第一章 王都攻防
小国テルキシア王国に強国が攻めこんできた。
それも、正規軍が不在時を狙って……開戦は、有無を言わさず始まり、苦境に立たされる小国テルキシア王国は、奮戦する
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ついに難攻不落と言われたテルキシア王都城壁の西壁の守備塔から黒煙が上がった。
その強大なる兵力にて北方の地で、多くの国家を支配下に置きながらもロステリアン帝国は、隣接する南方の小国テルキシア王国には、一度として完全な勝利を得る事が出来なかった。
正確には征服をすることが出来なかったではあるが、その兵力さでかなりの戦績を常に事あるごとに上げれるのであるが、肝心の王都を目の前にすると悉く、子供が弓矢を射る矢のごとく、その王都の城壁にはいとも簡単に弾き返されていた。
テルキシア王国軍は、野戦で負けと見るとすぐさま踵を返し、強固な王都の城壁内に立てこもり、帝国軍の猛攻を止めてしまっていた。
その攻防を過去何百年と繰り返していた。
帝国にとって地政学的にテルキシア王国の領土とそこに通るアーリアス運河は、南方地方への出る唯一の入り口でもあり、広大な南海に出る為のなんとしてもその支配下にしておきたい地でもあった。南方進出は、現皇帝ガルデミアン十四世の先々代からの悲願でもあり、北方民族たちの悲願でもあった。
今回のテルキシア王国遠征も本来の狙いは、そこにあった。
故に総大将に皇帝直系の皇太子ユーリアを立て、皇帝勅令の遠征と言う位置付けを印象付け、収穫期で労働力が必要な時期にも関わらす、北方諸侯の反発を招く事を抑えつつ決行したのである。とは言え、諸侯を遠征へ引き摺り出した大義名分は、テルキシア王国との和睦協定で守られているはずの交易通過税の税率が帝国側より、生み出されている穀物量に対して高いという事で、交渉が決裂したとのことではあるのだが。
テルキシア側にとっては、交渉などなかったも等しい内容で、突如、帝国側交渉団が王都に訪問、収穫された穀物などの交易品を交易通過税なしで、運河を通せとの内容だったわけで、交渉云々というより、通告のようなものだった。
遠征を行う上での大義名分を帝国側は、無理矢理作ったにも等しい。
南方地方に位置するテルキシア王国は、領土的には周囲を自然の切り立った天然の障壁とも言うべき、山並みに覆われるような地域であり、その中央にその山並みより染み出る水で作られるアーテリアス川が流れており、テルキシア王国が成立する前より、アーテリアス川を恵みとして灌漑工事を人々が行い、農耕地が少ない領地でありながらもアーテリアス川を交易運河として活用し、テルキシア人の財源としていた。
北に広がる広大で肥沃な穀倉地帯と牧草地帯、南方に広がる海の恵みにある魚介類などの海産物の中継拠点として次第に発展し、何時しか王都を中心にテルキシア王国が成立した。
その交易国家にとって、運河を通る交易通過税を手放す事は、すなわち同国の独立権を放棄する事であった。そこで、何とか交渉にて事を収めようとしたが、拒否も何もする前に帝国側交渉団が交渉の席に座った途端、離席しあっと言う間に帰ってしまった。
テルキシア王国は、国王を中心としているが、三つの家系の合議制度にて国家運営されており、国王もその三つの家系より合議により選ばれ、絶対的な強権を持っているわけではない。
このテルシキア王国の三家をして、商公爵家とも呼ばれテルキシアでも強力な権力を有していた。
戦に発展した場合、各家での都合が合うことが前提でもあるため、早々に兵站が整うわけではない。と言うのも、各家は、本業が交易を管理する交易業を生業にした商人であるので、常備の兵士など保持していないからであった。
今回は、兵站などを整える前に一気に帝国側に攻め込まれたのである。
悪い事にテルキシア王国にとって、軍事面での中心人物である3家のうちのグラハード家のバミリア伯爵が不在で、その直属の軍団すら一緒に南方に出兵していた。その間隙を狙うかのような帝国軍進撃にテルキシアは、野戦どころではなく王都に在中していた傭兵のみで対処するしかなかった。
