ACTion 47 『MIDNIGHT FULL SET 1』
エンシュアへ礼を述べ、おおイビキのサスを担ぎ店を出ることにする。
その際、目に止まったのはカウンターのシミだ。まるで泥を投げつけたように周囲へ小さな飛沫を散りばめたそれは、ギルド商人だからこそ知識として備わる特殊な痕跡としてトラの目を引いていた。サスを担いだままトラは前屈みと顔を近づける。
『軍……、か?』
気づきデミもその隣に並ぶと、真剣な面持ちでシミを見つめるトラへと振り返ってみせていた。
『これ、何?』
『デミ坊も覚えておけ。これは軍用ショットガン、ダイラタンシーベレットの弾痕だ』
『ダイラ、タンシー?』
教えて聞かせるトラの声は低い。繰り返したデミは再び、痕跡へと目を向けなおす。
『そうだ。流動弾の比重を変化させることで、殺傷能力を調節することが可能な銃器だ。おおむねテロリストやデモの制圧に使用されている。軍用だ』
ならトラは指先でシミをこすり取った。腹を擦り合わせ、まだ乾き切っていない粘度を確かめる。
『かなり比重は高いな……』
と、デミが『待って』と鼻溜を振った。
『ここでぼくらが見たのはスパークショットだけだよ。船賊はそんなもの、なのにどうして?』
瞬間、ライオンがヒザを打つ音は弾ける。
『だからジャンク屋は声を上げたのか!』
言わんとしている事は早くもトラに伝わっていた。
『相手が船賊だけなら音声言語でやり取りは出来んからな』
『じゃ……、お店の中に軍がいたってこと? ジャンク屋はそれを知ってて……』
言わずもがなの構図はデミの前にも開けてくる。なおさら弾痕へ見入るデミへ、トラはアゴを引くと振り返っていた。
『ジャンク屋は軍に何と言っておったか聞き取れたか?』
『えっと、それは、ぼくの聞き違いかもしれないんだけど』
とたん鼻溜を濁すデミは歯切れが悪い。だからしてライオンがその先を引き受ける。
『おそらく交渉ための駆け引きだ。やる気なら機会はいくらでもあった。これ以上近づけばネオンの頭をスタンエアで吹き飛ばす。ジャンク屋はそう言っていた』
『ほっ! すまんかった。店を出てから一睡もしておらんかったのだ』
三輪ジープがサスの店前でぴたり止まる。揺れに目を覚ましサスは後部座席で跳ね起きていた。
アルトに代わり、今そのハンドルを握っているのはライオンだ。サイドブレーキを引くとルームミラーごしにサスをのぞきこむ。
『ムリをしては後が続かないというものだ、ご老体』
店先にはビオモービルもまた停まっていた。サスとライオンはデミたちと合流する。さてずいぶんくたびれてしまったが、これでも店の主だ。ようやく帰りついた店へそれぞれを案内して、サスはミノムシドアの前に立った。何万回と繰り返しただろう段取りをなぞり今日も、生体認証パネルへ手をかけ物理ロックのキーをズボンのポケットに探す。
その時だ。
ロックを解くまでもなくドアはキィ、と音を立てて動いた。山ほどぶら下げたガラクタをカラカラ鳴らしながら、店の中へとひとりでに開いてゆく。
否応なく走るのは緊張だろう。デミがきゅっと鼻溜を縮めてサスを見上げていた。
『そんな……、ぼく、ちゃんと鍵は閉めたよ』
『わかっとる』
答えたサスは部屋の奥へと耳をそばだてる。
物音は聞こえてこない。
『わしに任せろ』
ドアを開こうとしてトラに割って入られていた。
トラが最後尾のライオンへ目配せを送る。浮き上がっていたドアをそうっと押し開けていった。誰もいない店内には、ギルド端末と各種スケールメーターを置いた半円卓が据えられている。ただ一体何があったのかと思うほど引っ掻き回されると、嵐が通ったのかと思うほどに周囲はひっくり返されていた。
『な、どうなっておる!』
思わずトラは声を上げる。サスが、デミが、ライオンが、おっつけ店内をのぞき込んでいった。
『これはひどいな』
ライオンが唖然とこぼし、その体をサスが押しのける。
『なんと! だれぞ押し入ったのか』
半円卓へ歩み寄ってゆくが、かなわず途中でその場にくずおれていった。同様に駆け込んだデミもまた、惨状を怒りのこもった目で見回している。開け放たれた仮想ショールームを見つけたなら、中へ勢いよく駈け込んでいった。
『こっちは何も取られてないみたい!』
声にトラも半円卓の中へと潜りこみ、使い勝手を考慮してカスタマイズされてはいるがギルドネットの端末操作に大差はない、データへ不正アクセスがないかを確認してゆく。終えて足元に並べられた買い取り品へ目をやったところで、自らの服の裾をつまみ上げた。カウンターの角を拭ってみる。目の高さへ持ち上げたそれを指で弾いたなら、黒煙はもう、と明かり透けて舞い上がっていた。
『ススだ』
『まさか……』
駆け寄ったライオンが牙をむき出す。
顔へトラは振り返った。
『押し入ったのは船賊だ』
この部屋に似つかわしくないススは、あのスパークショットの電極に付着していたものとしか思えない。よくよく目を凝らせばこうもハデに家捜しただけはあって、ススはあちこちに付着していた。
聞いてデミが半円卓へ駆け戻って来る。
『そうだよ! だから奴らアズウェルにこれたんだ。ぼくが残したメッセージ、読んだんだ』
だとして疑問は残っていた。
『ならば奴らは、どうやってここへ来れたと?』
ライオンがトラへ視線を投げる。
『それはジャンク屋とネオンを追って……』
言いかけたところでトラはシワに埋もれていた両目を大きく見開いた。飛びつかんばかりだ。半円卓の通信装置へ手をかける。
『サス、借りるぞ』
返事を待つまでもなく『Op-1』に残してきた自らの店へ通信をつなぐと、パスワードを打ち込み店のシステムへログインした。急ぐのはセキュリティーの確認だ。なら建物内の監視カメラはばっちりと、船賊たちの背中を捉えていた。
『ワシの店だ。奴ら、そこでこの場所のことを知ったのだ』
『でもそれじゃ、おねえちゃんたちがここにいるかどうかまでは分からないよ』
デミは鼻溜を歪め、ようやく立ち上がったサスにたしなめられる。
『忘れたか?』
その目には、いつもの鋭さが戻っていた。
『お前がここへ到着してすぐ、トラの店へ連絡を入れておろうが』
『あ……』
ライオンも思い出したらしい、呆けたように口を開く。
『仮想ショールームでのぞいたイアドの倉庫か!』
『ぼく、動画で留守録、入れちゃった……』
『じゃな』
『また、ぼくのせいなの?』
弱りきったようにデミは鼻溜を揺する。慰めてトラの手は、デミの頭へ置かれていた。
『儲けそこなってわしは命拾いしたぞ』
皮肉にデミがクスリ、と笑う。
目にした後でトラは表情を引き締めなおしていた。
『しかし、どうやってワシの店にネオンがいることを突き止めたのか……。少し気味が悪いな』
言葉と共に、トラは瞳の奥までもを濁らせる。同様に店内の空気は深く塞ぎこんでゆくと、得体の知れないナニカに見張られているような居心地の悪さで誰もを包み込んでいった。息詰まりそうになったその空気を破ったのはサスだ。
『わしがそのからくりを話してやろう』
目は並ぶ顔を見回していた。




