決死の抵抗
目の前のまだ十五、六と見える少年は、重厚な盾や鎧で身を固めているわけではない。しかしその立ち姿からは、異様に攻めにくい空気を醸し出していた。答えは明瞭、彼を中心にして幅広の大剣やショートソード、レイピアなど形状も様々な剣の群れが重力に逆らって舞っているからである。数は合計で七本。中には儀礼に用いられるような華美な装飾を施された、刀身が四角く刃の無い不思議な剣もあった。
それら各々が陽光を照り返す様は荘厳の一言に尽きる。まさしく魔法と呼ぶに相応しい、考えられないような光景を視界に収めながら統夜は愚痴る。
『あんなのズルくね? こっちにはアドバイザーがいるだけだってのによ』
『ふむ、見たところ剣に干渉する念動力のようだな。そら、来るぞ』
声に促されて気を引き締めると、まずは二本の剣がこちらを串刺しにせんと飛来する。統夜がそれを横っ飛びで回避すると後ろの地面に突き刺さった音が聞こえてきた。もし当たれば大怪我は免れないが、目にも留まらぬ速さというほどではない。
統夜の硬い表情に対して、対峙する少年――エリックにはまるで気負いが見られない。それが端的に、両者が踏んできた場数の違いを物語っていた。
『後ろだ!』
身体から余計な力を抜いて次に備える統夜へ、叱声が上がる。内なる声につられてサッと振り向くと、先ほど通り過ぎた凶刃が顔を目掛けて迫っていた。かろうじてかわすことには成功するものの、頬に一文字の浅い傷がはしる。
『あっぶねー、助かったぜ』
死と隣り合わせという初めて経験する状況に、今さらのように統夜の肌が粟立つ。これは負けてもやり直せるゲームや練習ではない。文字通りの真剣勝負、命の奪い合いだ。
「なるほど、不思議な方だ。魔力も剣の腕前も大したこと無さそうなのに、動きは悪くない。もしかして波動が分かるのかな」
背後からの奇襲も避けてみせた統夜にエリックは感心し、さらに剣を二本向かわせる。彼自身は腕組みをしたまま、高みの見物を決め込んでいた。なにせ動く必要すら無いのだから。
当然の結果として、戦局はそこで固定された。統夜がしていることはすぐさま勝負がつかないように攻撃をいなすのみで、接近するどころの話ではない。四方八方から飛びかかってくる剣をかい潜って詰め寄るなど彼には不可能であった。即座に致命傷は受けずとも、浅い傷が積み重なればいずれ体力が尽きる。敗北は、時間の問題だった。
しかし彼我の実力差をはっきりと思い知らされて、それでも統夜は諦めずに剣を振う。近いうちに終焉が訪れると知りながら、逃げようなどとは露ほども考えなかった。
未だ、かすり傷一つ負っていないオルバスは淡々と言う。
「お主ではわしに勝てぬよ」
「どうやらそのようですね。あわよくば、と思っていましたがそう上手くはいきませんか」
ロザールはあっさりと事実を認め、称賛の呈でこれに答える。
その様子にオルバスはわずかな不審を覚えた。彼らはその特性上、基本的な戦術として捨て身でかかってくる。たとえ体を刺し貫かれたとしても、驚異の回復力によって致命傷には至らないためだ。こと吸血鬼戦において、相打ちは人間側の負けに他ならない。それにも関わらず、この相手は一度目の接触から積極的な攻勢をかけてこない。まるで戦いを長引かせるのが目的であるかのように。
(まさか……!)
そこまで考え、唐突にオルバスは思い至る。
もしも、この目の前の相手が単独でないとしたら。彼らにとって厄介な存在である自分を隔離し、この場に釘付けにすることが最大の狙いだとするならば。
自分の嫌な予感が外れていてくれという祈りも空しく、家がある方角から知らない魔力が感じ取れる。距離の離れたこの場まで届くほどだ、依頼を確実に遂行する為にも相当な実力者が来ていることはまず間違いないだろう。
それが分かったところで、前述のとおり吸血鬼の撃破は並大抵の苦労ではない。少しずつダメージを蓄積させていくか、あるいは強力な魔法で一撃のもとに消し飛ばすしか方法は無く、必然的にこちらとしては慎重な戦闘を強いられてしまう。
(まずいな、トウヤ君の命が危ない)
オルバスは二人を、とりわけ統夜の身を案じた。今の彼は、相手がいかに強かろうと大人しく引き下がってくれるとは思えない。確かに戦闘に関するセンスは一級品だが、その才能はまだ成長途上にある。いくら優れた感知能力を持っていようとも、肝心の魔力が十人並の総量しかなくては激しい戦闘についていけるはずがなかった。
「その様子では気付いてしまいましたか。そう、私の目的はあなたではないということです」
ロザールは笑みを浮かべて言う。しかしレフィアを付け狙う彼の目的が、オルバスには分からなかった。吸血鬼は一族全体が、人間の血を引く彼女を疎んでいると聞いている。だからこそ、身を守るためにレフィアとその母は人里に下りてきたというのに。
「今さら、あの子に何の用じゃ」
「利用価値があるから、と申しておきましょうか。まったく私には理解が及びませんがあの裏切り者は、あんな出来損ないの娘を愛していますからね。探し出すのには苦労しましたが、これで奴は言いなりだ」
ロザールは話し続ける。彼としても、会話は望むところだった。
「別にいいじゃないですか。あなたも持て余していたのでしょう? 人間と魔物の混血児など」
