第七章 龍の鱗使い
王都の北門が突破された。
事態は大きく、動き出す。
そして、大きな策謀が姿をあらわすが……
1
「バミリア伯爵閣下…一刻の猶予もありませね。早く、今出来うることを。相手の策を逆手に取りましょう…」
バミリアの耳に囁くようにコパルの声が聞こえてきた。姿は、周囲には見えない。しかし、彼は、その言葉に耳を傾けた。
「解った。直ぐに、手配しよう。済まぬが、後は頼む…」
他のものには、バミリアが独り言を言っているかのようだった。
「後は、あっしらにお任せください…」
姿泣き声の持ち主コパルがボソリと自信を持って言った。
「すまぬ。」
バミリアは、そう返答すると、半狂乱に国王にすがるメアリの両肩を強く持ち引き上げ、強く揺さぶり、目を厳しく見た。
「メアリ公爵。私の目をしっかり見てください。今、テキリシア王国に商公爵家当主は、貴方だけしかいません。しっかりするのです。ウソでもいいのです。しかし、部下や領民の前で見せては、なりませぬ。貴方しか国王になれる方は、いないのです。」
メアリは、バミリアの言葉に耳を傾けた。その厳しい目に現実と今の状況を精神的に理解させようとした。
「メリア公爵。安心してください。私が、貴方のお傍に必ずおります。必ず、お守りします。ただ、今、ここで貴方が自分を見失うと全てが終わるのです。」
バミリアは、強く持ったメアリの両肩をやさしく、外し、やさしく抱きしめた。
そして、そう話すと、ゆっくりと離した。
メアリの目には、生気が蘇りつつあった。
自分の使命は、解っていた。
自分がやるべきことも。
受け継ぐべき事も。
メアリは、ゆっくりと立ち上がり、背筋を伸ばし、バミリアにこう言った。
「では、私は、まず何をすれば良いのだ?」
この時、バミリア伯爵は、感じた。新たなテリキシア国王の誕生を。
2
体制を整えた帝国軍は、ギリアーヌの指揮下、混乱を来たすことなく、北城壁門の横たわる巨大な破城槌の修繕に全力を注いでいた。テリキシア王国側の北城壁門からの頭上からの油攻撃を長盾部隊で交代して防御しつつ、破城槌修繕資材を運び順調に作業は進んでいた。
「ギリアーヌ閣下。破城槌は、間もなく、修繕が完了します。」
「ふむ。了解した。完了次第、破城槌でテリキシア王都北城門を攻撃せよ」
「御意。」
皇太子の気迫により、各諸侯の結束と連携が強くなり、体制は素早く立て直すことが出来た。テキリシア王国の頭上からの攻撃を跳ね返しつつ、順調に北城壁門左右から担当諸侯による戦力の削ぎ落としも順調に進んでいた。
ただ、敵であるテリキシア王国側の攻撃が、妙に緩くなっているのが気になっていた。テキリシア王国内部に何かが起こったのか?
「ギリアーヌよ。ようやく、破城槌も修繕が完了しそうだな。」
とギリアーヌ将軍の横に馬を着け、突然、皇太子ユーリアが姿を現した。
「間もなく、城門突破出来そうです。」
「そうか。城門が開き次第、ギリアーヌよ。全軍を持って、場内に突撃するぞ」
「御意。」
合議の場から姿を見せず、修繕の完了した投石器に向かったと聞いていた。ギリアーヌは、その皇太子の動きに何かを感じたが、それ以上は聞く気にはならなかった。今は、敵テリキシア王都を陥落させる事が重要だった。それも間もなく、突破できる。
「どうやら破城槌も完了したようだな。」
北城壁門で帝国軍兵士の歓声が上がったのが、ギリアーヌにも聞こえた。
「破城槌を引けー。」
「おー」
と北城壁門から槌を兵士に引かせる合図が掛かり、巨大な槌に取り付けられた手綱を多くの帝国兵士が引き出した。大きく、槌が後方に引かれた。
「叩けー!」
ブンと破城槌が轟音をたて、テリキシア王都の強固な北城壁門にぶち当たった。
鈍い音が城門全体に響き、城門がゆっくりと開きだした。
「開いたぞー」
「おー」
帝国軍側に歓声が上がった。
「ギリアーヌ!行くぞ!」
というと皇太子は、すぐさま馬上から馬の腹を蹴り、歓声が上がる帝国兵士を掻い潜り一気に北城壁門へ突き進んだ。
「殿下!お待ちを!」
今まで槌が破壊されるま、数度叩いても開く兆しがなかった北門が一度の打撃で、開いた事に強く疑念が湧いた。が、しかし、皇太子は、何の迷いもなく、騎乗する馬を蹴り、一気に突き進んだ。
