世界は勇者を中心に回ってるわけじゃない
あー、あったけー。
「ふぁあ」とあくびを漏らす。時刻はお昼前。暖かな春の日差しが窓から入ってきて実に心地よい。
……やっぱり春っていいよね。
暖かいっていうのもあるけど、それ以上に景色がすばらしい。野山に咲く花、顔を出す生き物たち、ゆらゆらと静かに吹き渡る風。
はあぁ……、平和だ。
このごろタチの悪い魔王やらが増えて大変なわけよ。まあ、オレに出来ることといやぁ、その魔王を倒しにいく旅のお方を泊めることぐらいなものだが。この御時世とにかく大変なわけよ。
まあ、でも。この日和だとそんなことも忘れちまうよ。
えっ? お前いきなり語り出して何様だ、お前のことなんか知りたくねぇよ、マジうざいんですけどだって? いや、オレには確かに聞こえたぞ。世界の果てから聞こえるような、そんな思いがっ!
すいません、申し遅れました。
私は、小さな村で父とともに宿屋を営む者です。歳は二十です。どうか、どうか宜しくお願い致します。
…………許してくれますか?
きっと許してくれたよね? いや、そうに違いない。世の中悪い人ばかりじゃない。オレはそう信じてますよ。
先ほど父とともに経営してるとはいったけど、今このカウンターにいるのは、片肘ついてぼけーっとしてるオレだけなんだよなー。
実は……、実は父が寝込んでしまって……うっ、うう……。
すいません、調子に乗りました。そんなに深刻な話じゃないので心配はいりませんよ。末期ガンとかそういうのじゃないから、そのうちけろっと戻ってくると思う。
まあでも父もけっこう歳だから安静にはしとかないとってことで一人で頑張ってるわけだ。
数日やって気づいたんだがこの仕事、一人でこなすのって意外ときつい。たぶんオレが継ぐことになるんだろうけど。
オレの名前聞いてないよだって?
なんか開始早々気のきかないやつですいません。どれだけオレができない子かってことがよく伝わったことでしょう。
オレの名前はハロルド・マゼラン・レオン。さっきもいったけど、父が寝込んでいるので一人で宿屋を切盛りしている。
うるせぇな! いいだろ、ちょっとぐらい長くてもさあ! 脇役だってなあ、ちゃんと名前だってあるし、ミドルネームもあるんだよっ!
魔王を倒す勇者ばかりが英雄じゃねんだよ。旅の疲れを癒す宿屋があってこその勇者だろが!
勇者ばっかがいい名前つけられてて悔しいよ。魔王を倒した勇者の伝記とか読む限りじゃ、宿屋のあるじの名前省略されてんだろが! 載っても呼び名だけ。オレの場合だとレオンとか。
脇役だって名前は普通に長いのっ! 分かったか!
一人で心の中で葛藤していたオレだったが、来客を告げるベルの音で我に返った。そして来客が入って来るであろう扉の方を見た。オレはこう一言。
「いらっしゃい、ま…………」
言葉を失った。
入って来た客はいかにも旅の魔法使いという格好であった。
縦長の空色の帽子に黄色の十字架の印。顔から下は非情に説明がし難いのだが、かぶりものと同様に空色で黄色のラインが入っている。たとえるなら、下半身はロングスカートのようで足が隠れるほど長く、上半身は、それはもうがっちりと強化されたような長袖の服のようであった。これがいわゆる魔法使いの格好なのだ。
だが、言葉を失ったのは服装のせいではない。
その魔法使いは、オレの世界がまるっきり反転するほどの超綺麗な方だったのだ! それも超タイプ。
水を薄く切って張り付けたようにつややかなその肌。まとっている衣服よりも透き通った水色の瞳。ストレートに伸ばしたそのロングの黒髪。
美人という言葉がこれ以上あう人はいないのではないかと思うほどだ。
あぁー。付き合いてー。
はじめに脳に浮かんだのがその一言だった。
「あっ、あのー、どうかされましたか?」
透き通るようなその声。他に何色も混ざっていないような純粋な透明。
そんな声を聞いて、ふと我に返った。
「あ、いっいえ! いらっしゃいませ」
や、やべー! 目ぇ合ってるよ、目。現在進行形で! そんな綺麗な目で見つめないでくれ!
「宿泊ですか? 休憩ですか?」
ふぅ。何とか冷静にかまずに言えたぞ。こんな綺麗な子に見つめられて冷静でいられるオレは称賛にあたいするぞ。いや、冷静ではないけれども。
「休憩でお願いします」
「二〇Gになります」
くそっー。ほんとは金なんて請求したくないのにー! もう泊まっていただけるだけでそれが代金がわりですよ。むしろこんな所に泊まっていただけるならこちらが払いたいぐらいだわ!
そんな気持ちとは裏腹に二〇Gを差し出す魔法使いのお方。
むむっ。心苦しい。
「では部屋へ案内しますね」
仕事だからしかたないか。そう割り切って次の行程に取り掛かろうとした。
が。
「ありがとうございます。でもここでいいです。ここに集まることになってるんで」
な、なんだぁ! その笑顔はっ。『キュンッ』ってなったじゃねぇか『キュンッ』って。
どんだけ好感もたせる気だよ。あなたが登場してから好感度のパロメーター上がりぱなしっすよ? すでにMAXなんですけど!
