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第三章 北城壁門

ロステリアン帝国のテルキシア王都への攻撃は厳しさを増してくる。

特に、北城壁門攻撃は、強固な城壁突破の基点となる。

その攻防は、様々な思惑が絡む。

 1


 巨大な破城槌には、巨木を鎖でぶら下げ中央に置き、上部からの攻撃に備え、頑丈に作られた銅に包まれた木製の屋根が備え付けられ、移動が自在に出来るように八つの車輪が装備されている。主に敵城門をぶら下げている巨木で城門を打ち砕く為のもので、巨木を槌と言う。

 その破城槌が、王都北城門に備え付けられ強烈な地響きを巻き起こしながら、巨大な城門を激しく打ち付けている。

 その度にミシと巨大な北城門自体から音が響く。

 王都の北城門は、本来は深い堀と二重の構造になっているが、堀は埋め立てられ、一つ目の鉄条柵門は、破られている。堀と城門を繋ぐ、跳ね扉は、粉々に打ち捨てられ、さらけ出された北城門に巨大な破城槌が突き刺さっているように外側から見ると見える。

 屈強な帝国兵の掛け声と共に巨大な槌が大きく、引かれ離されると勢い良く槌が猛烈な勢いで北城門にぶち当たる。

 それが、先ほどから何度となく繰り返されている。

 北城門自体は、通常の城門とは違い、分厚い木材と防火対策されたものと頑丈な鉄製のもので組み合わせられたその強固さでは、南方でも随一を誇る物ではあるが、この連続する巨木の槌攻撃にそう長く耐えれるようではなかった。


「時間の問題だな。」

 やや遠くの馬上から帝国皇太子ユーリアは、その巨大な破城槌の北城門への打撃を望遠鏡で眺めながら横に着く、ギリアーヌ将軍に対して言った。

「後、半刻(約三十分)程で突き破れるかと思います。」

「テリキシアは、必死になっておるが、もう手が打てまい。」

「左様のようですな。」

 ほぼ、勝利を確信した皇太子ユーリアのその表情には、笑みが浮かぶ。

「殿下。。あちらにお会いしたいと言う、お方が。。」

 皇太子の従者の一人が、馬上の皇太子にそう伝えた。

 指し示す方向には、使い古された灰色の甲冑に身を包み、眼光が鋭い男が立っていた。

 ギリアーヌは、始めて見る騎士であった。馬には、騎乗はしていないが。

「うむ。ギリアーヌにも紹介しよう。来るが良い」

 馬上から降りながら皇太子は、ギリアーヌを誘い、従者が指し示した人物の方に向かった。

 皇太子が近づくと、眼光鋭い騎士は膝間づいた。ギリアーヌは、直感的にこの騎士が、通常の戦場を渡り歩いているだけではない兵である事を理解した。

 特に、その筋骨隆々な体格が甲冑の上から見えるかのようである。

「姿を見せるとは珍しいの……ローデンマイツ。」

 ギョッとギリアーヌはした。ローデンマイツの名は、戦に携わる者なら知らぬ者はおらぬ傭兵団長ではないか。

 滅多に団長本人は、姿は見せない事で有名であり、兵団員も雇われ主の兵に紛れ込み、どこに誰がいるのか解らぬようにする事で、「雲隠れ傭兵」とも言われるギリアーヌにとっては気味の悪い連中であった。

 もしかしたら自分の手勢にもこのローデンマイツの連中が入り込んでいるのだろうか?

