すべく個体だ。批判できる立場にない。よく覚えておけ』
などとこれこそが、主要二十三種と雑種の間にそびえ続ける壁だった。
いや、理解を拒む溝、とでもいうべきか。
突き当たって飛び越えられず、そこに沈黙は訪れる。
やがて押しのけて、低く別体は切り出していた。
『世界は……』
すぐにも口ごもる。続く言葉が取るに足りないものだと分かっているせいだ。知って耳をそばだてるシャッフルは、サディスティックな思いに駆られる。前にしたなら思うつぼだろうと、途切れた言葉の続きを別体は絞り出していた。
『……あんたらのペットじゃないぜ』
待っていたからこそニヤリ、シャッフルの頬に笑みは滲む。
『まさか。それは貴様が世界へ自身を投影しているだけに過ぎん。貴様は自分のことをそう捕らえ、感情移入しているだけだ。貴様が哀れんでいるのは世界ではない。自分自身だ。住みよい環境を整えることなど生き物として自然な欲求ではないか。わたしに当たるのはお門違いと言うものだぞ』
勝ち誇ったように並べていった。
と、その顔を思い出したように間延びさせてゆく。
『なぜだ?』
素っ頓狂と声を上げた。
『なぜ始末しなかった?』
別体との距離を詰めなおす。
別体は何のことか、と瞬きを繰り返し、省いた主語を口にすることなくシャッフルはただ浮かんだままを浴びせかける。
『違うか? 頭部さえ吹き飛ばせばたとえハブAIが動いたとしても、この計画は白紙に戻ったも同然だった』
そうして別体が口を開くのを待った。待つうちにも閃いたものに、やがて唇の端をめくり上げてゆく。これ見よがしの笑みをそこに作り上げていった。
『なるほど。つまり同類、相憐れむか? これは恐れ入った』
様子をただ睨むように見つめる別体に言葉はない。
訣別して、シャッフルは身をひるがえす。背中越し、分隊員へ拘束の合図を送った。進み出た分隊員の銃口が再び別体を突いて、遅れを取り戻すべく急ぎ足で外へ向かうよう押し出す。
見送りかけてシャッフルは、その後ろ姿へ口を開いていた。
『戻ればまず、クレッシェへの面通しがあるぞ。わたしと違って相手はエブランチルだからな。覚悟しておけ』
何事かを言いたげと別体が踏みとどまる。だが許さぬ分隊員と銃口に、今度こそ小部屋の外へと押し出されていった。
『行くぞ』
シャッフルも部下、トパルを促し後を追う。
『何か質問は?』
扉の向こうへ身を屈めつつ、部下へ確かめた。
『いえ、わたしは軍医の指示に従うのみですから』
『上出来だ。外へ、出るぞ』
通路には残存物そのものと、先に出て行った者らの足音がこだましている。
そしていまだ焼けるような痛みを残すアルトの頬を、乾いた風はなでていった。背中に固定された両手がもどかしいほど『カウンスラー』の日差しは強烈で、堪え、降り注ぐ光に眉を寄せる。慣れればやがてネオンの姿を、場違いな外套に身を包んだ極Yの間に見つけていた。
恐らく分隊員たちはミラー効果を有効にして、その脇を固めているのだろう。気づけばアルトの傍らから銃口を突きつけているはずの分隊員もまた、姿を消している。
『そのまま直進しろ』
声だけが響き、ネオンたちとの合流を促した。
裂いて、砂煙を上げながら、間へ飛び込んできたのはバンだ。ここへ着陸できなかった巡航艇からの迎えらしい。外套を翻した極Yが中へ消え、分隊員に頭を押さえ込まれたネオンもまたぎこちなく乗り込んでゆく。
見据えながらアルトはそっと確かめた。極Yがシャッフルたちへ自分を突き出したその時だ。ベルトへ差し込まれたスタンエアの感触を、服地の上から指でなぞる。




