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ヴァンパイア・かうんせらー‼ ~吸血鬼があなたのお悩み解決します~  作者: ふっしー
相談者:ドッペルゲンガーの仮さん 『偽物の恋』
22/26

ドッペルゲンガーの責任

 騒々しくなった原因のスーホにはさっさと帰ってもらった。

 帰り際には、


『白夢さん達でしたら、格安料金で乗せて差し上げますよ! いつでも連絡ください!』


 などと非常に迷惑な親切を残していった。

 そんなわけで、なんとか落ち着きを取り戻した相談所で、ようやくカウンセリングがスタートした。

 九緒夢が帰ってきたおかげで、客人の名前が判った。

 もっとも、改めて自己紹介をすることになったので、あまり必要のない情報であったが。


「私は光寺吸血相談所の相談員、白夢と申します」


 いつものように名刺を取り出して、相手に渡す。


「えーっと、吸血相談所ってことですから、貴方は吸血鬼なんですか?」

「いえ、私は人間です。吸血鬼は姉の方でして」

「そうでしたか。あ、私は」

「ゴールデンスライムでしょ?」

「だから違いますって。いや、確かに今、スライム状に戻れば、さっき飲んだコーヒーのせいでゴールデンスライムっぽく見えなくはないですけど、スライムじゃないですって!」

