正体はサキュバスでした。
たった今玄関で起きたことを九緒夢に伝える。
「……大変だったね、ハク」
「……うん。キュー、後は任せるよ……」
「うん! 任されたよ!」
精神的にどっと疲れた。
白夢は思わずソファーに寝転ぶ。
「ねぇ、お嬢ちゃん。お姉ちゃんはね、九緒夢っていうんだよ? 貴方のお名前は?」
「…………」
家に上げたはいいが、今度は一変無口になった少女。
どうやら九緒夢を警戒しているようだ。
「そうだ! 喉、乾いてない?」
そんな少女に九緒夢は優しい笑顔を向けながら、マックスコーヒーを取り出し、少女に渡した。
「飲んでいいよ?」
少女はプルタブを開けるのに苦労していたが、九緒夢が手伝ってあげる。
「はい。どうぞ」
プルタブの開いたマックスコーヒーを受け取った少女は、一度九緒夢の方を見上げる。
相変わらずの笑顔を向けてくる九緒夢を見て安心したのか、ぐいっとマックスコーヒーを飲み始めた。
「ゆっくり飲んでね」
「…………コクコク」
飲み終えたマックスコーヒーの缶を九緒夢が回収する。
すると少女はついに重い口を開いた。
「…………リキュル」
ぽつりと呟く少女。
「へぇ、リキュルちゃんっていうの? 可愛いお名前だね!」
俯くリキュルの頭を九緒夢が撫でてやる。
最初は嫌そうにしていたが、しばらく続けているうちに顔を赤く染め、大人しく撫でられていた。
「リキュルちゃん、お家の人は心配してないの?」
「…………してないよ……」
「そう……なんだ……」
どうやらこの子、何か事情がありそうだ。
そのことに白夢も気づく。
「ねぇ、さっきはどうしてあんなこと言ってたの?」
「…………」
しばらく沈黙を続けていたが、九緒夢の笑顔を見て、ようやく語り出してくれた。
「せーし持って帰らないと、お母さんが怒るの……」
「お母さんが怒るの!?」
少女の言うことがいまいち理解できていない九緒夢は、少し困った顔を浮かべていた。
「キュー、この子ってさ、もしかして『サキュバス』なんじゃない?」
「…………」
白夢が口を挟んできたことにビックリしたリキュルは、思わず九緒夢の腕に抱きついた。
「リキュルちゃん、貴方ってサキュバスなの?」
「…………うん……」
今まで隠していたのか、リキュルは黒いコウモリのような翼を現した。
なるほど。これでさっきの発言の意味が理解できる。
――サキュバス。
男性の精液を生きる糧としたイレギュラー。
人間の欲に漬け込む悪魔の手先だとして、あまり良いように語られることはない。
サキュバスから言わせれば生きるために当然のことをしているだけなのだが、その行為のマイナスイメージ故に嫌われるイレギュラーである。
しかし、サキュバスはこう見えても一途である。
関係を持った相手のことはとても大切にするし、相手のことを全力で愛する。
一度決めた相手以外から精液は取らないと決めて一生を過ごすサキュバスだっているくらいだ。
他の誰かが手に入れた精液を欲しいと思うサキュバスなんて非常に稀である。
「本当に君のお母さんが精液を欲しがっているの?」
「……うん……。せーし持って帰らないと、また怒られちゃう…………」
「…………そうなんだ……」
九緒夢も困った顔を浮かべて白夢と視線を合わせた。
「どうしようか……?」
「う~ん……」
今の話から察するに、どうやら単純な案件ではないらしい。
(もしかすると児童虐待のことだって考えられる……)
たとえこの子がサキュバスでも、親に蔑ろにされていいという法はない。
そもそもこんな小さい子に自分の為に精液を取ってこいと命じることこそがおかしいのだ。
「ねぇ、キュー。この子、今晩はうちに泊めてあげよう」
「うん! 私も賛成だよ。この子、ちょっと放ってはおけない気がするんだ」
「ということで、リキュル。君は今日ここに泊まっていきなさい」
白夢が近づくと、グッと掴む力を強めるリキュルだったが、白夢の笑みを見てようやく九緒夢から腕を離してくれた。
…………きゅ~~~。
小さいお腹の音が可愛く響き渡る。
リキュルは顔を真っ赤に染め、俯いてしまった。
「アハハハハ! そうだね! お腹すいたよね! リキュルちゃん! 今日はクリスマスで、パーティなんだよ! 一緒に食べよ?」
九緒夢が手を引いて、ソファーに座らせた。
「一杯あるからね! いくらでも食べていいんだからね!」
「…………うん…………」
リキュルの隣には白夢が腰を掛け、正面には九緒夢が座った。
「じゃあ食べちゃおうか! いただきます!」
九緒夢と白夢が手を合わせるのを見て、リキュルもおずおずと真似をした。
「い、いただきます……」
「はい、召し上がれ!」
リキュルは相当お腹を空かせていたのだろう。
目の前にある皿の料理をあっという間に平らげると、次々と皿を空にしていった。
「リキュルちゃん、かなり空腹だったのかな」
「……そうみたいだね。ますます心配になるよ」
「あ、リキュルちゃん、ほっぺにご飯粒ついてるよ!」
「…………えっ?」
「ほら取れた! もっとゆっくり食べていいんだよ? 誰もとったりしないから!」
「…………うん…………」
九緒夢がご飯粒を取ってあげると、リキュルは最初こそ呆気にとられていたが、優しい九緒夢の笑みにつられて、初めて笑顔を見せてくれたのだった。
二人で始めたクリスマスパーティ。
それがひょんなことから参加者が一人増えてしまった。
当日参加の幼いサキュバス、リキュル。
白夢達はこれから、イレギュラー相手の相談員として、大きな壁にぶつかることになるのだった。




