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ハードボイルドワルツ有機体ブルース  作者: N.river
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ACTion 54 『薄闇の信用』

 盗掘の跡だ。これほど小さな音窟でも、破壊された小部屋の扉が目についていた。見送りながらわずか下り続ける通路を奥へ進めば、低い天井もあいまり周囲の圧迫感もひとしおとなってくる。

 表に『エピ』が口を開いているせいで、この場所を訪れる者はいないらしい。背後からも前方からも気配はせず、やがて先頭をゆく分隊員がシャッフルへ身をひねった。

『この次の部屋になります』

 それきりだ。小部屋へ続く分岐はついえる。今にも消え入りそうに細る道だげが微妙にうねりながら伸び、ショットガンの明りの届かぬその奥からわずかな空気の震えは伝わってくる。次第に大きくなると明らかな物音へ変わっていった。小部屋から漏れる音だ。近づくほどエコーにも似た残音感を伴うと、嵐のように通路を吹き抜け始める。

 そこに何らか会話を聞いて取ることはできなかった。耳にできるのは衣服のすれるような音だけで、シャッフルはすぐにも極Yの動話だと察する。同時にその脳裏を久方ぶりに対面することとなる彼らの姿は過ぎっていった。鬱積していた思いはとたんシャッフルの中で、覚悟へ姿を変えてゆく。

 と、先頭を行く分隊員の明かりが開かれた小部屋の扉を照らし出した。気づいて物音もピタリ、小部屋の中で止む。まさにこれからを警戒して張り詰めた緊張を、静寂でもってして外にまで伝播させた。

 無論、扉の大きさは通路以上のものであるはずがない。先頭を切る分隊員が屈めた身で、中へ身を潜り込ませた。素早く左右に銃身を振って動く背をシャッフルは見守る。

『極Yと対象を確認』

 耳にするや否や扉へ手をかけた。一刻も早くだ。その顔を確かめたく潜り抜けた体を起こしてゆく。

 目へ、光は差し込でいた。眩しさに顔を背けたなら、プラットボードを抱え小部屋へ入って来る部下をとらえる。そんな部下へも光は向けられると、眩しさに部下はプラットボードをかざし拒んでみせた。おっつけ入ってきた分隊員らの体の上もまた光は這いまわり、そうして刺された瞳孔が絞れるまでいくばくか。やがてシャッフルの視界へと、極Yたちの姿はうっすら浮かび上がっていた。

 そのうちの一体はクレッシェの部屋ですれ違った極Yだ。左右にもまだ数体が確認できる。ただし、手にしたライトが逆光となり顔まで確認することはできず、ただ碗を伏せたようなドーム形、半径四メートル足らずの小部屋は満員御礼さながらとなり、取れぬ距離にそぐわぬ親密さを強要されるばかりとなっていた。

 と、向けられていた光が消される。入れ替わりと分隊員のショットガンから放たれる光に極Yたちの姿は浮かび上がった。手元にはスパークショットが握られ、突きつけた先であの楽器がキラリ、鋭い光を放っている。首から提げた対象の瞳が、まるでそこだけを強調するかのように囲う彼らの間からのぞいていた。並んで、全ての傷口を広げた別体もまた食らったダイラタンシーベレットにどんよりとした面持ちで立っている。双方とも後ろ手を固定されているらしい。どことなく不自然に傾く姿が不自由さを訴えていた。

 とたん押しのけ別体が体を揺さぶる。

 警告してスパークショットの電極から火花は散った。

 やり取りを警戒しつつ互いの間へ、部下がプラットボードを据え置いている。手早く読み取り用のスキャナを立ち上げると、動作を確認したのち退いていった。横顔は、そのときショットガンの光を遮る。極Yの向こうから瞬間、声は上がっていた。

「トパルッ!」

 別体だ。

 だとしてトパルと呼ばれた部下が反応する様子はない。そこが定位置であるかのようにシャッフルの傍らへただ収まる。

 黙らせるべく電極が、すぐさま別体の肩を強く突いていた。

 背にして、知った顔の極Yが一体、プラットボードの前へと進み出てくる。

(時間どうりで、そりゃ結構なこっちゃな)

 動話を読み込んだプラットボードが早速仕事を始めていた。ちらり、トパルと呼ばれた部下を見やってシャッフルもまた、プラットボードへ歩み寄ってゆく。

『我々が交換しようとしているのは実のところ、その二人と音声言語というよりも信用ですからな』

 口を開けば合わせてプラットボード上、用意しておいたトニックのホログラムは揺れ動いて動話を放った。

(なるほど、信用……とは言うな……)

