ACTion 23 『営業停止』
『いやぁ、すごい数ですな』
優勢二十三種のうちの一種、制服を着こんだ若い『ホグス』種族の傍らに立ったスラーは、まるで天気の話でもするかのように声をかける。
『お疲れ様です。腕章のIDをチェックさせていただきます』
だが軽く受け流して若い『ホグス』は、身分証の提示を求めただけだった。従いスラーは慣れた仕草で腕に通したままの腕章を『ホグス』へ突き出す。大きな瞳と肌に刻み込まれた規則的な凹凸が特徴の『ホグス』は、もうすでに飽きるほど繰り返しただろう手つきで、提げた端末の子機を腕章に浮かぶ光学バーコードへあてがう。読み取った情報が入艦記録と一致していることを確かめた。
『まさかこんな事故死の遺体から転売できる臓器なんて得られないでしょうに。それでもやはり、エセ葬儀社は警戒対象ですか』
その単調な動労をねぎらうとスラーは首を振ってみせる。
『規則ですから』
そっけなく返した『ホグス』は続けさま、モディーの腕章へも子機を擦りつけた。おとなしく応じる様子はモディーにしてはなかなかのサル芝居だ。スラーは安心して本題へ入ることにする。
『ここにラウアの遺体は運ばれてますかな?』
だが返事はない。
『スラー葬儀社。登録霊柩船ナンバーおよび入艦時刻、確認』
ただ機械的に復唱する。
『ラウア? ですか」
経てようやく口調を変えていた。
『少々お待ちください』
急ごしらえ丸出しの、使い勝手も悪そうな文字が埋め尽くす端末画面をスクロールさせる。見守りながらスラーはついでに、こうも付け加えていた。
『どうもハウスモジュールのネイティブ店員ってことで、フェイオンへ出稼ぎに来ていたらしいんですがね』
聞きつつ『ホグス』は連なる文字を画面上部へ押し上げては引き戻し、左へ流しては右へ呼び戻しを繰り返す。やがてその顔をスラーへと上げた。
『残念ですがラウアの遺体は収容された記録が、DNAレベルでありません』
『なら他のフロアにでも?』
たたみかけてスラーは適当に隣を指差す。だが『ホグス』が口にしたのは決定的な一言だった。
『いえ、収容はつい先ほど全遺体の回収が終了したとの知らせがありました。ですのでこの収容船には一切』
どういうことだ、と思う前にスラーは確かめる。
『なら、ここ以外に収容先は?』
『ありません。粘菌ネットへの付着物検査はまだ先になりますが、申請書を出されますか?』
『ホグス』は提案して端末画面をまた切り替える。だが貨物に紛れ密航でもしない限り『フェインオン』にチェックインした者のデータは残されており、それを元に遺体回収は進められているのだから、『フェイオン』に『ラウア』種族は存在していなかったことになる。つまり相手は探すに値する者なのか。スラーは思わず目を細めた。隠してパチリ、額へ手のひらを叩きつける。
『こりゃ、身内の方が早とちりされたかな?』
そうしてチラリ、盗み見たのはモディーだ。モディーはそこでヒヒヒ、と笑っている。様子に『ホグス』が怪訝な顔を向け、マズイ、と思えばこそだった。思い切りの力でスラーはモディーを弾き飛ばして場所を入れ替わる。
『どうも先方さんは、ややこしい事情の持ち主のようでしてね』
『ホグス』へとまくし立た。一部始終に『ホグス』は驚いたようだが、注意を引き付けスラーは前へと顔を突きつけた。
『あなたなら、お分かりでしょう?』
すかさず問いかけ、分からないハズはないと言い含める。
『ご家族さんへの連絡が途絶えたのは、この事故に巻き込まれたせいではないのかもしれませんなぁ』
振る首でこれまた深刻と眉もひそめた。
『そうは思いませんか?』
つまり、そう思え、と刷り込む。
『出稼ぎを口実に失踪しちまった、ってコトもありうる。いやぁ、なんてことだ』
もちろん『ラウア』の失踪理由など『ホグス』には関係のない話だ。だが続きすぎた単純作業がこの不条理な展開への抵抗力を奪ってしまったらしい。スラーに押されて『ホグス』は生返事なんぞ返してみせる。
