母
想定外のクリスマスパーティの後、白夢は改めてリキュルに事の次第を言及することに。
「ねぇ、リキュル? 君のお母さんって、一体どんな人?」
「ん……。人じゃなくてサキュバスだけど……」
「ああ、そうだった。どんなサキュバスなの?」
「どうって……。普通だよ」
少し俯きながらそう答える。
「精子を持って帰れって、そう言われているの?」
「そうなの。持って帰らないと、お母さん、怒っちゃうから……」
「そっか……」
白夢が思うに、この子のお母さんは少し問題があるような気がする。
何せこんな冬の夜に、子供一人を外に出して精子を回収させるなんて、とても親のすることとは思えなかったからだ。
「うちではお母さんとどんな話をするの?」
「……お母さんはあまり話してくれないよ。いっつもお酒ばかり飲んでる」
「そうなんだ……」
話を聞くだけでも、どんな状況なのか想像に容易い。
どうやら予想以上に複雑な問題に手を出してしまうことになりそうだ。
次に白夢に代わって九緒夢が尋ねた。
「お母さんに怒られたことはあるの?」
「たくさんあるよ。一昨日も精子を持って帰らなかったから、ご飯抜きにされたし、お腹すいたから勝手に冷蔵庫を開けたら、頬を叩かれたんだ」
「…………そんな……」
思わず手で口を覆ってしまった九緒夢。
「それでね、お仕置きだって、羽にタバコを当ててきて。でもボク、泣かなかったよ。だってボクが悪いんだから。お母さんの言いつけを守らなかったから」
広げた黒い羽根を見ると、確かに火傷で爛れた痕が残っていた。
「……痛くない?」
「……平気だよ。これくらい、いつものことだから……」
各家庭の事情は様々だ。
白夢達も相談員として、それこそ千差万別の案件に関わってきた。
しかし、今回のケースは、二人が相談員となってから初めて出くわしたケースであった。
(……やっぱり児童虐待だったんだ……!!)
子を大切にしない親はいない。
そんな常識さえも覆るようなこの現代に蔓延る、由々しき問題。
二人もついに目の当たりにすることになったのだ。
「……ハク、どうしよう……」
以前、二人の両親が同じ問題を解決していたことがある。
それを間近で見ていた白夢は、その手順を熟知していた。
しかし、それがいざ自分の案件になってくると、慎重にならざるを得ない。
「……もう少し話を聞いてから考えよう」
白夢は一呼吸おいて、再びリキュルに尋ねる。
「お母さんに叩かれるのは、よくあること?」
「……うん。毎日だよ……」
日常的に虐待が行われている。
よく見ると肩や、膝辺りに、少しばかりあざがある。
おそらく彼女が服を脱ぐと、隠されていたあざがたくさんあるのだろう。
九緒夢もそのあざを確認し、拳を震わせていた。
(キュー、落ち着いてね)
(ハク、私、今かなり怒ってる……!! 許せないよ……!!)
九緒夢がここまで怒りを露わにするのは初めてかも知れない。
そんな九緒夢はたまらずリキュルに問う。
「ねぇ、リキュルちゃん。お母さんは貴方のことを――――大切にしているの?」
リキュルのことを案じた質問。
だが、この質問が引き金となった。
「大切にされてるもん!! お母さんは私のことを、とっても大事にしてくれている!! お母さんのことを悪く言わないで!!」
大人しかったリキュルが、怒号を上げた。
目には涙を浮かべ、唇を噛みながら、九緒夢に反抗したのだ。
「ご、ごめんなさい! リキュルちゃん! ごめんなさい!!」
「お母さんはっ! お母さんはっ!! …………うわあああああああああああっ!!」
悔しいのか、情けないのか、もしくはその両方か。
クリスマスの夜にふさわしくない、一人の少女の泣き声がこだましたのだった。




