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街へ

(むう……どうにも気迫が足らんな)

 打ち合いの様子をつぶさに見守っていたオルバスは、ややもしないうちに統夜の動きに気がかりな点を見て取った。攻撃の防ぎ方については特に問題ないのだが、そこから攻めに転じるのがお世辞にも(うま)いとは言えない。ともすれば攻める気が全く無いほどである。穏やかな気質の多い水属性の常とはいえ、あまりにも意気が弱いのは気がかりだった。

 もっとも統夜からしてみれば、それも無理からぬことである。いくらレフィアが強くとも見た目にはか弱い少女なのだ。他者といがみ合うことも無く育った温厚な一学生としては、気が(とが)めて萎縮(いしゅく)してしまうのも当然の反応ではあった。

 打ち合いを一区切りさせ、そのことについて指摘すると案の定、困窮(こんきゅう)した表情で彼は答えた。

「そう言われても、ひとのこと本気でぶっ叩こうなんて思えませんよ……。ましてレフィアは女の子なんですし」

「わたしなら平気だからもっと真剣にやらないと。そんなんじゃ危ないよ」

「レフィアの言うとおりじゃ。命懸けの鉄火場では敵は加減などしてくれんぞ」

 オルバスは弱気な青年の倫理観を危惧し、(さと)すように言った。

 旅をするにあたって重要なのは自己を優先することにある。生き残る確率を少しでも高めるには、そういった理念が必要不可欠だ。戦闘のさなかに他人をいちいち気にかけているようでは、ふとしたことで命を落とす結果に繋がりかねないのである。

「君が生まれ育ったところは治安が良かったようじゃな」

「はい」

「やはりそうか。同じような考えは持たぬことじゃ。もちろん法律が敷かれ人の多い街中などでは安全かもしれんが、ひとたび街道などを歩けば野盗や追いはぎが襲い掛かってくることも有りうる。そんな時に傷付けることを躊躇(ためら)っているようでは隙を突かれてしまうからな。非情になれとは言わんが、身を守るためには止むを得ないこともあると胆に銘じておきなさい」

「……頑張ってみます」

 手厳しい意見に渋々ながら統夜は了承した。とはいえ、今まで積み上げてきた自分の価値観はそう簡単に変えられるものではない。結局、決定的な打撃は与えられずじまいだった。

 打ち合いが終わる頃には、統夜だけが体のいたるところに(あざ)をこしらえていた。


 翌日、目を覚ました統夜は体のあちこちからくる痛みに顔をしかめた。どれもこれも軽度の傷には違いないが、数日は付き合わなければならないと思うと憂鬱(ゆううつ)になる。

(それにしても、想像つかないな)

 痛みにつられて頭をかすめるのは昨日教えられたことだった。

 ほとんどの日本人から同意を得られると思うが、野盗とエンカウントする可能性があるなどもはや未知の領域である。一体全体、この世界はどれだけ物騒なのだろう。もしやその辺を歩いてるだけで背中に短剣を突きさされたり、火の玉を投げつけられたりするのか? それはそれである意味面白そうではあった。大前提として自分が当事者でない限りは。

(……一度、街に行ってみるか)

 少なくとも自分は、こんな森の中で隠居生活を満喫する為に来たわけではない。

 統夜は人々がどんな生活を営んでいるのか、無性に見てみたくなった。

 朝食の際にそのことを話題に乗せるとオルバスは快諾してくれた。

「一番近い街のテルセアはここから徒歩で、だいたい二時間ほどじゃろう。一本道ゆえ迷うこともなかろうが、今日の所はわしが一緒について行くとしよう」

「レフィアも一緒に行かないか?」

 統夜は当然のように少女も誘うが、その返事はつれないものだった。

「……わたしは遠慮しとく。人が多いところは苦手だから」


 トリムの森はこれから向かうテルセアの南に位置し、食用の木の実やハーブなどが多く採れる豊かな森だ。その名の由来となるトリムの実は、統夜が当ても無くさ迷っていた際に食べたあの淡白な果実のことである。レフィアに聞いたところによると蜂蜜と共に食べるのが一般的な食べ方らしい。ここには鹿や猪、リス、種々の野鳥が生息しており人を襲うような魔物はいない。

 平和な森の道を辿っていくのは思いのほか退屈で、そんな空気を察してかオルバスは暇つぶしにと喋り始めた。

「さて、道中だんまりで行くのも芸がないのう。時間を無駄にするのは良くないし、ここは一つ自己式魔法(オリジンスペル)について教えておくとするか」

「うへぇ、こんなとこでも勉強ですか」

 統夜は思わず声を上げた。もっとも、これは本心から嫌がっているわけではなかった。いわば堅苦しい雰囲気にしないためのポーズである。

「これ、そう言うでない。覚えておいて損のないことじゃぞ」

 オルバスもそれを分かっているのか、厳しく叱りつけたりはしない。統夜の不満を軽くいなし、ちいさく咳払いをして先を続ける。

「よいか、世の中には通常の魔法と一線を画した自己式魔法(オリジンスペル)を使う者達が存在する。簡単に言えば個人の持つ渇望が反映された、自分だけの魔法というわけじゃ。人によって考え方や興味、信念、積み重ねてきた人生というものはそれぞれ全く変わってくる。その差異こそが心に抱く執着を形作る」

