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課される試練

 まだ何もかもが終わったわけではないと、そう聞かされた統夜の胸に希望の灯がともる。自分より遥かに大きな存在を見上げる形で、彼は先を促した。

「是非とも教えてもらおうじゃないの。その方法とやらを」

 物怖じしない落ち着いた様子の統夜に銀竜は説明する。

『肉体と魂、これら二つは密接に関係している。中身たる魂が変容すれば、自ずと器である肉体もそれに相応(ふさわ)しいものへと変化する、という具合にな。魔法を知って間もない貴様が魔力の流れを感じ取れたのも、我との繋がりが影響した故だ。つまり我々の融合度合が強まれば、貴様は人間と竜の狭間(はざま)の存在として生まれ変わり、途轍(とてつ)もない力を得ることになる。もっともそれは同時に、人間らしさを失うことを意味しているわけだが』

「なるほど。要するに力が欲しけりゃ、人間を辞めるしかないと」

『いかにも。さて、どうする?』

「……」

 統夜は銀竜の語った提案の重さを吟味(ぎんみ)する。人間らしさを失うと言うからには、仮に首尾よくいったとしてもその後は真っ当な人生を送れまい。半分が吸血鬼であるレフィアと同様、もしくはそれ以上に世間から爪弾(つまはじ)きにされることは容易に想像がついた。

 場合によってはレフィア本人からも距離を置かれることになるかも知れない。

 少しの間を置いて、統夜は肩をすくめて笑った。

「もちろん足掻(あが)くさ。何もしなかったらどのみち死んじまうんだ。それなら博打を打った方が得だしな」

 目を閉じれば、レフィアが最後に見せた泣き顔が鮮明に蘇ってくる。追い詰められた、たった一人の少女を救える可能性があるのならば、たとえ世界中を敵に回す条件でも二つ返事で引き受けるつもりだった。

『言っておくが、想像を絶する苦痛を味わうことになるぞ。挑んだほとんどの者が途中で絶命する。楽に死ねば良かったなどと後悔するなよ』

「そんなことより、俺の体が出血で先に逝っちまわないかが心配だね」

 (おど)し文句にも(ひる)まない。結論など最初から決まりきっている。

『そちらの方ならば案ずることはない。我との繋がりは微力ながら健在だ。いましばらくは持ちこたえるだろう』

「それで、具体的に俺は何をすればいいんだ?」

『手順自体は難しい事ではない。貴様が我に触れ、我は力を注ぎこむ。もし貴様が耐えきれれば成功、というわけだ』

根競(こんくら)べってことか。分かりやすくていい」

『では、始めるとしよう』

 銀竜の朗々たる声が響き渡り、統夜の頭上へと鼻を突き出すような格好で(こうべ)を垂れる。

『貴様の魂、我が力を使役するに相応しいか否か、示してみせよ!』

 統夜は差し出された鼻先へと両手を持ち上げ、意を決して触れた。すると銀色の竜が光に包まれ、振れている部分から力が流れ込んでいく。

 刹那(せつな)、体中を焼きつくすかのような猛烈な熱さに、危うく手を離すところだった。熱湯などという生易しいものではない。まるで、溶岩が自分の血管を駆け巡るような感覚。体内をはしる壮絶な刺激はもはや、熱さなのか痛みなのか判別することすらできない。

 そんなもの離してしまえとすぐさま脊髄(せきずい)が、脳が、抗議の悲鳴を上げる。

「があああああぁぁぁ! ぐうぅっ……!」

 だが統夜は歯を食いしばり、強靭な意志の力でそれらの声を無視した。熱病に侵されているかのように汗が吹き出し、全身が引き裂かれるような思いをしてなお統夜は手を離さない。

 大切なものを守りたい、その一心で。



(なんと凄まじい精神力だ。信じられぬ、これほどの人間がいるとは……!)

