謎の声
登録を無事に済ませ、統夜とオルバスは次に武器屋へと向かっていた。統夜が身に付ける剣を買うためどこかにいい店はないかと職員に聞くと、駆け出しの代行者には値引きをしてくれるという店を紹介されたので行ってみることにしたのである。
大通りから細い路地に入り、歩きながらオルバスは言った。
「それにしても、先ほどのやり取りは悪くなかった。急場にも慌てず対応できるのは感心じゃな」
「? ああ、斬りかかられたときのことですか。抜作を演じるよりはマシかと思ったので」
組合で見せた冷静な対処を褒められても、統夜はことさら誇るでもなく淡々と答える。
彼らは長年踏まれて滑らかになった石畳の道を進んで、いかにも老舗ですといった年季の入った店を訪れた。のれんをくぐって中に入ると、丁度商品の点検をしていたらしい禿頭の主人が二人に気付いて声を掛けた。
「いらっしゃい、何かお探しで?」
「あまり重くない、片手持ちの剣が欲しいのですが」
統夜はそう言うと店主が勧めるいくつかの剣の中から、手に馴染むものを選び出した。それと合わせて、剣を佩帯する為のベルトと鞘を購入する。
まだ受け取ったばかりの代行証を見せると、愛想のいい店主はサービスだからと言って値をまけてくれた。自分の店を贔屓にしてくれるよう、抜け目なく付け加えて。
諸々の代金はオルバスが払った。むろん統夜は無一文なのだから当たり前ではある。もっとも彼は後で返すためにも、しっかりその金額を頭に入れた。
「ふむ、これで一通りの準備は整ったかのう。これからどうするね」
「試しに依頼を受けてみようかと思います」
「それなら、わしは一足先に帰っているぞ。あまり遅くならんようにな」
というわけで統夜は組合の方へと舞い戻った。オルバスからは危険なものは敬遠しておくように言われたが、改めて念を押されるまでもない。そんなものはこちらから願い下げである。掲示板に貼られている数多の張り紙から、報酬の良し悪しは気にせず距離の近さと内容の手軽さを重視して依頼を選び取る。
受付の部屋は三つとも埋まっていたが、列は出来ていないので空き次第すぐに入れるだろう。そう思って間もなく、扉が開いた。レフィアと同じくらいの歳の少年が部屋から出てきたのを見て統夜は目を丸くした。思わず受付の人に聞いてしまう。余談だが今回、応対してくれた人は男性だった。
「あんな幼い子もいるんですね」
「ええ、資格は十二から取得可能ですから。もちろん数こそ少ないですがね。優秀な人材ならば歳の差など、些末なことに過ぎませんよ。……それでは本日のご用件をお伺いします」
「この依頼を受けたいんですけど」
「代行証を拝見いたします」
統夜が差し出すと、男性は渋い顔で言った。
「申し訳ありません。経験を積む為にも新人の方は始めのうち、こちらが斡旋する依頼をこなして頂くことになっているんです」
「そうなんですか? じゃあ、あんまり危険じゃないものをお願いします」
「では、こちらのリストからお選び下さい」
提示されたいくつかの依頼は店の掃除や荷運び、品出しなどの穏便なものばかりだった。どれも剣を使わずに済みそうなので正直ありがたい。
短時間かつ近場のものに的を絞り統夜はこの日、三つの依頼を達成したのだった。
「お疲れ様でした」
「どうも」
統夜は頭を下げて形ばかりの礼を示し受け取った代行証を眺めた。達成した依頼数は一番低いランクのものが三つ。肩書は、新人と記されている。
依頼はどれも単純な肉体労働ばかりで簡単だった。
ただ一つ問題があるとすれば、
(まずったなぁ。すっかり帰る時間を考慮してなかったわ……)
外へ出ると、すでに日が沈みかけていたということだ。統夜は赤く染まった空を見上げてため息をついた。小走りに街の外を目指しながら、依頼を達成するのが思いのほか楽しくてつい夢中になってしまったことを反省する。
その反面、手ごたえもあった。子供の小遣い程度に過ぎないが、ポケットから聞こえる音からはお金を稼げたという実感が伝わってくる。
(実際は日雇いのフリーターみたいなもんだけど)
そんなことを思いつつ急ぎ足で帰る途中、露店商の綺麗な石のブレスレットが目についた。ちょうど手持ちのお金で買える値段である。
統夜は食事の用意だけでなく自分の訓練にまで付き合ってくれている少女をつかの間思い浮かべ、悩むことなくそれを手に取った。
