ACTion 48 『MIDNIGHT FULL SET 2』
半円卓の定位置がお似合いだった。サスはこれからの話を反芻するかのように鼻溜を膨らませ、重たげな息を吐き出す。連なり紡ぎ出されたのは砂漠の基地へ潜り込んだ理由と、通したい義理についてであり、おかげで垣間見てきた連邦政府のラボ『F7』についてだった。そこへトラとライオンがそれぞれが持つ情報を加えてゆけば、個々の中で断片だった事象は次第に巨大な全貌を明らかとしてゆく。
『そのラボにわしの店のアドレスがあっただと?』
トラは声を裏返す。すぐにも思い当たるふしに伸び上がった。
『そうだ! ネオンは、ネオンはドクター・イルサリの依頼を受けフェイオンへ向かったと言っていた。だがわしは把握していない。つまりラボが、その名がつけられたプログラムが、直接ネオンをフェイオンへ呼び出したということか?』
うなずき返したのはサスだ。
『いや、呼び寄せたのは自分だとアルトは言っておったんじゃろうに。そのプログラムを使ってあやつが誰もをフェイオンへ集めるよう仕組んだ。そう考えるがよさそうじゃの』
短い腕をこれでもかと胸の前で組む。
『さて、アルトがそんな場所で何をやっておったのか、わしは知らん。だがおそらくあやつは、わしに拾われるまでそこにおった。おったが抜け出してきた。この全てを仕掛けての』
『待て。なら見ず知らずの相手こそ呼び出すことはできんはずだ』
割って入るトラが身を乗り出す。
『つまりジャンク屋とネオンは見知った者同士、ということか。そしてジャンク屋の過去がそこにあるというのなら、ネオンの過去もそこにと。ネオンも蘇生した時、記憶がなかった……』
絞り出すようにトラは最後を吐いていた。
『そういうことになりそうじゃの。むしろそこでつながるなら、船賊がネオンも連れ去ったことに納得がいくというもんじゃ』
無論、誰にも確かなことは分からない。ただサスだけが丸いアゴをつまんで撫でさする。組んでいた腕を解いていった。
『それもこれもアルトに聞けばはっきりするじゃろうて』
目をライオンへ向ける。
『お前さんのメッセージを聞いてすぐ、あやつはわしに手を引けなどと喚きおった。きっかけに何か思い出したのではないかと思うておる』
ライオンが否定する素振りはない。つまるところ大役を果たしたことになるらしい、とむしろ肩をすくめてみせていた。
『おねえちゃん、大丈夫かな』
呟いたのはデミだ。
『ジャンク屋だって怪我してるかもしれない。だいたいさ、死んでるひとの名前がついたプロジェクトなんて気味が悪いよ。そのうえ船賊なんて使ってまで追いかけるなんて。ボク、おねえちゃんが心配だよ』
思いは誰の胸にも響いて止まない。
『ネオンはお前の命の恩人じゃからのう』
デミの気持ちを汲むサスが、その頭へ手をあてがう。だが相手は揃いにそろって厄介で、そう右から左へ解決できる話でなかった。
いつのまにか明けようとしている『アーツェ』の空は、焼けるような赤を滲ませている。窓から細長く光は投げ込ま、まさに新しい一日がこの瞬間から始まることを告げていた。
『サス、はるばるここまで来てやったぜ!』
ミノムシドアが勢いよく開く。
『そうでやんす。社長ははるばるサスの店までやって来てやったでやんす!』
スラーだ。モディーも隣に並ぶ。ふたりの喪服は押し黙った誰もの度肝を抜くにちょうだった。弾かれたように振り返ったきり釘付けとなる。ただ中をスラーは遠慮することなく、大股で半円卓へと歩み寄っていった。
『どうなってやがんだ、サス! あんたの頼みごとは俺を利用させろ、ということだったのか』
『頼みごとを利用したでやんす!』
『違う、利用されたのは俺だ。頼み事じゃない!』
モディーの脳天へ手打を落とすことだけは忘れない。そのよく分からぬ勢いにも押されてトラとライオンが、ふたりへ道を譲っていた。
『おお、スラーか!』
『知り合いか、ご老体?』
声を上げたサスへライオンが確かめる。答えて返そうと一度、鼻溜を縮めたサスだったが、その先を遮った者こそ当のスラーだった。
『まさか、わたしが警戒されるべき相手であるハズがない』
口調はわざとらしいほどまでに丁寧だ。
『内密な話の途中で割って入ったことへは、今ここでお詫びさせていただきますよ。あなたが求めているのは、その礼節ですからね。そのうえでなら私の話を聞いてもらえそうだ。大丈夫。物騒なものは持っていませんのでご安心を。サスとは少々長い付き合いのある葬儀屋のスラーと申す者です』
これみよがしと一礼、繰り出す。
『スラー葬儀社のモデラートことモディーでやんす!』
モディーもすかさず声を上げた。目もくれずスラーはトラへも向きなおる。