『……はぁ、まぁ、色々と事情があるんでしょう』
『そうでやんす。失踪でやんす。失踪したでやんす。一大事でやんす! 探さなければならないでやんす!』
見て取り飛び込んできたのはモディーだ。ここぞとばかりに味方につけると、スラーも一気に調子をあげた。
『そうなんですよ。ウチとしては誠心誠意がモットーでしてね。ガキの使いじゃあるまいし、手ぶらで帰るわけにはゆかないんですよ』
『社長の誠心誠意は、本気でやんす!』
こうなればスラとモディーの二部合唱だ。
『せめてここで本当に働いていたかどうかくらいは確認して帰ってやりたいんですが。そういうのは、そちらさんで、お分かりになりませんか?』
『だから社長は引かないでやんす。モディーにも教えるでやんす』
果てに目の前に並んだ顔をのけぞり『ホグス』は見比べる。その口を、ついにこう開いてみせた。
『分からないことは、ありませんが……』
やおら視線を端末へ落とす。
『ハウスモジュール、ラウア語カウンターでのネイティブ店員でしたね?』
確かめ、コロニーの出入記録を手繰り始めた。一息おき、名前をスラーへ尋ねるが、もちろん知る由のないスラーは適当な名を挙げやり過ごす。
『いや、この調子だと、あんがい偽名を語っておるかも知れませんな』
とたん『ホグス』は笑い出していた。何事か、とスラーにモディーはぎょっとし、身を固くしたふたりへ『ホグス』は実に愉快と明かす。
『これはすっかり無駄足でしたね。残念ですがハウスモジュールミルトでは、利用者の激減から長らくラウア語カウンターの営業を中止しております。ゆえにネイティブ店員の募集はいたしておりません。一体も収容されていないのは、そのためかと思われます』
『は?』
スラーはモディーと顔を見合わせる。
『ハウスモジュールの運営は連邦の端末で管理されていますから、この情報に間違いはありません』
そうして恐る恐るその顔を『ホグス』へ向けなおしていった。だがいくらのぞき込んでみたところでスラーには、『ホグス』の顔にウソ偽りを見つけることができない。『ホグス』こそ今、最も誠心誠意、ふたりへ応対していた。
ならば、とスラーは我に返る。あれほどはっきり『ラウア店員として働いていた』と言ってサスが提示した唯一の手がかりはガセということになる。でないなら、そもそもサスは知りつつあえて自分たちをここへよこした、としか考えられなかった。いずれだろうと、それ以外だろうと判然としないのは、この依頼そのものが怪しい類だと底を割っているせいだ。ならばこのないもの探しで確実となるものは何なのか。とスラーはしばし考えを巡らせる。そして自分たちが『ラウア』語店員を捜しに足を運んだ、という記録が連邦に残る以外、他に何もないとことへ行き当たっていた。
とたんスラーの脳裏に一撃は降りおろされる。
おそらくそれは閃き、というヤツだろう。
『そいつはどうも、お手を煩わせましたな』
同時に感じた危機が早急な店じまい、を要求した。手のひらを返したようなスラーをうかがうモディーを突っつき踵を返す。
『利用者として乗り入れたラウアは、同系種族のイラウド語カウンターを利用しているようですが、念のためそちらもチェックしてみましょうか?』
有難いほど気を利かせる『ホグス』がふたりを呼び止める。
『いやぁ、結構。ひとまずこのことを先方に伝えることにしますよ。何しろ、ここから先は葬儀屋の仕事ではないかもしれない』
だが長居こそ無用だった。
『社長は葬儀屋でやんす。モディーも葬儀屋でやんす。社長は葬儀屋でやんす。モディーも葬儀屋でやんす』
ひたすらモディーは繰り返し、その体をスラーは外へと押し出す。
『お疲れ様でした』
遠ざかってゆくふたりへ『ホグス』が敬礼を放った。続かずそれも新たに駆けつけた葬儀社に解かれてしまう。




