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戦う術

「代行者ってのをやってみたいんですけど、どうすればなれるんですか?」

「なんじゃと? なんでまたいきなり……」

 朝食の後、オルバスにそれとなく打ち明けてみると彼はぎょっとしたように聞き返し、すぐに思い至った。

「そうか、先ほどのやり取りを聞いておったな」

 統夜は決まり悪げに弁解する。

「いや、あの、盗み聞きするつもりじゃなかったんですが……」

 オルバスはそれについて深く追求せず、確認するように言った。

「まあよいわ。君は代行者になりたいのか? どんな仕事か、知ってて言っているんじゃな」

 統夜は一度レフィアの方を見やってから頷いた。

「ええ、彼女から大まかには聞きました」

「わたしは危ないから止めた方がいいって言ったんだけど……」

 レフィアは難色を示して言う。

「どれ、手を見せてみなさい。君がこれまでどのように生きてきたか、それを知るには一番手っ取り早い」

 オルバスからはあからさまに反対はされず、統夜が掌を上にして両手を差し出すと彼はそれをしげしげと眺めた。

「利き腕は右、と。得物(えもの)を手にして戦った経験はほとんど無いが、文字を書くのには慣れているようじゃ。……どうかな?」

 統夜は目を丸くした。何を根拠にしているのか全く分からないが、次々と言い当てていく。

「当たってます」

「手は、その人物をよく表すからのう」

 オルバスは事もなげに言って先を続ける。

「好戦的、というわけでもない。むしろその逆、思慮(しりょ)深い性質を持っておる。おそらく水属性の気質じゃな。ふむ……」

 数分の間、誰も言葉を発さず静かに時が流れた。統夜は身じろぎもせず、ただ黙って次の言葉を待った。

「人助けが好きなのかね」

「えっ? いえ、特にそういうわけではないです」

 唐突に問いかけられ、統夜は一瞬返事に詰まった。

一所(ひとところ)に留まるのは性に合わんかな?」

「……そうですね。せっかく魔法がある世界に来たんですから、いろんなところへ行ってそこに住む人達や国を見てみたいとは思います」

「なるほど。そういうことなら、確かに代行者はうってつけかも知れん」

 オルバスは瞑目(めいもく)しながら、短く刈り込まれた(ひげ)を撫でて考え込んだ。

 やがて統夜を見ながら言った。

「まず、トウヤ君には剣の使い方を覚えてもらう必要がある。君は故意に危険へ飛び込む性分では無さそうじゃが、代行者として生きていくならばその心得が役に立つ機会はきっと来る。旅をするにあたって、それなりに戦えぬようでは無謀と言うほかない」

 オルバスは立ち上がり、自分の部屋へと向かった。統夜がそのまま座って待っていると、戻ってきた彼の手には長い枝を削って作られた、粗末な木刀が二本握られていた。

 その内の一本を統夜へと放り投げて言う。

「では、さっそく始めるとしよう。覚えなければならないことは山ほどあるからな」


 三人は家からほど近い、林木のまばらな空き地へとやって来た。どうせ暇だから、という理由で付いてきたレフィアは、丁度いい高さの岩に腰かけて茶色い毛のリスと(たわむ)れている。

「力を抜いてそこに立ちなさい。それから(ひざ)を曲げずにゆっくり体を前に倒して、そう、腕を下につけるつもりでしっかり伸ばす」

 統夜は言われるまま、膝裏の痛みに耐えられる限界まで体を折り曲げた。

「ほう、体の柔軟は悪くないな」

 かろうじて指が地面に届いたのを見てオルバスは感心して言った。

「これから風呂上りには、体をよく伸ばすこと。柔軟性は立ち合いでかなり重要じゃからな」

 一通りのストレッチをこなし、お互いに剣を持って訓練は始まった。

「最初はゆっくりでもいい、わしの動きを真似るのじゃ」

 統夜はオルバスの老練な動きを注意深く観察しながら、突かれたらこう、斬りかかられたらこう、といった具合に大雑把な対処法を体に覚え込ませていった。ひとしきり型を教えてもらうと、一つ一つの動作を丁寧に再現したり、ときおりそれらの動きを組み合わせて剣を振っていく。