何か策を持って動いているとギリアーヌは、直感した。
「突撃!」
ギリアーヌは、馬上から剣を抜き、怒声に近い大声で、帝国軍全軍に北城門への突撃を命じた。ギリアーヌも皇太子に追いすがるように突き進んだ。
北城壁門に鎮座する破城槌は、応急処置的修繕である為、移動の為の八つの車輪の内の後方の四つの車輪が折れたままで、移動させる事が出来ずにいたが、騎馬が通過できるように左右の前車輪を外し、頭上からの攻撃に備え、長盾部隊が屋根を拡張するように強化して修繕していた。
そこを皇太子の騎馬が真っ先に突き進んだ。それに続けと言わんばかりに、数騎が激しい馬蹄の音を響かせて突撃した。
北城壁門は、帝国兵により完全に開門され、前方の北城壁門内には侵入を阻止しようと雇われてテルシキア王国に居残った傭兵が、侵入を阻止せんと待ち構えている。
皇太子は、腰から剣を引き抜き、北城門を駆け抜ける。
「どけー雑魚ども!」
皇太子の剣が月光に反射し、馬上から振り下ろされた瞬間、切っ先が一人の傭兵の首を切裂き、そこから激しい鮮血が吹き上がった。
北城門開閉により、帝国軍兵士が怒涛のように城門に迫り、一気に城門周辺は熱気を帯びる。
「行けー!」
下士官たちの突撃の声が上がる。
ギリアーヌは、殺到する帝国兵を掻い潜り、北城門へ猛烈な速度で近づいた。しかし、突然、北城壁門が彼の目の前で閉まりだした。その門の動きに北城門周辺は、またもや騒然となりだした。
一気に駆け抜けて、王都内に入った帝国兵士数百名が、閉まりだした北城壁門に気づき振り返る。
「ど…どう言うことだ!」
王都北城壁門通過一歩手前で急に門が閉まりだしたのである。
「しまった!」
この時、ギリアーヌは、敵の作為に気づいた。開門は、破壊されて開いたのではなく、始めから開いていたのである。それを破城槌の打撃で開いたと思わせられたのである。
なぜ?
一瞬、武人としての知識が、相手がなぜにこのような博打の様な策を相手が講じたのか?
「殿下を誘い込む為か!」
ギリアーヌは、その時、気づいた。投石器陣営に皇太子が出向き、投石がテリキシア王国の商公爵家のビアンツ・グラハート邸に照準を合わせ、狙い撃ちしたのも皇太子が、敵テリキシア王国内部で何か策を張り巡らしての事だったに違いない。しかし、その皇太子の策は、失敗している!
「策に溺れてますぞ!ユーリア殿下!」
と既に北城壁門を通り過ぎた皇太子に叫んだが、当然、その声が通じる事もなく、虚しく響くだけであった。
開門したと思い突撃をし始めた帝国兵で北城壁門は、突然の閉門の為、大混雑し始めた。
「破城槌を引けー!この城門を打撃せよ!」
とギリアーヌが、下で右往左往する破城槌の指揮官に対して指示を出した。が、
指揮官が動こうとしたその時、槌に黒尽くめ小太りの男が一人、ニヤけて両手を突いて、乗っていた。
「悪いね。大将。この化け物は、今度こそぶっ壊させてもらうよ。」
とその黒尽くめの男は、ギリアーヌに明らかに向かって言うと、右手の短剣を光らせながら修繕されたばかりの巨大な槌を吊り下げる為の四つの鎖を真綿の綱を切るかのごとく、意図も簡単に短剣で切断した。
その人間離れした動きにギリアーヌが叫ぶ前に巨大な槌が、地面に轟音と地響きを起こし、落下した。
その巨大な槌は、落ちると同時に破城槌の支柱を転がりながら破壊した。その為、強化した屋根の重みで破城槌自体が崩れ落ちようとし出した。
「北門から引けー!引くんだ!」
そのギリアーヌの大声に帝国兵は、一斉に崩れ落ちる破城槌から逃げようと殺到し、我先にと兵士は、倒れた兵士を踏みつけても逃げ出した。
ギリアーヌも馬首を返して、直ぐに北城門から一気に脱出を試みたが、馬が混雑する帝国兵に阻まれ、引き換えそうもなかった。
「ちっ!」
舌打ちをした瞬間、破城槌自体が轟音共に崩れた。ギリアーヌは、馬を捨て、北門外に飛び出るように跳ねた。
「うぎゃー!」
強化した屋根に押し潰される多くの帝国兵。ギリアーヌは、間一髪でそこから抜け出した。それでも、殺到していた帝国兵士は、その事態が飲み込めないのか呆然としていた。
すると地面に転がるギリアーヌの左手で、爆炎が次々に立ち昇った。
「なっ!」
爆炎に次々に吹く飛ばされる帝国兵士。闇夜が火炎により赤く照りだされる。
