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第四章 アーテリア運河溯上

王都の攻撃を知ったバミリア伯爵率いる二万の商人兵団は、急遽、謀反の疑いを掛けられていたグリミア軍港から引き返す。

それでも、すぐにとは行かなかった。

その間、王都は、激しい攻撃に耐えていたが……

 1


 暗闇の空を裂きながら一直線に矢が草原を疾走する馬上の騎士の首を貫いた。

 首を矢に貫かれた騎士は、絶命し、そのまま草原に馬上から落ちた。

 しばらくすると黒い人影が月光を背にして数体疾駆してきた。

 手には弓が持たれている。

 全員黒尽くめの衣装を身にまとい月光がなければ、その姿を良く確認することが出来ないほど、暗闇に溶け込んでいた。

 一人が首を矢にて射抜かれた騎士の兜を蹴り、その騎士の首筋を覗き込んだ。

 十字架に絡みつくように蛇が描かれた印のような刺青が月光に晒される。

「やはり、ローデンマイツの手の者だ。」

 黒尽くめの人影達の一人が覗き込んだ首筋にあるその刺青を見て言った。

「何人ばら撒いたんだ?」

 別の者が、まだいるのかと言わんばかりの口調で言う。

「さぁ~ね。相当、躍起になってるんじゃねぇの?」

 肩をすぼめて、また別の黒尽くめの人影が言った。

 すると一人が口元に人差し指を当て、全員に声を出す事を静止させた。

 遠くで、微かに別の馬蹄の音が聞こえて来た。

「さてさて、また仕留めますかね……」

 暗闇の中で月光に照らされていた黒尽くめの人影がボソリと細く笑んだ様に口元から歯が見えた。草原に旋風が一瞬吹いたその時、月光を払うかのようにふわりと黒づくめの人影全員が消え去った。

 彼らは、バミリア伯爵の動向を探り、その情報を伝達しようとしているローデンマイツの手の者を片っ端から闇に葬っていた。

 グフォン港から三十里(約三十キロ付近)の草原には、点々と見事なまでに正確に首を射抜かれた騎士が息をすることなく、その亡骸を月光に晒さらしていた。


 バミリア伯爵は、王都への帰途を陸上の行軍による方法取らず、アーテリア運河を溯上する事で戻る選択をした。

 その為にも兵団を乗船させる小型船舶を用意する必要があった。

 しかし、各国の商館に対して協力を要請し、兵団を乗船させうる数を用意させる交渉には、ダロン伯爵の顔の広さとその人望が功をそうした。

 彼は、見事にその日の夕刻には、兵団が分譲して乗船しうる規模のありとあり揺る型の小型船舶を揃えると言う芸当を見せた。

「行軍するより、早くこれで帰ることが出来るかもしれんな。」

 ダロン伯爵のその顔にようやく笑み見えた。

 謀反の嫌疑を掛けられ、バミリア伯爵の暗殺事件の現場に居合わせたのだから生きた心地がしなかったのだから、その言葉は、禊に近い物に感じたからだった。


 またバミリア伯爵には好都合な季節でもあった。

 というのも、この季節は、アーテリア運河の上流へ向かって強い季節風が吹くからで、上手く、それに乗る事が出来れば王都の手前まで、一日に掛かることなく着く事が出来るかもしれないからだった。

 ただ、その為には、熟練した船頭や船員など必要ではあったが、これもまたグフォン港にはその人材が豊富に居たことが運が良かった。それも手早く、手配したのはダロン伯爵の手腕と言うか、非常にその手際のよさがあった。


 運の強さも良き将軍の証と言うが、バミリアは自分自身でそうかもしれないと妙に自嘲気味に思った。時も人も地も全てが、上手く、噛み合ってくれたからである。

 ただ、こちら側の動きが帝国軍に漏れるのは、何とでも阻止したいところだった。そんな懸念を感じていたバミリア伯爵に対して、コパルは何も心配なくと言い残し、姿を消した。