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「バミリアが居てくれれば。。。」
と王都の西壁の守備塔に黒煙が上がった光景を目にし、王都の中央に位置する王城の天主塔に立ちテルキシア王国国王フイード王は呟いた。周囲には、三家の当主が拝している。
「帝国の兵力は、三万以上に及びます。。はじめからテルキシアを征服するつもりで、準備していたとしか。。」
三家当主の中で白髭を蓄えた老齢の男性ローレン・ファッツオ公爵が進言した。
目には力なく、ただ年齢的には同じくらいの容貌の国王を見つめた。
「わが友、ローレンよ。帝国交渉団が姿を見せた時、その事は解っていた。。しかし。。」
国王には、腑に落ちぬものがあった。タイミングが良すぎるのだ。
何かかがあまりにも。
「ビアンツよ。南からの連絡は来ぬか。。」
振るえながら国王は、背後に立つ三家の一人、若い青白いビアンツ・グラハード公爵に尋ねた。
「まだ、バミリア伯爵からは何も。。。」
美しく獅子が掘り込まれた甲冑を身にまとい、彼は首を振り答えた。
「モーツリア家に叛旗の疑いありきで、バミリア伯爵とその軍を出兵させたのが仇になりましたな。」
ビアンツ公爵の横に立つ、一際、華やかな赤いマントを羽織、金と銀の装飾が三家当主の中でもっとも派手な甲冑を纏った赤毛の美しい若き女性当主メリア・グローリアが、その言葉に俯くビアンツ公爵を横目に腕を組み一歩進み出て言った。
「ここは、帝国側に使者を出し、通行税の件を飲むように和睦を結ぶべきではありますまいか?」
進み出た美しい若き当主メリアは、無条件降伏を進言した。
戦うだけ無駄だと言う事である。
兵力差は、もう明らかであった。
テルキシア側は、王都の衛兵として傭兵を三千しか配置しておらず、対する相手は、三万以上である。今までは、訓練されている商人兵団二万が難攻不落の王都を事あれば守る事が出来たが、今回は不在。バミリア伯爵と共に出兵中。
それに加え、テルキシア側の兵力は、三千とは言え、傭兵である。士気は、極めて低く、ましてや負け戦となれば、逃げ出すものも出てくるだろう。
篭城するだけの兵糧などは豊富ではあるが、とてもではないが帝国側の猛攻に王都の城壁は耐え切れない。既に、一角が落ちかけている。いや、落ちてしまった。。
「帝国側が王都城壁を切り崩し、進入してくるのも後、一日も掛かりますまい。」
更に語気を強めて、若き女性当主は、国王に詰め寄り、畳み掛けた。
「メリアよ。言わんとすることはわかるが。。」
詰め寄る若き女性当主に国王は、たじろいだ。。
「父上!ご決断を」
国王にとって娘メリアの気丈さは、よく知っていた。商才もあり、通行税による財だけではなく、自身の出目であるグローリア家にテルキシア王国領内である山並みの木材にて、加工品を生み出し富を他家以上にもたらしているのは解っていた。
その先見性に長けた能力は、商公爵家の中でも老練なローレンを差し置いて、合議会議を仕切ってしまうほどだった。その娘が、和睦というより、無条件降伏を進言しているのである。
「し・・・しかし、それでは、商公爵家もテルキシア王国も帝国に組み込まれてしまいますぞ。」
甲高い声で色白のビアンツ公爵が叫んだ。
これも正しかった。
帝国の今回の遠征の大義名分は、確かに交易の交易品通過税からくる言い掛かりだが、狙いは、テルキシア王国そのもの地の利点を奪う事が、為であるのは明白なのは、商公爵家一同にはわかりきっている事である。
ましてや、ここで無条件降伏すれば、商公爵家の富の財源はなくなり、自分たちの身の安全など無いも等しい。気の弱いビアンツ公爵にとっては、発狂したくなるような状況であった。商才は、あるにしても武人と言える資質はそもそもあるわけが無い。それは、彼もわかっている。故に、事あるごとに、従兄弟のバミリア伯爵に頼っていたのである。
