ACTion 50 『SYN DANCE』
腰にスタンガンを提げたミクソリディアが腕を上げる。
(やったの!)
驚きにも似た動話を放ち、続いてフリジアもまた現れていた。フリジアはスパークショットを背負っているが、飛びぬけてひょろ高い背丈のせいで背負ったスパークショットかフリジアか見間えそうだ。後ろには二本腕のオルターが続くと、三体はテンの船、その艦橋へ足を踏み入れていた。
(あんな格好、させといてな。しくじったですませられるか)
動話を放つオルターの失った腕は、聞くところによると名誉の負傷だということらしい。だからして余ったラバースーツの袖口は、マフラー代わりと首へ巻きつけられており、つまり急遽稼動させた『ラウア』語カウンター内、装ったネイティブ店員こそ、そうした身体特徴を生かしたオルターでもあった。
彼ら船賊は『フェイオン』海域を離れて以降、バラバラに航路を取っている。クルーのケアも急務であったし、何より足並みを揃えて動けるほど息の合った者同士でもなかった。それでも対象を確保したというのならまずは互いを称え合うため、そしてつまらぬ抜け駆けを避けるため、こうしてテンの船に集まったというわけだった。
(どっちが? ミルトのフロア担当こそ、そっちやろ。イザって時にちょんぼしやがって。おかげでわざわざOp1まで出向いたり、あんな砂だらけの町をさ迷わなあかんかったり、えらい目にあわされたもんや)
オルターへと、テンがすかさず腕を振り返す。真に受けたオルターの眉間が険悪に動いた瞬間だ。互いの間へフリジアは割って入っていた。
(まあまあ。ありゃ、場所がデカ過ぎたんやないか? そやけど結果はこうや、テン様々やいうことに違いはあらへんがな。な、オルター?)
少しばかり間延びした動話は、彼独特のテンポだ。とたんオルターは、そんなフリジアへと振り返っていた。
(それはやな、お前んトコが擬似重力室への侵入、遅れるからやろ。こっちは準備してまっとったんや。せやのに減少せえへんからやな、先に軍からかりとった装備、作動させとった奴らが動けんようになっとったわ)
まさに水掛け論である。しかしながらフリジアは船賊に稀なタイプらしい。自らの額をひとつ打ちつけ、楽しげと指を折っていた。
(せやったなぁ。すまん、すまんなぁ)
こうもあっさり謝られてしまえば、それ以上たてつくこともできず、オルターは納得したようなしなかったような表情で動きを止める。見計らい、腕を振ったのはミクソリディアだった。
(でやな、確保したヒトはどこや。わしらの運命変える輩や。情報だけやのうてホンモンの顔、先に拝んでおきたいんやが)
(そうや、連邦は引渡しはどうしろ、言うてきてる?)
重ねてフリジアも打ち付けた額から手を離し、つづる。ならメジャーがその輪へ進み出ていた。
(引き渡しについては先程、プラットボードに連絡が入りました。指示された場所はカウンスラーの音窟です。互いに把握済みの場所ですし、ちょうどフェイオン方向への中間地点にあります)
と、オルターとミクソリディア、そしてフリジアがすっとぼけたように顔を見合わせる。振ったのはオルターだった。
(は、前みたいに直接、行かへんのか)
(この間は護送中の船賊いうことでカモフラージュしとったのにな。ヒトがおるからでけんのやろか?)
フリジアも首をかしげる。
(なんや、好きなようにされとるな。こんなんでわしら、ホンマに音声言語なんか獲得出来んのか?)