 何をコパルが、する気なのかわからなかったが、バミリアにとっては王都への帰還に向けて、兵団の移動と各溯上する小型船舶へ分譲して乗船する指示を手早く出し、夜明けまでには兵団を送り出さねばならなかった。時間との戦いでもあるのだ。


 目の前の桟橋から、グフォン港の入り江に停泊している溯上しうる小型船舶へ次々に分譲して乗船する為に、兵士が小船に乗り込んでいく。

 真夜中に近い時刻ではあるが、グフォン港は騒然となっていた。

 騒然となって当たり前と言えば、当たり前であった。二万にも及ぶ兵団がグフォン港の港町に殺到してきたからだ。攻め込んできたわけではないが、その光景は、異様では合った。

 規律は守られてはいるが、戦の装備を備えた兵士が大量に街中を整列して、行軍すればそれはそれで威圧がある。

 が、そんな威圧ある兵団を一目見ようと町中の人が集まり、遠目にその兵団が、港町にある桟橋に接岸されている小船に乗船しているところを眺めていた。

「これで、帝国軍に情報が漏れないのかねぇ~」

 この日常と違う光景に興奮気味の港町の領民の姿を見て、その状態でどこかに帝国側斥候が紛れ込んでいるかいないかは解らない上に、それによって帝国側に動きが漏れないとは考え難い気がした。

 情報が流れてしまえば、運河そのものの水の流れを上流で、力ずくで止めてしまうかもしれない訳で、そうなると溯上そのものが出来なくなるかもしれなかった。

「考えても仕方あるまいて、賭けをしてもよいかもしれんな」

 と整然と隊列を組み、小船に乗り込む兵士達を眺めバミリア伯爵は、コパルの言葉を信じる事で腹を括った。


 あの男、コパルがバミリアの元に現れてから5年になる。その間、帝国側の侵攻に際しては、語りつくせないほどの借りがある。今回の暗殺事件に関してもあの男の働きが、あったからこそ大事に至らなかった。考えて見れば、あのコパルには、バミリアが知りえる以上の何かがある気がする。確固とした確信があるわけではないが。


 2


 自分の所有する天幕内でローデンマイツは、焦っていた。

 放った斥侯は、誰一人としてグフォン港から帰ってこないのだ。

「雲隠れ傭兵」と言われた彼の傭兵の異名は、その情報の根源となる正体不明の存在と動きから呼ばれるようになった。所属する兵団は、雇われた側の兵団に紛れ込み、内部の謀反の動きや敵の動きと動向などありとあらゆる手法で、有用な情報を姿を見せず収集し、雇い主を勝利に導いて来た。

 それが今回は、全く、上手くいっていないのだ。北方の乱戦期から幾多の戦に関わってきたが、ここまで情報が入手されない状態はなかった。

 常に、敵の動向は手に取るように今までは解っていたのだ。しかし、今回は…

 いや。

 ローデンマイツは、消し去りたい忌々しい英雄戦争時代に似たような事を経験していたことを思い出した。その時も得意の情報収集は、上手くいかなかった。

 そう。その時も確か相手に「黒き傭兵」どもが関わっていた。

 あの時は、事態が混戦状態で雇い主間でのいざこざで、指揮系統が混乱を起こしていた。ゆえに情報収集が上手く出来ていなかった原因を分析などしなかったが…


 天幕での皇太子ユーリアの叱咤に対して、ローデンマイツは南方へのバミリア伯爵の動向を探る斥侯をかなりの数を放った。

 別に皇太子の叱咤に恐れなどなかったが、仕官の口が消えるのは、やや痛い。

 皇太子ユーリアの兄に当たる帝位継承第二位に当たる皇太子グモリアに雇われ、帝国遠征で西に東で戦功を上げてきた。今回の件で戦功を挙げ、皇太子ユーリアの信任を得れれば、ようやく流浪の身から仕官の身になれる確約を皇太子グモリアから得れるのだ。