今回のバミリア伯爵の南の領地にあるグフォン港を管理するモーツリア家の謀反の情報が入ってきた際、誰を討伐に出向かせるかで、メリア公爵か自分かでバミリアに頼んだくらいだったからだ。
「そこは、交渉で商公爵家を残すように帝国側の皇帝に懇願するしかありますまい。」
メリアは言い切った。
ビアンツ公爵の気の弱さには、昔から嫌気がしていた。いっそのこと、このまま、刺し殺したいくらいだった。
「メアリ公も気を急ぎすぎであるまいか。。」
とボソリと今まで、見守っていた白髭のローレン公爵が割って入るように言った。
「王都の城壁がこのままでは、破られるのは目に見えておるのは誰にでも明らか。かといって、無条件であの条件を飲むのは商公爵家のみならず、テルキシア王国の国民に帝国の税負担を飲ませることになりましょう。。」
ローレン公爵が気にしていることは、戦の勝ち負けもさることながら、テルキシア王国の国民の行く先であった。。テルキシア領土は、決して肥沃な土地ではない。周りは険しい山並みが多く、民は少ない平地で穀物を作っている。それは、交易の為ではなく自給自足の為であり、それでも足りない。あくまで、テルキシア王国が裕福なのは、山並みの恵みとして出でるアーテリア川による交易通過税を徴収することで成立しており、もしそれがなくなるとなれば、テルキシア王国そのものの存続も商公爵家その存続もなくなる。
いや、もっと国民の困窮が目に見えて居まいか?と言っているのである。
「ロステリアン帝国の皇帝ガルデミアン十四世は、北方の諸侯にも不満を燻らせる程の強権と聞き及ぶ。広大な領地を持つ帝国が小国テルキシア王国の懇願を聞き入れるだろうか。。」
国王と商公爵家たちの間に沈黙が流れた。。
国王は、思わずにいられなかった。どの道を進んでも、最悪の結果しかないと。
3
丘陵とした場所から王都を望む位置に帝国軍の本陣は、構えていた。
ここから望むとアーテリア川を中央に左右には険しい山峰が見え、アーテリア川を堰き止めるかのごとく、テルキシア王国王都がある。
その王都の城壁西側の守備塔から黒煙が立ち上っているのが見える。
王都城壁の北側面に約三万の帝国軍兵団が整然と隊列を組み並び、攻城兵器部隊が定期的に特殊な油を塗った石に火を付け、王都城壁へ撃ち込んでいる。
攻城戦になると持久戦になるのが常だが、今回は、それほど時間が掛かるように帝国軍参謀として参加している恰幅の良いギリアーヌ将軍は感じていなかった。
王都城壁からの反撃が極めて手ぬるいのである。
確実に王都城壁での現場は、混乱しているのが見て取れる。
その証拠が、前回と違う西における守備塔の炎上である。的確に指示が出せずに、同楼閣内の火薬に投石器より放たれた火が引火したのであろう。
当然、これによって西側の城壁防御が甘くなり、そこから堀を一気に埋め落とす事が出来る。そうなれば、後は、王都城門の突破だけになる。
兵力の物量差に物を言わせれば、王都城壁は、後一日で落ちるであろう。
本陣は、それこそ高みの見物となる。
「ギリアーヌよ。今回は、情報は正確だったようだな。」
丘陵の天幕内に立ち、下にテルシキア王国王都を望み精悍な体格をした皇太子ユーリアが、白い甲冑を身にまとい薄笑みを浮かべて言った。
「そのようで。」
軽く頭を下げて、ギリアーヌは答えた。
王都城壁を右往左往する敵兵を見る限りは、テルシキア王国の軍事の要であるバミリア伯爵はいないようである。
「さて、後一日で城壁はどうにかなろうが。。商公爵家どもは、降伏するかだな。」
不敵に笑いながらその端正な顔からは考えられないような鋭い目つきと、単調な口調でギリアーヌ将軍に尋ねるかのように王都を眺めながら言った。
それを聞きつつ、ギリアーヌは、食えぬお方だと心底思わずにいられなかった。
この皇太子殿下が、初陣と誰が思うだろうか。。。
まるで歴戦練磨の将軍のような威圧と老獪さを併せ持っているかのように見える。
王都を眼下にして横目にちらっとギリアーヌを皇太子が、その目を向けた。
青く深い色だ。