「バミリア伯爵の殺害に失敗した模様でございます。。」

 ローデンマイツのその一声の言葉に皇太子の顔が歪む様に苦々しい顔色になった。

 ギリアーヌにとっては、初耳のことであった。皇太子が、バミリア伯爵を暗殺しようとしていたとは。。バミリア伯爵は、今、南下してグフォン港に向かっていると後で聞いたが。

「お前の部下でも一・二を争う部下ではなかったのか?」

 ローデンマイツを見下ろしたまま、皇太子は怒気を抑えるかのように尋ねた。

「そのように備えておりましたが…思いのほか、手強い相手が付き従っていたようで…」

「手強い相手?」

「はい」

「素性は、解っておるのか?」

「…残念ながら何者かは解りません」

 皇太子は、そのやり取りで冷静さを取り戻したのか、右手でその顎をを触りながら何かを考えているようだった。ギリアーヌも皇太子が何か元々この侵攻において、策を巡らしておいたことは、ようやく見えてきた。

「バミリアの殺害に失敗したとすると、奴等の兵力が王都に引き返す事が考えられるな。」

「バミリア伯爵への伝令は、悉く、始末しておりますが、王都の危難を知るのは時間の問題かと」

「それも気づかれておるかもな。バミリアも有能な者を従えていると見える」

 皇太子の顔にいつの間にか笑みが浮かんできていた。

 それも今までにない高揚したような不敵な笑いである。


 とその時、投石器部隊の付近で兵が騒ぎ出していた。

 ギリアーヌが目線を向けると投石器に、次々と火の手が上がっていた。

「何事だ。」

 ギリアーヌが付き従う従者に事態の様子を見てくるように指示をだした。

 直ぐに、状況が見えてきた。

 二十基あった投石器が全て同時に火の手が上がったとの事であった。且つ、その操者である兵士が、悉く、殺害されているとの報告が入った。

 ギリアーヌは、馬を飛ばして現場に向かったが、投石器の燃え上がる火は水を掛ければ、更に、火の勢いが増すもので、到底人力で消すせるような物ではなかった。

 馬を降り、投石器の操者の遺体に近づき、首元を見ると鋭い匕首で声も出ぬ間に、全てやられているようであった。

 短時間でここまで素早く、事を成し遂げる事が果たして、今のテルキシアの連中にあるのか?とギリアーヌは、戦場の感で解った。

 先ほどのバミリア伯爵暗殺失敗といい、この投石器の放火の素早さといい、今、王都で右往左往している連中とは違う、もっとも手強い相手が既に、王都に来ていると。


 2


「あらら。やけにあっさりと投石器は、やっちゃったのね。。ナッチョは。」

 ボソリと巨大な破城槌の槌を引く手綱を持って、奥で豪快に火の手が上がる投石器を見ながら小太りのモッグは言った。彼は、帝国兵に紛れて、北城門を攻撃している破城槌に入り込んでいた。

 目的は、この破城槌を使用不能にすることだったが、何せ巨大なので手下を同じように紛れ込ませるのに手間取っていたが、先に、投石器破壊をナッチョにやられた感じだった。

「さて、こっちもそろそろやりますかね」

 小太りのモッグも手綱を引きつつ、呟いた。

 腰に用意してあった短剣を右手で取り出すと左手に持っている手綱をスッパと切った。その為、彼の前方で力を込めて手綱を引いていた帝国兵が前に一斉に倒れた。

「ぐわぁぁ~」

 倒れる帝国兵達の力で横に押され、巨木の槌が大きく横揺れした。

 破城槌自体も大きく揺れだした。

「何事だ!」

 槌の攻撃を指揮する帝国兵上官が、左下より声を荒げる。

「綱が切れました!」

 と帝国兵の一人が声を上げた瞬間、全ての槌を引く綱がブツリと切れ、全ての引き手の帝国兵が前倒しになった。帝国兵のうめき声が北門内部で響く。

 一斉にモッグが潜り込ませた彼の手下が、全ての手綱を切ったのである。

 引き手の力が解放され、槌が揺れながら北城門に激しくぶち当たるが、帝国兵が支えていない中でバランスを失った巨木の槌は、大きく破城槌上で揺れまくった。

 揺れる槌に小太りのモッグは、その場からヒョイと巨木の槌に飛び乗り、槌を吊るしている鎖に対して、先ほど手綱を切った短剣で横一文字に振ると見事なまでに鎖は切れた。

 巨木の槌大きく揺れながら吊るされている一つの鎖が切られた事で、ガクンと大きく更に下にぶれる。その衝撃で、破城槌の車軸が鈍い音を立て、折れたのか車輪がガランと外れた。当然、破城槌そのものが、斜めに大きく傾いた。

