トラブルの種は甘いにんじん!?
『次は~~~~馬面谷~、馬面谷~~~』
電車とバスを乗り継いでおよそ三時間。
馬頭鬼達の村へと到着した。
「う~ん!! いい空気だね! ハク!!」
「いい機嫌にはなれないけどね……」
深呼吸をして自然を満喫する九緒夢とは対照的に、目一杯気分が沈んでいる白夢。
「もう、ハクったら、そんな表情しないの! こんなに綺麗な自然がいっぱいなんだからさ!」
馬頭鬼達の暮らす村――馬頭谷。
緑豊かな森と、美しい清流、森林浴には持って来いな広大な谷である。
「本当に綺麗なところだね! そういえばスーホさん、ここへ迎えに来てくれるって」
「そうなんだ」
降りたバス停でしばらく待っていると、聞き知った声が聞こえてきた。
「お二人とも~、こちらでございやす~」
「あ! スーホさんだ!! おーい!!」
九緒夢が手を振る先に、依頼人のスーホがいた。だが――。
「……迎えに来るって……まさかあれで……?」
――その姿は珍妙なものだった。
何せ馬頭鬼が、後ろにリヤカーを引いて走ってきたのだから。
「お待たせしやした! ささ、どうぞ乗ってください!」
「いやいやいや、これ!? このリヤカーに乗れって!?」
「そうですけど、それが何か?」
さも当然、どこか変なところがある? という風に聞き返してくるスーホ。
「てっきり車で迎えに来るかと思っていたので……」
「あ、そういうことですか。馬頭鬼は車の免許が取れないのですよ」
「そうなんですか!?」
驚いたのは九緒夢。
「はい。いや、取れないことはないんですけどね。ただ草食系イレギュラーのデメリットとでも言いやすか、視界が広い代わりに前が見辛くてですね。前方の距離感が掴み難いんですよ」
草食動物は肉食動物に比べて、天敵を察知する為に視界が広い。その代わり、前方に対しては狩りを行う必要がないため、視界が狭くなっているのだとか。
「なるほどー。それで免許が取れないと」
「そういうことです。仲間の中には取っていた奴もいやしたけどね。そいつ、去年事故して死んでしまいやした!」
「そ、そうですか……」
馬には馬の悩みがある。それを知った白夢であった。
「では行きやしょうか。しっかり掴まっていてくださいね! 結構飛ばしますから!」
「うわぁっ! 予想以上に早い!?」
二人を乗せたリヤカーは、時速三十キロという猛烈なスピードで走り出したのだった。
*****
「着きやしたよ! ここが村長の家です!」
リヤカーに乗ることおよそ三十分後、二人はスーホの案内で村の村長宅へ到着していた。
「……どう見てもただの馬小屋だよね……」
「……そうだね」
外観は木造の馬小屋のような家。庭には稲藁が山の様に積み上がっていた。
「稲藁がたくさんあるね」
「でしょう? これ、全部あっしが買ってきたものなんですよ。ま、その話は置いておいて、どうぞ中へ!」
家の玄関からスーホが叫ぶ。
「村長! 村長~~!! 相談員の方々を連れてまいりやした~~~!!」
「おお、ご苦労だった、スーホ。早く上がってもらいなさい」
今のは村長の声なのだろうか、姿は見えない。
「さあ、お二方、どうぞ上がって下さい」
二人は靴を脱ぎ、案内された居間へと足を踏み入れた。
「お、お邪魔しま~~――すっ!?」
「――ええっ!?」
九緒夢が絶句した。続いて白夢もその目を疑う。
どう見てもただの馬小屋であるはずの家。
だが、その内部は――とてもサイバーであった。
部屋には至る所にモニターが設置され、そこには世界中のありとあらゆる経済情報が映し出されていた。
パソコンの数も尋常ではない。数十台以上の最新式と思われるパソコンが、部屋を埋め尽くし、ファンの音を響かせていたのだ。
「どうぞ、そこのソファーにでも座っていてください! 今、村長達を呼んで参りやすから!」