ギリアーヌも歴戦の将軍である。北方諸侯は、常に高負担の税に不満を持ち、事あらば叛旗を目論む。また、北方の西と東には、別の大きな勢力がおり、小競り合いから大きな戦まで、年がら年中ある。そこに出向いては、大抵は捻じ伏せてきた。
テルキシア王都征服戦以外では。
その歴戦の将軍と自負するギリアーヌもこの皇太子殿下には、何か底知れぬ物を感じていた。もともと、この三万の兵力も北方諸侯より、挙兵させたものだが、この時期に諸侯は出したがらない。多くは、領土の収穫期でもあるので半農半兵の領民を出すと言うのには、穀物収穫に弊害があるからだ。
それをこの皇太子は、あの手この手で掻き集めて来た。それも精鋭部隊に近い兵力である。ギリアーヌもその一人に当たる。
皇太子殿下は、現皇帝ガルデミアン十四世の直系の子息に当たる。継承権では、四番目だ。が、しかし、間違いなく、現皇帝の次の皇帝の座には着き得る才覚はあるように見受けられるのだ。
今回のテルキシア王国攻略を成し終えたなら確実に、皇帝の座は、この皇太子の物になりうるだろう。いくら、北方の勢力や諸侯での軍功を上げてもこの交易拠点であるテルキシア王都を押さえる事は、大きな軍事上、経済的なバックを得るからである。
歴戦のギリアーヌに皇太子は、そう囁いたのである。
「腹心になれ。」
と。口にしたわけではないが、そう感じさせたのである。
他の参加している諸侯も大小さまざまであろうが、似た感じかもしれない。
「ギリアーヌ。」
突然、皇太子が彼の名を呼んだ。
「は。ここに」
何か策を講じる気だと悟った。
「モーツリアには、予の手紙は送っておるな。」
「はい。仰せの通り」
「そろそろ、大焦りであろう。商公爵家のものどもも」
手紙の内容は、彼、ギリアーヌも知らない。ただ、モーツリア家の当主宛に手紙を持った馬を飛ばせとの言いつけだけであった。
ただ、策を講じるにしては、この手は大雑把な手段に思えた。
まるで、この戦を遊んでるかのようにも見えたのだ、というのも、この険しい山並みでは馬を敵テルキシアに知られないように走らせるのは、平時とは違い無理。どうしても、鈍足になってしまう。ましてや、この地は、敵に地の利があるわけで。。
「ギリアーヌよ。何を怪訝な顔をしておる。歴戦の戦士にしては、顔に出ておるぞ。」
何もギリアーヌは言い返せなかった。
「いえ。策にしては、この時点ですと。。」
「テルキシアに知れてしまうと言いたげだな。」
「いえ」
「いいのだよ。それが狙いだ。」
またも不敵な笑みを浮かべる皇太子殿下に、この方は人の心を何か読んでいく得体の知れない物がある事に気づいた。
皇太子殿下にとってこれは、皇帝になる為の戦ではなく、もっと別の為に仕組んでいる事なのだと気づいたのである。深いところで何かを見通しているとギリアーヌは気づく。
4
王都の商公爵家ローレン・ファッツオ公爵の元にグフォン港へ向かう不審な密令兵らしきな者が向かっている報が入ったのは、王都の西城壁の守備塔が火薬に火が引火し爆発してから二刻(二時間)程度経ってからである。
その報は、王都東を迂回するように山間を抜けるように馬と人が抜けてたと言う物であった。王都の街道は、城門が閉じているので通れない。且つ、王都の西と東即ち、左右は、現在、王都攻略の狭い戦場で、密令兵の馬が素早く通れる状況ではない。
その為に、王都背後に何かしら行くには左右の険しい山間を通るしかない。
実は、その場合、王都の見張り塔より、丸見えになるようになっている。
その見張り番の兵士からのそのような報が入ったのである。
ローレン公爵は、これはグフォン港のモーツリア家へ向かう密令兵士であるのは間違いないと睨んだ。即座に、王都より斥候を出し、その密令兵を捕まえるように指示を出し、国王謁見の間に商公爵家各当主の召集を掛けた。
「モーツリア家へ密令だと!」
いきりたつ国王に対して、ローレン公爵は淡々と状況を説明した。
他の商公爵家当主の二人は、それぞれだった。
ビアンツ公爵は、右人差し指の爪を口でカリカリと噛み明らかにイラついている姿が見える。メアリ公爵は、憮然と腕を組み国王を睨んでいた。
「密令にしましても内容がまだわかりませぬ。故、焦らぬよう。」
