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夢の中の少女

作者: 衣桜 ふゆ

水城 神楽(みずき かぐら)は、よく正夢をみる。


明日は、母がコップを割る。

明日は、父の給料日で、お寿司屋さんにご飯を食べに行く。

願望じゃなくて、本当にそっくりそのまま、夢で見たまま、現実で起こるのだ。

たまには、自分の誕生日プレゼントまで見えたりして。

神楽は少し、この正夢をみる性質のような物が好きではなかった。

母も、父も知らない。

正夢が見えるなんて言ったって、信じてくれないのはわかっていた。

だけど、昔。一回だけ。

祖母に、話したことがあった。


『おばあちゃん、おれ―――――』


語彙も少なく、舌足らずな神楽の話しを、祖母は頷きながら聞いていた。

聞き終わると、すこし目を潤ませて、


神音(かのん)も、正夢をみることが出来たら、良かったのにねぇ。』


『………かのん…?』


神音、というのは誰だろう?

母に聞くと、突然泣き出し『誰にそれを聞いたの?』と神楽を問いつめた。

その迫力に、神楽は震える声でおばあちゃんにきいた、と答える。

母は祖母の部屋へ行き、何かを叫んでいた。

わからなかった。

怖かった。

神楽は自分のせいでおばあちゃんが怒られていると震え、それと同じように神音とは誰なのだろうとずっとずっと、思っていた。


それから数年たって、祖母は亡くなった。

神音のことは知らぬまま、教えてもらえぬまま、時がたっていた。



     *     *     *     *     *



夢を、みた。

暗い闇の中、音はなく、神楽だけがたっている。

動けない。

動いちゃ行けない。

そう、必然的に感じた。


――ねぇ、


ふと、声がした。

自分の声も聞こえなかったのに。

なんの音も聞こえなかったのに。

その、誰かの声が、ヤケに大きく響いた。


――神楽?


なんで俺の名前を知っているのか、神楽は首を傾げた。

女性の声。

優しげな声だった。

こんな声、俺は知らない。


――神楽は、いいなぁ


誰かと、問いかけることも出来ない。

動くことも出来ない。

ただ、神楽は立っているだけ。

後ろに、誰かが立つ気配がして、神楽は寒気がした。


――神楽は、いいなぁ


皮肉が混じった。

純粋にうらやましがっているのではない、と感じる。

それに、声がだんだん大きくなっている気がした。


――正夢…見れるんでしょ?


肩に、手を置かれる。

服越しでもわかるほど、ひんやりとしていて、鳥肌が立った。

声を出すことが出来ない。

叫びたいのに。

誰か知りたいのに。


――いいなぁ、その目。その目があれば、正夢が見れるんでしょう?


目のせいなのか?