北城壁門近辺は、逃げ惑う帝国兵でごった返した。
「こ…これは…」
王都城壁で片膝を上げて座って、先ほど見た黒尽くめの男と同じ格好をした、ひろっとした男が、周囲に広がる炎を眺めるのが見えた。すると、チラリとギリアーヌに目線を向けたかと思うと、城壁を飛び降りた。
「この爆炎を起こしたのは、あいつか。」
城壁を飛び降りた黒尽くめの男は、両手に円形の何か光る刃を備えたものを持ち、次々に帝国兵士を切裂いていく。
ギリアーヌは、その時、始めて気づいた周囲にいる帝国兵士が、多くの黒い人影に次々と襲われ、絶命の声をあげる前に倒れているのを。
「こ…これは…『黒き傭兵』…」
ギリアーヌは、その時、得たいの知れない相手が何者であるか始めて知った。ローデンマイツの『雲隠れ傭兵』など赤子も同然の相手。
北方の英雄戦争で悪魔のごとき戦いぶりで恐れられたと言うあの『黒き傭兵』だと言う事を。
「全軍!撤退!逃げるんだ!」
ギリアーヌは、慌てて走り出した。歴戦の勇士であるギリアーヌもこの恐ろしく、素早く、確実に相手の命を奪う集団に恐れしか感じなかった。
帝国軍は、完全に混乱していた。
「ナッチョさんよ。ギリアーヌのおっさんが、逃げるけど追うかい?」
燃え盛る炎の照らされて、小太りのモッグが近寄りながら、ナッチョに言った。
「それには、及ばんよ。ナッチョ。モッグ」
闇が炎に照らされ周囲から、闇からにじみ出るように黒尽くめの老人が出てきた。
「おじじ様…」
とナッチョが呟いた。
「旦那が逃がせとおっしゃってる。考え合っての事だろう。」
「ほー。なるほどね。じゃ、あいつはどうする?」
モッグが闇のある方向を指差して言った。
闇の中からゆっくりと男が炎に照らされて、現れた。
「ほほ。久しぶりだの。ローデンマイツ」
黒尽くめの老人が言った。
闇から炎により照らし出されるように現れたのは、『雲隠れ傭兵』の頭目であるローデンマイツであった。黒尽くめの三人は、面識があるようだった。
左手には、白く光る鱗状の盾を持ち、右手には白刃の刃が炎により反射している。表情は、どこか悲しげでありながら、怒りに満ちていた。
「お前らに用はない。お前らの頭目、コパルはどこだ」
殺気に満ちたローデンマイツは、阿鼻叫喚の北城門周辺を気にする事もなく、憎しみの対象を三人に聞いた。
「旦那なら中だ」
ナッチョが白刃の円形の短剣を持ったまま、親指を立て、背後の城壁を指した。
背後にある城壁は、高く聳え立ち、易々とは乗り越えられる高さではない。
「『隠れ雲傭兵』の頭目から『龍の鱗使い』へ衣替えか」
と鼻先で笑い。モッグが、素早く、動きローデンマイツとの間合いを詰め、手に持つ、短剣を闇夜の月光に反射させ、切っ先が腹部を狙った。しかし、微動だにしないローデンマイツは、左手の白く光る盾で、モッグの放った短剣を受け止めた。
「げ!俺の短剣が通じねぇ!」
ビックリしたようにモッグが言うと、ローデンマイツは盾を身に引くとグイと押し返すと盾の鱗状の物が宙を舞うように飛び出した。慌てた、モッグは、後ろに飛び跳ねる。
「モッグ。無駄じゃ、お前のオリハルコンの短剣では、あの龍の鱗の盾を傷つける事は出来ん。」
盾から飛び出した複数内枚の鱗は、ヒラヒラと宙を舞い、炎の光を反射し、ローデンマイツの周辺を囲む。
「あれが、龍の鱗…」
目を細めナッチョが言った。
「ローデンマイツよ。それを得るのに、何匹の罪のない龍を殺したのだ?」
黒尽くめ老人がローデンマイツに問いかけた。
「何匹かな。」
不敵な笑みを浮かべると、老人に向けて、剣先を向けると軽く斜めに振った。その瞬間、ヒラヒラ途中を舞う龍の鱗が一斉に老人を襲った。
「おじじ様!」
ナッチョとモッグが、同時に叫んだ。
鋭く飛ぶ龍の鱗と老人が交差する瞬間、老人の姿を通り過ぎて、龍の鱗はローデンマイツの元にヒラヒラろ戻っていった。
「幻影か…」
ローデンマイツは、ボソリといい老人を睨んだ。
「左様。それは、幻影。」
とローデンマイツの直ぐ横に見上げるように老人は、言った。
「今、お前さんが見てるわしも幻影、全て幻影じゃ。お前さんにわしは、倒せん。されど、わしもお前さんを倒せない。」
老人は、懐から香炉を出し、煙をユラユラと上げる香炉を見つめ言った。
