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代行者

 夕方になると、チュニックやブーツなどの身の回り品を持ってオルバスが帰ってきた。

「そのままの恰好でも特に目立つわけではないが、まあ念のためじゃ」

 統夜は部屋で、買ってきてくれた服に袖を通す。ついでに、昼間の出来事を報告すると意外そうな声が帰ってきた。

「魔力の扱いを教えてもらった? あの子からか?」

「まずかったですか」

 もしかして、素人が安易に手を出しては危なかったのだろうか。帰ったら教えてやる、という言葉をすっかり忘れていた統夜はおっかなびっくり尋ねた。

「いやいや、ただびっくりしただけじゃよ。まさかそんな早く打ち解けるとは思わなかったものでな。……ふむ、ならば丁度いい」

 オルバスは言いながら、文字の刻まれた水晶を取り出した。

「これに魔力を流してみなさい」

「何ですか、これ?」

 統夜は手渡されたものを見ながら聞いた。

「それは体内の魔力量を計測できる道具じゃよ。変化した色によって、現在自分に蓄えられている魔力がどれぐらいの割合なのかをおおまかに知ることができる」

 統夜が意識を集中して魔力を流すと、手に持った水晶が赤色へと変わった。

 オルバスが変色した水晶を見て顔を曇らせる。それがあまり芳しくない結果であることは容易に想像ができた。

「むう……三割も溜まっていないか」

「少ないですか?」

「早い者なら一日もあれば全回復、大抵の者でも総量の半分は蓄えられる。昼間、どの程度魔法を使ったんじゃ?」

 統夜は親指と人差し指で大きさを示しながら言う。

「これくらいの水の球を、一回作っただけなんですが」

「ふーむ、大量に消費したわけでもなし、か……」

「つまり、俺には才能が無いと」

「いや、まだそうと決まったわけではない。原因は二つほど考えられる」

 オルバスは指を一つ立てて、仮説を述べた。

「一つは、君の魔力保有量が並外れているために、回復が追いついていない場合」

 すかさず二本目の指を立てて続ける。

「もう一つは、君の回復効率があまり優れていない場合じゃな」

「……なるほど」

 十中八九後者だな、と統夜は思った。ゲームや小説の主人公よろしく実はあなたには秘められた才能があるのです、などと都合のいい展開が用意されているわけがない。

「どちらにしろ、あと数日待てば分かることじゃ。回復したら一度、魔力が空になるまで魔法を使い続ければ真相は明らかになる」 


 その日の夜。

 夕食を食べた後、統夜は部屋で早々に寝息を立てていた。夜更かしをしようにも、普段やっているゲームやインターネットがない以上、暇をつぶせるものが何もないのだ。残された選択肢は寝る事くらいしか無かった。

 デュナミスの夜は、雲が出ていなければさほど暗くならない。さすがに昼間のようにとまではいかないが、煌々(こうこう)と月明かりが差し込むリビングは影が映るほど明るい。

 レフィアとオルバスの二人はまだ起きていた。

「彼にはまだ、あのことは伝えておらんのか?」

「だって、気付いてないみたいだし。……やっぱり言わないとだめかな」

 尻込みする少女を励ますように、オルバスは言った。

「トウヤ君は町の人達とは違うと思うがな」

「……それは、たしかに」

 レフィアは(うつむ)き、黒髪の青年と出会ってから今までのことを思い返す。隔意(かくい)なく平然と接してくる彼の行動には、正直言って戸惑った。

 邪険に扱われることには慣れていても、優しく笑いかけてもらったことはなかった。

 無視されることはあっても、こんなに気にかけてもらったことなどなかった。

 オルバスと、もう亡くなってしまった母親以外には。

 ふと、幼い頃に母から言われた言葉がよみがえる。確か自分が、友達を作れなくて泣いていた時のことだ。

『――いい、レフィア。世界ってとっても広いんだから。あなたの事をわかろうとしてくれる人にだっていつかきっと会えるわ――』

 その時はいまいち真実味が感じられなかった。そんな人が、いるはずないと思っていた。

 あの人が、そうなのだろうか。

 しかし、自分の素性を告げたら果たして彼はどんな反応をするだろうか。せっかく仲良くなれたのに、手の平を返したように奇異の目で見られないか。もしかしたら怯えさせてしまうかもしれない。その可能性を考えただけで、怖くて仕方が無かった。