正夢が見れる理由がわからなかった。

物心ついたときにはもう、正夢を見ることが当たり前だった。


――ねぇ、神楽。


さわさわと、冷たい手が顔を探る。

頬を、鼻を、額を…

そして、恐怖でつむった、目を。


――この目、ほしいなぁ


目を押さえるように触れていた冷たい手に、突然力がこもった。

目を抉り取るみたいに。

目をつぶすみたいに。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い

声に出来ない感情が、神楽の中を駆けめぐる。

痛いなんてものじゃなかった。


――もらうね?神楽。


さらに力がこもる。

もう痛みで他の感覚がなくなる。

痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い―――――――――――――――



目が覚めた。

神楽は目を開け、見慣れた天井を見つめていた。

まじまじと、穴が開くほど見つめ、はぁっと息をはき出す。

瞬間、目に痛みが走った。

思わず目を覆う。

あの夢の中での痛みが、現実にあるように。

ずきずきと痛み、開けているのがつらい。

しばらくするとその痛みは収まり、神楽はおそるおそる目を開けた。


青白い手。


「―――っ!?」

不自然に指が曲がった青白い手が見え、神楽は心臓が止まるかと思った。

しかし、今はもう見えない。

瞬きで見えなくなってしまったのだ。

青白い手など、もう存在していなかった。

幻覚…?神楽は適当にそう片づけ、ベッドから起きあがる。

「学校…か…。」

正直面倒だ。

ふっと、枕元においてある時計を見る。


8:56


デジタル時計はそう、時刻を示していた。

状況が飲み込めない。

もう一度時計を見る。


8:56


神楽はにっこりと引きつった笑いを浮かべた。


――――――遅刻だ。




     *     *     *     *     *



「よぉ、神楽。今日遅刻してきたのかー?」

一時間目の後、十分休みにそう話しかけられ、神楽は顔を上げた。

小学校の頃からの友達だ。

智樹(ともき)。」

「何かあったのか?顔色悪いぜ?」

先ほどのからかうような雰囲気とは一変、心配するような表情になった智樹。

「あぁ、まぁ…な。」

言葉を濁す。

――顔色悪い…か…。

今朝の夢のせいだ。

あれから、定期的に痛みが襲う。

目を強く押さえつけられるような。それでいて、強く引っ張られるような。

矛盾しているが、本当にそんな感じなのだ。

「何かあったら言えよ。出来る範囲で協力するから。」

面倒見の良いやつだ。

智樹はにかっと笑って、自分のエナメルバッグからジャージを取り出して言った。

「次、体育だけど…着替えねーの?神楽。」

慌てて席を立つ。

もうクラスではジャージの人がほとんどだった。


体育の途中、雨が降り始めた。

雲行きが怪しく、すぐに土砂降りになりそうだ。

先生が声を張り上げて、体育館へ向かうことを伝える。

生徒はわーわーきゃーきゃー言いながら、体育館へと向かった。

「やることないから、ドッジボールで良いぞ!」

先生の言葉に、歓声が上がる。

「おーい神楽ー。ボール取りに行こうぜー」

智樹に声をかけられ、倉庫へ向かう。

「ボールどこにあるんだよ?」

「智樹知らないのか!?」

「え、なんでそんなに驚いてるの?」

「知っててきたわけじゃないのか!」

呆れる。

体育館からは「まだかー」と聞こえてきた。

焦って、マットの裏を覗き込む。

「あ、あったあった。こんなところにあっ――――。」

神楽は途中で言葉を止めた。

鳥肌が立つ。

手が、足が、震える。

薄暗い倉庫の中、わずかに発光して見えるそれ。

今朝目の前に見た、


青白い手。


悲鳴さえ上げれなかった。

後ずさりする。

「と、智樹―――」

やっと出た言葉がそれだった。

「なんだー?見つかったか?」

神楽が見ている先を覗き込み、智樹はほっとしたように笑った。

「こんなとこにあったんじゃわかんね-よなぁ…。神楽?どうした?」

見えて、ない。

神楽は何もしゃべれなかった。

俺が見てるのは幻覚か?

智樹には見えていない。きっと幻覚だろう。

でも、あの手は、朝見たのと同じだ。

不自然に曲がった指。

その手は、肘のあたりまで見えていた。

その下はボールに埋もれている。

手はおいでおいでをするように曲げたり伸ばしたりを繰り返していた。

「?どうしたんだよ神楽…?」

智樹はボールが入っている籠と神楽を見比べる。

神楽はまた一歩、後退った。


瞬間、吸い寄せられるようにボールとボールの隙間に目がいく。

その隙間から、目が見えて。


三日月型に、細められた。



     *     *     *     *     *



その後のことは、よくわからない。

智樹の話しによると気絶したらしい。気付くと家にいた。

倒れたとだけ聞いた母は、

「寝なさい。きっと疲れているのよ。」

そう言って、神楽に寝ることを進めた。

だけど、神楽に寝れるわけがない。母は知らないから、そんなことを言えるのだ。

寝てはいけない。

寝たら、また、あの夢を見てしまう。

「神音…。」

ふと気付くと、わからないままの名前を口にしていた。

祖母が生きていたら、聞くことが出来ただろうか。

というか、あの夢と関係ないことのはずなのに、なんで今考えているんだろう…。

神楽はつらつらと考えながら思う。

目を閉じると、引き込まれるように眠りについていった。



あぁ、夢だ。


――神楽。


また、あの声がする。


――その目、私にくれる?


相変わらず、後ろから話しかけてきた。

甘えるように背中から抱きつかれる。

ひんやりとした腕。

氷をそのまま押しつけられているような気分になる。


――あぁ、でも…


耳元で声がする。

吐息でくすぐられる感触。

寒気がした。


――私は死んじゃってるから、目だけ貰っても仕方ないのかなぁ…?