「行くが良い。旦那がお前さんを待っておる」
微笑みながら老人は、言った。
「おじじ様…」
「良いのじゃ。北方での忌まわしき因縁は、断ち切る時期なのだ。こやつも我々も。お互い、死に場所を知らず知らずに求めて、ここまで来たのであろう。」
悲しげなその言葉に、ナッチョもモッグも言葉は出なかった。
「ふん。感傷などに付き合っている暇はない。」
そういうとローデンマイツは、剣を下から上に振り上げた。それにヒラヒラと舞っていた龍の鱗があわせるように勢い良く上昇し、ローデンマイツを巻き込みながら高いテルキシア王都城壁上部へ引き上げて行った。
「いいのですか、行かせて。」
ナッチョが老人の横に立ち見上げていった。
「決着を付けねばな。」
と老人は、悲しげに答えた。
「ちぇっ。」
と鼻糞を穿りながら取れた鼻糞を人差し指でピンと弾いてモッグは舌打ちのような言葉を発すると…怪訝な顔で老人は、モッグをみた。
「まだ、その癖は治らんのか?」
3
北城門の王都内で門が閉じた事に気づいた突撃した帝国兵は、約五百名程度だったが、あっと言う間に王都守っていた傭兵と領民達に取り囲まれ、武器を捨て降参をした。
それに気づかず、皇太子ユーリア一行五十騎は、一直線に迷う事もなく、王宮宮殿へ馬蹄を響かせて駆け抜ける。事前に王都内の見取り図は、ユーリアに懐柔された商公爵家のビアンツ公爵経由で手に入れ、彼の頭には、正確に入っていた。宮殿に入り、国王を抑えれば、抵抗するテリキシア王国側の抵抗は、全ては終わるのだ。手筈は、全てビアンツ公爵がやっているはずだ。
殆どの領民が逃げ出した王都内には、人影は見掛ける事もなく、皇太子はただ只管に宮殿に馬を走らせる。
ここで、誰よりも早く宮殿に入り、国王を抑え、テキリシア領土を我が物とすれば、帝位争いで有利に働くのは、明白であった。
「そこだ!」
馬蹄を響かせる中、王都中央に他の建物とは、明らかに違う豪華で厳粛さを併せ持つ建物が姿を現してきた。
皇太子ユーリアに付き従う、五十騎の騎士もそれを目の当たりにして、息を呑んだ。敵の中核部に今乗り込んでいくのだ。
妙に静まり返った宮殿には、明かりらしき物はなかった。中央の広場には、だれもおらず、宮殿の前で馬をおり、剣を携えたまま、宮殿の大きく、閉ざされた扉を蹴破ると騎士が松明を灯しながら明かりが落とされた宮殿内に入る。
宮殿の見取り図も皇太子の頭に入っていた。
予定では、ビアンツが謁見の間で国王を拘束し、もしくは、降伏するようになっていた。その合図の投石をやり、その返答の連絡も狼煙にてあった。
全ては、順調であると確信していた。
この侵攻作戦を行ううえで、彼は、テリキシア王国内での商公爵家の人間関係を洗い出し、誰が誰に恨みがあり、後ろめたさがあり、誰が国王に影響力をもっとも持っているか、果ては、バミリア配下の部下の家族まで全て調べ上げた。そこで浮かんできたのは、ビアンツのバミリアに対する嫉妬と隠された商公爵家の秘密であった。
それに彼は、つけこんだ。
宮殿の中央辺りに位置する謁見の間の扉に辿り着いた皇太子一行は、扉より漏れる光に勝利を確信して、扉を蹴破り堂々と敵国の謁見の間に入った。
そこには、玉座に座る者が一人いるだけで、他には誰もいなかった。
「ビアンツ公爵は、おらんのかね?」
皇太子が様子のおかしい謁見の間に何かを感じたのか、謁見の間の真紅の絨毯を歩み寄り、玉座まで着くと項垂れる国王の肩を上げると、そこには絶命したビアンツ公爵がいた。
「これは…」
たじろぐ皇太子ユーリアに合わせるように謁見の間の二階バルコニーから総勢二百名は越える兵士が弓矢を構えて姿を現した。その弓矢の鏃の先は、皇太子と追随してきた騎士五名を狙っていた。
「皇太子御自ら敵の奥深くまで入ってくるとは、策士、策に溺れるですぞ。」
玉座の脇から剣を抜いたバミリア伯爵がそう口にして現れた。
「バミリア伯爵…なぜ…」
ゆっくり足を後ろに後退させながら、玉座の段を下りながら述べた。彼の兵団が王都に帰還するには、もう少し猶予があったはず。いや、その前にその玉座にいるビアンツ公爵が、ローレン公爵の弱みにつけこんで、国王を無条件降伏に持ち込む手筈だった。それがなぜ?
