相談客は馬づらです。
「本日はよろしくお願いします。あっし、馬頭鬼のスーホと言います。最近とある事業がヒットいたしまして、現在は会社を経営しております」
久々の相談客をソファーに座らせて、早速相談を開始していた。
スーホと名乗った馬頭鬼と呼ばれるイレギュラー。
顔は馬、体は人間というなんとも奇異な姿をしているイレギュラーである。
その彼の姿であるが、指には巨大なルビーの指輪、歯は全て金、その他にも煌びやかな宝石をいくつも体に付け、ブランド物で全身を固めた、何とも馬のイメージから掛離れた姿であった。しかも社長だというから驚きである。
「よろしくお願いします。私はこの相談所の相談員、光寺白夢と申します」
「私は姉の九緒夢です。コーヒーをどうぞ」
挨拶を済ませ、九緒夢はスーホにコーヒーを勧めたのだが。
「いえいえ、コーヒーは結構です。カフェインを口にすると興奮してしまいますからねぇ。それに馬にカフェインはまずいんですよ。何がまずいかって、競走馬にカフェインはドーピング扱いになるとのことですから! まあ、あっしは競走馬ではないですけどね! ウママママママ!!」
「そ、そうですか……」
なんとも面白い笑い声を上げながら、意味不明な理由で断られてしまった。
九緒夢は思わず苦笑いを浮かべる。
「それで本日はどんなご相談なのでしょうか?」
話が逸れそうだったので、白夢はすかさず本題へと話題を戻した。
「ウママママ、そうでした。忘れていました。実は最近、あっし、というか馬頭鬼全体が、少々困ったことになっていまして」
「と、申しますと?」
「実はですね。我々の大好物である〝甘党人参〟が牛頭鬼の連中に買い占められてしまいまして。一向に手に入らなくて困っているところなのですよ!」
「甘党人参、ですか……?」
「それ、私知ってるよ! 糖度が十五以上もある、とっても甘い人参でしょ?」
白夢には初耳であったが、九緒夢は知っていたようだ。
「そう、それでございやず! その甘党人参が今年は不作でして! 牛頭鬼の連中は、それを買い占めて我々に高く売ろうとしているのですよ!!」
「スーホさんは社長なんでしょう? 多少の金額なら余裕もあるのでは?」
「確かにお金はあります。けれど、その金額がおかしいのです」
「おいくらで?」
「甘党人参、お値段なんと一本八千万円」
「は、はっせんまんえんっ!?」
九緒夢は思わず叫び、白夢も目を丸くさせた。
「それは……大変ですね」
(もう普通の人参を食べればいいのに……)
正直その大変さを全く理解できない白夢だったが、スーホのテンションから彼らにとっては大切なことなんだろうと自身を納得させた。
馬頭鬼の主張はまだまだ続く。
「もし我々が甘党人参を手に入れられなければ一族は皆――――絶滅です」
「そこまでですか!?」
驚愕する白夢。
「もちろんですよ!! 大好物が食べられないんですよ!? 死に至る悩みですよ!! 普通は!!」
(いや、そんな普通は知らないけど)
「他の人参では駄目なのですか?」
「駄目ってことは有りませんけど。……いや、やっぱり駄目です」
(どっちなんだよ……)
「いやぁ~、あの人参は素晴らしい。一口食べると、その甘さが脳に直接伝わるようで! とろっとろな甘さなんですよ!」
「とろっとろですか」
「ええ、とろっとろです。人参に砂糖を付けただけではあんな味にはならない。あれを一言で言い例えると――蜂蜜、ですかね」
(蜂蜜を舐めればいいじゃん……)
「とにかく! あの人参がなければ我々一族は全滅です!! 死んじゃうのです!!」
(大げさ過ぎるでしょ!?)
