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第六章 策略

混乱が帝国側は、自軍に疑心暗鬼が漂いだした。

そこに、王国側の正規軍が予想以上の速さで帰途する報が届けられた。


最後の策を講じるギリアーヌと皇太子。

膠着していた王都攻防戦が、動こうとしていた。

 1


 混戦状態の中、撤退の合図が鳴り響き、ローデンマイツは、苦虫を噛み潰したような気分だった。自分からローゼン男爵配下の副官になる事を皇太子に申し出たと言うのに、結果として混乱を起こさせるのを避けさせる事が出来なかったからだった。

 撤退の合図後、混乱する帝国兵に紛れて、足早にローデンマイツは自分の天幕に戻った。するとそこに消えた篝火の間に蜘蛛の巣が掛かっていた。

 ただ、その蜘蛛の巣は、横に長く簡単な文字が整形されていた。


「斥候は全滅。バミリア伯爵、アーリア運河を溯上。夕刻には、王都に迫る」


 ローデンマイツはそれを読み終えると、天幕上部から一匹の小さな蜘蛛が眼前に下りてきた。紅の蜘蛛ログナが、放った連絡蜘蛛であることは、直ぐにわかった。その小さな赤い蜘蛛を右手で掴み取ると。

「生き残っている者は、誰かいるか?」

 ローデンマイツは、天幕で呼んだ。すると、傷つきフラフラになりながら一人の帝国兵士が入ってきた。

「ここに…」

 首筋には、十字架に蛇が絡まる刺青が見える。ローデンマイツ配下の『雲隠れ傭兵』の一人だった。今朝の北城壁門攻撃に備え、ローデンマイツは、自分の潜伏している手勢をローゼン男爵配下へ集結させていた。しかし、それが逆に仇になってしまった。相手の策略に嵌り、潜伏している自分の配下の殆どを誤解からとは言え、混乱の中、無差別に興奮した帝国兵士に嬲り殺されてしまった。

 今や『雲隠れ傭兵』の生き残りは、何名か不明になってしまった。今、入ってきた者も命かながら、ここまで来たのであろう。

「これを持ち、皇太子殿下に渡して欲しい。」

 背を向けたまま、右手を横に出して掌を開き、赤い蜘蛛を落とした。それを両手で傷ついて入ってきた帝国兵士は、両手でそれを受け止めると。その背中に対して一礼をすると素早く、天幕を出た。

「おのれ…電撃の…腐れコパルめ!」

 と前方にある火の付いていない篝火の台を蹴り倒した。

「この屈辱。そして、英雄戦争以来の因縁にケリをつけようぞ!」

 と言葉にを発した後、ローデンマイツは、両手を十字に構え、深く息をつくと両腕を広げ、全身を大きく一回転させた。その瞬間、天幕が激しく切り裂かれながら宙を舞い、天幕にあった全てが、ローゼンマイツの周囲から粉々になり消え去った。

 天幕があった場所の中心には、ローゼンマイツが一人仁王立ちに立っていた。ただ、左手には白く神々しく光る鱗のような盾を一つ持っていた。

「さぁ~コパルよ。決着をつけようぞ」

 とローデンマイツは、鬼気迫る表情を見せつつ、歩きだした。テリキシア王国王都北城壁門に向かって。


 2


 北城壁門での混乱後、城門攻撃より体制を整える為に、一時退却を余儀なくなれた。その後の戦略合議を急遽、前線に布陣するギリアーヌ将軍の天幕内で開いたが、諸侯の不満が吹き出る形で紛糾した。

 合議の席では、上座に皇太子ユーリアが鎮座している。ギリアーヌがその左側に座っていた。

 内容は、もう合議の場ではなく、この失態の責任の擦り付け合いに発展しており、諸侯の怒りを抑えれる雰囲気ではなかった。ましてや、今回の失態の中心人物であるローデンマイツが合議の場に姿を見せていなかった。

 明らかに潜伏者で勘違いとは言え、惨殺されたのは彼の部下である。その弁明くらいはするのが、傭兵と言われる烏合の衆とはいえ、頭目の役目であろう。と、ギリアーヌは思っていた。

 ただ、皇太子がローゼン男爵にローデンマイツを前例なき副官にする事を下知した事が、ある意味、事態を悪化させているというより、複雑にしていた。

 そもそも、昨晩、ギリアーヌを呼び、皇太子殿下は、ローデンマイツについて信用できないと口にしていなかったのではないか?

