はくむは めのまえが まっしろに なった!
現在室温マイナス5度
――作戦その3 体の中からキンキン作戦――
「しゃ、しゃむいよぉ……、へっくしっ!!」
「自業自得だよ、キュー……、へっくしっ!!」
極寒の地と化した応接間で、相談は続く。
カチコチに凍ったソファーに腰掛けながら、作戦を練り直す。
「うむむ。この冷蔵庫のような部屋の中では大丈夫だと思うのだが」
「僕らが無理なので駄目です……」
暖房やヒーター、さらに押入れの奥にしまってあったホッカイロまで総動員して室温を元に戻そうと努力していた。
「ううう、ごめんね、ハク……」
「しっかり反省しなさい!」
「うん……。へっくし!」
ズズズと鼻をかむ九緒夢の隣で、白夢に一つ疑問が生まれる。
「ヒロさん、一つお尋ねしたいのですが」
「なんでしょう?」
「ヒロさんの体のことなのですが、中はどうなっているんですか?」
思えばスノーマンの体のことなど聞いたこともない。
体の構造に合わせた作戦を考えねば、どうやっても成功しないだろう。
「私の体の構造ですか?」
「はい。それに合わせた作戦を取ろうと思うんです」
「そうですか……。私の体ですか……」
ヒロは突如もぞもぞし始めたかと思うと、顔を赤らめる(と言っても雪なので多分だが)。
「と、とても恥ずかしいですな……。体の中を見られるということは……」
恥ずかしい理由がさっぱりと判らない二人は、思わず顔を見合わせる。
(……どうせ中身は雪なんでしょ?)
(雪だろうね)
(雪だよね)
二人の間で見解が一致したと思ったら、ヒロは突然顔をぺしぺしと叩くと、意を決し言った。
「判りました。私も男です! 体の中、隅々まで見てもらいましょう!!」
そもそもスノーマンに男女などあるのかなど疑問は尽きないが、ヒロの決意を無駄には出来ない。
白夢も気合を入れて、ヒロに向き直った。
「さあ、見てください、白夢さん。これが私の中身です!!」
ヒロがお腹に手を掛ける。
よほど恥ずかしいのだろう、ヒロの顔には汗が浮かんでいた。(もっともエアコンが効いてきたので、顔が溶けているだけかも知れないが)
ヒロの必死な形相に思わず喉を鳴らす白夢と九緒夢。
「あ、開けますよ……。――――それっ!!」
ヒロ自らの手で暴かられた、スノーマンの体の中、そこには――。
……変わっているのは冷えたマックスコーヒーが5本ほど入っていただけで、後は雪しかなかったのだった。
「いやん、恥ずかしい!!」
「「…………」」
思わず顔を合わせる二人。驚きすぎて言葉が出ない。
まさかマックスコーヒーが入っているだけだとは、誰が予想しただろう。
「……こ、これだけ……?」
「ええ! 私の体の中には常に冷えたマックスコーヒーが入っているのですよ!!」
「……どうして……?」
「それはですね……。いつでもマックスコーヒーを飲めるようにするためです!」
「生命維持とかに関係は……?」
「ないですね」
ケロリと抜かす目の前のスノーマン。やんやんと体を振る仕草が何ともウザったい。
イレギュラーというものは、本当によく分からないものばかりだと白夢は痛感した。
「イレギュラーって何を考えているか判らないね! アッハッハ!!」
「キュー! 君もイレギュラーだよ!?」
「そうだった!?」
いや、イレギュラーは何も考えていないだけだった。
でも、これではっきりした。
スノーマンの体の中は全部雪で出来ている。心臓だとか内臓だとか、生命を司る器官など存在しないわけだ。
しかしながらマックスコーヒーの缶が入っている。つまり体の中に何を入れても、スノーマンの生命維持には何も問題ないというわけだ。
(……そもそもどうやって生きているんだろう……)
イレギュラーと生命。実に哲学ではあるが、今、その話題は棚上げしておこう。
「ヒロさん。ありがとうございました。もういいですよ」
「あ、そうですか……!! ふいー、いやはや、やはり体の中を見られるのは恥ずかしいものですな!」