「貴様!何者だ!」

 巨大な破城槌が車輪が外れた事で周囲の地面が大きく揺れる。その中で、槌の上にいたモッグを見つけて叫んだ。

 モッグは、軽くウィンクをして、ヒョイと下へ反対側に飛び降りる。そのついでに、そちら側の鎖を素早く切り落とした。

 それにより、宙に浮く支えがなくなった巨木の槌が荷台を破壊して、地面にめり込むように激しい音を響きを立てて落ちた。

 北城門周囲の地面が大きく揺れる。

 北城門周囲の帝国兵達は、騒然となった。突然、北城門を攻撃していた破城槌が轟音を立てて崩れたからだった。


 3


 事態の急変にギリアーヌは、皇太子ユーリアのいる丘陵の天幕にテリシキア王都攻撃に参加している諸侯及び指揮官を急遽召集した。

 日は傾き、夕刻を過ぎ、一旦、攻撃を緩める事になるが、帝国軍側に広がる動揺を抑える必要があったからだ。

「投石器は全て、全滅であります。。操者の帝国兵もほぼ全員、戦死。」

 投石器設営陣地での報告を辛うじて生き残った帝国兵の同部隊副官が、天幕内に設置されている議場で報告を行った。

「いったい誰が、あそこまで素早く、的確にやったのだ!」

 一声を上げたのは、王都城壁へ果敢に梯子にて攻略を掛けている帝国軍諸侯のローゼン男爵だった。この部隊の攻撃には、後方からの投石攻撃と弓矢での援護がなければ、丸腰同然で攻撃しろと言われているような物であるからである。

「それは…私にも…」

 生き残った副官は何も言えなかった。ただ、黒い一団があっという間に現れ、投石器を操作していた帝国兵を背後から次々と首を切り裂き、投石器に火を放ったからだ。

 立ち向かった、護衛の帝国騎士すら相手にならず、電光石火のように殺害されたのである。また、投石器部隊の司令官も果敢に立ち向かったが、短剣を投げられ額に突き刺さり、絶命してしまった。副官も同じように立ち向かったが、一人、殺される事なく打ち身にて意識を失わされたのである。

「相手は、こちらに得体の知れない力があることを示したいようだな…」

 皇太子ユーリアが、議場の一段高い御前から口を開いた。

 一堂もそれには、納得するしかなかった。

 実際、城門攻撃用破城槌が破壊された時の様子を述べた城門攻撃指揮官の報告も含め、あまりにも手際が良いが、大胆不敵だったからである。態と姿を見せる事で、その力を見せ付けているような動きであるからだった。

「皇太子殿下。現状では、城門にある破城槌を修繕の上、再攻撃するには、丸三日を要します。破城槌を城門より、引き出すにも車軸が八つ中、四つ後方部が折れており、用意に引き出す事も出来ませぬ。遺憾ではありますが、その場での修繕をせざる得ない状況であります」

 城門攻撃の司令官が静まる議場で、正確に事態を説明した。

 これは、そのままでは北城門上部からの攻撃を常時受ける事になる事を指しており、煮えたぎる油攻撃などに対処するように城門攻撃用破城槌はなっているが、すでに屋根の一部は先ほどの破壊工作でその防御能力を一部失っており、修繕中に攻撃を受けてると多大な犠牲を強いる事になる事を意味していた。

 実際、現在も吊るしていた鎖を断ち切られた巨木の槌を引き上げる作業だけでも、帝国兵の大部分が煮えたぎる油を掛けられ、酷い火傷を負い続けている。

 当然、その兵力は諸侯より借り出されている半農半兵である。当然、城門攻撃部隊もそのような兵士であり、その兵力が消耗されると言う事は、その諸侯の国力が低下する事になる。不満は、次第に蓄積される。