 ここは、何としても皇太子ユーリアには、テリキシア王都を陥落してもらわねばならない。

 そこに来ての「黒き傭兵」の影が忌々しかった。


 しかし、「黒き傭兵」がいるならば、なぜこの南の小国「テリキシア王国」に付いているのだ?とローデンマイツには不可解であった。

 ともかく、この情報が入ってこない状態は、ローデンマイツが直々に鍛えた斥候部隊にしては、異常な事であった。

「ログナはいるか?」

 ローデンマイツは、自分の所有する天幕内で小声で誰かを呼んだ。

「ここに…」

 と真っ赤な仮面を被っり、黒マントに身を包んだ人影がローデンマイツの背後に、いつの間にか屈んでいた。

「グフォン港に放った斥候部隊が、一向に帰ってこない。事態を探ってきてほしい。」

 背後に屈む真っ赤な仮面の人物に、仁王立ちのまま、ローデンマイツはその眼光を天幕内の篝火に向け言った。

「帝国内に潜り込んでいた鼠どもの探りはどうするの?明日も動きがあると思うけど…」

 真っ赤な仮面を被った人物が割と高い口調で答えた。

 確かにその意見は、ローデンマイツも解ってはいた。簡単に、あの北城壁門に横たわる破壊された破城槌を修繕させるとは思えなかったからだ。あの破城槌にある巨大な槌を吊るす鎖を一刀両断した奴等が、まだ、誰なのかも解っていない。

 更に、その配下と思われる者も一人として捕まっていない。

「それは、私が前に出て炙り出す。お前は、グフォン港で何が起きているか。それと、バミリア伯爵の動向も合わせて探って来てもらう」

 背後の真っ赤な仮面を被った人物に振り返り、その眼光鋭い目線を向けローデンマイツは言う。その言葉には、恐ろしいまでの冷静な口調であった。

「承知致しました。。龍の鱗使いの異名を持つ、ローデンマイツにしては慎重なことですわね…恐れですか?」

 その言葉が終わったと同時に、天幕内の空気が真っ二つに割れんばかりの風圧で孤を描いて剣が走った。ローデンマイツが腰に差してあった剣を目にも留まらぬ速さで抜き、真っ赤な仮面の人物を斬ったのである。

 しかし、斬ったかと思われたが、カランと真っ赤な仮面が真っ二つに切られ地面に転がった。仮面の持ち主の姿は、消え去っていた。

「相変わらずの目にも留まらぬ剣捌き。。当時の腕前は、鈍っていないようね…龍の鱗使いローデンマイツ健在というところかしら。楽しみですわ。対決が。」

 天幕内に真っ赤な仮面の持ち主だった人物の声が響く。

「ふん。口数が多い奴だ。」

 篝火に反射する剣の白刃が光り、金属音を響かせローデンマイツの鞘に収まった。


 3


 北城壁門では、破城槌の上部からの攻撃防御の屋根の修繕の為の単発的な戦闘が行われていたが、帝国兵が修繕に掛かろうとすると煮えたぎる油が大量に注がれ、帝国軍側に負傷者を増やすばかりで、遅々として作業が進まなかった。

 先ほど、皇太子ユーリアに呼ばれてからと言うものギリアーヌは、その状況を聞き、押し黙っていただけだった。

 北城門への援護として弓矢攻撃を断続的に行っているが、効果的な結果を生み出していないようだった。敵側テリキシア王国も弓に対する対策を打っているようである。

 ギリアーヌの考えでは、城壁への梯子攻撃を断続的に行い、敵兵力を削ぎ落としながら、更に弓矢による追撃で更に兵力を削ぐ。そうすることで、北門城壁からの油を掛け落とす攻撃も弱まってくるだろうと考えていた。

 ただ、梯子による攻撃は、日が昇ってから行わねば、担当諸侯であるローゼン男爵が不快感を示し始めていた。勇猛果敢な男爵配下の兵士もこれといった戦果も上げておらず、士気が下がり始め、投石器による援護攻撃が期待できない中での攻撃に、やや不満がくすぶり始めているからで、一晩、休ませておく必要もあった。