ローレン公爵は、国王に諭すかのように言った。
国王の動揺は、明らかに収まらないようだった。
「これでは、バミリアを戻す事も出来ぬではないか。。。」
確かに、モーツリア家が叛旗を起こしているのが、帝国侵攻と関係しているならテルキシア王都は、南北で排撃される事になる。
いや、もしかするとモーツリア家が南方の国家と連合を組んで、王都を狙ってきているのかもや知れないのだ。
モーツリア家は、そもそも商公爵家の分家であり、閑職的意味合いもある。ただ、財力はそれなりにあるが、そこまで大きな物ではない。とは言え、帝国の援助があるとすれば、無視し得ない力はある存在になる。
現モーツリア家当主は、野心はなく、日永、釣りを楽しむ道楽主義者との報告が常にあった。
が、しかし、先月、突如、ビアンツ公爵から謀反の疑いありと報告があった。
根拠としては、毎夜、とある国の商船の商人が何か荷物を運び込んでいる事。
その荷物についての報告が商公爵家に上がってきていない事。
南方のジュニアム国から大量の保存食と思われる物がモーツレア家に持ち込まれているとビアンツ公爵にこれまた情報が持ち込まれた事。
決定的だったのが、西国の傭兵団団長ローデンマイツが、モーツレア家当主の屋敷を訪れてきているとの情報が、今度は、メリア公爵に持ち込まれた事であった。
そこで、急遽、謀反の容疑でモーツレア家当主と一派の討伐と捕縛の為、メアリ公爵かビアンツ公爵が行く事になったが、気弱なビアンツは、従兄弟のバミリア伯爵に同討伐と捕縛の依頼を願い出た。当時、まだ、帝国との関係は、良好と判断していた国王は、メアリ公爵の反対を押し切り、王都衛兵でもある訓練された商人兵団二万を付け、バミリア伯爵を派遣させた。
「あの夜な夜なモーツレア家に荷物を運んでいたのは、ロステリアン帝国の者ではなかったのではないか。。。」
爪を噛みながらビアンツ公爵は、ボソリと言った。。
その言葉に緊張が張り詰める。
「その密令なるものは捕まらぬか。。。」
「今、斥候を急遽向かわせております。お待ちください。。」
苛立つ国王の前にローレン公爵は、諭すように言うしかなかった。事態は、悪くなっているようにしか考えられなかった。
その夜遅く、密令をようやく捕縛したとのことで、ローレン公爵以下商公爵家の前と国王の前に密令が連れて来られ、その密令が持っていた密命の手紙の内容に一同が驚愕せずにいられなかった。というより、最悪の結果を予測していたが、その通りである事に混乱せずにいられなかった。
「モーツレラ家当主ダロン伯爵よ。
密約の通り、南方の諸国と決行せよ!約束した通りの物を与えよう。
ロステリアン帝国皇太子ユーリア 」
5
「旦那。。どうも変ですぜ。。。」
「はぁ?何が?」
黒尽くめの継ぎ目のない服に黒い毛皮帽子を被り、両腕に金色の腕輪を付けた無精ひげの顎鬚の生えた馬上の細身の男に、これまた黒尽くめの中肉中背の背筋の曲がった男が小走りに話しかけた。
話しかけられた無精ひげの男は、目の周りに黒い日よけ用の目隠しをピッタリと付けている。既に日は下がり、周りは真っ暗であるが、彼には周囲は見えているようだ。
話しかけられて、やや不機嫌そうに答えた。
何せ、丸々二日ほど、馬上とは言え、行軍させられているから、イライラしていた。
「いやぁ~。ちょっとこの先まで、ナッチョと偵察がてら行ったんですが、全く、斥候すら見掛けないですわ。。」
黒ずくめの中肉中背の男は、小走りに馬上の男に淡々と話した。
「ほう。で?」
前方を見つめながらぶっきら棒に答える。
彼らの周囲には、軽装な甲冑に身を包んだ屈強な兵士が整然と行軍をしている。
手には、盾と長い槍を構え、黙々と歩きながら進んでいる。数にして二万前後だろうか。
夜中だが静かな平原の中を多くの兵士の足音が単調に鳴り響いている。
「相手って、ローデンマイツって傭兵団団長でしょ。。」
「だな。それがどうした。」
「ほら、旦那とわしとナッチョと雑兵で、一回、やらかしたじゃないですか。。。」
「そんなことあったか?」
