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誤算

 三十分が経っても統夜を包む高揚感は途切れる気配を見せず、このままいくらでも続けられるんじゃないかと彼は思った。

 しかし、そこからさらに五分も経過すると、急に力の(たぎ)りを保てなくなった。どんなに集中させようと頑張ってみても霧散してしまうのだ。それを自覚した途端、今まで感じていなかった疲労がどっと押し寄せてきた。息を弾ませ、その場にへたり込む。

「どうやら限界みたいです」

「そのようじゃな。少し休むといい」

 統夜は木の根元まで歩いて行き、背中を預けて休息を取った。魔力を使い果たした状態は肉体的な疲れこそないものの、集中して何かに取り組んだ際の(だる)さがあった。まるで何時間もゲームや勉強を続けた後のようだ。

「はい、トウヤ」

 そう言ってレフィアが差し出してくれたのは水の入った皮袋だった。それを受け取り、渇いた喉を潤して礼を言う。

「ありがとな」

「えへへ、どういたしまして」

 レフィアは頬を染め、はにかみながら統夜の隣へ腰を下ろした。二人は空にぽっかりと浮かんだ雲をぼんやり眺め、ゆっくりと時間が流れていく。

 出し抜けにレフィアが口を開いた。

「トウヤって新来者(しんらいしゃ)だったんだね」

「新来者ってエネルゲイアから来た人の事だっけ。ああ、そうだよ」

「……そっか」

「それがどうしたのか?」

「ううん、何でもない」

 首を振って否定した少女を見やると今度の微笑みにはどこか無理をしているような、そんな寂しさが垣間見えた気がした。

「ようし、そろそろ休憩は終わりじゃ」

 オルバスから再開を告げる声が掛かり統夜はそれ以上の詮索が出来なかった。彼は腰を浮かせて言った。

「それじゃ、行ってくるよ」


 統夜がエーテルドライブを教わってから十日が過ぎた。その間における彼の時間は勉強や食事、睡眠以外のほとんどを剣技や魔法の鍛練に費やしていたと言ってもいい。もちろん疲労はあったが、苦痛ではなかった。何と言っても自ら進んで取り組んでいることだったからだ。

 好きなことにはとことんのめり込む性格が幸いしたらしく、統夜の呑み込みはオルバスの予想以上に速かった。短い期間で彼の突きはより重く、斬撃はより正確になっていった。

「そろそろ実戦的な修練に移っても良いかもしれんな」

「本当ですか」

 いつものように素振りを始めようとしていた統夜は、気を引き締めて老人へと向き直った。剣先(けんさき)を相手に向け、用心深く相手の出方を窺う。

 すると、オルバスが予想外のことを言いだした。

「相手を間違えておるぞ」

「……えっ?」

 最初、統夜は彼が何を言っているのか理解できなかった。この場に居る人物といえば、彼の他には自分と――。

「わたしが相手だよ」

 そう言ってひらりと躍り出た小柄な少女を統夜は(いぶか)しげに見る。彼女はオルバスから木刀を受け取ると、正面に立って構えを取った。まさか本気で戦う気なのか?

 オルバスは有無を言わさず始めようとする。

「準備はいいかな? それでは……」

 統夜に若干の戸惑いはあったものの、決して油断していたわけではなかった。

 とりあえず怪我をさせないように気を付けよう、くらいに思っていたのだがその考えはすぐに吹き飛ぶことになる。

「始め!」

 開始を告げる声が響いた途端、レフィアはその華奢(きゃしゃ)な身体に似つかわしくない鋭い踏み込みで飛び出してきた。間合いを瞬時に詰め、木刀であばらを切りつけてくる。統夜は仰天しながらも反射的に受け止めたが、両手に(しび)れが走った。その一撃は少女の細腕から繰り出されたものとは思えないほどの衝撃だった。

 続くレフィアの袈裟(けさ)斬りをすかさず払おうと試みるが、それはどうやらフェイントだったらしい。彼女の剣はあっさり軌道を変えると、呆気にとられている統夜の側頭部へと容赦なく叩き込まれた。統夜は頭をカチ割るような一撃に目がくらみ、その場に倒れた。

 こうして、初めての実戦訓練は十秒も持たずに負けを喫したのだった。


「だいじょぶトウヤ?」

 レフィアは朦朧(もうろう)とする統夜を心配そうにのぞき込んで言った。まさか無防備に決まるとは夢にも思っていなかったのだろう。

 オルバスはその醜態(しゅうたい)に溜息をついて呆れた。

「まったく、何を油断しておるんじゃ。もう少し奮戦すると思っとったんじゃが」

「すみません……彼女がこんな強いとは夢にも思わなくて」

 統夜は痛む頭を押さえながら立ち上がった。

「勝負の世界では常に何が起こるか分からん。もっと用心せねばならんぞ。ほれ、もう一本じゃ」




 こうして統夜が着々と旅をする為の準備を進める一方。

 世界は違えども魔法について理解を深めている一人の少年、(れん)がいた。

 彼は今、表向きには何の変哲(へんてつ)もない保養地へと来ていた。

「給料なんて出るんですね」

「もちろんさ。非公式とはいえ私達は一応、公務員だからね。君も中学を卒業したら貰えるよ。ここで働こうと思えばだけど」

 背広の男はにこやかに言った。

 彼の話によるとデュナミスや魔法の存在は政府でも一握りの人間しか知らされておらず、その管理組織は公的機関に偽装(ぎそう)されているとのことだった。

「こういう、魔法を管理してる組織って日本以外にもあるんですか」

「先進国には大概(たいがい)あるね。最近は漫画とかゲームの影響で魔法に気付いてしまう人が増えてきてるんだ。まあ、これらに触れる機会があるおかげで多くの人は受け入れられるんだけど」