『なくして、この取引は成立せんでしょう。時間を守るも、条件を満たすも、お互いのためだ』

 精一杯の友好を示し肩をすくめる。

(まあ、こっちもシンプルな取引が一番ありがたいってもんや)

 伝わったのか、極Yの返事もそつがなかった。

『では段取りよく参りましょう。まず確保していただいた二体をこちらで預かりたい』

 本題へ入る。

 と、踊るトニックを目で追っていた極Yが、今一度、確認を取るようにシャッフルへ顔を上げた。

(んで俺らは? 聞いとった塩基付加ってやつはどうなるんや? それにを先に聞かせてもらわんとな)

 腕を振った。

 前でシャッフルは、あえてゆったり構えなおす。笑みさえ浮かべ、プラットボードへ吹き込み返した。

『これは、失礼。まずは代表者数名にラボまで同行願い、合成多能性細胞の移植を受けたうえで新造塩基発現のモデルになっていただく予定でおります。後に声帯の安定性が確保できれば、元に複製した塩基を希望する者へ順次付加投与を行うという段取りです。希望者の数に比例して作業終了までの時間は延長されますが、費用はそこの二人で十分。もちろんこの技術は連邦のラボのみ所有する技術です。費用云々でどうにかなるものではありません』

(なるほど。あんたの言う信用とやらには間違いはないようやな。なんせ、金やない。まあ、よろしく頼むで)

 などと仕草は冗談めいている。極Yは指を折ってみせていた。

『確かに、これがそうそう民間で広まれば、えらいことになりますからな。この先も、まず外部の者が体験できるなどありえないでしょう。あなた方はラッキーだ』

 シャッフルも返してやる。

 読み込んで踊るプラットボード上のトニックを眺めていた極Yが、鈍く笑みを浮かべていた。何度も小刻みに頷くと、同時に下二本の腕で後方に控える極Yたちへ素早く動話をつづってみせる。プラットボードのスキャナ範囲から外れたそれが訳されることはなく、むしろ使い分けて極Yは腕を振る。

(ほな、お近づきのしるしに、こいつらを引き渡しておこうやないか)

 同時だ。電極が対象を押出した。

(で、ラボまで出向くのは俺と、あいつとあいつ、それからあっちのやつや。残りはこの話を待っとる奴らへ返す)

『船まで案内させましょう』

 読み取りシャッフルもまた、両脇を固める分隊員へアゴを振った。

 引かれていた一線を越えて対象は、電極の先からショットガンの前へと預けられる。その背を突いて分隊員は小部屋を後にしていった。もう一体の分隊員もラボへ向かう極Yたちを手招きついてこい、と指示を出す。次はお前の番だ。言わんばかりにシャッフルとやり取りを交わしていた極Yが、別体へ体当たりを食らわせシャッフルへと押し出していた。勢いにつまずきそうによろめいた別体は見開いた目で極Yへ体をひねり、すぐにもショットガンの銃口に捕えられて正面へと向きなおる。

 押し出した極Yがそれ以上、関心を持つことはない。誰もに続き小部屋を出てゆく。見送って、別体へ銃口を押し付けた分隊員も歩け、と指示を出していた。否応なく歩き始めた別体の目は、その時シャッフルをとらえる。

 それだけだ。

 言葉などない。

 だからこそ究極だといえた。込められた思いはそれだけで腹の内をシャッフルへと伝えよこす。食らって冷めていたはずの自分に熱が戻るのを、シャッフルは否応なく感じ取っていた。

『待て』

 分隊員を押しとどめる。

 ままに別体へと歩み寄った。

 傍らで、プラットボードをたたんでいた部下が何事か、と顔を上げている。

 分隊員も何が始まるのか、と素っ頓狂な面持ちだ。

 恐らく極Yたちの前でこの感情をさらしていれば、『信用』などという浮いた言葉は説得力を失っていたことだろう。だが、今ならかまいはしないと思う。いや今こそ隠す必要などなかった。シャッフルは別体を前に立ち止まる。立ち止まって感情に見合うだけの言葉を捜し、埋めて言い尽くせる言葉など別体の瞳が語るように見いだせないなら、もてあますままひるがえした肩で息も荒く背を向けた。

 扱いきれず、次の瞬間にも向きなおる。

 その空を、切って手のひらはしなっていた。

 鋭い音は別体の頬で弾ける。

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