吸血鬼のいる相談所
「暇だなぁ……」
光寺 白夢は嘆息した。
昼下がりのバラエティ番組から響く無機質な笑い声を、うんざりだとばかりに聞き流しながら、冷めたコーヒーに口をつける。
バラエティ番組には馬面の司会者と、背中に蝶のような羽を生やした女性アイドルが映し出されていた。
『いやー、それにしても人間には困ったものですな! 私を見るたびに人参を差し出してくるのですから~』
馬面の司会者――というよりもまさしく馬。
体は人間そのものなのだが、首より上がどう見たって馬の顔なのだ。
『まったく、迷惑な話だとは思いません? 人参ですよ? 人参』
やれやれとため息をつく司会者。
『それ、嫌な事なんですか?』
蝶の羽を持つアイドルが不思議そうな顔をして問う。
『実はね……。私、こう見えても人参が大嫌いでして!! 馬なのに!!』
『あ、それ知ってますよ? それって『饅頭怖い』って話の応用でしょ?』
『あらら、バレちゃいました~? いや~困ったな、これから先、人参を貰えなくなるじゃないですか!』
どどっと会場から笑いが起こり、一通りトークが終わると、お友達紹介の後、番組はコマーシャルへ移った。
「…………暇だなぁ…………」
「ほ~んと、暇だよねぇ~」
改めて白夢が嘆息すると、同意する声が隣から飛んでくる。
長い黒髪を紐で結び、瞳は真紅に輝き、小さな口からは八重歯が覗く女の子。
小柄ではあるが、体のラインは、まさに計算されたかのように美しく、真紅の瞳も相まって、その印象は、幼いというよりも小悪魔的、見るものによれば幻想的とさえ感じるかも知れない。
そんな彼女の名前は光寺 九緒夢。白夢の双子の姉である。
「暇だなぁ……」
「暇だよねぇ……」
二人仲良くソファーに座り、コーヒーをズズッとすする姉弟であるが、両者には決定的な違いがある。
白夢と九緒夢。二人の関係は姉弟でありながら、種族が全く違うのだ。
白夢は人間。
そして九緒夢は――吸血鬼である。
――『人ならざる者』――
この世界には、そう呼ばれる者達がいる。
イレギュラーの起源は定かになっていない。伝承によれば、この世界の誕生と同時に生まれた、人間と対を成す存在だとされている。いわば人間の親戚なのだ。
さっきの番組に出ていた司会者とアイドルも、馬頭鬼と小妖精と呼ばれるイレギュラーである。
彼らは人間から見ると異形の姿をしているものの、その実体は人間と大差ない。
ごく自然に誕生し、ごく普通に生活し、ごく当たり前に存在しているのだ。
人間とイレギュラーは互いに認め合い、尊重し、暮らしを共にしている。
そして九緒夢もそのイレギュラーの中の『吸血鬼』と呼ばれる存在なのである。
だが白夢はイレギュラーではなく、普通の人間だ。その理由は両親にある。
父親は人間、母親は吸血鬼。
つまり二人は人間とイレギュラーのハーフというわけだ。近年ではさほど珍しいことではない。
ただハーフといえど、白夢は父親の血が色濃く反映されたため、生物学上、人間に分類される存在なのだ。
九緒夢の場合はその逆ということだ。母親の血を色濃く引き継ぐことで、吸血鬼と分類されているのである。
人間とイレギュラー。
両者の共存は常識であり、そのための法律も事細かに整備され、どちらも不自由なく暮らせる世界になっている。
しかし、実際には小さなトラブルが続出しているという現状がある。
それは両者が似て非なる存在であること故の必然。
そんなトラブルや悩み事を解決すべく、どんな些細なことでも相談に応じてくれる相談所がある。
相談相手は人間やイレギュラー、個人から法人までの多種多様であり。
時に事件を解決したり。
時にカウンセリングを行ったり。
時に――何もしなかったり。
そんな相談所がここにある。
それがここ『光寺吸血相談所』である。
「……テンプラの奴、いつになったら帰ってくるんだよ……」
「多分、今はアフリカにいるよ。この前ライオンと一緒に写った写真を送ってきたから……」
彼らの両親、つまり光寺吸血相談所の所長と秘書であるが、二人は普段、海外を飛び回っている。
と言っても仕事や依頼で、ということではない。
両親は結婚して今年で二十年目になるのだが、未だ新婚気分が抜けず、新婚旅行と称して世界中を遊びまわっているのだった。
つまり両親が不在の間、白夢と九緒夢の二人で相談所を経営している状態なのである。
「こっちは暇すぎて死にそうだというのに……。二人して楽しそうでさ」
白夢はのんきな笑顔を浮かべて写る両親の写真を見て、恨む色を濃くして呟いた。
「まあまあ、父さん達がこんななのは慣れているでしょ?」
「それでもやっぱり腹が立つね。テンプラの野郎、次に帰ってきた時はぶっ飛ばしてやる……」
ちなみにテンプラというのは父親のあだ名だ。名前は光寺天羅。
漢字で書くとテンプラに似ていることから、白夢はそう呼んでいる。
「そうだ、ハク! 買い物にでも行かない? そろそろ飲料用B型血液が足りなくなってきたんだ!」
「僕の血を飲めばいいでしょ? キュー」
二人は互いにハク、キューと呼び合っている。
「弟の血なんて飲めないよ。ね! 行こうよ! 暇なんだしさ!」
「ちょっ、ちょっと、キュー! あんまり腕を引っ張らないでよ!」
九緒夢は強引に白夢の腕を掴み、ソファーから無理やり引っぺがした。
「さ、行くよ!」
「判ったよ……。だから腕、放して」
「いーや! このまま行くんだもん!」
がっちりと白夢の腕を抱く九緒夢。ぶんぶん振ってはみるものの、意地でも一緒に行きたいのか、一向に離れる気配がない。
「はぁ……」
深い嘆息をして諦める白夢。
「……恥ずかしすぎる……」
「エヘヘ♪」
恥らう白夢とは裏腹に、ニコニコとご機嫌な九緒夢。
「じゃあ、血を買いに行こー!!」
「……はいはい」
そんな仲の良いやり取りをしていた最中のこと。
――チリンチリン……。
「あれ……?」
来客を告げるベルが部屋に鳴り響く。
ここ数日、閉じたままであった相談所入り口の扉が、ついに開かれたのだ。
「お客さん……?」
呟く九緒夢が白夢の腕を放す。
「そうみたいだね。全くタイミングが良いのか悪いのか……」
白夢も相槌を打ち、気分を切り替える。
「さぁ、キュー、仕事だよ。おもてなしの準備、お願い!」
「了解したよ!」
嬉々として準備を始める九緒夢と、身だしなみを整える白夢。
久々の仕事に安心感を覚えながら、客を迎え入れる準備を済ませる。
「あの~、今日はカウンセリング、やっていますか……?」
恐る恐る扉を開きながら、尋ねてくる人影。
そんな人影に、待っていました、と言わんばかりに九緒夢が叫んだ。
「ようこそ! 光寺吸血相談所へ!!」
第一話完結までは一気に更新します。
各エピソードは読み切りの短編集になります。