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不穏な噂

 統夜は活気にあふれる通りを適当にぶらついた。鎧や小手などを並べた金臭い防具屋が呼び込みをかけ、戦斧(せんぷ)を担いだ偉丈夫(いじょうふ)が武器屋を訪れる様子は見ているだけでテンションの上がる思いだった。とはいえ因縁をつけられてはたまらないので、露骨に見つめないよう気を付けて歩いていく。

 するとすれ違いざまに、

「夜にトリムの森を通るのは賢明じゃないぜ。なんでも化け物が出るんだってよ」

「ホントかよ。最近、月光草の採取依頼が高騰(こうとう)してんのはそういうわけか……くわばらくわばら」

 と聞き捨てならない話が耳に入ってきた。もっと詳しく知りたかったのだが、振り返った時にはすでにその二人連れはどこかへと歩き去っていた。化け物が出る、とは不鮮明な情報だが無視できるものではない。その場所に住んでいる当事者としてはなおさらだ。

(オルバスさんやレフィアからは、そんな話聞いてないけどな。まあ気を付けておくことに越したことはないか……)

 それから統夜は噂話に注意深く耳を傾けることにした。もっとも、目ぼしい成果は得られないまま、散策の終わりを告げるブロンズの鐘の音が遠くの方から響いてきた。

「仕方ない、戻るか」


 統夜は無事にオルバスと合流を果たし、小奇麗でそこそこ繁盛している食堂で昼食を済ませた後、老人は行き先も告げずにただ自分に付いてくるよう促した。道すがら彼は街の印象を統夜に尋ねた。

「散歩は面白かったかね」

「ええ、もっとあちこちで決闘まがいなことが勃発(ぼっぱつ)してる無法地帯を想像してましたけど案外親しみやすい感じですね」

「それはよかった。……おっと、ここじゃ」

 二人は大きな建物の前で立ち止まった。統夜は見上げるようにして聞いた。

「なんですか、ここ?」

「君が目指している代行者の組合じゃよ。大きな街には大抵、支部が置かれておってな。せっかく来たことじゃし、資格だけでも取っておこうと思ってのう」

「……そりゃまたいきなりですね」

 他人事(ひとごと)のように言うが、急な展開に内心では大いに狼狽(ろうばい)している統夜である。はっきりさせておくが、そんな無意味なドッキリを求めたつもりはない。

 そんな統夜の不安を吹き消すようにオルバスは請け合った。

「安心せい、もう話はつけてある。それに依頼には簡単なものも多い。君ならば充分こなせるじゃろう」

 内部は外観から予想できる通り広く、いくつも置かれている丸テーブルを囲って難しい顔で額を寄せ合って話し込んでいる人達や、にぎやかに談笑している人達で(にぎ)わっていた。酒を飲める場所でもあるらしく、室内の隅の方にはバーカウンターらしきものが設置されていた。

 なかでも人の流れがあってひときわ目立つのは、入り口から見て正面奥に据え付けられている四つほどの掲示板だ。そこかしこが紙で埋めつくされていて、それらの前へとひっきりなしに人がやってきてはにらめっこを始め、紙を剥がして別部屋へと消えていく。

 オルバスはそちらの方には目もくれず、深い緑色の服を着た人へと声を掛けた。

(あの人達が職員かな)

 それが制服なのだろうか、よく見ると他にも同じような服を着た人達はちらほらといた。忙しく動き回る彼らの様子を何となく観察していた統夜だったが、やがてオルバスが呼んでいるのが目に留まり老人の手招きに応じて彼は二階へと上がっていった。

 頑丈に作られているのか、一階の喧騒もここではあまり聞こえない。オルバスは廊下を進み、見るからに丈夫そうな造りの扉にノックをして返事も待たずに入っていった。

 中にいたのは赤いひげを生やした初老の男性だった。肩幅は広く、がっしりした体格をしている。机に積み上げられた書類の山に取り囲まれている彼は顔を上げ、突然の来客にも驚かずに口を開いた。見た目から予想できる通りの大きな声で。

「まったく、相変わらず無礼千万なじいさんだな。代行者組合支部長の執務室にずかずか入ってくる奴があるか」

 ぶっきらぼうな口調だが、その表情は笑いをこらえている感じである。どうやら見知らぬ中ではないようだ。彼はさっそく用向きを問いただした。

「それで、あんたが顔を出してくれるなんて一体どういう風の吹き回しだ。まさかとは思うが、ついに決心してくれたってわけか?」

「期待させてすまんが、わしはただの付添(つきそい)でな。むしろ代行者になりたいと言っておるのはこの子の方なんじゃ」

 オルバスはやんわりと言った。話を振られ、統夜は腰を折って会釈した。

「オルバスさんの所でお世話になっています。統夜と申します」

「あんたの弟子か?」

 支部長はオルバスに向かって怪訝な顔で尋ねた。

「そんな大層なものではないな。多少の手ほどきをしている、といったところかのう」

 言葉を受け、値踏みするように目を細めて統夜をしげしげと眺める。

「ひょろい兄ちゃんだな。使いもんになんのかよ」

「試してみるといい」

 緊張する統夜を差し置いて、オルバスは自信満々に言い放った。その様子に何を思ったのか支部長は肩をすくめた。

「ま、あんたがそう言うなら構わんさ。よろしくな、トウヤ君」

 彼は立ち上がると、でかい右手を差し出しながら言った。

「あっ……どうも」

 その握手に応じようと統夜が近づいた途端、白刃が閃いた。支部長が手を引っ込め、机の脇に立てかけてあった剣を抜き放っていきなり斬りかかってきたのである。

 しかし、統夜はこれを避けも受け止めもせずに成り行きをただ見守った。レフィアとの打ち合いで学んだわずかな成果である、フェイントの気配を感じ取ったからだ。こちらを傷付ける意図が無かったのは明白だった。