「……焦らずともよい。きっと、打ち明けられる時が来るとも」

 オルバスは穏やかに言い、自分の部屋へと戻った。


 (とこ)に就いたのが早かったおかげで、統夜は日が出て間もない内に目が覚めた。

 窓を開けると朝特有の湿った空気が吹き込んでくる。その心地いい風の中、昇りゆく朝日に目を(すが)めて統夜はポツリと呟いた。

「こんなに早寝早起きしたのは初めてだぜ……」

 物音を立てないようそろそろと下へ降りていくと、既にオルバスが居た。

「お早うございます」

「おお、お早うトウヤ君。顔を洗うなら、外に井戸があるぞい」

 冷たい澄んだ水で顔を洗っていると、手籠を持ったレフィアが出てきた。どうやらまた野草でも摘みに行くらしい。統夜は、この家の住人はみんな朝早いんだなと舌を巻いた。

「気を付けてな」

 一言、声を掛けるとレフィアは頷いて足早に森の奥へと消えていった。


 さて、自分よりも幼い少女が働いていると言うのにじっとしているのは何とも居た堪れない。

 統夜は家に入ると、さっそく聞いた。

「何か俺に手伝えることはありませんか? 何でも言ってください」

「そうじゃのう……薪割りは出来るかな」

 都会っ子には縁のないワードが飛び出す。

「えっと……一度もやったことがないので教えて頂けないでしょうか」

 家の裏手には日当たりの良い場所に丸い(まき)が積まれていた。オルバスは無造作に薪を掴むと切り株の上に置いて手斧で真っ二つにした。統夜は老人が小気味よく斧を振り下ろしていく様を、注意深く観察する。斧は柄の尻と中央に手を添え、肩に担ぐように持ち上げればいいようだ。

「こんな感じですか?」

 オルバスと比べてずい分と遅いものの、足元で着実に薪が増えていく。

「うむ、割れない木があったら無理せんで良いからな。あとは怪我に注意するように」

「はい」

 そうして統夜は乾いた木と格闘を始めた。


「トウヤ、ご飯だよ」

 後ろから声を掛けられ統夜が振り向くと、籠を持ったレフィアが戻ってきていた。薪割りに四苦八苦している内に結構な時間が経っていたらしい。

 レフィアと連れ立って帰ってくると、家の戸口で知らない男性とオルバスが何やら問答をしていた。声が聞こえてくるなり、レフィアが慌てた様子で物陰に隠れるので、統夜もそれにならう。静かな森の中では、話し声の一部始終が聞こえてきた。

「そんなこと言わずにお願いしますよ。あなたほどの人がこんな所で燻ってるなんて勿体ない」

「わしはもう引退した身じゃよ。何度も言うが暮らしていける蓄えはあるし、今さら代行者などやる気はない」

 オルバスの固い意思を確認すると男性は溜息をついて、

「気が変わったらいつでも来てくださいよ。お待ちしていますから」

 渋々といった表情で帰って行った。

 統夜は興味をそそられてレフィアに尋ねた。

「代行者って何だ?」

所謂(いわゆる)、何でも屋って感じかな。報酬を受け取る代わりに人の依頼をこなす仕事なの」

 統夜は自分の世界の家事代行サービスを思い浮かべて聞く。

「ふむふむ。料理作ったり、掃除したりってことか」

「内容はいろんなのがある。トウヤが言った他にも、失せ物探しや店番、獣の討伐、荷運び、要人の護衛、新兵の訓練、傭兵とか……、数え上げたらキリがないよ」

 聞く限りでは受ける仕事を選べば、なんとかなりそうである。

「俺でも出来るかな」

 統夜が興味本位で口にした途端、

「代行者なんて危ないだけだよ!」

 いつもは物静かなレフィアが勢い込んで言った。少女の過剰な反応に統夜は少々面食らう。

「でも、いつまでもただ飯を食わせてもらうわけには……。それに危険じゃない仕事だってあるんだろ?」

「それは……そうだけど」

 なおも心配そうな表情をするレフィアの頭を撫でながら笑って請け合った。

「大丈夫だよ。わざわざ危なそうな依頼を受けたりなんてしないから」


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