そう言うとスーホはそそくさと部屋を出て行った。
唖然とする白夢と九緒夢。
「……すっごいサイバーだよ……。まさか馬小屋の中が近未来的な内装だなんて……」
「…………わけわからん……」
互いに感想を述べていると、スーホが部屋に帰ってくる。
その後にはスーホと似たような顔の――といっても全員が馬なので見分けが付かないのだが――馬頭鬼がぞろぞろと部屋に入ってくる。
(……ぶ、不気味だ……)
「村長、こちらが光寺吸血相談所の方々ですよ。白夢さんに九緒夢さんです」
スーホが紹介すると、村長と呼ばれた年老いた馬頭鬼が前に出てきた。
「ほほお、こちらのお二方が! ようこそ、我が村においでなさった! スーホの話だと、なんでも牛頭鬼共を滅ぼしていただけるそうで!!」
「…………へ!?」
白夢と九緒夢がその言葉の意味を理解する前に、周囲からは歓声が飛び始めた。
『ヒヒーン!! それは本当か!?』
『これで甘党人参が食える!! 我々は生き残ったのだーーーー!!』
「皆さん! このお二方が付いている限り、我々の人参は安泰だ!! 牛頭鬼共を滅ぼせ!!」
スーホが皆を煽ると、
『ヒヒーーーーン!!』
と大歓声が馬小屋を包んだ。
「……ふざけるな!!」
「ゲフッ!!」
白夢は嬉々として歓声を上げるスーホの脳天にチョップをかました。
「誰がそんなこと引き受けたよ!! 相談を聞きに来ただけでしょ!?」
「ええ!? そうだったんですか!?」
「昨日そう話したでしょう……」
「いやぁ、すいやせん。都合の悪いことは全く聞いていませんでした。これが本当の馬耳東風ってね――グフッ!!」
ふざけるスーホの脳天に今度は拳を落とす。
「あまりふざけると帰りますよ……?」
「すみませんすみませんすみません――すみません!!」
スーホの土下座。馬面のせいでネタにしか見えなかった。
白夢はスーホに事情を尋ねることを諦め、村長にことの経緯を求めることにした。
「村長、我々は今回の件、詳しい事情は何一つ聞いていないのです。一体何があったんですか?」
すると村長、ならびに後ろの馬頭鬼達はガクッと肩を落として、口々に文句を垂れ始めた。
「牛頭鬼の奴らが俺らの人参を奪ったんだ!」
「そうだ! 買い占めるなんて、なんて外道な事を!」
「そうだそうだ!!」
「ちょっと、皆さん! 落ち着いて! ね?」
またもやヒートアップし始める外野を、九緒夢が必死に宥めようとする。
「でも……!!」
「大体牛頭鬼の奴らはいつもいつも……!!」
「やっぱり滅ぼすしかない!!」
宥めるどこか、さらにヒートアップする結果となってしまった。
「……どうしよう、ハク……」
「……そうだね。キュー、あれ、やっていいよ」
白夢は九緒夢の方を振り向くと、自分の瞼の上を指でポンポンと叩いた。
「……うん、判ったよ!」
これは〝あれ〟を行うときのサインだ。
「ヒヒーーーン!! やってやるぜーーー!!」
「おう! やったれやった――ゲファッ!!」
「……スーホさんは黙っててね!?」
「……はい……」
九緒夢は、またもや外野を煽るスーホを腕づくで黙らせると、今度は外野の前に立ち塞がった。
「皆さん、私の方を見てください!」
馬頭鬼達が九緒夢に注目すると、
「えいっ♪」
招き猫のような可愛い仕草とすると共に、九緒夢は彼らに向かってウインクをした。
『…………バタッ』
すると先程まで騒いでいた馬頭鬼達は、打って変わって大人しくなり――というよりは全員気絶して倒れてしまったのだ。
「……ふう、お待たせ、ハク!」
「ありがとうね、キュー」
九緒夢が行ったのは、吸血鬼が人間を襲うときに使用する技の一つ〝超極悪下劣魔眼〟、通称〝ラブ・ウィンク〟である。
この技を受けた人間、イレギュラーはたちまち気絶してしまうのだ。