 城門攻撃担当は、帝国皇帝直系の公爵家ロードンが担当はしているが、状況は面白くはないのは確かだ。疲弊する自分の兵士が増える事に憮然としていた。

 皇太子は、顔色変えずに議場にある地図と兵力を示した駒を眺め、先ほどの発言以降なにも言わずにいる。

「ともかく、体制の立て直しを図る。」

 地図を眺める皇太子を横目にギリアーヌが立ち上がり、地図上の駒の配置を変え、現在、王都城壁北面を分散して、攻撃しているのを北城門に集中するように指示。

 城門に動けず、機能していない城門破壊用破城槌を急遽、その場で修繕し、再度、修繕が完了したら打撃攻撃を再開する事とした。

 修繕中は、北城門上部を集中的に弓矢でけん制を仕掛け、また、合わせて、北城門の横側面より、城門上部を目指し、梯子部隊を集中させるなど、攻撃箇所の集中する戦術に変更した。

 これにより、修繕時の被害も軽減出来ると考えたからであった。

 それに対して、皇太子は何も言わずただ、ギリアーヌの戦術変更に聞き入るのみである。

「…ギリアーヌよ。バミリア伯爵の王都への復帰は、何時ごろになる?」

 おおよその戦術変更を終えたところで、皇太子が口を開いた。

「それは…。」

 キリアーヌを含めこの議場の諸侯の中で、敵将兵の動向など把握できているものは誰一人としていないかった。

「諸侯。今現在、王都にいるのは、烏合の衆とも言うべき、雇われ兵ばかりだが、王都を離れているバミリア伯爵が、今、グフォン港から折り返して帰ってきているとするならば、訓練された兵士が相手になる。早くて二日後には帰途しよう。それまでに城門を突き破らねばならぬ。」

 一段高い御前より立ち上がり、先ほどまでキリアーヌが説明していた駒を城門に集中させ、激しい口調でまくし立てた。

「犠牲は、いとわぬ。何が何でも明後日には、城門を突破せよ!これは、皇太子の命ではないぞ、皇帝陛下の命と思え!」

 その鋭い眼光には、他に異議を言わせぬ気迫が漂っていた。

「日の出と共に指示通りに体制を整え、あの忌々しいテリキシアの城壁を突き破るのだ!」

「仰せの通りに…」

 この傲慢とも言える口調に反感を持つ、諸侯もいるはずだが、誰一人として皇太子に対して異議は出なかった。

 ギリアーヌは、この皇太子ユーリアのカリスマ性に魔性に近いものを感じた。


 4


 攻撃が突然止み、商公爵家メアリ公爵は、城壁で腰を下ろした。

 何が起こったか解らないが、ここから見えていた帝国軍の忌々しい投石器が燃え盛っているのが、日が暮れても見える。

 後、なぜか城門攻撃が急に止まったのも解らなかったが、天の恵みにしか思えなかった。この数日は、ろくに寝る事も出来ず、城壁を右往左往し、雇われた兵をなんとかまとめ上げ、対処してきた。城壁の鉄壁には、先祖達に感謝せねばならなかった。