『なるほど、幸いにも葬儀屋に苦い思い出がなくてよかった。そちらは立ち聞きがご心配ですか。ならば一つご提案を。隠し事こそ隠せぬものですよ。なぁに、気に障ったのならご勘弁を。エブランチルはいろいろと見えすぎて厄介なところがあるのです』
その一言一句に居心地悪げとシワを痙攣させたトラを捨て置き、最後にスラーはデミへと振り返る。
『そのとおり。わたしは怒ってますが、それは前提として互いの間に信用があったからだ。その信用を取り戻しにきたというわけです』
にっこり微笑んだ。消し去ると怒鳴り込んできた続きにかえる。
『だからこそ何も聞かずに引き受けたんだってのによ、サス!』
甘んじて受けるサスが言い訳する気配はない。むしろ、まだ言いたいことはあるだろうと続く罵声を待ち受け黙した。言うまでもなくそれさえ読み取るのがエブランチルというものだ。おかげで萎えたか、スラーはいからせていた肩を落としていった。
『そりゃ、ないだろ。以前、客だった者の知り合いだと? フェイオンのラウア語店員を調べるって話、ウソだと知って乗ったのはこっちの判断に違いねー。だがそれはサスを信用していたからじゃねーか』
気付けばスラーの方こそ弁解している有様だ。
おかげでトラとライオンが理解したのは、彼らもまたこの一件に絡む者である、ということだった。改めサスへ説明を求め振り返る。視線を浴びてサスはようやく鼻溜を揺らしていた。
『スラーとはデミの親が船舶事故に遭った時からの付き合いでの。あれはかなり遠方での事故で、そのため遺体の引取りを頼んだことが付き合いの始まりじゃった。スラーはあの時、わざわざデミの親を探し出してまで連れ帰ってきてくれての。自分で言いおるように信用こそすれ、決して怪しい輩ではない』
半円卓に鼻溜を乗せたデミが、もの悲しげな顔つきで聞いている。サスは分かっている、と目配せを送ってから、続く話に鼻溜をまた振り始めた。
『今では有機物の取引が発生したおり、運搬にスラーの霊柩船を利用させてもろうとる仲じゃ。有機物を遠方まで変質させずに運ぶのは、ともかくあの船に限るからの』
とデミがぼそり呟いた。
『だから……』
自然、視線はデミへと集まってゆく。
『だから、ぼくはおじいちゃんの店を継ぐことにしたんだ! ギルドになって、たくさんの商品を売りさばけば、きっと宇宙からゴミがなくなるから!』
『ゴミ?』
合点がゆかず目を瞬かせるライオンが誰とはなしに問いかけていた。
『デミの親が乗っておった船の事故はの、宇宙ゴミの衝突が原因じゃったんじゃ』
すかさずサスに返され、余計なことを聞いたと口をつぐむ。
『大丈夫だよ。ぼくにはおじいちゃんがいるんだもん』
見透かし気遣うデミの笑みは健気でしかない。
『すまなかった、スラー。改めて詫びる。そういう意味でも頼めるのはお前さんしかおらんかったんじゃ』
改めサスが頭を下げた。
『ったく。その言葉と引き換えに、とりあえず俺が知ったことを教えおいてやる』
得心いったか、前屈みだったスラーはそこで体を引き戻してゆく。
『あんたが調べさせた例のラウア語ネイティブ店員だが、いなかったぜ。いや、そもそもラウア語カウンター自体稼動していなかった。利用者の激減から永らく営業を中止しているってのが真相だ。おかげでどうも見当違いを引き受けちまったって、ピンときた』
『依頼主とはかつて、でのうての。今も客であり仕入先じゃ。わしはそやつに借りがある。返すには厄介ごとに巻き込まれとる今しかないと思うた。ラウア語店員の背後にはどうやら、この厄介ごとのカギを握る黒幕がおるらしくての。調べに向かえばお前さんの名が動くと睨んだ』
相手が相手だ。サスは包み隠さず一足飛びと並べてゆく。
『黒幕って、そりゃ遠まわしな言い方じゃねぇか』
しかしながら返すスラーはまだ眠い、と言わんばかりだ。
『スラー葬儀社の記録が残されたのは連邦の収容船だぜ。俺たちを囮に吊りあげようとしたモノってのは、連邦のことじゃないのか?』
エブランチル独特の吊りあがった細い目を、さらに細めてゆく。食らったサスの面持ちは、それこそ渋くなっていった。
『……その通りじゃ。お前さんのおかげでその船にあるラボF7とやらが浮かびあがった。どうも軍との連携もあるようでの。知っての通りフェイオンで事故を引き起こした船賊たちともつながっておる様子じゃ』
聞いたモディーの両目が忙しなく動いてスラーを見上げる。
『しゃちょー』
しかしスラーが動じる様子はない。
『なるほど、軍にフェイオンの事故、そして船賊か。ま、それくらいの名前があがりゃ、スラー葬儀社が囮になっただけの価値があるってもんよ』
『そ、そうでやんすか?』
言うモディーの脳天へ本日、二発目の拳は飛ぶ。
『すまんかった。じゃが何も知らずにおれば、お前さんはわしに頼まれただけということで済むと思うておる』