 とは言え、攻撃開始で彼らがそう何日も続けられるとは、思えない。

「戦場は、刻々と状況が変ると言うが…こうも予測不能な事態が起きるとはな…」

 ギリアーヌ将軍もここまで予測できない事態に陥った事はない。

 今回のテリキシア城壁城門攻撃用にかなり頑丈に作らせた筈の破城槌が、敵が放ったと思われる潜入工作要員に意図もあっさりやられるとは、思っていなかった。

 それもその破壊した潜入工作員が一人として捕まえられていない。

 今だに帝国側の兵士に紛れ込んでいるかもしれない。

 その不明極まりない相手が、今だにいる状況下もかなり不安要素があった。ましてや、バミリア伯爵の兵団が何時頃、王都に戻って来るのかの情報も入ってきていない。

 当初の想定では、バミリア伯爵が兵団を連れ、王都不在時を狙って、攻撃を仕掛け一気に王都陥落を狙う手筈だった。

 撤退。

 その言葉が、チラホラ浮かび始めたのは、潜入工作部隊の奇襲による投石器と破城槌破壊される前からあった。これといった確信があったわけではなく、戦を渡り歩いたキリアーヌの直感によるようなものからである。

 確かに皇太子は、用意周到な準備でここまで動いている。司令官としての働きも動きもよい。そのカリスマ性も十分であるし、帝位継承では、一、二を争う才覚を持っていると思える。

 ただ、なぜか皇太子ユーリアに対するギリアーヌの直感的なものが、極めて優れた策略家としての才覚を持ち合わせているのは感じていたが、しかし、その直感を強く、感じれば感じるほど戦の外側にいるような不安感を感じるのだった。

「破壊された投石器の中で即急に使える様にし、王都宮殿の右にあるビアンツ公爵邸を集中的に狙い撃ちをする。」

 先ほど皇太子の天幕に呼ばれた際もそのように指示を出され、その言葉を聞いてから更に強く感じた。

 テリキシア王国内でも、一際、気弱であるビアンツ公爵邸を狙う事で、彼の心の弱さに付け入ろうと言う事なのだろうが、打つ手としては申し分はないが、何か腑に落ちなかった。

 破壊され焼け落ちた投石器で、特にその損傷が低かった物は、四台。その中でも修繕して使えそうなのが半分の二台程度になりそうであった。

 他の破損し使用不能になった投石器から部品を寄せ集め、使えるように修繕するのに明け方くらいにはなりそうであった。こちらは、何の妨害もなく順調に進んでいる。再度の襲撃を警戒して、更に多くの警備の騎士団を配備した。

「策を講じて、策に溺れなければよいが。。」

 と言うのも、彼には明らかに不確定で手強い相手が外にも内にもいるように思えてならなかったからだ。

 夜明けまで、後、十三刻(十三時間)くらいであろうか。


 4


「ほう。奴等、投石器を直してるやん。ナッチョさんよ」

 帝国兵士の甲冑に身を包んだモッグが鼻をほじりながら皮肉っぽい言い方で、横でこれまた帝国兵士の甲冑に身を包んだ相方のナッチョに言った。彼らの帝国兵のザコ寝場の天幕の向こう側では、せわしなく別の帝国兵士が懸命に投石器修繕の資材を運んでいる姿が所々にある篝火の光で見る事が出来る。

「まぁ、幾らフェニックスの油で火を付けたと言っても、全部が全部完全に燃やせるとは限らないからな。二十基全部となりゃ、一割は残るかもな。」

 鼻糞を穿るモッグを背にして、肘を突いて手枕しながらナッチョがふてぶてしくいった。モッグの嫌味っぽい口調には、慣れてはいたが、全部を破壊できなかったのは、ちょっと不服な面持ちだった。

