牛は馬のにんじんを買い占めたようです。
――牛頭鬼の住む村『牛尻山』――
「それで、何の用ですかい?」
牛尻山に到着した白夢と九緒夢は、早速牛頭鬼の村長宅へ訪問していた。
運転手のスーホは、牛頭鬼達に余計な刺激を与えないために外で待機させている。
牛頭鬼の村長宅は、馬頭鬼の無駄にサイバーな村長宅とは異なり、いわゆる普通の牛小屋だった。そのことに、ある意味二人はホッと胸を撫で下ろした。
「ワシが牛頭鬼の村長だ。話ってのは何のことだ?」
――牛頭鬼。
馬頭鬼のように首より上が牛で、下は人間の体を持つイレギュラーである。
体の大きい牛頭鬼に囲まれる中、白夢が事件のことを語り始める。
「我々は光寺吸血相談所の相談員で、私は白夢と申します。実は馬頭鬼に、貴方方に甘党人参を買い占められて困っていると相談を受けたのです。一体どういう経緯で買占めを行ったのでしょうか?」
白夢が問うと、牛頭鬼達から憤慨の声が上がる。
「奴らの方から仕掛けてきたんじゃねーか!!」
「そうだ! 俺たちは皆、迷惑していたんだ!」
「人参くれーで文句を言うなんざ、流石は馬だぜ! 馬鹿の漢字にも使われるほどだからな!」
「ちょっと、みなさん、落ち着いて!!」
九緒夢が懸命に鎮めようと奮起していたが、その効果もなく。
外野の声はどんどんと大きくなっていった。
その時である。
「ちったぁ、黙ってろ! てめーら!!」
耳を劈く村長の怒号で、辺りは静寂を取り戻した。
「すまねーな、相談員さん。外野がうるさくて」
牛頭鬼の村長が頭を下げた。
この村長、どうやら相当な親分気質のようだ。
このような相手には、相手のプライドを傷つけないように、さり気無く下手に出る必要がある。
「頭をお上げになって下さい。今のことで貴方方にも深い事情がお有りになると、すぐに理解出来ましたから」
「そうですかい。そう言っても貰えれば助かりますわ。実は我々が馬頭鬼の奴らが好きな甘党人参を買い占めたのも、事情があるんでさ」
「その事情、もしよろしければお聞かせ願いませんか? 我々の力が及ぶ範囲でお手伝いさせていただきたいのです」
「……ふ~む。相談員さんは信頼できる御方とお見受けする。判りました。話しましょう」
「ありがとうございます」
こういう相手と話すコツは、とにかく自分の誠意を見せることである。例えそれがありきたりな言葉であっても、現状を思慮してマイナスにならないと相手に判断させることが出来れば、仕事を持ってきてもらえる。そこでしっかりと結果を出せば、それは信頼になるのだ。
つまり、今のやりとりで、相手は白夢に事情を話してマイナスになることはないと判断した。
その結果、状況がプラスになれば白夢は彼らの信頼を勝ち得たことになる。
そしてその信頼は、結局のところ次の仕事に生きてくるのだ。
「それで、どういったご事情が?」
「実はですな……。買占めを先に行ったのは馬頭鬼の連中なのです」
「そうなんですか!?」
九緒夢が驚き、声を上げた。
「そうなんですよ、お嬢さん。奴らは俺達牛頭鬼にとっての生命線とも言える〝辛党稲藁〟を買い占めてしまったんですわ」
「辛党稲藁……?」
「そうなんでさ。我々はあの稲藁が大好物でして。一口食べると、もうクワァーってなっちまうほど辛いんでさ」
「クワァーですか」
「ええ、クワァーです。例えるならば稲藁に――」
「いえ、僕達は稲藁を食べられませんから」
「さいですか」
「さいです」
白夢は、同じようなやり取りどこかでしていたような気がしていた。
「こちらも当初は高い金出して買っていたんですがね。奴ら、足元見やがってどんどん値段を釣り上げてきやがったんですよ」
「それはおいくらほど……?」
「今では一束八千万ですわ……。ありえないでしょう?」