「皇太子殿下の見事な策略で、私は、殺されかけましたが、私には、どう言うわけか優秀な人材がいましてね。左手で鼻頭を掻きながらバミリアは、手に持つ剣先を皇太子に向けた。
「さて、後ろの従者の騎士は、降伏されているようですが、いかが致しますか?」
皇太子が後ろを向くと総勢五十人の追随していた騎士は、剣と盾を投げ捨て、降伏として手を上げていた。
「ふ。所詮が帝位が低い者に連れ立って死んだところで、名誉の死とは言わんか…」
皇太子ユーリアは、剣を放り投げた。
「バミリア伯爵だったな。その顔しっかりと覚えておこう。」
皇太子ユーリアは、全てを悟った。自分が、余りにも策に労し過ぎていた事。経験あるギリアーヌを策の外部においていた事。そして、ローデンマイツをやや多用しすぎた事…
とその時、謁見の間の天井の一部が崩れ落ちるように何かが舞い降りた。その舞い降りた姿は、余りにも神々しく思えるほど、光り輝いていた。
ローデンマイツであった。周りには、煌く何かがヒラヒラと浮いていた。
「ローデンマイツ!予を助けに来たのか?」
何も答えず、周囲をゆっくりと見るローデンマイツの目には、皇太子は入っていないようであった。
「皇太子殿下。どうやらかのものの狙いは別のようです。」
「別?」
バミリアの言葉に皇太子ユーリアは、怪訝な顔をした。しかし、それは明らかに言う通りだと悟るのにさほど時間を要しなかったのは、ローデンマイツの目線が、ゆっくりとバミリアの反対側から現れた黒い毛皮の帽子と黒い目隠しをし、全身を黒尽くめの服に身を包んだ男に向けられたからであった。
「もし、このコパルとローデンマイツの争いに巻き込まれて命を落としたくなければ、大人しくこちらに来て頂けますか?皇太子ユーリア殿下。」
敵とは言え、彼は、大国ロステリアン帝国の皇帝直系の皇太子に当たる。言葉を選んで、言った。もう、この二人が揃ったことで、ロステリアン帝国とテリキシア王国の侵攻などは、別の次元になったのだ。それをバミリア伯爵は、直感的に感じ取った。
皇太子も得体の知れない緊迫感に押され、バミリアに大人しく近寄った。
バミリアが後ろにいた皇太子の追随して降伏した騎士達に手で、謁見の間を出るように合図した。
異様な緊迫感が謁見の間を支配していた。それを歴戦の騎士ならば、感じないわけがない。すぐさま、彼らは、謁見の間を飛び出すように逃げ出した。
外でバミリアに率いられている兵士に捕縛されるだろう。
皇太子がバミリアにゆっくりと近寄り、その反対に黒尽くめの男は、玉座の段から降りていく。その男の両手首には、黄金に輝く腕輪が、それぞれ、二づつ嵌められている。口元はどこか笑っているようだった。
「皇太子殿下。こちらへ。」
玉座の裏側に回り、謁見の間の広間で対峙する二人の間に常人ではない緊迫感があった。空間がまるで歪むような…
「ローデンマイツ。何年ぶりだ。こうして対峙するのも。」
黒尽くめの男コパルが、光り輝く龍の鱗に身を包まれているローデンマイツに対して尋ねるように聞く。
「さぁ~ね。そんな事は、もう忘れたよ。その忌々しい両腕の金の腕輪を見てね。」
剣先をコパルの顔に向け、顎を挙げ、数度首を捻ねりながら答えた。
「こっちは、お前に何度も邪魔されてる身なんだよ!」
怒声をコパルに浴びせ、ローデンマイツは怒気を含んだ激しい表情を見せる。
「そうか…じゃしかたねぇ~な。北方での忌まわしい因縁も含めて、ここで全部清算し様や!」
その言葉を投げて、コパルが先に動いた。両腕を交差させ、黄金の腕輪をチャリンと鳴らすとコパルの全身が青白く光った。
「あれは…」
その青白い光を見て、皇太子が玉座の後ろ側で言葉を漏らした。
「雷撃のコパル…殿下も耳にした事があるのではいですか?」
バミリアが皇太子の言葉に答えるように言った。
「幾分か、尾ひれなどが入って、誇張されていますが…その通りです。」
「そして、対峙してるのは…龍の鱗使いのローデンマイツ」
その時、なぜの第二皇太子である兄がローデンマイツを自分に推挙したのか解った気がした。兄は、雷撃のコパルの存在を知っていたのだ!