 今や兵力は、当初の三千名だった傭兵も半分近くになっている。良く、あの帝国の大軍相手に踏ん張っているものだと思わざる得なかった。

 ただ、減った数の半分近くは、負け戦に付き合いきれない逃走した者だろうが。

 今、残って共に雇われながらも懸命に反撃に参加してくれている者たちは、既に金銭以外の別の物で戦っている気がしている。

 この戦に勝つ見込みは、今のところ全くないにも関わらず、付き従ってくれているからだ。

 その中で、領民の一部も参戦してくれているのは、嬉しい事ではあった。

 特に、北城門での油をたぎらせる作業は、殆どが領民がやってくれている。たまたま、このテリキシアには、貿易拠点ゆえに昔からあらゆる油が、無尽蔵に近いくらいあった。

 それらを領民が提供してくれているのだ。

 それが、功を奏し始めたのは、何かの不具合で帝国側の城門攻撃用破城槌が、自壊に近い形で動きを止めてからである。

 頑丈極まりない城壁北門も強烈な打撃に耐えるにも限度がある中、今日の夕刻まで持つか持たぬかだったところに、投石器の炎上と共に自壊し、動きを止めた。

 修繕に必死になる帝国兵士に対して、その上部からの攻撃防御能力を落とした破城槌に目掛けて、次々に高温ににたぎった油を次々に注ぎ、火を間髪入れずに放つと忽ち、多くの帝国兵士は火に包まれた。

 それが下がる一方だった傭兵達の士気を大いに盛り上げた。

 その事が他にも波及したのか、攻撃に緩みが出始め、他の箇所からの見違えるように攻撃を跳ね返すことが出来た。

 とにかく、日が下がり始める夕刻に、今までと違い、帝国軍の攻撃がピタリと止んだ事にメリア公爵と傭兵そして、逃げずに王都に残り、戦いに参戦している領民に、つかの間の休息が訪れたのである。

 何かが裏で助けてくたのかも知れないが、考える余裕は今はメアリ公爵にはなかった。


 これから、傭兵達に労いを掛けやらねばならぬし、領民にも同じように接しなくてはならない。自分だけが疲れて、座り込んでいられないかった。

 明日の朝には、間違いなく攻撃は、集中的に北城門に来る。何としても、あの忌々しい城門攻撃用の破城槌の修繕を阻止しなければならない。その効果的手立てを考えておかねばならないのだ。

 重い腰を上げ、まずは王都の奥に引っ込んでしまっている国王と女々しいビアンツ公爵そして、自分の邸宅の執務室に篭り、援軍要請の書簡を送り続けているローレン公爵に戦況を伝えねばならない。別に、伝えなくても問題はないが、妙な動きをこの期に及んでされては堪らないからでもあった。