「で、今更、二台の投石器を直してどうするのかね?」

 と穿った鼻糞を右手人差し指でピンを弾き、頭の後ろに腕を組み雑兵の品疎な天幕を仰ぎ見てモッグが言った。

「さぁ~ねぇ~あれくらいで王都の城壁攻撃には、効果はないだろうからな。狙いは解らんね。」

「どうする?また、やるか?」

「うーん。様子見だな。旦那の指示でそこまで受けてねぇ~し」

 ナッチョは、どこかで奪い取った帝国兵士の甲冑が合わないのか、細い気の棒を手に持ち自分の腰の部分を守るフィールドの隙間に突っ込みぼりぼりと掻きながら言った。

「それよりも北城壁門にあるあの破城槌の化け物のを何とかしねぇーとな。ほら、あれ見て見ろよ。」

「何をよ?」

 さっきまで腰辺りを掻いていた細い棒で横になったまま、ナッチョが帝国軍本隊が布陣している後方を指した。ボンヤリとだが光が見える。

「帝国軍本国から来たのか?早いなぁ~」

 身を起こしてナッチョ越しに細目でモッグが、そのボンヤリと見える光を見て言った。その光の揺れ具合からして明らかに何かを運んでくるのは解る。

「あの化け物を蘇らせようと必死なんだよ。ほら、援軍の最前列にいるのは、長盾を持った部隊だ。」

「なるほど。あれで、テリキシア王都北城壁からの熱々油攻撃を避けようって寸法か。」

 とまた鼻を穿りながら人事のようにモッグは答えた。

「あのボンボン皇太子についてるギリアーヌって将軍は、なかなか手早いな。」

「あの小太りな将軍ね…」

 その言葉にナッチョは、ちらりと自分はどうなんだと呆れ顔でモッグを見る。

「なんだよ。何か言いたいみたいだな。」

「別に~。」

「ふん。」

 と穿り取った鼻糞を右人差し指でピンと弾き、また、不貞腐れて横になると何気に口を開いた。

「そう言えば、さっきまで周囲にやたら俺等の近くまで来て、ウロウロしてたのが消えたなぁ~」

 この戦に参加してから得体の知れない気を感じてはいたが、それに察知される下手は打っていないので問題はない。が、その掴み所のない感覚は、自分らに似ている物を感じていた。ただ、それがパタリと消えた。

「ありゃ、ローデンマイツ配下の者じゃないな。北方からの流れ者だろ。」

「同類ね。」

 別段動揺することもなく、モッグはナッチョの意見に同意した。あの独特の雰囲気と獲物を狙うかのような殺意を殺した気は、明らかに北方で生死をかけた時の相手と似ていたからだ。

「そうなるな~たぶん。ローデンマイツが焦って動かしたんだろ。消えたのは。」

「…うーん。わしらで始末しても良かったかもな。。こっちに来て歯応えないのばっかりだったし。」

 不敵な笑みを口元に見せ、モッグは目を閉じた。

「そんな事したら、旦那に叱られるぞ。」

 とこれまた笑みを口元に見せて、ナッチョも同じように目を閉じた。

 彼らが寝る天幕の外では、久しぶりの休養に帝国兵士が火を囲み、帝国国歌を歌ったり、ダンスやら酒に酔いしれている所もあった。

 彼らは、本来は各地では、農地を耕す農民でもあった。戦を生業とする職業兵士ではない出来ればこんな戦などさっさと終わらせて、帰りたい者ばかりだ。今、ナッチョとモッグが潜り込んでいる部隊は、帝国軍の参加諸侯の内で勇猛果敢なローゼン男爵配下の天幕であるが、ここの兵士も例外ではないのだ。