4
ローデンマイツの目線は、青白く光るコパルを追う。
トンとコパルが地面を蹴り、側面の壁を経由して更に宙高く飛び、右腕を下に振っると青白い光がその腕より、バリバリと音を発てながら雷そのものがローデンマイツに走った。
ローデンマイツは微動だにせずに、その跳躍を見ると左手の盾を雷に向けかざした。するとその盾にヒラヒラ舞っていた龍の鱗が、取り付くように収まった瞬間、青白い閃光は別の方角に弾き飛ばされた。弾き飛ばされた雷は、謁見の間の一角をバリと高い衝撃音を発て、一瞬で破壊したではなく、消滅させた。
「コパル。この龍の鱗には、魔道の術は弾き返す性質があると、以前言わなかったか?」
とかざした盾を下げて、ニヤリとしてローデンマイツは言った。
「そうだったかね。」
地面に着地したコパルは、首を左右に曲げ答えた。
「次は、こっちの番だな」
盾を前面に出し、構えるとローデンマイツは、右手の剣を横一門に振った。
それに合わせて、盾に張り付いていた龍の鱗が一斉にコパルに目掛けて無数に飛ぶ。コパルは、それに対して、右に避けるように地面を蹴り、走った。
「ふ。無駄だよ。龍の鱗は、俺が攻撃を命令した相手を追うからな。」
言葉どおりに、龍の鱗は、空気を切裂く音を立てながら、ほぼ直角に曲がり、軌道を変え、コパルを追う。
「なるほどね。」
とコパルは、右の腕輪を鳴らし、地面に向けて青白い雷を放つと謁見の間の地面が衝撃でめくり上がった。
「ありゃりゃ…床めくっちゃたよ…」
玉座でしゃがんで覗き見るバミリアが謁見の間の床がめくり上がるのを見えて、右手で目を塞いだ。それを反対の側の玉座から覗き見を同じようにしている皇太子ユーリアが、バミリアのしぐさを見て、首を振った。
謁見の間の床は、磨かれた岩盤を敷き詰めているが、それが雷でめくりあがりるとコパルを追尾する龍の鱗によって砕かれる。その度に砕かれた岩盤が、粉々になり、白い粉が次々に舞い上がる。
「なかなかの破壊力だねぇ~」
とコパルは、言いながらトンと地面を蹴り、宙返りしながら驀進して来る龍の鱗の進行方向の背面に軽々と回った。それに合わせる様に、龍の鱗も反転し、コパルを更に追う。が、その瞬間、左手の腕輪を鳴らし、青白い雷をローデンマイツに向けて放った。
それを見たローデンマイツが白い盾を雷に対して構えた。すると、今まで無数の龍の鱗がコパルの方向からローデンマイツの盾に速度を上げ、向かい盾に収まっり、強烈な雷を遮り、四方八方に雷を飛散させた。謁見の間の至る所に飛散した雷が衝突するとその部分が、蒸発するように消滅した。
「ほう。」
コパルが両腕を交差させ金の腕輪を重ねて、チャリンと音を響かせると。更に一段光る雷を自分自身に身を纏わせた。
「攻守共にその龍の鱗は、たいしたものだ。まぁ~元が龍から作ったもんだからな。」
また、更に両腕を交差させ黄金の腕輪を鳴らし、追加で雷を身に纏うとコパルの身体が宙に浮いた。
「さぁ~もうこの辺で、お遊びは止めよう。」
神々しく青白く光るコパルが、更に両腕の金の腕輪を鳴らす。
「この金の腕輪は、ある道具職が、自分の命をも省みず、神々の雷を閉じ込めた腕輪で嵌めた者は永遠に雷の力を如何様にも使える代物だ。お前の持つ、龍の鱗の盾と同じように異形の道具さ。されど、この雷の腕輪は、その持つ人物の使い方、次第で大きく変ってくる。それを見せてやるよ。」
そう言うと宙に浮くコパルが、両腕を広げると青白い閃光がローデンマイツの頭上に輝き、雷の輪が浮かんでいた。
「これは?」
と立ち上がろうとすると、その青白い雷の輪から雷撃音と閃光を伴った雷撃が、ローデンマイツに向かって放たれた。咄嗟にローデンマイツは、龍の鱗の盾でその雷撃を防ぐ。すると、頭上の雷の輪の別の方角から、また雷撃が放た。それをまた、盾で交わし、目線がコパルを探した。
「どうかな。雷の輪に雷撃を受ける気分は?」
コパルは、地面に降り立ち、腕を組んでいた。身には、青白い雷を纏っていない。
ローデンマイツは、その無防備な姿に訝しげな表情を見せる。
と、また、雷の輪からローデンマイツに雷が落ちる。また、それを盾で防ぐ。
「何度、雷で攻撃しようとこの盾を破る事は出来ん。単なる軽業に過ぎん。」