 故に、テリキシア王都北城壁門の攻撃の指揮を全権してくださったのであはなかったのか?

「ローゼン男爵は、この失態をどのようにされるのか!」

 そう詰め寄ったのが、ローゼン男爵の反対側を攻撃対象としていたラーズ男爵であった。実際、左側では、混乱は起こってはおらず、ある意味、効果的に敵戦力を削っていたのだ。それが、一部の失態により、事態は急変し、一時撤退となってしまった。怒りが収まらぬわけがない。

 歴戦の勇士でかつ、勇猛果敢でしられるローゼン男爵も合議の場では、何も言えずにいた。と言うより、失態の原因である引き倒した梯子の張本人が、今だ捕まっていないのだ。弁明のしようがなかった。

「もうよい。」

 と喧々諤々な合議の場で初めて、皇太子ユーリアが口を開いた。

 それに一堂が口を噤み静まり返った。ギリアーヌは、目を細めた。この皇太子は、これがホントに初陣なのだろうかと。

 このような状況では、浮き足立ってしまうのが、経験不足の将が起こす行動だが、この皇太子は、それが一切ない。反対に歴戦の者達が浮き足立っている。

「そこのもの、こちらに来て例の物をこの馬鹿どもに見せるが良い」

 天幕の端に傷ついた帝国兵士を指差し、皇太子は呼んだ。傷ついた帝国兵士は、皇太子に足を引き摺りながら合議の席に座る将軍達の怪訝な顔を他所に近づいた。彼は、皇太子に一礼すると両手で持つ、何かを皇太子の背後に放った。

 放った何かが白い糸を一斉に宙に撒き散らした。それは、ゆっくりを天幕の端と端に引っかかり、ある文字を浮き出させた。


「斥候は全滅。バミリア伯爵、アーリア運河を溯上。夕刻には、王都に迫る」


 これに一堂がギョッとした。天幕が俄かにざわつき始め、動揺が走った。

 ギリアーヌは、これに驚きはしたが、動揺はしなかった。それよりも、遂に来たのかとの印象だった。そして、これ如きに動揺する我が軍の胆力のない将軍達に嫌気を逆に感じた。

