食べ物の恨みより怖いものは、実は結構あったりする。例えば、株とか。
「暇だなぁ……」
「暇だねぇ……」
昼のバラエティ番組から響く笑い声をバックミュージックに、二人はソファーに並んでコーヒーを啜っていた。
「そういえばお父さん達から新しい手紙が来たよ。はい、これ」
九緒夢が白夢に手紙を手渡そうとしたとき、中から一枚の写真が落ちてきた。
「なんだろう……、この写真……って、あ! ハク、これ!」
「どうしたの……? ――あ」
写真に写っていたのは、馬頭鬼、牛頭鬼双方と仲良くしている両親の姿だった。
ちなみに馬頭鬼の頭はシマウマ、牛頭鬼の頭はバッファローみたいであった。
「僕達が馬頭鬼のせいで疲れているのに、テンプラときたら……」
「すっごく楽しそうだね……」
写真に写る二人の姿は、とてもエンジョイしていた。
それを見て、全く正反対の状況を経験した白夢達は、揃ってため息をついたのだった。
「コーヒーのお代わり、いる?」
「うん。貰うよ」
コーヒーを淹れに九緒夢が立ち上がった時、突如来客を告げるベルが鳴り、扉が開いた。
「白夢さん、九緒夢さん! こんにちわです!」
玄関に立っていたのは――スーツで身を包んだスーホだった。
「今日はこの前の件の報酬を払いに来やした。……と言っても今のあっしは無一文ですからね。お金は無理です!!」
「いや、そんな堂々と言われても……」
(何でこの馬頭鬼は恥ずかしげもなくそんなことを言えるのか)
白夢は思考して見たものの、結論は一つしか出なかった。これがスーホの人間性、ではなくイレギュラー性なのだと。要するに馬鹿なのだ。馬だけに。
「最初に儲けた稲藁分のお金があるはずでは?」
「いや~、実はですね! そのお金は早速色々な株へ投資していやして! 株式って怖いものですね! 全部紙切れになっちゃいやした!! ですから現金はお渡しできやせん!!」
「なんですって……?」
スーホは嬉々として笑い、白夢は引きつった笑みを浮かべていた。
(このクソ馬……!!)
(白夢、冷静に冷静に!!)
「……では今日は何の用で……?」
いい加減にしろ、と今回ばかりは口調が荒くなっている白夢。
それを宥める九緒夢。まさに弟を抑える姉の姿である。
「おやおや、白夢さん、寝ボケてやすか? 最初に言った通り報酬を支払いに来たんです――よっ!?」
「ボケてんのはテメーだ!!」
「ちょっと、ハク!」
スーホのドヤ顔にとうとう堪忍袋の緒も爆発した白夢は、スーホの頭に拳をぶち込んでいた。
「……うう、痛い……。すみやせん……。調子乗りやした……」
「それで、支払いはどうなさるんですか!?」
キレた白夢に気圧されたのか、スーホは珍しく小さくなってしゃべり始めた。
「……今話した通り、あっしにはお金がありません。なので、報酬は物品ということでよろしいでしょうか……?」
「物品……?」
九緒夢が尋ねる。
「はい。お金はなくなりましたが、物はいくつか残ったので」
尋ねてきたのが九緒夢だったことで、少し安心したのか、スーホは段々元の調子に戻っていった。
「最初に調子乗って報酬は弾むと言ってしまいやしたからね。ですからこれを報酬として差し上げようと思いまして」
スーホがポケットから出してきたのは――あのルビーだった。
「このルビーを……?」
「はい。色々とご迷惑お掛け致しやしたので。せめてもの気持ちです。どうか、お受け取り下さい」
スーホは、ケースに入ったルビーを、鑑定書諸々をすべて付随して白夢に手渡した。
「今回はありがとうございやした! 牛頭鬼達も喜んでいましたし、馬頭鬼、牛頭鬼、双方共、今後何かあればこちらに相談すると言っていましたよ! ではあっしはこれから就職活動があるので! 失礼致しやす!」
ヒヒーンと嘶き、スーホは足早く出て行った。
呆然と立ち尽くす白夢と九緒夢。
「……とりあえず仕事終了、なのかな……?」
「……うん……」
仕事というのは、その働きによって現金を得る行動のことである。
だが二人は現金を得ることが出来なかった。つまりはただ働きである。
その代わりとして白夢の手元には――。
「……ルビー、か……」
「……ただ働きしたのに、得しちゃったね……」
手元の鑑定書によると、そのルビーの価値は、およそ八千万。当然円だ。
しかし、いくら価値があったところで、現金でない限り意味がない。
報酬として報告書に書けないからだ。
報酬のない報告書は、報告書として意味を成さない。
つまるところ、今回の案件は、仕事ですらなかったということだ。
「あーあ! 無駄働きだったね!」
九緒夢がソファーに寝転がる。
「そうだね」
白夢も同意したが――その表情は優しかった。
「でもさ、収入にならないならこのルビーは要らないよね。だからさ――」
白夢が九緒夢に近づき、ルビーを掲げた。
「これ、僕は要らないからキューにあげるよ」
ケースからルビーの指輪を取り出して、九緒夢の手のひらに置いた。
「……え!? ……いいの!?」
「キュー、それ欲しがっていたでしょ? 早い誕生日プレゼントってことで」
「本当!? ハク――ありがとう!!」
「う、うん……」
嬉し涙を浮かべる九緒夢を見て、思わず白夢も照れてしまう。
「本当にいい弟だ! お姉ちゃんがナデナデしてあげる!!」
「ちょっと、くすぐったいよ! キュー!」
自分の縄張りとばかりに、九緒夢は白夢の腕を取り、そして頬ずりしたのだった。
途中まで書きかけた報告書に、白夢はこう記していた。
――食べ物の恨みの怖さは、人間、イレギュラー共通である、と。