「まぁ~。明日は、この梯子部隊には、一つ頑張ってもらわんとな。」

 と鼾を掻き寝るモッグを横目にボソリとナッチョは言うとモッグに背を向けた。

 彼らには、既にやるべき指示が出されているのだから。


 5


 本陣の天幕内に本国からの援軍として急遽、長盾部隊がテリキシア領内に入ったとの連絡を受けたのは、かなり深夜になってからだった。

 その報を受けギリアーヌは、少し安堵の感覚になった。現在でも何とか北城壁城門を破壊する為の破壊された破城槌を修繕しようと帝国兵を送るが、遅々と進まないかった。

 大きな理由が城門からの油攻撃を跳ね返す手段がなかったからで、殆ど突撃に近い状態であおの巨大な槌を引っ張り上げ、固定しようとする作業だけで、ただ悪戯に負傷者を増やすばかりで、なんら結果が出せなかったからである。

 そこでキリアーヌは、本陣天幕での皇太子御前での作戦合議前に油攻撃に対抗する為に帝国に援助を即急に要請し、近くに配置されていた長盾兵団をテリキシア王国攻略に参加させることにした。運が良い事にこの部隊は、帝国の西で小競り合いを終結させる為に居合わせた兵団で、且つ、キリアーヌ将軍とは、司令官であるベレド将軍は、旧知の間柄でもあった。

「これで修繕も明日中には、終わるかもしれない」

 と自分の強運にこれほど神に感謝した事はなかった。すでに、合流すべき長盾兵団が本陣後方に見えて来ていた。

 帝国軍長盾兵団は、本来は野戦での対騎馬兵団用の兵団で長盾と長い槍を合わせて、密集体系で騎馬兵団の強力な突進戦術を止めるのが、役目である。特に、帝国軍の長兵団の訓練度が高く、北方での騎馬民族が多い中で、常に野戦では戦略的には中心にあり、そのからの野戦戦術に関しては、ロステリアン帝国に勝てる国は、ほぼなかった。

 当初は、ギリアーヌがテリキシア王国王都攻略にこの長盾兵団を組み入れる事を皇太子に進言していたが、テリキシア王国軍が野戦に打って出る事はないとの判断で組み入れなかった。

 実際、テリキシア王国領内に入り、野戦はなく、直ぐに王都攻略になったので、判断的にはあっていた。しかし、今は、状況が変ってしまった。本来の戦術的用途ではないが、王都攻略には長盾兵団が必要であった。

 前方に見える忌々しいテリキシア王都の城壁。いかなる大軍を持ってしても陥落させることは不可能と言わしめた難攻不落の城壁。今、その鉄壁の城壁に楔が打てる可能性が出てきた。

「皇太子殿下の策略もあろうが…あの北城門を突破せずして武人と言えるか?」

 と心で沸々と高揚感が湧き上がってきていた。


 6


 二万に及ぶ兵士が船舶に七刻(約七時間)で乗り終えたのは、意外にもダロン伯爵の能力がかなり影響していた。兵団のどの部隊を効率よく、小船に乗船させアーテリア運河を溯上させる小型船舶に乗り換えさせる往復作業を行うのかを、実際に指示を出しながら計画立案をしつつ、乗船が完了した小型船舶から運河を出航させる指示を出す。その際の水先案内人も確保し、素早く手配をしていたからだ。

 その運河での運行での衝突や事故など殆ど皆無に近いものだった。

 元からそのような才覚があったのか、長年グフォン港に居たことで培った能力なのかはわからないが、事、兵団の水上運搬にについては、ダロン伯爵が全て取り仕切る事にいつの間にかなっていた。

 それが、たった七刻で終えれた最大の理由であろう。バミリア伯爵は、その働きにぶりにただ感心し、口出しは一切しなかった。

 ダロン伯爵にとっては、謂れのない謀反の疑いを晴らす絶好のチャンスでもあり、バミリア伯爵の全幅の信頼は、更に彼の能力を上げていた。

 伯爵と言う爵位は同じでも、ダロン伯爵は、商公爵家の傍流の傍流。バミリア伯爵の直系の爵位とはおのずと差があり、特に、バミリア伯爵は、その王都での才覚は、知れ渡っており、実際のところ無能なビアンツ公爵より、バミリア伯爵を商公爵家にすべきとの声も上がるほどである。バミリア伯爵が、全く、商公爵家に対する野心がない故に、謀反と言う話は上がる事は殆どないが。