ミクソリディアも胡散臭げだ。見回しテンは肩で大きく息を吐いた。
(はっきりとはいいよれへんかったが、連邦が俺らにこの件を依頼したのは、ヒトと連邦の関係を公にしたくなかったからや。そういう意味で、俺らは使われとるだけかもしれへん。せやけどな、これは取引なんや。のっとって、こっちは約束を果たした。そら、何が何でも音声言語はいただく。向こうの都合がどないなっとんのや知らんけどな、条件や、何が何でもやってもらう)
やはり頭を寄せ合う彼らの中、テンの動話が最もしなやかだ。抗えないその力にオルターにフリジア、ミクソリディアはしばし動きを止めて見入った。それでも途切れた合間を狙うと歯切れ悪く振って食い下がったのは、ミクソリディアとなる。
(せやけどなぁ……。なんや、大事なことが抜けとるような気がするんや)
遠くへと視線を投げた。追えば自然とテンの脳裏に、確保する直前、対象が綴り始めた動話は舞い戻る。
(どういう経緯があるのかは知らないが、お前たちは連邦に利用されているだけだ。引き換えに何か提示されているのなら、それは疑った方がいい)
もちろんテンはその動話を相手にしていない。だからこそ今こうしてカウンスラーへ向かっている。
(大事なこと、いうのは……)
おもむろに腕を持ち上げただ振っていた。
(極Y民族が生き残ることや。ええか、そのためには音声言語が泥水やったとしても飲み干さなあかん。まだ俺らは使われてるかも知れへん。せやけどな、それは今だけのことや。俺らは未来のために奴らを利用しとるんや。俺らが音声言語を手に入れて、いつか他の奴らと対等に既知宇宙を渡ってゆけるようになったなら、そのとき全てはっきりする。いいや、そうせなあかんのや)
宙を撫ぜる指は静かだが力強い。それは余韻となって艦橋内を満たし、飲み込まれた者が立てつくことはなかった。何より未来に他の道などありはしない。あるとするなら果てに滅びる運命のみだった。
(で、どーするんや、テン!)
断ち切り、独特の節回しで動話が揺れる。船を操っていたコーダだ。不意を突かれて全員の視線はそちらへ飛び、そこでコーダは余る腕を振って返す。
(いつまでも相談こいてやがると、光速出ちまうぞ。見物に詣でるなら、降りる前に済ませてもらわんとな。直前になったらインター照合のカモフラージュ作業で忙しくなるぞ)
(光速出口まで、あとどれくらいかかります? コーダ?)
すかさずメジャーが確かめた。
(せやな。八〇〇〇〇セコンド……、言うておこか。どうもそっちは時間にルーズやからな)
(だそうですよ、テン)
微笑みながら茶目っ気たっぷりに動話を放つ。
(わかった。顔見るだけなんやろ?)
オルターに、フリジア、ミクソリディアへ、テンの動話が揺れた。もったいぶるかのような動きでそれぞれから、そうだ、と返事はある。
(ほなちょっとカーゴ、行ってくる。ここ頼むで、メジャー)
(了解しました)
合図に、面々は艦橋の外へとラバーソールを向けた。がしかし、行く手を遮り、一体の船賊は艦橋へ駆け込んでくる。対象の監視指揮を取らせていたクロマだ。
(アニキ、大変や! カーゴが! 捕まえたヒトが! とにかく、えらいことになってる。すぐ来てくれ!)