「そうだな。それだけでは、お前は、倒せない。」
ローデンマイツの頭上で青白く光る、雷の輪に沿ってをゆっくりと腕を組みながらコパルは歩きながらそういった。
「しかしだ。お前を倒す場合、その雷の輪ではない方法でとしたらどうする?」
腕を組んだまま、人差し指を立て、ローデンマイツに向かって、足を止めコパルは、楽しげに言った。
「何を夢物語のような…」
と言葉を発する間もなく、定期的にあらゆる方向から雷の輪から雷撃をが放たれ、それを次々に盾で交わす。
「見せてやろう」
と突然、コパルは、無造作にローデンマイツに近寄る。ギョッとするローデンマイツが慌てて、剣先をコパルに向けて振った。と同時に盾に張り付く、龍の鱗が剥がれ、コパルに襲い掛かる。が…雷の輪からの雷撃が放たれた瞬間、剥がれた龍の鱗が盾に戻り、雷撃を弾いた。
「!」
ローデンマイツは、一瞬驚いた表情を見せた。
コパルは、細く笑んだ。焦ったローデンマイツは、再度、近づくコパルに向けて剣先を振った。直ぐに、それに反応するかの如く、盾から龍の鱗が剥がれ落ちコパルに襲いかかろうとするが、またもや、雷の輪から雷撃が放たれた瞬間、龍の鱗は、盾に戻る。
「そう。ローデンマイツ。その龍の鱗は、お前の剣の指示で攻撃を始める。が、お前が攻撃されれば、優先して盾に戻る…攻撃と防御を同時に行えない。」
雷の輪から激しく雷撃が放たれ、ローデンマイツは、逃げる事も出来ず、盾による防戦一方となった。コパルは、ゆっくりと世話しなく雷撃からの防戦で必死になるローデンマイツに近づいた。
殆ど間合いもなくなくなったローデンマイツの表情に焦りが現れ、剣を近づいてるコパルに剣を振りまくった。
「まぁ。そういうことだ。ローデンマイツ。これで終わりだ。」
と剣先をコパルは、右手の人差し指と親指で挟んで取った。
ローデンマイツの顔にギョッとした表情が見えた。すると、コパルが剣先を捕まえた手首の黄金の腕輪を左手でピンと弾き、チャリンと金属音を響かせた。
その瞬間、捕まえた右腕から青白い閃光が放たれ、強烈な電撃がローデンマイツの剣を通して、彼の身体に走った。
「ヌワワァ~~~~」
強烈な電撃は、ローデンマイツの身体を硬直させ、目から白い煙を上げさせ、悲鳴とは思えぬ声をあげさせた。硬直した、ローデンマイツの口から白い泡が吹き出すと、ブルブルと身体を震わせ、その場に倒れた。
コパルは、両腕の腕輪を交差させ、チャリンと音を響かせると左腕を掲げ、頭上で回転して、輪になっている青白い雷の輪を左手に吸い込んだ。
「これで、終わりだ。ローデンマイツ。過去の因縁も…何もかもな…」
そう言いながらコパルは、座り、白目を剥き、絶命したローデンマイツに悲しげに言うと、右手で瞼をゆっくり閉じさせた。
5
その日の深夜には、バミリア伯爵が率いていた商人兵団二万が王都に帰還した。
戦力が増加した事を確認したギリアーヌは、その日のうちにテリキシア王国王都攻略を断念することを皇太子欠席の諸侯出席の合議の場で決定。
とてもではないが、現状の兵力を再集結させ、体制を整えても三万にも及ばない程の被害を受けている事。
王都北城壁門に多数の帝国兵士が圧死した状態の巨大な破城槌が、今だ横たわっており、城門突破は不可能に近かった事。
何よりも皇太子ユーリアが、敵テリキシア側に捕まり、捕虜となってしまい。諸侯を抑える政治的な圧力が無くなった事も大きかった。
ギリアーヌは、本国に皇太子ユーリアの捕虜になったことを報告し、テリキシア王国侵攻の全面撤退を進言。
本国から全軍撤退の指令書が、翌日には届き、ロステリアン帝国侵攻軍は、北の本国に全面撤退を開始した。
それを確認したテリキシア王国軍の商人兵団及び傭兵と残り共に戦った領民は、
大いに喜んだ。その翌日には、逃げ出していた王都の領民も次々に戻って来た。テリキシア王都は、再び、交易都市としての活気を取り戻しつつあった。
数日後、ロステリアン帝国から和解協定の使者が、王都に来訪。
交渉には、テリキシア側は、国王空席の為、メリア公爵が代行として行われた。
交渉団には、敗戦の将でもあるギリアーヌが参加しており、強く捕虜の皇太子ユーリアの解放を懇願した。