 野心がないとは言え、直系ではあるバミリア伯爵に好印象をもたれるのは、ダロン伯爵にとっても悪くない話であった。彼は、グフォン港とその港町を愛している。

 その砂州と山峰に覆われるような入り江にあるグフォン港は、昔から交易の中心点でもあり、その風景と海風は、戦により汚されたくなかった。

 謀反などそういう意味で考えるはずもないのだが、今回の活躍は、必ずやバミリア伯爵から商公爵家そして国王にも伝わるはずと信じていた。

「バミリア伯爵最後の船舶も無事、兵団を乗船させ溯上の為、出航いたしました。」

 とダロン伯爵は、胸を張って答えた。

 バミリアにとって、彼、ダロン伯爵は、決して野心や策謀の出来るような人物ではないとその雰囲気で見て取れた。

「助かりましたぞ。ダロン伯爵。船舶の準備から兵団の分譲乗船の手配まで。何から何まで短時間で出来るとは思っていませんでした。」

 バミリアは、胸に手を当て、深くダロン伯爵に敬礼をを示した。

 それに慌てたのか、しどろもどろになり、ダロン伯爵も胸に手を当て、返礼をした。

「いやいや。私などは、船舶の手配や運航の管理、荷物のチェックなどが生業みたいな物です。これでバミリア伯爵閣下のお役にたつならば、これ以上嬉しい物はありません」

 出航していく船舶を横目にバミリア伯爵にそう述べた。

 グフォン港に北に吹く季節風が良い具合に溯上する船舶の航行に大きな助力を与えていた。この季節風の強さからすれば、王都南手前二十里には、今日の夜中には着くだろう。このまま、問題もなく溯上する事が出来るならの話だが。

「バミリア伯爵は、あの船舶で行かれてください。小型ではありますが、船足が速く、手漕ぎ手も兵団の乗船する船舶より多くしております。勝手ではありますが、万が一の場合もあり、そのような割り振りにさせております。」

 ダロン伯爵が指す方向に白い真新しい船舶が夜中ではあるが、一隻見えた。船首には、マーネイドを象った女性の裸体像が見える。

「当家モーツリア家所有の物です。ゼロニア号と申します。ご安心ください。」

「ダロン伯爵。謀反の疑いの件、このバミリアが必ずや解いて見せますぞ。」

 と言いバミリア伯爵は、一礼し、踵を返すとゼロニア号に乗船する為の小船に颯爽と乗った。そこで振り返り、ダロン伯爵に一礼を再度するとゼロニア号に振り返り、その美しい船体に見入ってしまった。

「このような美しき船に乗船するとはな。戦に行くと言うのに何とも。」

 とバミリア伯爵は、口にすることはなかったが、そう思った。人生では、皮肉な現象が多く起こる。血生臭い戦に出かけると言うのに、真逆な光景が目の前にあり、自分が今から何をすべきなのか、これが正しい選択なのか迷わせるような、不思議な状況が重要な局面になればなるほど出てくる。それが、今のバミリア伯爵の環境なのかもしれない。ただ、それでも彼が自分を見失う事が少ないのは、彼が自分自身が何を行わなければならないのか、明確に具体的にハッキリと理解しているからである。