振るだけ振って、再び艦橋を飛びだしてゆく。様子にテンが、オルターが、そしてミクソリディアにフリジアが、顔を合わせたことは言うまでもない。とにかく後を追うと走り出す。
艦橋からカーゴスペースのある船尾まで、さほど距離はない。ずんぐりした外見そのもの、奥行きのないテンの船はビルがそのまま移動しているかのごとく多層構造が特徴的な船だった。
駆け抜ければ足音は消音効果のあるラバーソールだというのに慌ただしく響き、いや周囲はいつしかそれほどまでに静まり返ってテンへ異変を知らせてよこす。気付き周囲へ視線を走らせれば、辺りに船賊たちの姿が一切ないことに気づかされる。
船尾を前に、最上層の艦橋から最下層へと張られたワイヤーを滑り降りた。
とその時だ。「響き」を感じ取る。音は通路の奥、船尾のカーゴから聞こえていた。ひどく掠れると、テンたちの耳にも聞き取れる音量で鳴り響いている。
音に聞き覚えはまるでない。だが騒音というでもなく、任意の羅列は感じ取れていた。だからして音は連なれば連なるほど、そこに潜む意志の存在を明確としてゆく。
そんな音を出すものがこの船にあったろうか。しばしテンは自らに疑問を投げた。見極めんと集中した時だ。そこに不思議な懐かしさが潜んでいることに気づかされる。
知っている。
胸の内でそう、つづっていた。
だが具体的な何かが思い出されるわけではない。
胸騒ぎそのものだった。
そんなテンの左右でも、遅れて気づいたらしいオルターたちが顔を見合わせている。
カーゴの入り口はもうそこにあった。開かれたままの扉の向こうから音は、混じって多くの者がつづる動話の気配は吹き出してくる。ただ中へとまさにテンとクロマは飛び込んでいた。続き、オルターたちも踊り込む。広がる光景にその場へ足を貼り付けていた。
『フェイオン』の発着リングからテンたちを救出した気密カーテン奥に、向かい合う位置、テンたちの頭上には、船体をナイフで切り取ったかのごとく各階層は積み上げられると、その上から下までは今や集まった船賊たちであふれかえっていた。あふれかえってみな足を踏み鳴らすと腕を振り上げ、異様なほどの興奮状態に陥っている。
(俺がサルベージウインチの点検に行ってる間に、こうなってもうてて……)
クロマがテンへと振り返る。しかしながらテンにもやめさせるだけの気力はいますぐ湧いてこなかった。
(どうなっとるんや……)
曖昧と振って我を取り戻す。
(そうや! ヒトは、捕まえたヒトはちゃんとおんのか)
もみ合う群衆の中へ身を飛び込ませる。あっけにとられて辺りを眺めていたたオルターがその後に続いた。残されたフリジアにミクソリディア、そしてクロマも、どうにかこの騒ぎをおさめようと辺りを制して手を振り上げる。
背にしてテンは檻へ走った。近づけば壁はまだ解かれておらず、間違いなく音はその向こうから聞こえていた。つまり『ヒト』がこの音を出しているのだ。テンは初めて事態を把握する。
辿り着けば傍らで見張りの二体もまた四本の腕を打ち鳴らすと、聞こえる音に合わせ陽気に跳ね踊っていた。間髪いれず殴り飛ばす。見張りたちは折れるようにその場へ崩れ落ち、テンは睨みつけた檻の壁へ手のひらを貼りつけた。なぞる指で動話を読み込ませる。乳白色だった壁は唸るような鈍い音と共にスモークを解除し、やがて中を透かしていった。
が、そこに『ヒト』はいない。驚くテンの目は宙をさまよい、自らの足元にうずくまるっていることに気づく。樹脂版へ背を貼りつけた『ヒト』はそこで、装飾品だとばかり思い込んでいたあの奇怪な金属塊を抱えていた。音は、その金属塊から放たれている。
見て取るなりテンは、『ヒト』へと怒りに満ちた手刀を振り下ろす。
(黙れ! きさま、勝手なことをするな! ここは俺の船の中やぞ!)
有り余る感情に動作は極限まで大きくなり、それはテン独特のしなさやかな動きとあいまると、数多の船賊を指揮して動話を放つときのような武道の型にも似た美しさを際立たせた。のみならず妙なまでに音ともシンクロする。掠れ、跳ねる物悲しげな音色に怒れるテンの動話は、見る者の目にダンスと映った。それは止まらぬ音にテンが躍起になって振れば振るほど華やかさを増してゆく。
見とれていつしか騒ぎ立てていた周囲が動きを止めていた。
傍らに立つオルターでさえ釘付けとなる。
(トニック……か?)
と、振り上げられたテンの拳が、たまりかねて檻を叩きつけた。驚き『ヒト』が抱えていた金属塊から体を離す。檻の中、怯えたような目でテンを仰いだ。音は鳴り止み、テンの動話もそこで止まる。魔法を解かれたかのようにみなもまた我を取り戻していた。
静寂が満ちる。
息を切らせテンはただ『ヒト』を睨んだ。




