友達
レフィアが剣を下方に構え、走り込んでくる。
『下段からの切り上げは囮だ。おそらく体を反転させた後、横殴りの斬撃でくる』
『了解』
告げられたアドバイスに従って身構える。統夜は頭の片隅に住み着いたこの不思議な同居人に関して、誰にも打ち明けないことにしていた。迂闊に相談しようものなら困惑した笑みを浮かべられ、最寄りの病院を紹介されるのが目に見えているからである。多少の分別がある者ならば、自分だけに聞こえる声があるんですとは軽々しく言い出せない。
とりあえず彼(?)の言い分を完全に信じたわけではないが、害を及ぼそうという気は見受けられないという点がその考えを後押しした。それどころか戦闘にも通じているらしく、先のように的確な指示まで出してくれる。彼が得難い存在であることは渋々ながらも認めるほかなかった。
『間合いに気を配れ。半歩下がってやり過ごし、すかさず突きだ』
統夜は声の言う通り、斬撃をぎりぎりのところでかわす。エーテルドライブで反射神経を強化させていればこれくらいは造作もない事だった。そのまま間髪入れずに、驚く少女の胸へと突きを繰り出した。もちろん加減をしているので、軽く当てるだけだが。
「そこまで」
オルバスが終了を告げると共に、腕の力を抜いて剣先を落とす。
「いやはや、まったくもって目覚ましい進歩じゃな」
「あんまり、勝ってる気がしないですけど……」
統夜は肩で息をしながら答えた。はたから見れば辛勝といったところだろうか。レフィアの方はと言えば息を乱すどころか、汗一つかいていない。これでは勝ったと胸を張って言っていいものか怪しいものである。
「レフィアはどうかな、彼と戦ってみた感想は?」
少女はうーんと唸って言った。
「すごくやりにくい、かな。何だか動きが読まれてるみたいなんだもん」
「ふむ、もっと魔力の波動を抑えねばな。トウヤ君は感知力に秀でているからのう」
「なんとなく、こう来るかもって勘なんですけどね」
まかり間違っても助言者がいるなどとは言えないので、適当に言葉を濁す統夜である。
汗を拭う彼の様子を見てオルバスは言った。
「湖で汗を流してくるといい。レフィア、案内してあげなさい」
「うん」
森の中にある家から道を挟んで反対側、レフィアに連れられて十分ほど歩くと静かな湖畔のほとりにたどり着いた。統夜は脱いだ服を木の枝にかけ(むろん上衣だけ)、澄んだ水の中へと飛び込んだ。
「わっ、すごい。トウヤ泳げるんだ」
「これぐらい普通なんだが」
統夜は目を輝かせているレフィアに言った。特別難しい泳法を披露したわけではない。事実、平泳ぎと背泳ぎをしているだけである。そして深く考えずに言った。
「もしかしてレフィアは泳げないのか? よかったら教えてやるよ」
「ほんとに? やったぁ」
少女は大いに喜び、その場でおもむろに服を脱ごうとした。
「おいこら、待て待てちょっと待て。やっぱ今の無し!」
慌てて制止の言葉をかける。
「裸じゃ駄目かな」
レフィアがきょとんとした表情で問いかけた。
無邪気なその視線に耐え、統夜は長い葛藤の末にようやく苦渋の結論を出した。
「…………俺としては一向に構わないんだが、良心が抗議の叫び声を上げてるから駄目だ」
さっぱりした統夜は湖から上がると、自身から滴る水滴を魔法で集めた。同様に濡れた服からも水分を吸い出すことで服はあっという間に乾いた。そうして絞り出した水を湖に放り込むと、波紋が湖面を揺らした。再び静まり返った湖面は、さながら鏡のように空と雲を映している。倒れて朽ちかけている木に腰かけてそれら風景を何となく眺めるていると、
「ねえトウヤ、エネルゲイアってどんなところ?」
同じように傍らに座ったレフィアが尋ねた。
プレゼント作戦が功を奏したのか、彼女は以前よりも気軽に話しかけてくれるようになっていた。最初は内気に見えたけど案外話好きなのかもしれないな、と統夜は少女への印象に修正を加える。口には出さないもののレフィアとの会話は大いに望むところだった。何と言っても知り合いに乏しいこの世界では、今のところ敬語を使わず気楽に話せる友達は彼女しかいない。