勘違いして欲しくないのが、確かにこの技は人間を襲うときに使用するのだが、人間の血を少し分けて貰うとき、人間がパニックを起こして怪我をしないようにするための技である。
つまり安全を確保する為に気絶させる技なのだ。決して危害を加える目的ではないのである。
もっとも飲料用血液が自販機で販売されている現代で使うことは稀なのだが。
静けさを取り戻したサイバー馬小屋。意識があるのは村長とスーホのみとなった。
「さて、村長さん。静かになりましたし詳しいお話をお聞かせ願います」
白夢が村長に問いかける。ようやくカウンセリングの開始である。
村長はおもむろに口を開いた。
「甘党人参のことはご存知ですな?」
「はい。昨日スーホさんから嫌というほど聞かされました。何でも牛頭鬼達に買い占められたとか」
「そうなんです。我々はあの人参が大好物でして。一口食べると、もうとろっとろになるんですよ」
「とろっとろですか」
「ええ、とろっとろです。例えるならば人参に――」
「いえ、甘党人参の魅力についてはもういいですから」
それは昨日、嫌というほど聞いた。それこそ夢に出てくるほどに。
「それで、問題は牛頭鬼の連中がそれを買占め、独占したということなんですね?」
「そうなのです。牛頭鬼の連中は我々が甘党人参を大好物ということを知っています。もちろん、我々の間では高く取引されることも知っている。しかし、今まではこんな意地悪をされたことはなかった」
「……と言うと、買占めが行われたのは今回が始めてなんですね?」
「はい、そうです。だからこそ吸血相談所の方々に相談しようということになりまして」
(なるほど。牛頭鬼との間に何かしらのトラブルがあったと見るべきだ)
実はイレギュラー同士の争いはよくある事である。彼らは人間に近い存在とはいえ、根本的な部分には動物的な意識を持っている節がある。
縄張り争いや雌をめぐっての争いなど日常茶飯事なのである。
もっとも、これについては人間も同様なのだが。
「もしかして牛頭鬼と何かトラブルがあったのではないですか?」
確信に近い質問をしたつもりの白夢であったが、それは村長の口から否定された。
「それはありえません。我々は先祖代々、牛頭鬼の連中とはうまくやってきたのですから。トラブルだって、ここ最近起きていませんし、何が原因か検討もつかないのですよ」
「そうですか……」
予想外の回答である。牛頭鬼とのトラブルがないとすれば、原因もない。
原因のないトラブルなどないのだから、今回の件の真相には二つのパターンが存在することになる。
① 馬頭鬼が知らず知らずのうちに何らかのトラブルを起こしている。
② 第三者によって何らかのトラブルが起こされている。
この二択であるが、白夢は②はありえないと確信している。
そもそも事の中心には甘党人参がある。だが、当初白夢が知らなかったように、この人参自体の知名度はそれほど高くない。知名度の低い物は、それだけ価値が付かなかったりする。
そして、何を隠そう人参である。誰が進んで人参の為にトラブルの種を撒くだろうか。
また、人参を利用して利益を得る方法を知りえるだろうか。
それを考えると、この人参で得が出来ることを知っているのは、馬頭鬼本人たち、またはそれを知っている牛頭鬼の連中しかいない。
つまり、今回の事件はやはり①のパターンでしかありえない。
(やっぱり牛頭鬼に直接訊くしかないか……)
「判りました。では我々が牛頭鬼に会ってきましょう。もし彼らに言い分があれば聞いて参ります」
「おお、そうですか!! 白夢殿、よろしくお願い致しますぞ! おい、スーホ。お二方を牛頭鬼の住む村まで送って差し上げなさい!」
「了解しやした、村長!! さぁ、お二人とも行きやしょう! リヤカーの準備、してきやすね!!」
こうして二人を乗せたリヤカーは、今度は牛頭鬼の住む村へと走っていったのだった。