わざと脅かそうとしているようなしゃべり方だ。

神楽の恐怖心を揺さぶる。

目だけでないのなら、後は何をよこせと言うんだ。


――そうだなぁ、もらうとすれば…………


もう聞きたくないのに、動くことが出来ない。

腕も、足も、…体すべて。

声の主は笑いながら、神楽の体をいとおしそうになでた。


――この体、全部。


ぎゅっと抱きしめられて、神楽は息が止まるかと思った。

冷たい。体すべてが。

体が触れているところから、自分が凍っていくような感覚。

神楽は、声にならない悲鳴を上げた。


――そんなに怯えないでよ、神楽。


優しい声だ。

だけど、怖かった。優しさの中に見え隠れしている、この世界すべてを食らうような強さ。


――私はあなたの、  なんだから――



「……?」

神楽は目を開け、ぼんやりと天井を見ていた。

何度か瞬きをし、目が覚めたのだと自覚する。

時計を確認した。


2:18


「真夜中じゃないか…。」

しかも丑三つ時だ。

倒れてから早退して、それから何も食べていない。

昼食・夕食抜きである。さすがに腹が減った。

自分の部屋を出て、リビングへ向かう。

母も起きていない。もう寝たようだ。

電気をつけて、きょろきょろと辺りを見回す。

ふと、テーブルの上にある物に気付いた。

某スーパーのチラシがかかっている。それを取ると、そこにあるのは冷え切ったご飯と唐揚げ4つ。

母が、自分の分を取っておいてくれたのだ。

「…頂きます。」

手を合わせて食べ始める。

唐揚げは冷たくなっていたけれど、それでも十分おいしかった。


ごとっ


ふと背後で音がして、神楽は硬直した。

振り向けない。

手が震える。

箸が手から落ちて、からんと乾いた音を立てた。

母かもしれない。ちょっと起きた父かもしれない。

そう考えても、神楽は振り返ることが出来なかった。


「神楽。」


あの気配だ。冷たいあの感覚。

異様に優しい声。その中に見え隠れしている強さ、恐怖、狂気。

あの、夢に出てきた―――――――


「どうしたの?神楽。」


どうして?

どうして、この人がここにいる?俺の家にいる?

夢に出てきただけじゃないのか?