「ま、俺も自分の生まれた国ぐらいしか分からねえんだけど」
統夜はそう前置きしてから先を続けた。
「まず、高い建物がやたらとあるかな」
「どれくらい?」
「そうだな……比べるもんがちょっと思いつかないな。とりあえずそこら辺に生えてる木なんて目じゃねえぜ」
レフィアは点在する三十メートルはあろうかという木々を見上げ、やがて観念したように言った。
「想像できないや」
「そうかもな」
「トウヤは、何でこっちに来たの?」
レフィアから好奇心に満ちた瞳で問われ、統夜は考え込んだ。改めて考えてみるとなかなか難しい質問である。
「んー、そんなに大それた理由はないかな。ただ単に楽しそうだったからさ」
「怖くなかったの?」
「もちろん怖いさ。けど怖いもの見たさって言葉が世の中にはあるんだな、これが」
「大切な人とか、いなかったの?」
「そりゃまあ、家族には感謝してるけど何が一番大切かって言われたらやっぱり自分だろ。面白そうな事には首を突っ込むべしってのが俺の持論でね」
統夜はにやりと笑って言った。
その奔放で自由な様は、生きることを楽しんでいるようにレフィアには思えた。
他にも友人について聞かれたので、一番近しいと思われる伊吹を挙げておいた。性癖辺りも包み隠さずに。
「レフィアなら多分、何しても怒られないと思うぜ。何せあいつは年下の女の子に無茶苦茶甘い奴だからな、男には容赦ないけど」
統夜が仲の良さをうかがわせる口ぶりで言う中、少女はぽつりと呟いた。
「いいな……わたしには友達なんていないから」
それは、とても寂しそうな声色だった。悲しげに胸中を吐露する少女に、眉をひそめて聞く。
「なぬ、俺なんかじゃ不服か」
「えっ――?」
レフィアは思わず聞き返していた、確認するように。
「わたしと、友達になってくれるの?」
「友達になるもなにも、俺としては既にそのつもりだったんだが……。ちょいと厚かましすぎたかな」
統夜は肩をすくめて言った。
「でもわたしは……トウヤに、隠してることがあるのに……」
なおも迷いを見せる少女に向けて、統夜は語気を和らげて、しかし自信満々に言い放つ。
「そんなもん当たり前だろ。言っとくが友達ってのはな、何でもかんでも知らせあう仲ってわけじゃないんだぞ。……別に俺は気にしないよ、言えないことがあっても」
湖を後にして統夜はテルセアへ、レフィアは家へとそれぞれ向かった。
街に来てまず足を向けるのは、依頼を受けられる代行者の組合である。
「こんにちは。今日もいらしてくれたんですね」
統夜の丁寧な仕事ぶりや報酬のえり好みをせずに依頼を受ける姿勢は、依頼者からの評判も上々であった。それに加えてあまりにも頻繁に訪れるためもあってか、彼はすぐに受付の人達に顔を覚えられ、依頼を選ぶ間に雑談を交わすようになっていた。
「雑用まがいの仕事ばかりで、嫌になりませんか?」
「とんでもない、俺なんてまだまだ駆け出しですからね。それに安全な仕事なら大歓迎ですよ」
言う間に、提示された依頼を選び取る。
「それじゃ、これをお願いします」
「かしこまりました」
統夜としては裏でひそひそ噂話されてるなど夢にも思っていない。
「トウヤ君だっけ? あの黒髪の彼」
「そうそう、結構良い感じだよね。いつも礼儀正しいし騒ぎ立てないし」
「ほんと、今どきには珍しい若者だわね」
そんな、額を寄せ合って世間話に興じる彼女らに支部長が喝を入れる。
「余計な事くっちゃべってねえできりきり働かんかい!」
談笑はそこで解散となったが、支部長を補佐していた男性職員が出し抜けに尋ねた。
「ところで彼は、どこに住んでるんです? 確か組合の宿には入っていないでしょう」
「あの雷親父のとこに居候してるんだとよ」
「なるほど、オルバス殿のところに……。しかしあそこには確か――」
支部長には言わんとしていることは分かっていた。みなまで言わせず、遮るように答える。
「彼は新来者らしいからな。おそらくは知らないんだろう」
「そういうことですか」
男性職員は納得し、そして嫌悪感もあらわに言った。
「わたしなら御免ですよ。一つ屋根の下、吸血鬼と共に暮らすなど」