「その方こちらへ」

 と、その不思議な糸を放った帝国兵士を呼び寄せ、左手で首元を引っ張ると十字架に蛇が絡みつく刺青が見えた。

「そ…それは…」

 諸侯の一人が、合議の場で、そう呟いた。合議の場で、同じように心で呟かなかったのは、ギリアーヌと皇太子だけだろう。

「貴公らの部下が惨殺した者どもは、ローデンマイツの傭兵。そう、帝国側の味方だったということだ。」

 皇太子が臨時に開かれた合議の場で立ち上がった。

「まんまと敵の策に嵌りよって!それでも貴公らは、偉大なるロステリアン帝国の将軍か!混乱に乗じて、浮き足立ちよって!」

 その皇太子の鬼気迫る眼光と怒声に歴戦の将軍が痺れるかの如く、硬直した。

「敵は、誰だ!貴公らは、帝国に弓引く愚か者か?違うなら、今、目の前にあるテリキシア城壁の忌々しい城門を突き破れ!」

 合議の場に設置されてあるテーブルを持ち上げ、皇太子はひっくり返した。どこにその細い腕に力があるのかギリアーヌは、驚きを隠せなかった。

 皇太子は、収拾がつかなくなっていた合議の場が、一瞬で敵テリキシア王国攻撃に目を向けさせる事に成功した。

 ギリアーヌは、思った。前回の合議の場でもそうだったが、今回もこの皇太子には、強烈な帝王としての威厳があると。

「ギリアーヌ後の事は、お主に一任する。」

 そう言うと皇太子ユーリアは、そのまま天幕を出て行ってしまった。

「おのうの方、思うこともありましょうぞ。しかし、ここは体制を建て直し、あの城門を打ち破る事に全力を尽くしましょうぞ!」

「承知つかまった!」

 多くの諸侯がそう答えた。紛糾した合議の場が、まとまった瞬間だった。

 まるで魔法のような人心掌握。ギリアーヌは、恐ろしくなった。


 3


「ありゃりゃ…もうちょっと揉めると思ったんだけどな。」

 夕焼けの赤い空に望遠鏡を片手にモッグが、体制を整える帝国軍をテリキシア王国城壁から覗きながら言った。

「ほう。結構、あのボンボン皇太子は、カリスマがあるんかな?」

 敵帝国軍は、着々と城門攻撃の態勢を整え始めていた。下士官の殆どが殺害されたローゼン男爵配下の部隊は、後方に下げられ、替わりに帝国軍のフリシア伯爵配下の部隊が前面に出てきた。

「とにかく、何が何でも城門突破を狙ってるなぁ~。もう、小細工は通用しないか。ギリアーヌが前面に出てきてる。」

 とモッグの望遠鏡を奪い取って、整う帝国軍側の中央に毅然と馬上で城門を見るギリアーヌ将軍を見て、思わずナッチョは苦笑した。頭からギリアーヌ将軍が、この王都攻略で全権を持っていたら、もっと厄介な事になっていたかもしれないからだ。

「旦那もそろそろ姿を見せる頃合だしな。雑兵を召集するか。」

 鼻を穿り、指先についた鼻糞をピンと弾き、モッグはふわりと姿を消した。

「さて、久しぶりに暴れますかね。。」

 ナッチョが不敵に笑い、モッグに続いて、夕焼けから夕闇に合わせるように消えた。



 バミリア伯爵配下の兵団二万は、夕刻前には王都南手前二十里(約二十キロ)地点に上陸。一部は、王都に帰還すべく、行軍を始めていた。王都に兵団が帰還するまで約二刻(約二時間)とバミリア伯爵は見ていた。

 上陸地点では、多くの領民が南に逃げるのを止め、バミリア伯爵の兵団の上陸を呆然とそして、歓声をもって眺めていた。また、アーリア運河を逃げる為、下ろうと定員を越える船舶に乗る領民も王都に戻ろうとする兵団を見て、歓声を上げるものもいた。

 白いモーツリア家所有の船首にマーネイドを飾る勇壮な小型の船舶が溯上する時は、特にその歓声が大きかった。と言うのもバミリア伯爵の勇姿が見えたからでもあった。

「今から王都に向かって、辛うじて持っているかどうかどうかだな。頑張ってくれよ。メアリ公爵さんよ。」

 陣頭指揮を今取っているのは、ビアンツではなく、メアリであることは、コパル配下の者の逐一の報告で知っていた。

 北城壁門の巨大な破城槌が使用不能で門前で鎮座しており、それを修繕しようと必死になってる帝国軍を数度にわたり、メアリ公爵が跳ね返している事も。当然、そう報告はされているが、コパル配下の者の助力あっての事も承知している。それでも、相手も次は総力を挙げて、城門突破に全力を上げ、今度こそ危ういと言う事も理解していた。

「あと、二刻だけ踏ん張ってくれれば、このバミリアが帝国の野心を打ち砕いて見せよう」

 バミリアの心に強烈なまでの闘争心が沸き起こるのを彼自身が感じていた。


 4


「用意は、出来たか?」

 皇太子ユーリアが修繕が済んだ投石器の前に立ち、一言言うと投石器の修繕に当たっていた工作兵が頷いた。

「そうか。では、定期的に投石をせよ。」

「御意。」

 と言うと工作兵が右腕を高く振り上げた。

「撃ち方よーい!撃てー!」

 工作兵が振り上げた腕を勢い良く、振り下げた。二基の投石器がガコンと動き始め、設置された巨石が猛烈な勢いで宙を飛んだ。二基の投石器から飛び出した巨石は空を切り裂きながら轟音を響かせ、綺麗な孤を描き、王都内へ飛び込んでいった。