「あぁ…私がなんでここにいるか、知りたいんでしょ。」


くすくすとわらいながら、いたずらっぽく彼女は言う。

神楽の気持ちをすべてわかっていて、彼女は言う。


「忘れているの?神楽。」


ごとっ、ごとっ


さっきの音が聞こえてくる。

近づいてくる、冷たい気配。あぁ、さっきの音は彼女の足音なのか。


「私がほしがっている、その目。」


ごと。


すぐ後ろでとまる。

くすくすと、彼女はまだ笑っている。その笑いがリビングに響いている。

笑い声がこだまして聞こえて、神楽は耳を覆った。

夢とは違って動ける。

彼女の顔を確認するのも容易なことだった。

だけど、振り向けなかった。

その先にある恐怖を想像すると、振り向くことなど出来るわけがなかった。


「その目は、見た物をすべて正夢にする。」


耳をふさいでいるのに、彼女の声ははっきりと聞こえた。

そうでしょう?と、彼女は笑う。

馬鹿にするように。嬉しそうに。


「あなたの夢に出て、正解だったわ。」


彼女の手が、神楽の頬を抑える。

動かせない。

冷や汗が浮かぶ。さっき食べたばかりの唐揚げが逆流してきそうだ。

気持ち悪い。


「これは正夢…あなたの夢に出たからこそ出来ること。」


ひどく楽しそうだ。

最初から、神楽の夢に出ることが目的だったみたいに。


「ねぇ、神楽?」


頬を押さえていた手に力がこもり、神楽は無理矢理上を向かされた。

そこにあったのは、


首の中間あたりまでの、血に濡れたショートカット。

頭は割れ、眉間あたりから血が出ている。

つぶれた右目。

狂気にゆがめられた口。

そして、満足そうに笑っていた、彼女の姿だった。


「っうわぁぁあぁああぁあぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!!!!!!」


神楽は絶叫した。

彼女は、頭が割れている。

それなのに、笑っているのだ。

満足そうに、嬉しそうに、楽しそうに。

怖かった。

狂気という名の、凶器。

その傷からして、ひどく冷たいからだからして、彼女が死んでいるのは確かだった。


「神楽…なんで叫ぶの?もっと嬉しそうにしてよ。」


神楽の反応に、彼女は不服そうに言った。

それでも、笑顔は消えない。


「あぁ…まだ私は、怖がられるような感じなんだね。じゃぁだめだ…。」


彼女は腕をぶらんと垂らす。

狂気に満ちた笑顔で、彼女はこう言った。


「まだ足りない。やっぱりダメだよ、神楽。もっと、もっと―――。」


彼女は震える手で自分の顔を覆う。

まだ足りない、と何度も何度も呟く。


「やっぱり、神楽の体がほしい。」


神楽は、肩を揺らした。

手が、さらに震える。


「神楽、ねぇ、神楽…?」


彼女の笑顔は消えない。

ゆらりゆらりと、神楽に迫ってくる。

神楽は逃げれなかった。動けなかった。

足に力が入らない。

神楽はフローリングの床に尻餅をついただけだった。


「あなたの目、その顔、その体、その声、その生活、あなたのすべて。」


「あ、あぁ…あ」

神楽は声にならない声を上げ、後退る。

笑顔が怖い。

その、彼女の存在すべてが、怖い。


「私に、ちょうだい?―――可愛い弟、神楽―――。」


「―――え…?」

神楽は動きを止めた。

弟?

彼女は今、そう言った。

俺が、彼女の、弟?

彼女は誰?こんなにも俺につきまとう、彼女は、誰?


「神楽…?目が覚めたの?」


彼女ではない声が聞こえた。

リビングのドアの方を見ると、そこには母がいた。

眠そうに目をこすり、ほっとしたような顔をする。


――神楽、また来るからね…?


耳元で彼女の声が聞こえ、神楽は息を詰めた。

慌てて辺りを見回す。


誰も、いなかった。



     *     *     *     *     *



翌日の、朝。

大事を取って学校を休むことにして、母に聞こうとした。

彼女のこと。

「母さん。」

彼女は、神楽のことを弟、といった。

ならば彼女は姉か?

わからなくなる。あれは誰なんだ?

「どうしたの?神楽。」

優しげな母の声に、昔の記憶が重なった。

『誰にそれを聞いたの?』

祖母を叱ったあの声。

何故だろう?神音のことは関係ないはずなのに。そもそも、神音とは誰か?