「メアリ公爵閣下。」

 と、腰を上げ周囲に座り込む傭兵達の中から呼びかけるような声を聞いた。

 ふと背後を見ると二人の黒尽くめの男が膝間づいていた。

 一人は、細身の背の高い男ともう一人は、小太りの男だった。

 メアリを呼んだのは、この二人のうちの一人のようであった。

「貴公らか。。私を呼んだのは。」

 無言のまま二人は頷くと、小太りの男の方がメアリに一通の書簡を差し出した。

「それは?」

「バミリア伯爵閣下からです。」

「なんと!」

 差し出された書簡を取ると確かにバミリア伯爵の朱印が押された書簡であった。

 すぐさま、それを開き内容に目を通した。

 内容は、極めて簡素に書いてあった。

 モーレツア家当主ダロン伯爵の謀反は、無実無根である事。

 数日中に王都に兵団と共に戻る事。

 今、書簡を託している者は、信用がおける者である事。

 などであった。

 書簡を読み進むうち、ようやく、メアリは震える手を安堵に変える事が出来た。

「バミリアはこの王都の状況を知っておるのだな。」

 二人にメアリは、聞いた。

「バミリア伯爵閣下は、王都の状況は存じておられます。その上で、あっしらに策を講じるように命じられ我らが動いております。」

 小太りの男がそう答えると、帝国軍の不可解な動きに対して、理解が出来た。

「あれらは、おぬし等のやった事だな。。」

 二人は、頭を垂れたまま何も答えなかった。

「これから何をするか聞いておるのか?」

 二人は、顔を見合わせてニヤリとし、すくりと立ち上がった。

「まぁ~メアリ閣下は、何時もどおりに行動してくだせい。あっしらは、あっしらで動きますので。」

 と言うと、ふっとメアリの前で風が吹いたかと思うと二人の姿は、消えていた。

 まるで、今まで一人で幻覚と話していたかのように忽然と姿を消したのである。

 ただ、手渡された書簡が、幻覚でない事を証明していた。


 5


 天幕内には、皇太子ユーリア以外には誰もいなかった。

 ギリアーヌも。

 ユーリアにとって、この展開は想定していない事であった。

「ローデンマイツ。いるのであろう。入って来い。」

 そうユーリアは、天幕の中で揺らめく淡い光に向けて言うように口を開いた。

 天幕の入り口から例の眼光の鋭い男が入ってきた。

「で、バミリアの動きは、掴めたのか?」

 男は、ゆっくり首を振った。

「どう言う事だ。北方より態々、お前らを呼び寄せ、バミリアを王都から引き剥がす為、どれだけの金銭を払っていると思うんだ?」

「仰せの通り、王都から引き離しております。」

「一時期的にな。お主らに期待してたのは、永遠にだ!しくじりおって!」

 皇太子は、天幕に備え付けてある台座にある銀製のグラスにワインを注ぎ、苛立つように天幕内に立つ眼光鋭い男に言い放った。

「しくじった上に、その動きすら掴めんとはどう言うことだ。ん?」

 注いだワインを口に含み皇太子は、眼光鋭い男の前に詰め寄った。

「ましてや投石器と城門攻撃用に特別に作らせた破城槌の破壊工作も止められなかった。お主の部下は、帝国軍内部に入り込んでいるはずではなかったのか?それとも何か?『雲隠れ傭兵』の異名は、名ばかりか?」

 言葉を発する度に皇太子は、感情が高揚しているのが目に見えて解る。

 天幕内に入った眼光鋭い男ローデンマイツにとって、これほど屈辱に感じたことはなかった。

 戦もさほど知らぬ初陣のこの若造にここまで罵られることは、幾多の戦いの中でもなかった事であった。とは言え、失態は失態であった。

 皇太子が言うように投石器の操者の中にも彼の部下はいたのである。通常ならこうも簡単に破壊工作などさせる事はなかった。ましてや、破城槌の破壊されようは、敵ながら見事なやり口だった。気づかぬうちに潜り込まれていたのだから。

「バミリア伯爵の動きは、部下を更に増やし、追いかけております。必ずや、動向を掴みましょう。」

 と、答えるしかなかった。バミリア伯爵の暗殺をしくじってから、動きを追う事が突如として出来なくなったのも確かで、得体の知れない何者かがローデンマイツが放った追尾の者を悉く、闇に葬っているとしか思えなかったからだ。