 巨石が城壁を越えた瞬間、王都内で激しいほどの地響きが起こった。

「休まず、撃ち続けろ。いいな」

 皇太子ユーリアは、そう言うと背後の馬に颯爽と騎乗し、王都の方角へ下っていった。


 二発の巨石が見事なまでにビアンツ公爵の住むグラハート邸を強烈な破壊音を響かせて直撃した。

 ビアンツが居を構えるグラハート邸の左側面に巨石がぶち込まれていた。完全に建物の一部が巨石のぶつかる衝撃で粉々になり、当に沈んだ太陽の変わりに、破壊された部分を月明かりが薄っすらと照らしていた。

 そこに青白い顔で立つビアンツ公爵が、破壊された建物内から瓦礫越しに城壁を眺めていた。

「ふーん。ようやくだね。」

 冷静に冷たくビアンツ公爵は、その破壊されたが瓦礫と城壁を見て言うと、そ口元には、笑みが浮かんでいた。


 5


 メアリの眼前を巨石が綺麗な孤を闇夜に描き轟音を響かせ、宙を飛んでいくのが見えた。声も出す暇もなく、その巨石は、ビアンツ公爵のグラハート邸に地響きを巻き起こし、着弾した。

 一昨日に破壊された投石器の陣営より軌道からして飛んできたものである事は確かなようだった。

 それも以前より、威力が増しているかのように思える。

 二投目が同じように闇夜に孤を描き、正確な軌跡を描いて、またもやグラハート邸に着弾した。

 投石器から射出されるスピードは、四半刻(約十五分)のペースでそれも無闇に王都内を攻撃するのではなく、明らかにグラハート邸を狙い撃ちしているのが解る。

「なぜ?」

 メアリは、訝しげにその狙い撃ちを考えた。

「まさか…」

 帝国側は、テリキシア王国内で気の弱いビアンツ公爵の心変わりを狙っているそう確信した。慌てて、メアリは、現場を傭兵の頭目に指揮を任せて、宮廷に向かった。もし、考えがあっているならば、ビアンツは、自分の邸宅を狙われたことを理由に国王に降伏を進言するかもしれない。

 もう目と鼻の先にバミリア伯爵の商人兵団二万が帰還してくると言うときにである。


 二回目の地響きを感じ、執務室からローレン公爵は、グラハート邸から破壊された際出る土埃を見た。

「皇太子め…揺さぶりを掛けてきたな…」

 と直ぐに執務室の扉が激しく叩かれた。ローレン公爵は、重い足取りで扉を開けた。そこに立っていたのは、土埃に塗れたビアンツ公爵であった。

「わ…わたくしの邸宅を狙い撃ちにしております。皇太子殿下は、お怒りになっておられるのです。」

 泣きじゃくるビアンツ公爵を抱き、執務室に招き入れると、ローレン公爵は、彼を椅子に座らせた。着慣れないのか、ビアンツ公爵は甲冑をガシャガシャと音を立て、きこちなく泣きながら座った。

「ビアンツよ公爵よ。その事は、解っておる。」

「ならば、今こそお力添えを下さい。」

 ビアンツは、泣きじゃくった顔でローレン公爵の右手を両手で取り、服従の挨拶をするかのごとく言った。

 手を軽く振り払い、数度、首を振ると、そのローレン公爵の表情には、まだ、迷いが出ていた。

「ローレン公爵。わたくしが、あなたに皇太子の話をもたらさなければ、家族諸ともいずれ葬りさられたのですぞ。今、帝国に逆らって、何の得策がございましょうか?」

「されどこの度の画策は…。いや、申しますまい。一緒に宮殿に出向き国王に共に進言いたしましょう」

 ローレン公爵は、言葉を飲み込んだ。飲み込む義務が彼にはあるのである。

 泣きじゃくりながら感謝を示すビアンツ公爵は、ローレン公爵と執務室を出る際に不敵な笑みを浮かべた様にローレン公爵は見えた。


 6


 謁見の間で国王フィードは、地響きを感じた。投石器の攻撃が再開した事をその時知ったのである。

 娘であるメアリは、前線で指揮を取り、幾度となく帝国軍の攻撃を退けていると聞く。また、投石器も全て燃え尽くされたとも。

 国王としては、バミリア伯爵とその率いる兵団の王都帰還がなされた時に、直ぐにでも帝国側との和平協定を開始したいと考えていた。

 しかし、この地響きを感じた時、事態は、思ったよりは有利に進まないのではないかと感じ始めていた。なぜなら、バミリア伯爵の帰還よりも早く、帝国軍の北城壁門を突破されるのではないかと考えられるからであった。