交渉は、主に捕虜の皇太子解放、侵攻の発端となった交易通過税の問題などで、全てにおいて、テリキシア王国側有利に進み、皇太子解放の為、多額の賠償金を帝国側が支払う事と交易通過税に関しては、当初の通りの税率で行う事が合意として交わされた。
交渉が済み、皇太子が解放された後、北城壁門では、慌しい雰囲気で崩壊した巨大な破城槌の撤去作業が行われていた。それを城壁から眺めるバミリア伯爵とコパルがいた。
「結局、ロステリアン帝国の皇太子殿下は、第二皇太子が身請け人になったな。
まぁ~初陣で敗戦となると帝位争いの目は、無くなるなぁ~。それでも第二皇太子が身請け人なるって事は、侮れん存在ってことなんだろうな。これで一悶着が帝国内であれば、早々、テリキシア王国に侵攻しようとは考える暇もなかろうしな」
「あっしらには、解らん話です。」
とコパルは、感心なさげにバミリア伯爵の話を受け流した。
「そう言うな。あの皇太子を捕虜に出来た事で、ロステリアン帝国から賠償金を貰えるんだ。王都の損害も大きかったからな。修繕費用として使わせてもらうよ。下のあのバケモノみたいな破城槌の撤去費用もそこから出てるしな。王国自体の国庫負担は、殆どないに等しいよ。」
「そうですか…」
これまた関心なさそうにコパルは、返答した。
「お前らへの報酬も弾ませて貰うよ。」
「ありがたいことで…」
と感情が余り篭っていない口調で、コパルは答えた。
「ともかく、今回の働きには、感謝するしかない。でだが…」
「バミリア伯爵それ以上は、よしやしょう。」
とバミリアが言わんとすることを悟ったのかのように話を止めた。
「あっしらは、仕官する身分じゃございやせん。」
頭をボリボリと掻きながらバミリアは、城壁に背を付けてため息を付いた。
「まぁ。そう言うと思ったがな。」
「バミリア伯爵閣下も伯爵位から商公爵家グラハート家の当主に推挙されてるんでしょ。あっしらみたいな流れ者を傍に置いては、政に支障をきたします。」
とコパルに諭されるように言われ、バミリアは何も言えなかった。
「正直、あっしらは、そのうち消えて無くならないといけない存在なんでさぁ~。あのローデンマイツの様に…」
どこか悲しげにコパルは、言った。
「あっしは、メアリ公爵が言われてた、自由に憧れて、ここまで来ました。でもまだ、どこも領民の自由とか言う貴族を聞いたこたぁ~なかったです。しかし、メアリ公爵は、その事を口にされていた。是非、その夢を実現してくだせい」
そのコパルの言葉にバミリアは、心を打たれた。
「そうだな。」
とバミリアが返答すると横には、コパルの姿は既になかった。
「約束しよう。このテリキシア王国領から人々の自由と安心できる生活が出来るようにすることを…」
「是非。お困りになったら、また、連絡くだせい。お手伝いさせて頂きます…」
姿なきコパルの返答があった。
数ヵ月後、バミリア伯爵は、正式にビアンツ公爵の死去に伴い、商公爵家グラハート家当主になり、メアリ公爵は、テリキシア王国初の女王を戴冠した。
メアリが女王になったことにより、グロリア家は継承者がいないこともあり、商公爵家には、王都防衛の功績により、モーツリア家をバミリアが推挙した事で昇格が決まった。初代当主は、ダロン公爵となった。ローレン公爵死後のファッツオ家の当主は、避難されていたご息女が継承された。
その際、メアリ女王陛下は、領民議会の設置を正式に決め。国の国政を少数の特権階級で決めるのではなく、全体の意見で決める周辺国では、初の制度を取り入れた。
ただ、その後、「黒き傭兵」の消息について、誰も知る者はなかった…
完
誤字脱字があればご指摘下さい。
作者より
非常に拙い作品を気長に読んで頂き、ありがとうございました。
この作品は、実は公募しました作品ですが、全く、箸にも棒にも掛らないと言うもので、評価も悪かったものですが、作品としましては、突貫工事で2週間で構想、書きが上げるというやっつけ、行き当たりばったりの作品になったのがダメだったのでしょう。(笑)
ただ、ここに登場する人物は、私個人が長年温めたキャラであり、いろんな別の話の中で、関係あるキャラなのです。まぁ、駄作ですが、ちょっと載せてみようかと載せました。
お目をお汚したかと思いますが、広い心でお許し下さい。