「すみません、これ下さい」
統夜の熱心な祈りも空しく天体の運動に従って無情にも日は沈んだ。
薄暗い森を歩くことを余儀なくされ、彼は猛省した。後悔先に立たずとはよく言ったもので、統夜は数時間前の自分を殴りつけたい気分であった。もしくは、これが退っ引きならない事態だと思い出してしまった数分前の自分を。
最初は、何か引っかかるな程度の直感であった。暇であることだし、それが何かをつきとめようとしたのが運のつきだ。つらつらと記憶の糸をたぐっていく内、ほどなく昼間に街で耳にした噂を見事に思い出したわけである。
すなわち、夜の森には化け物が出るというありがたくもなんともない噂を。
(くそっ、マジでなんなの。俺がこんな目に遭わなきゃいけない理由が見当たらねえ……)
風が吹いてかさかさと木々が揺れる度に、足を止めていちいち耳をそばだててしまう。
何度かそれを繰り返したのち、
「いやいや、まさかね」
統夜は嫌な考えを振り払うように明るく言った。
そう、これはあくまでも噂に過ぎないのだ。その上、もし仮にそんなものが実在したとしてこの広い森の中で偶然出くわす可能性なんてものは皆無に等しい。
そう念じて心の安定を保とうとした瞬間、
『何をそんなに恐れているのだ』
初めて聞く、やけに渋い声に話しかけられた。
「ぎゃあああぁぁっ!」
あまりにも突然の出来事に統夜は飛び上って驚いた。何しろ間違いなく人のいる気配を感じないのに声が聞こえてきたのだから。
統夜はおっかなびっくり剣を抜いて周りを威嚇するように構えた。緊張のあまり手は小刻みに震え、口がカラカラに乾いてしまっている。
(これが件の化け物って奴か……?)
『化け物とは心外だな』
再び厳めしい、超然とした声が聞こえてきた。耳で聞こえるというよりも、頭の中に響いてくるような感じだ。原因のほうは分からないがひとまず現状は理解した。
『おい、何者だてめえ。ひとの頭の中で何してやがる』
統夜は得体のしれない存在に向かって誰何するが、心中は大いに乱れたままだ。何だこの現象は? 新手の詐欺か? と様々な疑念が湧く。
とりあえず正直に答えてくれるとは思えないものの、改めて問いただしてみた。
『お前は一体誰だ。というか何だ』
『我は、そうだな……。もう一人の貴様、といったところか』
返ってきたのはあまりにも予想外の答え。
『…………は?』
(いやいやいや、そんな馬鹿な。俺は人格が乖離するほどストレス抱え込んじゃいねーし、祖父から譲り受けた怪しげなパズルを完成させたわけでもないっつの。……少なくとももう一人の自分に向って貴様呼ばわりはねーだろ)
『……そんなテキトーなこと言って煙に巻こうったってそうはいかないぜ』
『適当なものか。貴様の望みが我を生み出したのだぞ。貴様の自己式魔法がな』
そう言われても統夜としてはまったく身に覚えがない。本心では見知らぬ世界に放り出されて疎外感を感じていたということなのだろうか。そんな寂しがり屋じゃないと自分では思うのだが……。と、そこまで考えて最後の一言に対して聞き返した。
『おい、今自己式魔法って言ったか』
『いかにも』
統夜は絶句した。それを、オルバスは何と説明してくれたか。自身の願望を具現化した魔法、そしてそれは一人につき一つしか持てないものなのだ。
(嘘だろ、こんな下らないものに使っちまうとは……ははっ、俺の馬鹿)
がっくりと肩を落とし、とぼとぼと帰路につく。
その後は、結局何にも出くわすことなく無事に帰ることができた。道中、話し相手ができたおかげで退屈はしなかった。
「あっ、お帰りなさいトウヤ」
「ただいま。はい、これレフィアにお土産」
出迎えてくれた少女に、街で買ったブレスレットを手渡す。
「わたしに、くれるの?」
「おう、いつも世話になってるし、ほんのお礼にな」
「わぁ、やったあ!」
レフィアは深く感激しながら言った。まるで宝石でも贈られたかのような反応である。そこまで喜んでもらえると思っていなかった統夜は少々戸惑った。念のためとばかりに言葉を付け足す。
「おいおい、言っとくがそんな高価なものじゃないぜ」
「ううん、すっごく嬉しいよ。大切にするね、トウヤ」
レフィアの喜びようは予想外だったものの、嬉しそうな顔を見ることが出来たのは買ってよかったと思えるのだった。