 喉元に迫った剣を見ながら統夜は涼しげな顔で言った。

「なかなか斬新な歓迎の仕方ですね」

 心中では驚いていたものの、平然とした様子で軽口をたたいてみせる。

 支部長は口笛を吹いて称賛の意を示した。

「はっはっ、ユーモアのある奴は歓迎するぜ。使える人材なら、なおさらだ」

 彼はそう言うと手元の紙にさらさらと何かを書き始めた。

「これを下の奴らに渡しゃ、あとは勝手に説明してくれるだろう。分からないことがあったら遠慮なく何でも聞くといい。それに答えるのが仕事だからな」

「ありがとうございます」



 支部長はパタン、と閉じた扉を確認すると椅子に深く座りなおして背もたれに寄りかかった。

「所属するのがウチなんかでよかったのか? 教会や騎士団っつー手もあったろうに」

「構わんよ、彼は荒事が苦手なようじゃからな。自由の利く代行者が一番性に合っている」

「やれやれ、新来者とはいえたった二週間足らずで波動の感知までやってのけるとはな。天才って奴か……?」

 その、関心を示す言葉には否定の声が返る。

「いや、どうも事はそう簡単じゃないんじゃよ」

「というと?」

「魔力の扱いには長けている反面、容量や回復量に関しては凡庸そのものでな。あれほどアンバランスな存在は今まで見たことが無い」

「そりゃ妙な話だな」

 支部長は眉をひそめて言った。特定の能力だけが突出する例は珍しいのである。

「まあ、見たところ誠実な若者じゃ。彼に何かあったら助けてやってほしい」

「わかった、まかせておけ。……ところであんたに忠告しておくことがある。どうも近くに、あの“(つるぎ)の王”が来てるらしい」

「ほう」

 支部長は声のトーンを落とし、重々しく告げたがオルバスは片方の眉を上げて受け止めるだけだった。

「おいおい、それだけか? まさかやっこさんが社交的な挨拶だけで帰ると思ってるんじゃないないだろうな」

「むろんじゃよ。用心しておこう」

「そうしたほうがいい。聞いた話じゃ奴に剣を渡すのを拒んだ相手は例外なく細切れにされてるらしいからな。余生をひき肉として暮らしたくなけりゃ精々気を付けるこった」

 そこで支部長は一度言葉を切り、付け足すように言った。

「……まあ、あんたが易々(やすやす)と敗れるところなんざ想像もつかないけどな」



 その部屋には扉が三つ並んでいて、列を成している人達は空いたところへと順番に入っていく。統夜もそれに(なら)って最後尾へとつき、少しの間待っていると番が回ってきた。

「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか」

 小ぢんまりとした部屋はカウンターで仕切られており、中に入ると職員がにこやかに挨拶の声を掛けた。小さなえくぼが魅力的な若い女性だった。

「えっと、これを渡せばいいと言われたのですが……」

「かしこまりました。代行者の新規登録ですね」

 先程手渡された紙を見せると、職員はすぐに心得顔で頷いた。

「お名前はトウヤ・タツガミ様で間違いないでしょうか?」

「はい」

「では、こちらに魔力を込めて頂けますか」

 置かれたのは何の変哲もない木目調のプレートだった。

「魔力の操作が出来ない場合は二、三滴の血を染み込ませていただければ結構です」

 言葉と共に取り出された、見るからに鋭利なナイフがぎらりと光る。統夜は慌てて渡されたプレートに魔力を込めてたずねた。

「こんなもんで大丈夫ですか?」

「はい、それでは少々お待ちください」

 そう言って、プレートを持って女性は奥へと引っ込んでしまった。企業秘密なのだろうか、一人ポツンと取り残された統夜は端に置いてあったベンチに腰かけて時を待った。


「お待たせしました。こちらが代行証となります」

「どうも」

 再び差し出されたプレートは先ほどと何も変わらないように見えたが、受け取った途端にたちまち文字が浮かび上がった。

「ご覧のように代行証は本人の魔力を判別して情報が浮かび上がる仕組みとなっております。したがって紛失には十分お気を付け下さい。もっとも、最寄りの組合に申し出て頂ければすぐに見つかると思いますが」

「そうなんですか?」

「ええ、持ち主不明の代行証を届け出ますと報酬が支払われる制度となっていますので、ほとんどの場合は組合に戻ります。拾得者への報酬は代行証受け渡し時にきっちり支払っていただきますので予めご了承ください」

(もしかしてそれはつまり……)

 職員の説明に統夜は内心で危機感を募らせた。

「それに関しまして注意点が一つございます。代行者ランクが高い程、支払われる報酬も多くなるという点です。有名になるほど代行証欲しさに闇討ちを仕掛けてくる狼藉者(ろうぜきもの)が増えますのでくれぐれもお気を付け下さい」

 思った通りである。新人の代行証には報酬が支払われないので初心者狩りしてくるような(やから)はいないそうだが、表を出歩くたびに喧嘩を吹っ掛けられてはたまったものではない。統夜はそこそこのランクでいようと自身の心に深く刻みつけた。

 ともかくこうして、彼は晴れて代行者となったのである。

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