と思う白夢であったが、
「判ります! それってとても大変なことですよね!! 私だってB型の血液が買い占められたら憤慨しますもん!!」
「判りますか! お嬢さん! この気持ちが!」
「当然です!! ……このルビーいいなぁ……」
九緒夢には共感できる部分が有ったらしい。スーホと手を取り合って意気投合していた。
(……ていうかキューの奴、さっきからスーホさんの指輪に視線が釘付けなんだけど……)
「ううっ……! あっしの背中に一族の未来が……!! どうか力をお貸し下さい!!」
「…………はぁ…………」
やれやれと手で顔を覆う白夢。
実のところ、イレギュラーが相手の場合、こういうカウンセリングが非常に多いのだ。
人間から見ると、とても下らない悩み事。
しかしイレギュラーにとっては非常に重要な悩み事なのである。
価値観の差異。それについては白夢も重々理解している。
(それにしても下らない悩みが多いよなぁ……)
「ハク!! お客さんの前でため息つかないの!! スーホさん、すっごく苦労しているんだから!! 一族の命運を背負っているんだから!! お金もいっぱい持っているんだから!!」
涙目で怒鳴る九緒夢。多少本音も聞こえた気がするが、そこは敢えて追求しないことにした。
隣のスーホはすでに号泣している。
馬面が鼻水を垂れ流しながら号泣する姿は、何ともシュールだった。
「……判ってるよ……。それで、スーホさんは我々にどうして欲しいとお思いですか?」
改まってスーホに尋ねる。スーホは涙をぬぐいながら答えた。
「牛頭鬼の連中を滅ぼしていただきたい」
「無茶言うな!!」
白夢がついにキレた。だがそんな白夢を前にしてもスーホの主張は止まらない。
「だって、だって!! 奴らが死ななければ我々が死んでしまうんですよ!?」
「いや、だからそもそも甘党人参がなかったら死ぬという前提が間違っていますよ!」
「死んじゃいやすよ!! 人間だって水が飲めないと死んじゃうじゃないですか!? 空気がないと死んじゃうでしょう!?」
「比較対象がおかしいでしょ!?」
「でも! でも!! とにかく牛頭鬼に独占されるのは困るんです!! どうにかして頂けやせんか!? そうだ、報酬!! いくらでも支払い致しやす!! それこそ一億でも!!」
涙と鼻水と涎を巻き散らしながら、頭を下げるスーホ。
「ねぇ、ハク。助けてあげようよ……! スーホさん、可愛そうだよぉ……えぐっ、えぐっ……一億……!!」
「キューは報酬に目が眩んだだけでしょ!?」
泣きべそをかきながら白夢の腕を抱きしめる九緒夢。
だがその視線はというと、やはりスーホが身に着けているルビーに夢中だった。
「……キューも涙を拭いて鼻をかんで! 鼻水が僕についてるから!! え~い、離せ!!」
「だめーーっ!! 依頼を受けるって言わない限り離さない~!! ルビーも買ってくれないと離さない~~!!」
またも離すつもりはないらしい。どれだけ力を入れてもビクともしない。
「お願いしやすよ~~!! とにかく一度、村に来てください~~~!!」
「ちょっ! スーホさん、何してるんですか!?」
いつの間にか白夢の足元に馬がいた。つぶらな瞳をこちらに向けて、白夢の足を抱きながら泣く馬がいた。
「依頼を受けてくれないと、この足を絶対離しやせんから~~~」
「ハク~、依頼を受けてあげようよ~~~。報酬~~~。ルビー~~~」
(なんなんだ、この状況は……)
腕には九緒夢が、足には馬がしがみ付いているこの状況。
さぞかし間抜けな光景であろう。
「お願いします!! 報酬ならどんなに高額でも構いません!! 丁度最近、事業に成功したもので、お金ならたくさんあるんです!! 甘党人参はないんですけど!! お願いします~~~!!」
「……あ~、もう! 判りました! 判りましたから!! 依頼を受けます! だから早く離れて下さい!!」
「本当ですか~? じゃあ、あっし達の村に来てくれるんですね?」
「行きますよ! どこにでも!! キューもさっさと離して!!」
「流石はハク! 信じていたよ!」
今まで泣いていたのが嘘だったかのような晴れ晴れとした笑顔を浮かべる九緒夢。
「……ハァ……」
白夢は敗北したのだ。根競べに。
こうして馬頭鬼の相談を受けることになったのだった。
「でもルビーは諦めてね」
「―――なにゃ!?」
九緒夢の愕然とした顔だけがひどく印象的だった。