チャリンと金色の腕輪の音を鳴らして、馬上の男は無精ひげを触った。
「ええ。結局、決着付けれなかったですけどね。」
小走りに付き従う中肉中背の男の言葉に記憶を辿るかのように、無精ひげを摩りながら男はその話に聞き入った。
「あのローデンマイツって、結構、用意周到に動く奴だったんで、斥候くらいだしてるだろうと思ってましてね。出てたらとっ捕まえてやろうと思ったんですが。。」
「ふむ」
「いないん~でさぁ~。全然。」
「全然?」
「全然」
繰り返し、中肉中背の男が無精ひげの男の聞き返しに言った。
「わかった。そろそろ、今日の宿になる。ナッチョと雑兵で休んどけ。明日は、ちょっと忙しいかもな。」
「へい。宿って言っても、野宿でしょ」
皮肉っぽく中肉中背の男は言うと、正に夜の暗闇の中に溶けるように姿を消した。
しばらく、無精ひげの男は、顎を触りながらゆっくりと馬を進めつつ、考えると手綱を両手で握り締め、
「はぁ!」
と掛け声を掛け、馬の腹を蹴った。
蹴られた馬は、一気に走り出した。
夜風が無精ひげの男の頬を流れ、彼の横目には行軍する兵士が次々に過ぎ去って行く。前方に白い馬に乗り、紫のマントが夜風に靡いている騎士が目に入ってきた。
「バミリア伯爵閣下!」
無精ひげの男が紫マントをまとった騎士に並び、そう声を掛けた。
「何だ。コパル」
闇夜の中で月の光だけでも十分くらい解るほど、男の顔は日焼けで黒く焼けており、黒い口ひげと顎鬚があり、兎に角、その筋肉質な体格から甲冑が弾け出しそうなくらい重量感のある人物が無精ひげの男を見据えて、そう答えた。
彼こそが、テルキシア王国の軍事面の要であるバミリア伯爵であった。
その後ろに連なる行軍部隊は、本来なら王都衛兵を兼ねる商人兵士軍団であった。
「夜通しの行軍も疲れるんで、この辺で、宿としませんかね?」
無精ひげの男が両腕を上げて、どうでしょとポーズと言葉で言うと、バミリアは、前方を見据えて無言でしばらく進むと、手綱を引き馬を止め、右手で副官を呼んだ。
「この辺で宿としよう。」
と告げると、副官らしき男が馬上より、大声で
「行軍止めー!」
と叫んだ。
その声で、一斉に各所で同じ声が叫ばれ、長い兵士の行軍は止まった。
軍団の一夜の宿がここに決まった。
「このまま進めば、明日の朝には着くが、直ぐにケリが着くが。。。コパル、当然、何か考えがあるんだな。」
バミリアは、無精ひげのコパルの日よけ用の目隠しを見つめて言った。
無精ひげのコパルの口元が不敵に笑い、その質問に答えた。
二万の行軍は、止まり、それぞれの場所で兵士達は、一夜と行軍の疲れを癒す為の薪など始めていた。出発は、日の夜明けとなる。予定より、目的地到着は、半日ほど遅れることになる。
その判断をしてまで、止める理由が、バミリアにはあると思ったわけだが、天幕内で横なり、銀のコップに日光を燦燦と浴びしっかりとしたぶどうの匂いを漂わせたぶどう酒をなみなみと注ぎ、一気に飲み干すと眼前にいる飄々と座っている無精ひげのコパルにもぶどう酒を奨めた。
が、コパルは、コップを裏返し断った。
「で、行軍を止めた理由を聞こうか。」
切り出したのは、バミリア伯爵の方だった。しかし、見た目からして、伯爵の爵位を持つような風采ではなく、武人としても粗雑な感じを受ける。
その対面する男はと言うと、またこれが黒尽くめで、黒い毛皮の帽子で頭を多い、目は目隠しのような物で多い、目線がわからない様な格好をしており、風変わりな光景ではあった。
「今回、無駄足かもしれませんぜ。閣下殿。」
木が火によって弾ける音に紛れる中で、淡々と意味深に黒尽くめのコパルが答えた。
バミリアも目を細め黙って、弾ける火を眺めしばらく無言でいた。
「ふむ。モーツリア家の親父さんが、謀反を企てるとは考え難くてな。。」
重々しくバミリアは、口を開いた。
彼は、モーツリア家当主ダロン伯爵と面識があった。ダロン伯爵は、商公爵家ローレンと同年代の年齢で、既に初老であった。若かりし頃は、冒険心強く、世界中を旅したそうであるが、モーツリア家当主についたのは、もう野心など捨て去った頃で、悠々自適に暮らす事を信条にしているような好々爺っぽい人物の印象をバミリアは持っていた。