「まるで、目と耳と鼻をもぎ取られ気分だ。急に情報が途切れてはな。」

 憮然とローデンマイツから離れ、皇太子ユーリアは後ろにある毛皮の椅子に荒っぽく座った。銀製のグラスをクルクルと弄びながら皇太子は、ローデンマイツを睨んだ。

「今回の策は、練りに練った物だ。お前にも相当、下調べをさせているはずだが。」

 座ってから気を落ちすかせたのか、皇太子はローデンマイツに問いた。

「商公爵家の環境とバミリア伯爵の人間関係。。人材。その中に、漏れておる者がおるのではあるまいな。」

 無言で立つローデンマイツに更に問いただす。

「お渡しした情報が全てでございます。私目自身と部下の総力を持って、調べております。漏れておる者などない…」

 はっとその時、ローデンマイツは、気づいた。

「何かあるのか?」

 口ごもるローデンマイツに皇太子は、聞いた。

「いや。。これは、あくまで帝国領内での下々の噂でして。。」

「噂?」

 銀製のグラスの動きを止めて、皇太子は関心を示した。

「黒き傭兵がアーテリア川を南下するのを数年前に見たとの。。との噂であります。」

「黒き傭兵?なんだそれは?知っているのか?」

 ローデンマイツを厳しい目つきで睨み、皇太子は畳み掛けた。

「北方の英雄戦争で、名を上げた傭兵どもです。私も一度、北方の混乱時期に合間見えた相手でございます。」

 目を細めローデンマイツは、記憶を辿るかの様に話した。

「英雄戦争にお前も関わっていたのか?」

 銀のグラスを傍らの台座に置き、皇太子は座り直した。

「昔の事でございます。。思い出したくもない事が多い事です。。ご勘弁ください。」

 白い毛皮に覆われた椅子の背もたれに深く自分の背を当て、皇太子はニヤリとした後、傍らに置いた銀のグラスを手に取り、ワインを口に含んだ。

「で、黒き傭兵とは、何者達だ。」

 無口なローデンマイツからこれ以上、英雄戦争時代の話を聞いたところで、話すわけでもなかろうし、皇太子も関心はなかった。あるのは、テルキシア王都攻略の為の情報である。

 その中でアーリア川を下る黒き傭兵なる者達の噂の正体が知りたかった。

「神出鬼没の掴み所のない動きをする雇われ兵団です。ただ…」

「ただ?なんだ?」

 もったいぶった言い方に皇太子は、苛つきながらローデンマイツに尋ねるように聞く。

「英雄戦争終結直後に全滅したと聞いております。」

「全滅?」

 その答えに皇太子は、眉を顰めた。

 目の前にいるローデンマイツ率いる傭兵も「雲隠れ傭兵」と言われ、名は知れ渡っている。それに対抗できるほどの能力を持つ奴等が全滅?どう言う事で、そうなったのか興味はないが。。もし、その一部でも生き残り、バミリアに付いていたらどうなる?

 噂とは言え、なぜローデンマイツは、その事を伝えなかったのか。。

 皇太子は、ワインを飲み干した。

「ともかくだ。ローデンマイツ。その黒き傭兵なるものが、噂とは言えバミリアに付き従っているとも限らん。即急にその対策を考えろ。高い金を払って、お前らを雇っているのだ。あらゆる手を使って、バミリアの動向と今回の破壊工作を探れ。いいな」

「はっ。」

「同じような失態がないようにしろ。さもないと、金の支払いもない。且つ、仕官の口もないと思え。」

「御意。」

 と言うとローデンマイツは、天幕から消えた。

「胡散臭い連中だ。兄上の推薦で雇い入れたが、どうも信用がならん。。」

 傍らに再度銀のグラスを置き、吐き捨てるように皇太子は言った。

 そもそも、あのローデンマイツの雇用を進めた第二皇太子の兄上自体が、信じられん中で、計画の肝となる部分を担わせるのは、どうも気味が悪かった。

 とは言え、初陣の上、父である皇帝に寵愛を受けている兄上の推薦を断る訳にもいかず、テリキシア攻略計画に参加させたが、果たしてどこまで信じて良い物か迷いが出てきていた。