白夢の問いに、村長は嘆息しながら答える。
「――八千万!? 何その金額!? パピエルマルクやジンバブエドルとかじゃないよね!? もちろん円だよね!?」
「ユーロだ」
「ユーロ!?」
「それは……無茶苦茶にも程がありますね……」
九緒夢が絶句し、白夢は呆れた。
「……でしょう?」
やれやれ、と言った表情(牛なので判りにくいがおそらく)で村長は言葉を続ける。
「しかしワシら牛頭鬼はこれから来る冬に向けて、大量の稲藁を準備しておく必要があるんでさ。ワシらは冬の間、それを食べて過ごす訳だ。さらに言えばクワァーっと辛い辛党稲藁は、冬の寒さを凌ぐ生活必需品。冬を越えるための生命線という訳です。辛党稲藁を手に入れなければワシ等は全滅だ」
たかが稲藁一束が八千万。単位はなんとユーロである。
仮に1ユーロ=110円と計算すると、その額は桁違いだ。
誰が聞いても明らかに法外なレートであると判る。
全く馬鹿げた話だが、牛頭鬼にとっては重大な事件なのである。
人間から見たらただの稲藁。しかし牛頭鬼にとっては生活必需品であり、大切な食料なのだ。
ありえない法外レートと知りつつも、強力な需要の前にまかり通ってしまっているという訳だ。
「……なるほど……」
白夢は大方の事情を理解した。
今回の事件、原因は馬頭鬼の方にあったのだ。
馬頭鬼が、牛頭鬼の食料である稲藁を買占めて値段を釣り上げ、牛頭鬼を憤慨させた。
その逆襲にと、今度は牛頭鬼達が馬頭鬼の人参を買い占めた訳である。
結果的に双方の需要と供給が全くの正反対になってしまったのだ。
ならば解決方法は一つしかないだろう。白夢は村長にこう告げた。
「村長さん。今回の事件、私に一任して頂けませんか? 必ず解決に導いて見せますので」
「……相談員さんに? ……大丈夫なんですかねぇ……?」
村長は怪訝な顔(牛なので、恐らく)を浮かべる。無理もない。一族の命が掛かっているのだ。
だからこそ白夢は、己の自信を相手に伝わるように、力強く答えた。
「心配なさるのは致し方のないこと。しかし、大丈夫です。光寺吸血相談所は、どんなに困難な相談事でも、必ず解決に導き致します。この光寺吸血相談所相談員、光寺白夢にお任せ下さい!」
自信過剰な者は、大抵嫌われる。だが、それは己の自信過剰な部分を他人に見せるタイミングを見誤っている為である。
この様に、事件や案件に対して組織ぐるみで対応している、云わば我々はプロであると相手に認識させた状態で、尚且つ、そこそこ心を開いている相手に対しての自信過剰は、逆に心強さを与えることが可能なのだ。
人間やイレギュラー、つまり誰であろうと悩み事は相談をしたいし、根本的な部分では相手を信頼したいのである。その方が互いに気持ちがいいし、何より楽なのだ。
カウンセラーは、相談相手のそういう要求を上手い具合に引き出すことを求められる。
白夢は村長にしっかりと視線を向けて、無言を突き通した。
「…………」
「…………」
白夢の視線をじっと受け止めている村長。
何事かと周囲の牛頭鬼達がざわめき出す。
二人はしばし無言であったが、根負けしたのか、大きな頭を下げ、言った。
「…………判りました。相談員さんにお任せします。どうか事件を解決して下さい」
「お任せ下さい!」
白夢は大声で答えた。その声に周囲の牛頭鬼達は驚き、静寂が蘇った。
辺りが静かになるのを待ち、白夢は村長にこのような話を切り出した。
「村長さん。今回の事件を解決するためには、〝あるもの〟が必要です」
「……そりゃぁ、一体……?」
「それは――」
その後、しばらく村長と交渉し、無事、その〝あるもの〟を入手した。
牛頭鬼達の期待を背負いながら、白夢と九緒夢は牛頭鬼の村を後にしたのだった。