「マックスコーヒーが入っているだけでしたけどね……」
「あれは私の命ですからな!」
「そ、そうですか。その話はもういいです。今ヒロさんの体を見させていただいて、素晴らしい作戦を思いついたのです」
「おお、流石は白夢さんだ! 果たしてその作戦とは……?」
「それはですね――名付けて、体の中からキンキン作戦! です!」
「体の中から、ですか?」
「そうです。ヒロさんは体の中に何を入れても大丈夫なご様子。でしたら体内から冷やせるものを入れてしまえばいいんですよ」
「おお! 確かにその通りですな! 何を入れるのです?」
「ドライアイスです。キュー、冷凍庫にドライアイスあったよね? 持ってきてよ!」
「アイアイサー♪」
「では僕は鍋を持ってきます」
そして用意されたドライアイスと鍋が机の上に置かれる。
「ヒロさん、このドライアイスを体の中に入れてください。体の内側から冷やせば、溶けるスピードにも対抗できるかもしれません」
「むむむ……。よし、ではドライアイスを……!」
ヒロは意を決しドライアイスを持ち上げると、自らのお腹に突っ込んだ。
「ふおおおおお!! 冷てえええええっ!! なんだか力がみなぎってきましたぞ!」
ヒロの体からドライアイスの煙が漏れ出す。相当冷えている証拠だ。
「よし、今です! 今こそ鍋を!!」
「そ、そうですね!!」
器用に手を合わせ、そしていざ箸を持ち、鍋へと箸を進めるヒロ。
「ふおおおおおお!! いただきまあああっす!! ハグハグッ!! ……うまい!!」
「ハク! ヒロさん、順調に鍋を食べているよ!!」
「これは成功したかな?」
二人が成功を確信した時だった。
突如ヒロの動きが止まる。
「……むお!? ま、前がよく見えませんぞ!?」
「どうしました、ヒロさん……? ん? 前が見えない……って、うわぁぁぁ!!」
ヒロが止まった原因はすぐに判った。
「ハク! 煙が大変なことに!!」
「前が見えないよ!?」
白夢は失念していたのだ。ドライアイスの特徴を。
ドライアイス。それは水につけると大量の煙を発生させる。
ヒロの体の中に入れたドライアイスの量は膨大だ。
ヒロの体は雪。それが熱々の鍋を食べることにより溶けて水になってしまったのだ。
「部屋中真っ白だよ~~~~!! 何も見えない~~~!!」
「キュー、とにかく換気だ!! 急いで窓を開けて!」
「うん! ……って、うわぁ!!」
足元すら見えない視界のせいで、キューが何かにつまずいたようだ。
「ふげぇ! いたいよぉ……」
「キュー、大丈夫…………って、イッテエェェェェェッ!!」
白夢も白夢で足の小指を棚の角にぶつけてしまい、悶絶していた。
「窓!! 換気扇!! ……うわぁあああ!!」
またも転ぶ九緒夢。だが今回は場所が悪かった。
「はふはふ……、……ん? ――ぎゃああああ!? 熱いいいい!?」
「うわぁ! ヒロさん、ごめんなさい!!」
九緒夢が倒れた衝撃で机が思いっきり揺れてしまう。
その結果鍋は倒れ、熱いスープがヒロに掛かってしまった。
「と、ととととと、溶けるうううううう!?」
「あわわわわ、ハク~~~~、助けて~~~~~!!」
「うらぁああ!!」
小指の激しい痛みを堪え、気合で窓を開けて換気を行うと、ホワイトアウトしていた室内の様子が少しずつ露わになってきた。
「……こりゃ酷いね……」
ひっくり返った鍋で汚れたカーペット、机、凍りついたソファー、水浸しの家電製品。
「ハク~~~、怖かったよ~~~~!!」
「キュー! 今は抱きついてこないで!! 小指が痛いんだから!!」
「な、鍋は……ガクリ……」
「ヒロさんが溶けてる!? キュー、急いで雪をつけて修復しないと!!」
「う、うん!!」
二人の懸命な治療(雪をくっつける)の結果、ヒロは何とか元の姿を取り戻した。
「……もうドライアイスはこりごりです……」
「……この作戦も失敗だね……」
「うん……」
二人はしばし部屋の片づけに専念することにした。