実際、統治を任されている領地であるグフォン港周辺の領地は、気候も豊かであって、後年住むには申し分はない場所であった。
そこを出てまでしても王都での国王の地位に執着しうる人物とは、思えなかったのである。
そもそも、今回の出兵も全て、状況証拠でのもので、本人を王都に呼んで、事情徴収すらしていない。全てが、時期早々の様な動きであったのだ。
商公爵家当主と国王が、早々に出兵を決めてしまった後だったので、どうする事も出来なかったが、どうも腑に落ちぬものがバミリアにもあった。
「お前は、どうしてそう思うコパル。」
とは言え、自分の主観で物を言っても仕方がない身分であり、客観的状況証拠があるからには、国王の命令は拒否も出来ず。あの貧弱な従兄弟のビアンツ公爵に任せるわけも行かず、ここまで来た訳だが。。
「雇われ者の身分ですが。。」
「気にするな。お前の働きは、商公爵家すら知っている事だ。」
「。。。商公爵家。。ですか」
と、ふっと鼻で笑った。
雇っているのは、商公爵家ではなく、バミリア伯爵であるわけで、そのバミリア伯爵自体が商公爵家の一部からはよく思われていないわけなのだが。。とコパルは思ったが、まぁ、ここではそんな商公爵家の関係なんぞ詮索しても意味はない。
とにかく、コパルは切り出した。
「以前、あっしらは、傭兵兵団ローデンマイツとやりあった事があります。」
「ほう」
コパルも随分前の話だったので、忘れていたが、ようやく思い出した。
「奴らは、なかなかの腕の立つ、集団で実際やるとなると手強い相手です。中でも兵団長のローデンマイツは、北方での英雄戦争でも名を上げた兵で、それだけでなく慎重で何をするにしても用意周到に準備ししやす。」
バミリア伯爵の目が細くなり、厳しい目つきになった。
「お前、北方の英雄戦争に関わっていたのか?初耳だな。。」
「昔の話です。今では、思い出したくもない事が沢山ありましてね。。」
薪が火で割れる音が、静かな天幕の中を響かせる。
「まぁ、そのローデンマイツですが、さっき言いましたように、用意周到に行動しますんで、今回のように謀反を企てる行為につく場合、事がばれないように周囲に斥候をばら撒き、情報が漏れないようにするか、相手の動きを逸早く知ろうとしますが。。。」
「今回は、その動きがない。だな。」
「そうです。」
身動きせずコパルは答えた。
「またローデンマイツは、早々、雇い主の前に姿を見せません。その点も今回は、モーツレア家に態々、見つかるかのように出向いてる。妙な気がします」
「わかった。とは言え、モーツレア家の謀反については、直接、問いたださねばならん。」
無駄足としてもバミリアとしては、憶測だけで引き返すわけには行かないわけだ。
「で、明日の朝の行軍は、進めるが、コパル。頼みがある」
「王都の様子を。。ですかね。」
「勘が鋭いな。」
食えぬ男だと雇って以来思っていたが、先を読む動きは使えるとバミリアは思っていた。
「あっしの部下に王都に行かせましょう。半日で往復できます。」
「おいおい。ここまで、丸々二日掛かってる距離を、半日で往復だと!」
このコパルの配下にいる部下は、数名いるがどれもこれも得体がしれん程の身体能力を持っている奴等なのは知っていたが、桁が明らかに違うと話を聞いていると思わずにいられなかった。
そもそも、北方の英雄戦争に加担している奴等となれば、常人を逸しているというのは、常々、伝説のように聞く。
バミリアは、まだ実際に魔術を使う奴等とは出くわした事はないが、北方には未だにいると聞く。それが、今、不穏な動きがあり、南に下がりつつあり、そのうち出くわすだろうとも下々の噂では流れていた。
この目の前にいるコパルもその怪物どもの一員だとすると、噂とやらもホントかもしれんとバミリア伯爵はユラユラと天幕の中で揺れる薪の炎を眺めつつ思った。
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