 そこへメアリ公爵が、謁見の間に姿を見せた。

「父上はご無事ですか!」

 土の埃塗れになり、顔は黒く汚れたメアリが謁見の間で壇上の国王である父に向かって、膝間付き言った。その姿に、フィードは、数日前に見せたメアリとは明らかに違う何かを感じ取った。強く逞しい意思とも言うべき信念を。

「国王陛下!」

 その後、直ぐ後にビアンツ公爵とローレン公爵が現れた。

「おお!ビアンツにローレン。そちらも無事であったか…」

 メアリの膝ざま付く横にビアンツ公爵とローレン公爵が並んだ。国王の前に商公爵家三当主が揃ったのである。

「国王陛下に憚りながら進言がございます。」

 口火を切ったのは、ローレン公爵であった。

「陛下。これ以上の戦は、無用でございます。わたくしも、悩みました。されど、これ以上の戦は、テリキシア王国を疲弊させるだけでございます。」

「わ…わたくしも…同感でございます。」

 ローレン公爵の進言にビアンツ公爵も同調した。

「それは、無条件降伏を飲むべきだと言うことか?」

 国王陛下は、その二人の商公爵家の当主の意見の重みに立ち上がった膝が崩れるように背後の玉座に座った。

「父上…いえ。陛下。わたくしは、そうは思いませね。」

 メアリは、しっかりとした目つきでその美しい青い瞳を国王フィードを突き刺すように見つめ述べた。

「まもなく、バミリア伯爵とその率いる兵団二万が帰還致します。北城壁門も破られる寸前で跳ね除けております。いま少しの辛抱かと…」

 この力強い言葉に国王フィードは、再び玉座から立ち上がった。

「何を今更言っておられるのだ!メアリ公爵。この意見は、貴殿が始めに言っておられた事ですぞ。」

 とビアンツ公爵が立ち上がり、跪くメアリ公爵を見下ろし言い放った。あの神経質で貧弱な弱弱しいビアンツ公爵ではないような口調で。

「確かに、当初は、そうでありました。しかし、陛下、お聞きください。今、このテリキシア王国の自由は、領民の自由は、ロステリアン帝国の政治思想には相成れぬものでございます。それは、最前線で戦って私も初めて知りました。国は、商公爵家のものでも国王だけのものではないのです。領民の自由のためにあるのです。それを守るのが、我らが政を携わる者の使命でございませんでしょうか?ここで、降伏などすると苦しむのは、領民でございます…」

 何かがメアリ・グローリアに自由と言う蕾を心に植えつけていた。それが、今や力強く根を張り、何の為に戦うのかを明確にさせているのだった。

 それを彼女の父である国王フィードは、直感として感じた。新しい空気としての彼女の信条を。

「ローレン公爵もロステリアン帝国の治世に疑問を呈しておられていたではないですか!どうなされたのです?」

 立ち上がるメアリは、跪くローレン公爵に詰め寄った。

 ローレン公爵の手は震えていた。そして、目には涙が潤んでいるようであった。

「で、貴殿の言われるバミリア伯爵は、何時、王都に帰還されるのですか?兵団は?来る前に王都が帝国軍に占拠されれば、有利な交渉も何もできませぬ。」

 二人の間に割って入り、ビアンツ公爵が言った。それに対して、明確な根拠があるわけではない。言い返すことは出来なかった。

「ここにいるよ。ビアンツ!」

 と謁見の間に野太い声が響いた。その声にビアンツは聞き覚えがあった。

「バミリア!なぜお前がここに!まだ…」

 日に焼けた黒褐色の肌を晒した軽装の甲冑に分厚い胸板。正に、戦士と言う風貌のバミリア伯爵と数人の同じような戦士が謁見の間に入ってきた。

「そう。ビアンツ公爵。兵団二万と一緒に来てれば、まだ、ほんの少し時間がいる距離に私はいただろうな。」

 ウィンクをしてバミリアは、メアリとビアンツそして、跪くローレンより前に呆然と立ち竦んでいる国王陛下の前に進み出た。そして、陛下に一礼し、その右手の甲に服従の接吻をすると踵を返し、跪いた。