 男は左手に嵌めている指輪をいじりながら言う。

 彼らはエネルゲイアにいる間特殊な装身具を身につけることを義務付けられており、魔力が練られるとドライブレコーダーのように即座に周囲の環境もろとも記録に残るのだそうだ。

 一般人がいる場所で不用意に魔法を発動すると罰せられることもあるらしい。

「さて、君に付く指導係についてだが――」

 蓮の表情がサッと硬くなった。見知らぬ人は苦手なのである。

 その時、聞き覚えのある声が背後から文句を付けてきた。

「ちょっとどういうことですか。僕まだ夏休みに入ったばかりなんですけど」

「それは暇ってことだろう? つべこべ言わずに仕事しろ」

 やって来た人物を見るなり、蓮は驚いた。

「伊吹さんじゃないですか。どうしてここに?」

「たんなる上司命令さ……」

 伊吹は恨めしげに背広の男を見やるとそう答えた。


 魔法を使う練習場へと案内される間、伊吹と蓮は雑談を交わしていた。

「もう慣れたかい? もろもろのことには」

「はい、世界が二つあるなんて未だにちょっと信じられないですけど」

「まあ実際に見てみないことには無理もないな。デュナミスのエーテル濃度は元々、それほど高くなかったらしくてね。ある時デュナミスの人々は知的生命体が生息していながら魔法を利用していないこの星に目を付けたんだ。彼らは二世界を繋ぎ、エーテルを失敬することにした」

 そこまで言うと伊吹は思い出したように笑い始めた。何がおかしいのか、不思議そうな顔で見つめると彼は何の気なしに言った。

「ああ、実はその門は今も不定期に開いてるんだけど、僕の友達の統夜って奴が学校の期末試験バックれてそれに飛び込んじゃってね」

「ええ!? その人、大丈夫なんですか。物騒な所なんじゃ……」

「まあ心配いらないんじゃないの。そういう輩はだいたい中二病の素質あるから、魔法を使うセンスに秀でる傾向があるし」

 その声色にはどこか信頼しているような節があった。蓮はにわかに興味が湧いて尋ねた。

「どんな人なんですか?」

「そうだな……」

 伊吹は友人の特徴を仔細(しさい)に思い出そうと宙を見つめた。

「口が悪いけど、根はいい奴だよ。時間にしろ労力にしろ、無駄に使うのを嫌っている。興味を()かれないものには最低限のことしかしないけど、気が乗ると凄い集中力を発揮するな。あとは……ゲームがとてつもなく上手いかな」

 はるか彼方、突然統夜が数回のくしゃみに見舞われたのは余談である。

「勇気のある人なんですね。僕にはちょっと真似できないな……」

「考え無しでも間違いないけど。蓮は行ってみたくはないのかい?」

「見てみたい気持ちもちょっとはありますけど……危ないところなんでしょう?」

 伊吹は肩をすくめた。

「まあ控えめに表現してもそうだね。こっちじゃお目にかかれないような生き物がひしめいてる世界だし。ドラゴンとかね」

「ドラゴンが存在するんですか?」

「もちろんさ、騎士が竜を退治するなんて話は定番だろう? 空想の物語と思われがちだがそれは間違いだ。真相はデュナミスから帰ってきた者がこちらで語ったというところかな」

 蓮は驚きのあまり言葉が見つからなかったがしばらくしてようやく言った。

「でも……そんなことありえないでしょう」

 自信の無い反論は軽く笑い飛ばされてしまった。

「魔法なんて怪しげなものを使ってる奴の言う台詞(せりふ)じゃないな。この世にありえないことなんて全くないとは言わないけど、ほんの一握りしかないんだよ。何せ時間を止めるなんてチート魔法の使い手もいたぐらいなんだから」

「いたってことは、過去のことなんですね」

「どうも三年ぐらい前に亡くなったみたいでね。……ああ、僕達が身に付けているこれは生存確認にも一役買っているんだ」

 伊吹は自分のピアスを指差しながら言った。どうやら身に付ける装身具は自分で選べるしい。

「……時を止められるのに亡くなってしまったんですか?」

「そりゃあ無敵ってわけにはいかないよ。どんなに凄い魔法だろうと穴はあるもんだ。例え時間を止めることができても、不意を打たれたら終わりだしね」

「僕にも時間を止めたりできるでしょうか」

「さあて、そればっかりはやってみないと分からないな。ちなみに僕は無理だよ、どうやるのか想像もつかない」

「そうなんですか?」

「うん、魔法の根幹は出来て当然と思う事だ。だから得意な魔法はその人の思考によって自然と変わってくる。僕に出来ないことを蓮は軽々とやってのけるかも知れないし、その逆もあり得る」

 伊吹は足を止めた。二人が辿り着いたのはだだっ広い部屋だった。

「ま、いろいろと試しながらいくとしよう。このあたりの土地はエーテル濃度が濃いし、練習には事欠かないよ」

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