サスのため息は重く、しかしながらスラーはその心遣いを片手で払いのけていた。
『冗談はよせ。だったら幾らでもあの船にスラー葬儀社の名前を残さないですむ方法はあったってもんを』
蛇の道はヘビだ。
『が、俺の尽力をもってしても、アンタの借りは返せなかった』
見抜かれていたとして、そう驚くことでもないだろう。サスは認めてうなずき返す。
『顔に出ておったか。その通り。手遅れじゃった。一足違いでそこのアズウェルから船賊に連れて行かれてしもうたらしい』
うなだれ、疲れをどっと吹き出させた。
『取り戻す密談も芳しくなさそうだしな』
見回しスラーも吐き捨てる。
なら、まさか、と言い張ったのはトラだった。
『いいや、わしはネオンを連れ戻す。デミが命の恩人を心配してサスがジャンク屋へ借りを返したいというなら、軍だかラボだか知らんがわしはわしのネオンを取り戻す。そのためにここまで来た。だいたいそのジャンク屋、たとえ交渉だとしてもネオンを盾に取ったうえ頭を打ち抜くなどと言ったというではないか。そんな物騒な薬物中毒者とネオンを一緒にしておれん!』
力説するあまり握りしめた拳も震える。
『そいつは何か手があってから言うもんだ』
眺めるスラーの目こそ侮れない。
『確かにアルトのいいおる通り、相手は想像以上に厄介じゃ』
『それくらいは分かっている!』
なだめるサスへ吠えるトラへ、こう言い含める。
『それほど好きだというのなら、もう少し落ち着け、テラタン』
とたん昇っていたトラの血は急降下していったようだった。様子にもスラーの言葉にも、素っ頓狂とデミが振り返る。
『え? そうなの、おいちゃん?』
『だ、だだっ、誰が、ネオンを好いていると!』
などと明らかにトラが狼狽すれば、スラーのとどめは放たれていた。
『顔にかいてあるから仕方ねー』
なおさらトラの顔色が蒼白くなってゆく。見かねたサスがついに鼻溜を振っていた。
『トラ、相手はエブランチルじゃ。隠しても仕方あるまい。まったく、借金があるなどと縛りつけおって。オークションで見た時から一目でホレたと言えばそれですむことじゃろうが。それを今まで。おまえさんの趣味に口は出さんつもりでおったが……』
もう収集がつかない。
『うるさい、うるさい、うるさぁいっ!』
全身のシワを波打たせてトラは叫ぶ。
『だ、なっ、てっ、そ、そんなことがわしの口から言えるとでも、おも、思っているのかぁっ! 知っておろう。ヒトとテラタンとの美的感覚の相違を。現にわしはもう嫌われておる。わしの元から離れようと勝手にここで仕事を取った。分かっていてそばに置いておけるものか。それこそ地獄だ。だからといって手放すなど! だから、だからっ……』
あり余る巨体を、みなの前で素っ裸にでもされたかのように小さくしていった。
『煮えきらん奴だな』
よせばいいのにスラーがぼやく。
『わしの気持ちが分かってたまるか!』
『伝わってきたから言ったまでだ』
『ええい! 分かることと、伝わることは違うわい!』
『分かった、分かった。もう、そこまでにせい』
睨み合う双方をサスが押し止める。
『今はそんなことでいがみおうとる場合じゃあるまい』
困ったように眺めてデミも鼻溜を潰した。
『そうだよ。でもね、おいちゃん。おねえちゃんは違うんだって』
などとつまびらかとするのは、『アズウェル』へ向かうビオモービル内で交わしたネオンとの会話だろう。
『おねえちゃんは言ってたよ。おいちゃんが迎えにくる前にここを離れたいって思ったのは、好きとか嫌いじゃないって』
とたんトラの瞳から魂は抜け飛んだ。
『おねえちゃんは生き方を決めたんだ。だから、おいちゃんと意見が合わなくなっただけだって』
『ネオンが、そんなこと、を?』
『うん。ぼく、聞いたよ』
ウソ偽りがないからこそ、デミは真正面からトラの顔をのぞき込む。
『……バカが』
見入るトラの顔から何をや読み取ったらしいスラーが吐き捨てていた。また暴れだしそうになったトラを背に、やにわに声を張る。
『興味が湧いた! テラタンも引きそうにないしな。そのお姫様の顔でも拝みにいってやろーじゃねーか』
『スラー、何を言っとる?』
サスの目こそ丸くなっていた。
『収容船に残る弊社の記録も消したいところだ』
『確かにF7は収容船に備わっとる様子じゃ。じゃが、そこに二人もおるかどうかは行ってみんことには分からんぞ』
だとしてスラーはすでに不敵な笑みを浮かべている。
『一度行った場所だ、二度目でどう難儀することがあるってんだ』
『ねえ』
とそのとき誰もへ呼びかけたたのはデミだ。集う一同を、ゆっくり見回してゆく。
『ぼく、いい考えが浮かんだんだけれど……』
『いい考え?』
繰り返したライオンへとデミは、甘えるような声を出していた。
『ぼくの考え、聞いてくれる?』