 統夜はちょっと考えこみ、呟くように言った。

「その執着を具現化したのが自己式魔法(オリジンスペル)、と。そう言えばレフィアに教えてもらったような……確かそれを使える人達は覚醒者(かくせいしゃ)と呼ばれるんじゃなかったですか」

「その通り。そして大事なのはエネルゲイアから来た者達は、きわめて目覚めやすいということじゃな」

「何ですって?」

 統夜はびっくり仰天して思わずオルバスに聞き返していた。

「結果を見ればそうなっているというだけで、詳しいことは分かっておらん。魔法を使わない世界で育ったことが原因ではないかとの説もあるが所詮は憶測の域を出んな」

「じゃあ俺も、もしかしたら使えるようになるかも知れないんですか?」

 統夜の脳裏に途方もない想像が駆け巡った。自分の望みが叶うとして、一体何を願うだろうか? 空も飛んでみたいし、不老になるというのも捨てがたい。目からビーム出したり、凄い再生能力を持ったり、天候を操ったりもできるわけだ。迷わないわけがなかった。

「今、願いを一つに絞りきれなかったじゃろう」

 老人は微笑をたたえながら、統夜の心を見透かしたように言った。

「あははは……」

「まあ、それは普通のことじゃよ。だからこそ、一つの事を全霊で祈れたならば大きな力を得ることができる」

 オルバスはそう言って話を締めくくった。

 その時、唐突に統夜はさざ波のようなうねりを感じた。魔法の気配である。当初は気付かなかったものの、ここ数日のうちに至近で魔法を使われると必ず同じような反応に見舞われることを彼は発見したのだった。ただ不思議なのは、今回の感触は遠くから響いてきたような感覚だったことだ。まるで、震源の遠い所で起こった地震のように。

 思わずそちらの方へ視線を向けると、オルバスは目を見開いて放心したように言った。

「まさか……分かるのか?」

「えっ? ええ、言葉にはしにくいんですけど不自然さというか……違和感みたいなものを感じるんです」

「いやはや、これは驚いた。本来なら波動の感知は長い修行の末にようやく感得していくものなのじゃが」

「波動、ですか?」

「うむ、魔力は練る際に気配を生じさせ、大気を波のように伝わるのじゃ。些細な魔法だったり魔力をじっくり練れば近くに居てもそよ風のようにしか感じぬが、大がかりな魔法を使ったり急激に魔力を練った際には、雷が落ちたと思うぐらいの衝撃がはしる。先ほどのは大方、森に入った誰かが魔法を使ったんじゃろう」

 オルバスは興奮冷めやらぬ様子で独り言のようにぶつぶつ言った。

「そうか……いや、レフィアの初撃に反応できたのはそういうわけじゃったか。完全に不意を突かれたと思っとったが、なるほど……」

 統夜は気分がはずんだ。戦いに臨む気持ちに関しては未だ難ありだが、能力的にはそれほど悪くないらしい。旅をして世界を周れるようになる日は案外すぐかも知れない。そんな風に浮かれる彼にオルバスはしっかりと釘をさした。

「しかし反応はできても体が付いて来れないようでは、宝の持ち腐れに過ぎん。その力、生かすも殺すもおぬしのこれから次第じゃな」

 それからは戦いの気構えについて話し込んでいると、時間も距離もあっさり過ぎ去った。

 雑然とした白樺(しらかば)の木立を抜けると、そこに広々とした景色が現れた。小高い丘には温かい日差しが降り注ぎ、風が吹き抜ける度に海のようになびく草原が一望できる。視界の正面、地平線の先には山頂にちょっぴり雪を残して白くなっている山並みが横たわっていた。眼下には密集した家々が広がり、草原のなだらかな坂にカーブを描きながら道が続いている。

「ところでずっと気になってたんですけど、何であんな森の中に住んでるんですか?」

 丘を下りながら、統夜は素朴な疑問を口にした。街に用事がある度にこの道程を辿るのは少々不便ではないのだろうかと思ったのだ。

「ふむ、レフィアの目を見れば分かると思うが、あの子は他の人とは違う。大多数の人間は特異な外見を避けるものじゃ。不要な(いさか)いを避けるには街中に居ないほうが都合がいいんじゃよ」

(外見で人物を判断しちまうほど、この世界には迷信深い人々が多いのか……?)

 統夜は憮然(ぶぜん)とした表情で呟いた。

「彼女は普通の女の子なのに」


 テルセアは煉瓦造りの家屋が整然と立ち並ぶ街だった。舗装された道路が伸び、町の中央に位置する広場には、二頭のドラゴンが天を仰いでいる意匠(いしょう)の噴水が水を噴き上げている。市場と見られる場所には(ほろ)をつけた屋台がひしめき、新鮮な野菜や果物を売る屋台から、何だかよく分からない食材を売る怪しげなおっさんまで、統夜にとっては目に入る全てが興味深かった。

 とりわけ目についたのは革の鎧や丈夫そうな服を着た通行人達だ。帯剣している人も珍しくなく、彼らが歩く様は風景に自然に溶け込んでいた。

 日本ならば間違いなく銃刀法違反で御用である。

 きょろきょろと落ち着かな気に辺りを見回す統夜に苦笑しつつ、オルバスは言った。

「ふむ、正午までは自由に見て回るとよかろう。時間になれば鐘の音が教えてくれる。落ち合う場所は先ほど見た広場の噴水前じゃ。わしはそれまで知り合いに会ってくるとしよう」

「分かりました!」

 統夜は元気よく返事をするなり、人ごみの中に紛れていった。

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