 銀竜は戦慄した。

 あくまでもこの申し出は自分の気まぐれに過ぎず、成功の見込みなど最初から夢想だにしていなかった。そもそも人間という種族の精神は、特筆に値するほど強くない。この若者も例にもれず、すぐにでも根を上げるものと考えていた。現に彼の膝はがくがくと震え、今にもくずおれてしまいそうである。

 それにも関わらず驚異的な意志だけで体を支え続け、決して倒れようとしない。すでにその魂は、いつ砕け散ってもおかしくない程の激痛に(さいな)まれているはずなのに。

『なぜ、そこまでする。助けてくれと言われたわけではないだろう』

「さあな……惚れた方の弱みってやつ……なのかね」

 統夜が口の()に微笑を浮かべて答える。

 確かに面と向かって少女から助けを求められたことは、ただの一度も無い。だがそれは、彼女が助けを必要としていないという意味ではなく、他者に迷惑をかけまいと一人で抱え込んでしまっているからだ。

 統夜は、そんな彼女の懸命な姿に心を打たれ、動かされ、奪われたのだった。

 故に彼は、迷わない。どこまでも彼女の味方でいようと決めたのだから。

 頭上の竜をきっと見上げ、裂帛(れっぱく)の気合いで統夜は叫び声を上げる。

「レフィアの側に居てやれるのなら、他の何を捨てても構わない。だから俺に、力を寄越しやがれええぇぇ!」

 その後のことは、ほとんど記憶になかった。ぽっかりと自分の中に穴が空いたような喪失感と、今まで積み上げてきたものが燃え尽きてしまった感覚だけがあった。

 そして――。

『見事だ、トウヤ・タツガミよ。そなたの比類なき魂、(しか)と見届けたぞ。我が力、存分に使うがいい』

 訪れた静寂の中で銀竜の祝福が聞こえた気がした。



(っ!?)

 オルバスとロザールは綱渡りのような命のやり取りを繰り広げる中で、全く同時に同じ方角へと目を向けた。決して無視できない規模の魔力が一気に膨れ上がり、津波のような凄まじい波動を感じ取ったからだ。

(〝(つるぎ)(おう)〟のもの……ではないですね。一体何者でしょうか)

 未知数の存在にロザールの表情がわずかに(かげ)る。周辺にこれほどの実力者が潜んでいるという情報は聞いていなかった。

 一方で、オルバスには感じた波動に心当たりがあった。確証こそ無いものの、根っこの部分では確かに覚えのある気配。しかしにわかには信じられなかった。それほどに現実離れしている魔力量である。

(これは、いや……。まさか、本当に彼なのか?)



 失血のあまり、レフィアの視界は明滅していた。

 抵抗は意味を成さず、どこを探しても自分に救いは無い。彼女の心は、もう限界だった。

 本物の絶望に塗りつぶされた状況のなか、レフィアは涙混じりの掠れた声で、生まれて初めてその言葉を口にした。

「たす……けて」

 ここまで追い詰められておきながら、出てきたのは怨嗟(えんさ)とも憎悪の言葉とも違っていた。

 明確に誰かへと願ったわけでもない、ただ心からの思い。

 その、消え入るようなあまりにも小さな祈りは、

 しかし、確かに彼の元へと届いた。



「ははっ、君みたいな化け物を助けたいなんて物好き、どこを探したっているもんか」

 レフィアを見下ろすエリックが、愉快気に鼻で笑う。

 ところが、そんな彼に突然横合いから声が掛けられ、嘲笑(ちょうしょう)はぴたりと止んだ。

「勝手に決めつけんなよ。そんな風に言われると、余計に助けたくなっちまう」

 エリックがゆっくりと首を向けると、落ち着き払った統夜が屹立していた。少なくとも外見上は、傷が塞がっている意外になんら変わったところは無い。

 だが、放たれるプレッシャーが少し前の比ではなかった。人の皮を被った何か、という表現がしっくり来るほど異質な存在感が満ちている。

「彼女を離せ」

 にらみ合いの中、最初に言葉を発したのは統夜だった。対するエリックは、ちらっとレフィアの方へわずか視線を流して答える。

「嫌だ、と言ったら?」

 彼の余裕な、あるいは挑発とも取れる返答に統夜は、

「言わせない」

 断固として言い放つと、その姿が忽然と消え去った。足元に無数のひび割れだけを残して。

 エリックは一瞬、その光景に理解が追いつかず、

(なにっ!?)

 すぐさま愕然(がくぜん)とした面持ちで振り返った。

 そこに、いた。

 拘束していた剣を引き抜き、レフィアを抱きかかえている統夜が。

 その初動すら掴めなかったことに、エリックの表情から今まで浮かんでいた余裕が消えた。

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