「……スライムじゃない……!?」

「そこまで驚くことですか? 私、人間に変身しましたよね! 見たでしょ!?」

「ああ、なんだ。メタモンか」

「いや、だからもうそういう話から離れてくださいよ」


 それにしてもこのスライムっぽい客、予想以上に反応が良い。

 普段あまりふざけたりしない白夢であるが、ここまで丁寧にツッコミ返されるとつい調子に乗ってしまう。


「ハク! お客さんを困らせないの! はい、コーヒー入りました。どうぞ」

「……さっきと同じコーヒーじゃないですか……」


 なんて文句垂れつつも、コップを手に取り飲んでいた。


「それで私の正体なんですけど、実はドッペルゲンガーなんです」

「……ドッペルゲンガー……?」

「はい。ドッペルです」

「……メタモンじゃなくてゲンガーだったとは……」

「いや、だから違いますって!」

「ドッペルゲンガーのお客さんなんて初めてだね!」


 ――ドッペルゲンガー。


 数あるイレギュラーの中でも、もっぱら人前に出てこないイレギュラー。

 気に入った人間に変身する能力を持ち、人間は自分に変身したドッペルゲンガーと遭遇すると、死んでしまうという都市伝説がある。

 もっとも、これ自体は嘘っぱちなので、怖がる必要もない。


「私の名前は仮と言います。よろしくお願いしますね」

「仮さん、ですか。それはなんともゲンガーらしい名前ですね」

「できればドッペルらしい、の方でお願いしたいものです」

「それで仮さん、今回は一体どんな相談事をしに来たのですか?」


 九緒夢が尋ねると、仮はこれまでの雰囲気から一遍、突如暗いムードを放ち始めた。


「実はですね。私、後一週間しか生きていられないのです……」

「……えっ!?」

「……一週間、ですか!?」


 唐突に告げられる、余命宣言。

 これには思わず白夢達も固まってしまう。

 仮は、少しずつだが、詳しい経緯を語ってくれた。


「ドッペルゲンガーというのは、一度その人間のことを気に入って変身したら、二度と他の人間には変身できないのです」

「スライム状の姿は、どうなんですか?」

「あの状態には戻ることが出来るんですがね。新しい対象に変身することは出来ないんです」

「そうなんだ……。知らなかった……」

「変身した人間に会うことが許されないのは、都市伝説通りなんですよ? 別に会っても死にはしません。そもそも会えないんです。変身した人間には私達が見えませんからね」

「じゃあ、やっぱり都市伝説は嘘なんだ……」


 九緒夢が少しがっかりしている。

 実は九緒夢、こういう都市伝説に目がない。

 現実と伝説は往々にして差異だらけなのだ。

 ドッペルゲンガーに関する書物は多くあるが、真実の書かれたものは少ない。

 何せ数の非常に少ないイレギュラーだ。

 そもそもイレギュラー自体、その存在において解明されていないことが、それこそ星の数ほどある。


「私の変身した人間、実は二日前に亡くなったんですよ。交通事故でした」

「それは……この場合はご愁傷様で合ってるのかな……?」


 目の前にいる仮は、亡くなった人の姿をしてはいるが、本人じゃない。


「もしかして、そのことと寿命が関係あるのですか……?」

「……はい。我らドッペルゲンガーは、変身した相手が亡くなった場合、死後十日後に命を落としてしまうんです」

「十日後!? ……ってことは、本当に後一週間しか……!!」

「そうなんです。私の寿命が残り一週間ってのは、そういうことなんです。正確には一週間後の午後10時23分。彼が息を引き取った時間のピッタリ十日後です」


 ドッペルゲンガーの生態を知る由もない白夢は、初めて聞いたそのことに、とても驚いた。

 残りの一週間。仮は何をして過ごすつもりなのだろう。

 そもそも、残りの貴重な時間に、どうして相談に来たのだろうか。そこが解せない。


「仮さん。事情は分かりました。ですが、貴方の残された時間に、我々に何を望むのでしょうか……?」


 己の人生最後に、白夢達に相談しに来てくれた。

 そのことは嬉しく感じたし、それ以上に責任を感じた。


「私の出来ることなら何でもするよ……!!」


 そう感じたのは九緒夢も一緒だった。


「……はい。実はですね、事故で無くなった私の変身対象には、恋人がいるのです」


 白夢達も思わず息を呑む。


「私の変身対象、名前を勇樹さんと言います。恋人の名前は由紀さん。お名前も似ていますし、内面も似ていました。勇樹さんはその由紀さんと長距離恋愛中だったんです。一度お二人が並んでいるところを見たことがありますが、それはそれは理想的なカップルだと感じました。一か月前、勇樹さんは由紀さんとデートをする約束をしたんです。勇樹さんはこの日の為に、いつも以上に仕事の量を増やして、なんとか休みを作ったんです。由紀さんにも毎日電話していましたし、本当に楽しみにしていたのだと思います。その矢先でした。仕事で疲れた勇樹さんは交通事故を起こしてしまったんです。近くにいた私はすぐに救急車を呼びましたが、到着する頃にはすでに息を引き取っていらっしゃいました……」


 ドッペルゲンガーは出来る限り気に入った相手の傍にいようとするらしい。

 仮は、その気に入った相手――勇樹さんの最後を見た。

 これだけでも仮の気持ちを考えると心が居た堪れない。


「……仮、さん……」


 九緒夢も悲しげに俯く。


「きゅーおねえちゃん……?」


 よく状況を理解できていないリキュルが、九緒夢を励まそうと手を伸ばし、九緒夢もそれに何とか応じていた。


「本当に突然のことだったんです。そして不幸なことに、彼は由紀さんと交際していることを、他の誰にも伝えてはいなかったんです。だからおそらく、由紀さんは勇樹さんが亡くなったことを、まだ知らないのです……! 由紀さんは一週間後のデート、楽しみにしているんです……!!」

「……そんなの…………!」


 九緒夢の瞳に涙がたまっていた。

 白夢は真剣に真顔を貫いたものの、内心、相当くるものを感じている。


「お願いです、相談員さん! 私は一週間後のデート、どうしても果たせてあげたいんです! 幸いまだ私は勇樹さんの格好をしています! 勇樹さんの大切な由紀さんを悲しませたくないんです! 私が偽物だとは理解してます! 彼女を騙す行為、彼女を傷つけるかもしれない行為だとは判っているんです!! それでも、それでも、どうしてもこのデートだけは成功させてあげたいんです!! 私の最後の願いは、これだけなんです……!!」


 そして仮は――土下座した。

 赤の他人、それこそ一方的な面識しかない相手の為に。

 しばらく沈黙は続いた。

 その間、白夢はずっと迷っていたのだ。

 仮の願いは是非とも叶えてあげたい。

 仮の誠意は十分すぎるほど伝わってきたからだ。

 それでも、相手を騙す行動には変わりない。

 もし仮が彼女の前に出て、そして彼女に何も告げずに消えるのであれば、結局のところ彼女を傷つける結果となってしまう。

 知るのが遅いか早いか。ただこれだけになってしまうのだ。 

 だからこそ迷った。

 必死で迷った。

 そうして迷った挙句、最後に出した結論は――。


「判りました。仮さん、我々は貴方の依頼を、正式に受けさせてもらいます」

「……本当ですか!?」

「はい。ただし条件が一つだけ」

「条件……?」


 白夢の出した条件、それは。


「デートが終わった後、全ての真実を彼女に話していただきます。我々もサポートはします。ですが、勇樹さんが亡くなったことは、貴方の口から言わなければいけないことだと思います。それが彼女を騙した、精一杯の償いだと私は思います」


 白夢も膝を床に着け、目線の高さを合わせると、仮の肩に手をのせた。


「勇樹さんの最後の望み、そして仮さん、貴方の最後を私達に見守らせてください……!!」

「…………お願いします…………!!」


 白夢は依頼を受け入れた。

 仮の望む最後の願い。

 その立ち合いに居合わせることが出来ることを、相談員として、とても誇りに思えたのだった。

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