 それが、王都への帰還とロステリアン帝国侵攻の排撃の二つであった。その血生臭い戦になるであろう具体的現実が、彼を束の間の美しい光景から現実へ引き戻した。


 7


 昨日のメアリ公爵が受け取った書簡からだろうか、ローレン公爵が認めた使者や密令をおびた書簡の返信が次々に届きだした。

 ただ、書簡を届け、返答の書簡を受け取った使者達が、揃って口にしている事があった。

「途中、帝国側と思わしき一味に襲われたが、どこからともなく、黒い人影が現れ、襲撃してきた一味をあっという間に抹殺し、姿を消して、助けてくれたと」

 後は、返答の内容意外は、同じような報告ばかりであった。襲われて、それを助けてもらった後は、何事もなく相手に着く事が出来、返答の書簡を預かったと。

 ローレン公爵にとって、黒い人影と言うのは、メアリ公爵が言っていた奴等と同じ様な仲間かと考えたが、確証があるわけではなかった。

 ただ、書簡の返答が来たのは、それはそれで非常に複雑であった。それに加え、内容はややよろしくない物ばかりであるからだ。

 援軍の要請の殆どが、相手であるロステリアン帝国に対して、敵対行動は差し支えたいとの事で、長々しく事の理由を書いてはいるが、結局は、事の傍観者であろうとする内容ばかりであった。

 ローレンにしてみれば、解りきった事ではあった。

 結局、大国ロステリアン帝国に対して、小国テリキシア王国が侵攻される事は、どこの国からしても当然で、今まで商公爵家体制とは言え、生き残れたのが不思議なのであろう。特に、ロステリアン帝国は、武力制覇を是としており、有無を言わせぬ、猛烈な侵攻を南以外の方角でやってきている。隣接する国が多いと言う事もあるが、交渉など殆どないほどのスピードで周囲を乱戦に巻き込んでいる中心国家であった。

 その中で、幾度となく侵攻されては、弾き返し、更には、交渉の席に着かせ、交易通過税を取るというのは、ある意味、他国からすれば、離れ業に近い物があったのかもしれないとローレン公爵は、今、長々と書かれている言い訳の文面に目を通しながらテリキシア王国の特異性に改めて気づいていた。


 ロステルアン帝国に無条件に近い形での降伏を進言していたメリア公爵が、今では、最前線で陣頭指揮を執っている。今考えると、あの時、ローレンが考えていたのは、自分の商公爵家の地位と財産であり、このテリキシア王国の文化や歴史を守る意識は、全くなかった。かといって、戦って勝利出来るとも思っていなかった。


 だが、しかし、複数届いた返信の中で今、手元に取った書簡には、バミリア伯爵の朱印が押されてあった。それには、こう書いてあった。


「ローレンツ公爵卿

 妙後日には、王都に帰還致します。帝国侵攻の事情も承知しております。

 それまで、王都の守りをよろしくお願いいたします。

 グラハート家バミリア伯爵」


 この書簡を読み進めるうちにローレン公爵の手が震えてきた。メアリ公爵経由での書簡は届いていたが、ようやくローレン公爵にも帰還の知らせが届いていたのだ。


 その時であるローレン公爵の執務室にけたたましく商公爵家のビアンツ公爵が扉をノックも従者をも介せず入ってきた。

「ロ…ローレンどの…バミリア伯爵の書簡が…」

 慌てふためくようにビアンツ公爵が、ローレン公爵の執務机にすがり付くように向かい、ふらふらと近寄りながら手に持つ書簡をヒラヒラさせ倒れこんだ。

「それなら私も読んだ…ことは、進んでおる。焦る事はない」

 諭すように弱弱しく倒れこむビアンツに近寄り、手を差し伸べ、倒れたビアンツ公爵を引き上げた。

「もう少しの辛抱じゃ。もう少しの…」

 ローレンは、女々しく泣きじゃくるビアンツを見下ろしながら、この男を彼の父親の遺言ではなく、無理に商公爵家の一角に座らせる事に賛成した事は、妥当だったのか、今になってはわからない。

 ただ、言えるのは、このビアンツ公爵は、決して大きな決断を下せるような器ではないと言う事であった。

「もうしばらくの辛抱じゃ…」

 ローレンは、立ち上がるビアンツ公爵を引き寄せ、抱きしめ耳元でそう何度も呟いた。

 夜もまもなく明けようとする時刻になりつつあった。

誤字脱字があればお教え下さい。

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