次から次へと疑問がわき、神楽は頭を抱えた。

まず、彼女のこと。

「俺に、姉っているの?」

母は優しげな笑みを浮かべて固まった。

あぁ、やっぱりそうなのか。

「どこでそれを知ったの?」

平静を装うようにして母は聞く。

この反応は、神音のことを聞いたときと同じ。

もしかしたら、彼女は。神音というのは。

「夢で。」

「…何を言っているの?」

正直に言ったらごまかされるかもしれないとも思ったが、嘘をつく必要もない。

案の定、母は呆れたような顔をした。

「…まぁいいわ。そのうち、話さなきゃいけないことだから…。」

それでも、ごまかしたりせずに母は話し始めた。


「あなたには、五歳上の姉がいたわ。」


「でも、あなたが生まれるちょうど一年前に…交通事故で死んじゃったの。」


「…前、あなたが神音って誰?って聞いたことあったわよね…。」


「お母さんが言ってた。神音も、神楽みたいに正夢が見れるとしたら良かったねって。」


「正夢が見れる?そんなのあり得ない。確かに、正夢が見れたら神音は死ななかったかもしれないけど…。正夢って言うか、予知夢かしら。」


「――あぁ、そうね。まだ言ってなかったわ。彼女の名前は、神音。」



部屋に入って後ろ手にドアを閉めた。

母の話は、意外だった。だけど、どこかわかっていたような気がした。

神音という姉の存在。

自分の誕生日である7月26日の、一年前。

交通事故で、神音は―――彼女は、死んでしまったと。

「神音…。」


「呼んだ?」


ふと、耳元で声がして、背筋が粟立つ。

振り向き、後悔した。

「っ…!」

叫ぶのを我慢する。

昨日の夜に見た、あの顔がすぐ目の前にあったのだ。


「また来たよ、神楽。」


にっこりと、彼女――神音は微笑む。


「神音、さん…。」


「お姉ちゃん、でしょ?」


神音は嬉しそうに嬉しそうに、そして心底嫌そうにくすくす笑った。


「あーあ、どうして?」


「どうしてって…?」


「どうして、あなたは生きてるの?ねぇ、どうして?」


不思議そうに首を傾げて、彼女は問う。

その奥にあるのは、深い憎悪。


「どうして?私は死んだのにあなたは生きてる。どうして?」


神音の手が首に伸びた。

その手を振り払おうとして逆に振り払われる。


「姉弟なのに、なんで?なんであなたは生きてるのよ。私は死んだのに。おかしいじゃない。」


理不尽だ。

だけど、自分の存在を知らされずに、安穏と暮らしてきた弟を見たときの神音の気持ちは、神楽に分かりはしない。


「もしかしたら、逆だったかもしれないのに!あなたが先に生まれて、先に生まれたあなたが死んでいたかもしれないのに…!」


首を掴んだ神音の手が、神楽の首を締め上げる。

息が出来なくなり、神楽は大きくえづいた。


「どうして、どうして、どうして―――――!」


ぎりぎりぎり、とさらに強く締められる。


「ふふ、だから私はやり直すの。」


やり直す?

神楽はもうろうとしてきた意識の中で疑問に思った。

彼女は死んでいるのに。

やり直すとは、なんだ?


「あなたの体を貰うの。私が神楽になって、あなたが神音になる。いいじゃない、それで。あなたはもう十分生きたでしょ?」


彼女が何を言っているかわからなくなり、神楽は眉をひそめた。

息が出来ない。


「そうすれば、予知夢の力で、私は死なないわ。まぁ、いつかは死ぬだろうけれど…。」


「だから、あなたの体をちょうだい神楽。あなたの代わりに私が生きるから。」


そう優しく微笑まれ、彼女が生きれなかった悲しみを思う。

自分は生きれなかったのに、神楽おとうとは生きているのだ。

どうして?

どうして神楽ばっかり―――

私も生きていたら、神楽みたいに、なっていたかもしれないのに―――

それはすべて、神楽に対する嫉妬。


「ね…え、…さ…」

必死に声を出す。


「あら、喋りたいことでもあるの?いいわ、私が聞いてあげる。」


首をふっとゆるめられる。

空気を思いっきり吸い込み、神楽は盛大にむせた。


「で、なに?」


「姉、さん。」


「なによ?」


「姉さんは、俺になりたいの?」


「…?そうよ。」


「…それ、ダメだと思う。」


「!?どうしてよ!」


「だって姉さん、そしたら神楽としか見てもらえないんだけど?」


「………。」


神音は、自分を見てほしかった。

神楽ばっかりかまわれて、死んでしまった自分が見てもらえないのが嫌だった。

それなのに、神楽になりすましたら。

結局、神音としては見てもらえない。

所詮、『神楽』なのだ。


「…っそれでも、私は…!」


神音は顔を覆い、嗚咽し始めた。


「見てもらえるならそれでいい。誰だろうと、それでいいの…!ただ挨拶を返されるだけでも、それだけでもいい…見てもらえれば、それでいい…。」


しゃがみ込んで、神音はそう言う。

神音の姿は神楽と同じ年齢あたりだったが、今は4,5歳…。

神音が死んだのは5歳の時。年相応の姿になったのだ。


「姉さん。」


「………。」


「俺が、みるよ。」


神音はうつろな顔をして神楽を見上げた。


「姉さんは嫌かもしれないけど、俺の夢に出れば、俺はいつでも姉さんのこと見れるよ。」


神音は惚けた顔をしてそこに座り込む。


「…そ、か。」


「…姉さん?」


「私があんなことしなくても、神楽は私のこと、見てくれたかもしれないんだ―――。」


あははっ、と小さく笑う。それもまた年相応に見えた。


「なんで、あんな馬鹿なことしたんだろ…。」


「姉さん…。」


「ありがとね、神楽。私の、可愛い弟―――。」


神音は立ち上がってそう言うと、すぅっと薄くなって、消えた。


後に残るのは、呆然と立っている神楽のみ。



     *     *     *     *     *     



――神楽。かーぐらー。


夢の中、神音の声がする。

楽しそうに、神楽を呼ぶ声。


――何、姉さん?


夜の間、夢を見ている間だけ。

神音と神楽は好きなことをして遊ぶ。

神楽が正夢を見れたのは、神音のことを見てあげるためだったのかもしれない。


それは、遊べなかった今までの時間を埋めるような、夢の中の逢瀬。




<END>



読んで頂きありがとうございました。

最後あたりはもうホラーでないような気がしますが、ハッピーエンドで。

少しでも怖いところがあったのなら、喜びます←


ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 最初、神音が出てきたとき、ぞっとしました。 読むうちに、神楽の恐怖が伝わってきてすごく怖かったです。 最後、ハッピーエンドでよかったです。感動しました。
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