テンプラは突然に
「ふぅ……」
タバコの匂いのきつい部屋から出て、とりあえず深呼吸する。
リキュルの母親に虐待を認めさせ、親権を放棄させた。
ひとまずリキュルの身の安全は確保できたものの、問題は山積みだ。
「これからどうしようか……」
冷静に見えた白夢だが、実はかなり頭に血が昇っていた。
何せこれからリキュルをどうするのか、何も考えずに親権を預かってきてしまったからだ。
「僕が親になるわけにはいかないしなぁ……」
書類に目を通し、もう一度ため息を吐いた。
「さて、キューの奴、うまくやってくれたかな……?」
難しいことはとりあえず棚上げして、今はリキュルの心を癒すことの方が大切だ。
リキュルは今日、これまで縋ってきた母からの愛が全て偽りだったと、その母親当人から突き付けられた。
幼いリキュルには、あまりに耐え難い苦痛に違いないのだ。
アパートの階段を下り、辺りを探ってみると、すぐ近くの公園に九緒夢がいた。
その傍にはリキュルの姿もあり、ひとまず安心する。
「キュー、リキュルは……?」
「ハク……」
駆けつけると、九緒夢は神妙な顔をしていた。
リキュルと共に椅子に座り、二人は手を握り合っている。
「……さっきはごめんね。……結局どうなったの……?」
「親権を放棄してもらったよ」
その台詞に、リキュルの肩がびくっとする。
泣き腫らしたのだろう。腫れぼったい目で見上げてくる。
「ボク……、捨てられちゃったの……?」
「…………」
白夢は何も言えなかった。
正しく言えば、白夢が親権を奪ってきたのだ。
それはリキュルを守るための白夢が考えうる最大限の措置だったが、それでも本当に正しかったのかと問われれば、安易に首を縦に振ることは出来ない。
「……君を守るために……、僕が母親から君を奪ってきたんだよ」
だから白夢は真実を伝えた。
リキュルには恨まれることをしたかもしれない。
しばらくリキュルは俯いていたが、やがて顔を上げた。
繋いだ手を離して立ち上がり、少し歩いてこちらに振り向いた。
「……ボク、やっぱりお母さんには愛されていたよ!」
そういうリキュルの顔は精一杯の笑顔で、そして目には涙が溜まっていた。
二人は何も言わず、リキュルの話を聴く。
「だってさ、可愛い子には旅をさせろっていうでしょ!? だからね、お母さんは私を旅に出したんだよ!」
肩が震えている。拳は強く握られていた。
「だから、だからね! ボク、愛されていたんだよ! そうに決まってるよ……!!」
九緒夢が動く。リキュルに向かって、手を差し出した。
「ボクは……、愛されていたんだ……!!」
「……そうだよ……。リキュルちゃんはとっても可愛くていい子で……!! だから愛されていたよ……!!」
我慢できずリキュルを抱きしめた。
抱きしめられたリキュルも、九緒夢の匂いを満喫するかのように、胸に頬を擦り付ける。
仲の良い姉妹の姿が、そこにはあった。
リキュルは強い子だ。改めてそう実感した白夢だった。
「……さて、これからのことなんだけどさ。リキュルはどうしたい?」
問題はここからだ。
親権の放棄されたリキュルは、法律に従うなら新しい里親の元へ行くか、施設に行くか、そのどちらかを選択せねばならない。
しかしリキュルの親権を持ってくれる親戚はいない。新しく探すにしても、その間施設に行くことになる。
ほとんど感情だけで手続きを進めてしまった白夢は、少しばかり後悔の念にとらわれる。
「ボク、施設に行くんでしょ……?」
頭のいい子だ。自分の行く末をすでに予想立てている。
「リキュルちゃんは、どうしたいの?」
「……ボクは……」
リキュルは続きを言うのを躊躇っているように見えた。
自分に選択権のないことを知っているが故に。
「ねぇ、どうしたいの……?」
九緒夢の質問に、リキュルは九緒夢に抱きつきながら、
「……九緒夢お姉ちゃんと一緒にいたいよ……!!」
申し訳なさそうに、そう述べた。
「リキュルちゃん……!!」
「……どうしよう……」
リキュルがそう望んでいることはなんとなく予想できていた。
たった一晩共にしただけの二人が、すでに姉妹の様に仲が良いのだ。
そうなることが理想的だ。
それでも、二人にはその権限も、力もないのだ。
「…………どうしよう……」
白夢が良い手はないか思考を巡らせているときだった。
「やっほー、ハクちゃん、キューちゃん! おひさ~~~♪」
しんとした雰囲気の中、のんきな声が飛んでくる。
「ほっほう、白夢。もう幼女趣味に目覚めたのか? 流石は俺の息子だ!」
聞き覚えのある馴れ馴れしい声。
「……まさか……テンプラ……!?」
「お父さん!? お母さん!?」
公園の入り口のところ。
タクシーから降りてきた、その声の主。
それは海外旅行に行っていたはずの二人の両親である、天羅とリベルテであった。
「二人ともどうしたの? 相談所は?」
「白夢よ。姉と幼女に囲まれて嬉しいのは判るが、仕事をおろそかにするのは感心しないな」
遊んで回っているお前が言うなと、これほどツッコミたくなる奴は他にはいない。
「何しに帰ってきたんだよ、テンプラ……」
「親に向かってなんだその呼び方は! 全く近頃の若者は……。親の顔が見てみたいわ!」
「そうね! きっと人間じゃないわ、その親!」
「鏡を見てみろ、ちゃんと写っているから。母親の方は写らないけどな……」
両親が帰ってくるといつもこうなる。
どれだけシリアスな雰囲気も一瞬にしてぶち壊す。
それが二人の能力なのかもしれない。
「それで、二人はそのお嬢さんとどういう関係なんだ?」
「もしかして……、もう孫が出来たとか……! あらやだ、私、もうおばあちゃん!?」
「いいから母さん、少し黙って」
「……しゅん……。ハクちゃん、冷たい……」
「……これが……九緒夢お姉ちゃん達のお母さん……?」
「あまり自慢できる親じゃないけどな……」
あまりに意外だったのか、リキュルは涙さえも忘れて呆気にとられていた。
「ハク、いいから何があったのか説明しなさい」
「そうよ! ことと次第によっちゃ、式場の準備とかあるんだからね! お父さんとお母さんは、それはもう盛大な結婚式を――」
「……お母さんは、ちょっと黙ってて」
「……しゅん……。キューちゃんまで冷たい……」
二人に黙るよう言われ落ち込むリベルテは放っておき、白夢は天羅に事の次第を語った。