「モーツレア家の所有する船舶の漕ぎ手が優秀でして、王都の手前まで先に私、バミリアを運んでくれまして。先に総勢千人の屈強な選りすぐりの部隊を宮殿に配置致しました。」

「おお~バミリア伯爵よ!良くぞ、帰還したぞ。」

 事態を把握した国王フィードは、跪く、バミリア伯爵の手を取った。

「馬鹿馬鹿しい!たった千人程度で何が出来る!敵帝国は、三万の大軍ですぞ。バミリア伯爵の兵団到着前に城門は、破壊され、占拠だ!」

 バミリアの鋭い眼光がビアンツ公爵を睨んだ。

「ビアンツ公爵よ。もう良いのだ。終わったのだよ。」

 とローレン公爵が立ち上がり、弱弱しく言った。

「全ては…全ては…私と国王陛下が、お前の父の遺言を無視して、お前をグラハート公爵家の当主に据えたのが、間違いだったのだ…」

「どう言うことです?ローレン公爵」

 メアリが、ローレンと国王を交互に見て言った。国王陛下は、すくりと立ち上がり、メアリから目を背けた。

「ぐはっ!」

 とその時、ローレン公爵の胸に剣が突き刺さった。突き刺したのは、ビアンツ公爵であった。口元には、不敵なまでの笑みが浮かんでいた。

「ふん。今頃、何言い出すかと思えば。態々、こっちは、帝国側の侵攻を先に教えてあげたのに恩を仇で返す気か?この糞老人め!」

 と言い放ち、右足でローレン公爵を蹴り、手に持つ剣を引き抜いた。

 刺された傷口から鮮血を吹き出しながら初老のローレン公爵が倒れた。

「何てことをするのです!ビアンツ!」

 倒れたローレン公爵にメアリは、駆け寄った。

「ここは、謁見の間だぞ!副官!ビアンツ公爵を捕まえろ!」

 とバミリア伯爵が、自分が引き連れた部下にビアンツの捕縛を命じた。が、彼らは下を向いたまま動こうとはしなかった。

 目を細めるバミリア。

「お前らもビアンツの策略に加担してたのか!」

 バミリアの叱責に副官は、下を向いたまま目を背けた。

「すいません。ビアンツ公爵閣下は、私どもの家族を…」

「なんだと!」

 バミリアは、ゆっくりと腰の剣を抜いた。

「道化を演じるのも大変だったよ。バミリア。」

 剣をクルクルとまわしながら、子供が退屈そうな表情を見せるようにし、バミリアに剣先を向けると笑いながら言った。

「気づいたんだろ。ダロン男爵の謀反のウソで、策略の元がどこかの真相」

 と壇上に歩きながら玉座に座ると剣先を素早い動きで、地面に刺した。地面と言えど下は、固い岩を研磨した台座であった。そこにビアンツは、苦もなく刺した。

「フィード国王、あの死に掛けたジジイの代わりに、あんたらがしてきた事、話してよ。」

 沈黙をなぜか守っていたフィード国王がゆっくりと口を開いた。

「もともとビアンツの父は、商公爵家でも国王になる順位では第一であった。しかし…」

 震える手を押さえ、国王は話し出した。

「領内の商人に独占権を乱発し、私腹を肥やし、領民から重い税を取り、自分は遊び半分で遠征そして略奪を繰り返すなど、その素行の悪さゆえ、前国王。そうビアンツの祖父が、テリキシア王国の将来を案じ、わしとそのローレンに暗殺を命じたのじゃ。」

「ふん。白々しいウソを言うなよ。俺の父親が邪魔だったんだろ。自分が国王になりたいがために、それで俺の爺さんに進言した。素行の悪さを」

 国王は、それに反論しなかった。

「でも、なぜか知らんが、俺の親父は、暗殺されたお前らに俺が空席になった商公爵家の当主にしないように頼んだ。が、お前らは、自分の都合上の為、商公爵家三家を守る為に、俺を当主に就けた違う?」