「うむ、筋は悪くないかもしれん」

 しかし体を鍛えていない統夜はしばらくすると、素振りに精彩が欠けてきた。だんだんと疲労が溜まっていくにつれて腕は震え、動きも鈍ってくる。

 オルバスが空を見上げて太陽の位置を確認し、終了を告げる頃には既に彼は汗だくだった。

「よし、今日はここまでにしておこう。昼食までは休憩、その後は頭を使うぞ」


 昼飯を終えると教官はレフィアへと変わり、指導は続いた。彼女は世間で常識とされる様々な知識を叩き込んでいった。

 おかげで統夜は多少の教養を身につけることができた。

 地図を見せてもらい、現在自分がいる場所はテルセアという街にほど近い、トリムの森であること。

 テルセアは四つある大陸の一つ、ヴァンダル大陸の南西部に位置すること。

 言葉を話せるのは何も人間だけではなく、ドラゴンや吸血鬼、妖精などの高度な知能を持った種族が存在すること。

 デュナミスには普通の獣の他に、魔力を持った手強い獣がおり、それらには安易に近づいてはいけないこと等々、他にもいろいろなことを教わる。

「えーっと、銅貨十二枚で銀貨一枚分てことは、金貨は二百五十二枚相当ってことだな」

「トウヤって学校行ってないのに計算は出来るんだ。変なの」

 最後に貨幣のレートを教えてもらい、今日の勉強は終わった。


 翌日から、統夜には同じような日々が続いた。朝起きて(まき)割りをし、朝食後に剣術の稽古(けいこ)。午後はレフィアから――たまにオルバスを交えて――旅をする上で必要な知識を蓄えるといったサイクルで四日ほど経過した。

 この日、再び統夜の魔力総量を調べてみるとようやく回復に至っていた。彼としてはどうも実感が湧かなかったが、もっと魔法に慣れれば自然と分かってくるものらしい。

 統夜がいつもの素振りを始めようとした時、オルバスはおもむろに言った。

「今日はエーテルドライブについて教えておこう」

「何ですか、それ?」

 彼はその疑問には見せた方が早いじゃろうと答えると、周囲に生えている木の前まで行くと、

「はぁっ!」

 掛け声と共に正拳突きを繰り出した。

 途端に凄まじい轟音(ごうおん)が静かな森へ響き渡り、あまりの騒がしさに鳥たちが驚いて飛び立った。

「ちょっ……、えっ?」

 大木は音を立てて折れていく。それはあまりにも現実離れした光景で、統夜は二の句が告げなかった。

「エーテルドライブは魔力を体中に充溢(じゅういつ)させることで身体能力を引き上げる手法のことじゃ。近接戦闘の際には必須と言っても過言ではない」

 ちょっと聞いただけで俄然(がぜん)、興味の湧く話である。真剣な顔で耳を傾ける統夜にオルバスはただし、と続ける。

「この状態は魔力を爆発的に消費する。よって長時間の維持にはかなりの鍛練が必要じゃ」

「つまり、それが何分続くかで魔力の総量を把握できると」

「その通り。このエーテルドライブは段階が存在し、高レベルのものほど難易度と消費魔力も増す。単純な感覚強化を一とするならば、筋力強化はその三倍、同時に発動させる全能強化では五倍の魔力を要する」

「……で、どうやって使うんですか?」

「簡単な事じゃよ」

 オルバスの言う通り、その使い方は拍子抜けするほど簡単だった。

 少なくとも、感覚を強化するだけの第一段階めは。

 魔法を使う際と同じように魔力を練りあげ、それを全身に流しているだけで能力が高まるのだ。もっとも魔力をそのまま止めておくことはできず、どうしても自然に体外へと放出されてしまう為、(せん)を抜いた風船のように魔力がどんどん消費されていく。

「一般的な成人なら連続使用で二十~三十分ほどじゃろう」

 というオルバスの説明など最早、統夜の耳に入ってなかった。

 動体視力や反射神経が研ぎ澄まされる不思議に彼のテンションもうなぎ上りだ。

(すげええぇ! これでシューティングゲームやったら簡単にスコア更新できそう!)

 喜びの隠し切れない統夜に苦笑しながら、オルバスは言った。

「今日の稽古中は、これを維持できなくなるまで発動し続けること。わかったな?」

「おっす!」

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