「衛兵!ギリアーヌをここへ呼べ!」

 天幕から皇太子は、衛兵に向けそう叫んだ。


 6


 バミリア伯爵の書簡を手にして、国王の謁見の間にメアリ伯爵は、姿を見せた。

 丁度、その時、商公爵家ローレン公爵も姿を見せに来ていた。縁故での援軍要請の書簡の件などを報告しに来たのだろう。顔つきからすると芳しくない結果のようだった。

 ビアンツ公爵は、何時ものように人差し指を口でカリカリと齧りながらそわそわするばかりで、これといってこの一日何もしている風ではない様子であった。

「おお!メアリ公爵!どうやら多大なる戦果があったようだな!」

 国王フィードが玉座から立ち上がり、小走りに体中に煤やら何やらを付けた姿を気にするでもなく、近寄り両手を握った。

 と、その時、メアリが持つ書簡が目に入った。

「それはなんじゃ?」

 書簡を目にした国王がメアリ公爵に尋ねた。

「バミリア伯爵からの返答の書簡でございます。」

 堂々とした態度でその書簡を国王に手渡した。確かに、朱印は、バミリアのものであった。

 興奮した様子で国王は、書簡を広げその場で読み出した。

「なんと!後、数日で王都に戻るとあるぞ。」

「その様でございます」

 と、胸を張ってメアリは答えた。

「ダロン伯爵の謀反の件も事実無根とある。。が。。」

「その件は、密命の者が持っていた書簡と食い違いがあるりますが…実際のところは、密書の件は、相手の策だったのかも知れませぬ。」

 メアリは、国王に今回の動きには、何かしら帝国側の策略が絡んでいると暗に伝えた。

「し…しっかし、私の情報では…」

 ビアンツ公爵が金切り声のように割って入ってきた。自分の情報がウソではないといいたいのであろう。

「だまらっしゃい!」

 メアリは、一喝した。

「ビアンツ殿は、今まで何をされておいでか?この謁見のまで右往左往しているだけではないですか!外を見て御覧なさい!外では、兵士と領民が、この王都を守ろうと懸命に戦っておる。投石器の投石に怯え振るえて、身動きも出来ない者が何かを言う資格は、今はございますまい!」

 溜まりに溜まった感情が一気に噴出し、メアリは、ビアンツの腰抜けぶりに怒声を浴びせた。その怒涛の感情ある言葉にたじろぐビアンツ公爵を横目にローレン公爵が二人の間に割って入って来た。

「ともかく、今日は、お二人とも体をお休めなさい。投石の心配も今日のところは、もうなくなったのですから。」

 臆病者のビアンツにこれ以上詰め寄っても何もならない事は、メアリにも解っている。しかし、感情を爆発させないと気がすまなかった。

「ただ、国王陛下。明日は、帝国側も北城壁門を集中的に攻撃を仕掛けると思われます。何としても帝国の破城槌の修繕を阻止しないとバミリア伯爵の帰途前に王都は陥落しましょう。」

 メアリは、ありのままの現状を述べた。

「領民の殆どが南門より、逃げた。援軍要請も音沙汰が今のところない。兵の補充は、難しい。。」

 国王は、うなだれる様につぶやくしかなかった。

 その事は、ここにいる商公爵家全員が解っている事ではあった。

 謁見の間に長い沈黙が続いた。

 これといった妙案があるわけでもなかったからである。

「しかし、その書簡は、どこで手に入れたのだ?」

 と、ローレン公爵が不思議そうな顔をして、メアリに尋ねた。

 確かに、そう思うはずである。彼は、何度となく、早馬の使者でバミリア伯爵に伝令を送ったにも関わらず、返答が一切なかったのだから。

 メアリ公爵は、やや説明に困窮してしまった。渡された相手が、黒尽くめの二人組みで、風のように現れて、消えてしまったのだから。

「朱印からして偽造でもないようなので、よろしいが使者に褒美を授けるにも。。」

 律儀と言うか誠実と言うかローレン公爵らしい言葉であった。

「ともかく、ビアンツとローレンよ。兵と戦いに参加してくれた領民に十分な食料と飲み物を与えたまえ。明日の対策は、今のうちに立て、即座に対応できるように準備を始めねばならぬ」

 国王が国王らしい口調で玉座の前に立って話した。

「食事の調達などくらいは、お主でも出来よう。よいな」

 諭すように国王がビアンツの目を見据えて、発音をハッキリと述べ、指を指して言った。

 それゆえか、ビアンツも右人差し指の爪を噛むことなく、一礼すると謁見の間を慌しく出て行った。

 彼も臆病者ではあるが、商公爵家として王都に残っているのだ。その義務は感じているのだろうとメアリ公爵もそれを見て感じた。

 ローレン公爵も謁見の間を早々と出て行っていた。

 やる事がたくさんあるのだろうとメアリは、ビアンツに怒声を浴びせたことを深く後悔した。誰もがこのテリキシアの行く先を考えているのだ。

 ただ、その行動に差があるだけなのだと。


 そう考えるとメアリは、どっと全身から疲れを雪崩に合うかのごとく感じた。考えて見れば、ここ何日かはろくに睡眠もとらずに陣頭指揮に入っていたのだ。

「メアリ!」

 父である国王の声が聞こえたが、それ以降の意識は彼女には起きるまでなかった。

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