 項垂れるように国王フィードは、座り込んだ。

「それは、事実なのですかローレン公爵。。」

 息も絶え絶えの公爵にメアリは、問いた。目を閉じて、ローレンは、深く頷いた。まるで、何かに贖罪をするかの様に。

「ビアンツを公爵家当主に推挙したのだよ。自分達の都合上な…ビアンツ…お前の父は、国王などに成りたくなかったのだ。だから、態々、あんな態度を取っておったのだ…それを私と国王は気づかずに…」

 途切れ途切れに、言葉を繋ぎ、ローレン公爵は、最後の言葉を言い残そうとしていた。

「うるさいよ。そんなことは、もうどうだっていい。結局、自分の為の言い訳に過ぎんよ。」

「すまぬ…ビアンツ。お前は、商公爵家の当主にするべきではなかった。もっと自由に…ぐはっ」

 とローレン公爵の最後の言葉が言い終わる前にビアンツは、懐の短剣を素早い手の動きで、ローレン公爵の額に投げつけ絶命させた。

「なんて酷い事を。」

 息絶えたローレンの目を手で閉じさせると一言そう悲しげに言った。

「とにかく、この国は、帝国に無条件降伏をする。いいね。偽りの国王陛下殿。」

 と、ビアンツは不貞腐れた子供のように言った。と、バミリアの切っ先が孤を描いて、玉座に座るビアンツに向けて走った。それをヒラリと飛んで交わし、突き刺した剣を抜き、バミリアの二撃目を剣峰で易々と受けた。バミリアは、眉を顰めた。

「剣の腕前まで道化になっていたのか…」

 バミリアは、ビアンツの裏の顔をようやく知った。

「そうさ、鼻から従兄弟のお前のような奴は、子供の頃から嫌いだったよ。誰からもバミリア伯爵と持て囃されてね。それもこのテリキシア王国が無くなれば、全てが終わりさ」

 剣先をお互い対峙させ、二人の間に緊張感が走る。

「そこに帝国の皇太子ユーリアから謀反の誘いか。」

「正解。あと、一歩で労せず、バミリアあんたも暗殺して、この国も売り渡す事も出来たんだけどね。そこのお嬢様が妙な事に目覚めちゃって、頑張ってくれたもんだから計画が狂るちゃった」

 ニヤニヤしながら楽しむ様にビアンツは、話し続けた。

「まぁ~もう遅いけどね。北城壁門は、そのこの爺さんが、俺の口車に乗って閂を抜くように指示出してるから」

「なんですって!」

 メアリは、卒倒しそうだった。

「メアリ。あんたが、焦ってここに来てくれて、正直嬉しかったよ」

 へらへらと笑いながらビアンツは、バミリアの剣先を鋭く見ながら、そう答えた。その時、ビアンツの背後に何かがぶち当たった。

「ん?」

 ビアンツは、その衝撃で膝が崩れた。右わき腹に先ほどローレン公爵に投げた短剣が刺さっていた。

「誰?」

 目線の先には、震える国王が立っていた。背後からローレン公爵の額の剣を抜き、ビアンツ公爵の右わき腹を刺したのだ。

「ふ。あんた、親父の次に俺まで殺すんだ…」

 もだえるビアンツは、息も途切れ途切れに国王を充血した目で睨みつつ、吐き捨てるように言った。

「でもね…俺一人では、逝かないよ…」

 と言うと、国王に向け右手に持つ剣を目にも留まらぬ速さで、剣先を振った。

 その瞬間、国王の首から鮮血が噴出した。

 その渾身の一刀を最後に、白目を剥いてビアンツは、息が途切れた。

「メ…アリ…後のテリ…キシア…の運命は…託し…た…これで、忌まわしき…因縁は消える…」

 国王は、天を仰ぎ見ながらゆっくりとその場に倒れ、息を止めた。

「いやーーーー」

 メアリの激しいまでの悲鳴が、謁見の間に響いた。

誤字脱字があれば、ご指摘下さい。

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