「……確かにそうかもしれん。わしはあの子と、どう接すればよいものか分からずにいた。ずい分と寂しい思いをさせてきたかもしれん」
オルバスは認めた。
交わす言葉も少なで、読書ばかりしていた無表情の少女が思い出される。自分も長年、人間と魔物は相容れない存在だと信じて生きてきたのである。そう簡単に考えを変えるのは難しかった。
「しかしな、最近はとても楽しそうにしておるんじゃよ」
そんな彼女も、とある青年と出会ってからは感情の発露が著しい。今ではすっかり歳相応の少女らしさを芽生えさせていた。それをまた壊させるのは何としても阻止しなければならない。
「あの子の笑顔を奪うと言うなら、黙って見過ごすわけにはいかんな」
(……なかなかしぶとい)
エリックは、統夜の往生際の悪さに苛立ち始めていた。圧倒的な窮地に立たされていながら、彼の覇気は当初からいささかも衰えを見せない。それどころか、より奮い立っている。一体何がそこまで彼を駆り立てているのかエリックには見当もつかなかった。
「まだ、まだぁ……!」
統夜が執念を宿した眼光で吠える。
その瞳と視線をかわした瞬間、まるで大海が一面に広がっているかのような底知れない感覚がエリックを襲った。
(――っ⁉)
自分がいかにちっぽけな存在であるかを錯覚させられ、思わず一歩後ずさっていた。
今この場で彼を葬らねば、たとえ依頼を完遂したところで、いつの日か必ずや障害となって現れる――そんな、強烈な予感めいた確信が脳裏をよぎる。
(僕が臆した……? バカな、ただの気の迷いだ)
感じた懸念を否定するように、自分の優位を強調させてエリックは言う。
「アツイね。正直そーいうのは嫌いじゃないけど、こっちとしてもいつまでも遊んでるわけにはいかないんだ。あの子を追いかけなきゃならないし」
「なら、さっさと俺を倒すんだな」
統夜はあくまで強気に返すが、その息は荒い。疲労が色濃く表れ始めていた。
『そろそろ魔力が尽きるぞ。どうするつもりだ』
内なる声が迫る限界を警告する。そうなれば、もう剣を避けることはできない。今まで生き長らえていられたのはすべて、反射神経を強化してこその芸当だった。
『……一応、作戦はある。今まで見た感じじゃ、奴の操る剣にはいくらか制動距離がある。おそらく精密な操作はできないんだろう。突くならそこしかない』
統夜は、勢いのついた剣が急激な方向転換をしてこないことから仮説を立てた。
『一か八か、捨て身で近づいて動揺を誘う。古典的な手だが、このままジリ貧を待つよりはマシってもんだ』
周りに目をやれば、短い会話の間に六方向から剣で包囲されていた。作戦自体は既に考え付いていたものの、粘った甲斐もあってちょうど今、目の前にはその操り手がきている。この機会を逃す手は無かった。
「うおおおぉぉぉ!」
統夜が雄叫びを上げて何の捻りも無い、突撃を開始する。
(ふん、何度やろうと無駄なのに)
エリックはその無謀な突進に呆れかえった。間合いを詰めようとするのは今に始まったことではない。これまでと同じように包囲した剣で統夜の動きを牽制しようとする。
しかし、彼の反応は思いがけずこれまでと違った。足を止めることなく突き進み、襲い掛かる剣を打ち払わない。どうやら自身の首より下は守る気がないらしい。体に剣が刺さっても、その突進は止まらない。
(馬鹿な、死ぬ気なのか⁉)
エリックは統夜の覚悟を前に、退くか否かの二択を迫られた。
常識的に判断すればこのまま距離を取り続ければ自分の勝利は決定的だった。あの出血量では、もはや治療も間に合わない。たとえ何もしなくても死を迎えるだろう。
だが彼の〝剣の王〟としてのプライドが、ここで仕留めることを優先した。
統夜の後方に配置されていた大剣が動き出す。
(よし)
それこそ、統夜の欲していたものだった。背中に突き立とうとまっしぐらに飛んできたこれをぎりぎりのところで屈んでかわし、加えて手に持った自分の剣を渾身の力で投擲した。
エリックが驚きの表情を浮かべる。それは、完全に彼の虚を突いたという証だった。
(当たれええぇぇ!)
そして、
辺りに金属音が響き渡った。
かわした幅広の大剣、投擲した統夜の片手剣、エリック目掛けて飛んで行ったそれらは寸分の狂いもなく防がれた。今まで攻撃に参加することのなかった、刀身が四角柱のようになっている刃の無い剣によって。
剣に似つかわしくない形状と、たった今見せた動き。統夜はこれが攻撃の為ではない、防御に重きをおいたものなのだとようやく悟った。
同時に、自分の奇襲が失敗に終わったことも。
それらを自覚した途端、膝から力が抜け地面に倒れ伏した。
「いやー、ヒヤッとしたけど残念だったね。これはライフセイバーっていう人造魔装でね。たとえ持ち主が剣技に精通していなくとも、危機に瀕した際に自動で防御するって代物なんだ。もともとはどっかの貴族のぼんぼんが造りだしたんだけど、見ての通り今は僕のものだよ」
エリックは目の前に浮かぶ剣を手に持つと、勝ち誇ったように血だまりの中に伏す統夜へ話しかける。
「それじゃあ、そろそろ終わりにしようか」
告げられた死の宣告と共に、彼のもとに集まっていた六本の剣が扇を広げるように散開した。