「じゃ、じゃあそこの椅子どうぞ」
オレは一階にある唯一の家具といってもいい、大きめのテーブルとその周りに置かれた四つの椅子を示した。
その子はまた透き通るような声で「ありがとうございます」と言い、その椅子の方へ向かった。
オレから顔が見えるように座った彼女にオレは話しかけた。
「あの、名前はなんというんですか?」
やばい! なんかナンパっぽくなっちまった。てかよく普通に話しかけれたなオレ。
「私ですか? 私はリシスです」
そんなオレに笑顔で答えてくれるリシス。
くそっ、やっぱかっこいい名前じゃねーか。おそらくこの子は勇者を回復魔法とかでサポートをするポジションの子だな。その勇者が伝記になるんだとしたらこの子はフルネームで書かれるんだろな。
そんでオレは途中で立ち寄った宿屋のただの若者。もしくはそのシーン自体ばっさりカットとかになりかねん。
まあまだリシスが勇者と旅をしてるって決まったわけじゃねーけどな。この格好からしておそらくそうだろう。
「待ち合わせしてるって話ですけどどういった相手なんです?」
うっ。なんか思ったよりいやな言い方になってしまった気がする。これじゃ遠回しに彼氏いますか? って聞いているようにしか思えんぞ!
だがこんなもの言いにも気を悪くせず答えてくれるリシス。
「私、仲間と各地を旅をしてまわってるんです。最近、町や村をあらしに下りてくる魔物が増えているもので。平たくいえば旅仲間といったところですかね」
やはり、オレの予想はあたっていたか。まあこんな格好でただの村の娘ですとか言われたら軽く引くしな。どんだけ美人でも。
そんな一方的な質問に区切りがついたころ、再び来客を告げるベルがなる。
たぶんこの子の連れなのだろう。
「いらっしゃいませ」
入って来たのは、かなりゴツい筋肉隆々の男と、少し痩せがたの弓使いらしき男だった。その証拠に背中には弓とその矢が背負われていた。
先導して入ってきた筋肉男は入って来るなり、リシスの姿を見つけ話しかけた。
「よう! リシス。悪いなぁ、待たせちまって」
おおっ……。想像通りの声としゃべりかた。これだけ聞いただけでこの人は陽気な男なんだろうと予想がつく。
この男は見た目からしてファイターといったところか。ファイターというやつは接近戦を得意とする職業のことで、攻撃力に長けている。
んでこっちの痩せた弓使いのほうは名前の通り、弓を使った遠距離攻撃で仲間を援護する職業。
「いえいえ、お使いご苦労さま」
そう言って優しく微笑むリシスこと魔法使い。
オレも「ご苦労さま」とか言われてー!
これで、魔法使い、ファイター、弓使いと揃ったわけだがやっぱなんか足りねーよな。そう、伝記などでも主役として扱われることも多い、一番かっこよくて目立つ職業。それだけが「勇者」とよばれることもあるパーティーを引っ張るリーダー的存在。
そう剣士だ。
案の定やはり一人足りないようで三人はしゃべりだした。
「やっぱりあいつはまだ来てないのか?」
ファイターの男が言う。
「来てないわよ」
「あいつオレ達に買い出しさせといて、とうの本人は比較的弱い魔物を倒して経験をつんでるときたもんだ。あいつぜってー良いとこどりしようとしてるぜ。オレ達は援護役で十分ってことだろ? あの鬼畜ナルシストやろうが!」
え、ええええぇぇえ? 何を言うかと思えば、弓使いの兄ちゃん。開口一発何言っちゃってんの? 鬼畜ナルシストって悪口以外の何者でもねぇだろ。
「ちっ。あのタコ野郎! そのくせダメージくらったら、私に回復しろっていうんだから、たまったもんじゃねーよ」
年頃の子が親に反抗するかのような態度で舌打ちするリシス。
た、タコ野郎だと……。しかも語尾が「じゃねーよ」だよ。
う、うそだろ……。リシス、あなたまでそんなことを。
オレの中で常にMAXを維持していたリシスの好感度は、いきなり急降下し、今やマイナスに突入していた。
うーん、たとえるなら火山から急に雪山に瞬間移動した感じ?
はあ、なんか急に冷めたわ。間違っても女の子があんな言葉はいちゃ駄目だろ。うん、いくら綺麗な人でもあれは無いわ。
ていうか、もう一人の人どんだけ嫌われてんだよ。ほんとに勇者なのか? なんか不安になってきたぞ。
その後も三人は聞くにたえるような悪口やら、日頃の鬱憤などをずっと愚痴っていた。
やっぱりどんな勇者でも裏では言われてるのかねー。こんな会話聞いてるとオレも怖くなってくるよ。オレも裏では言われてんのかなー。
あー、やめよやめよ。こいつらの話聞いてるとこっちの気分が悪くなっちまう。
「その、もう一人の人ってどんな人なんですか?」
ギロッ。三人の目が一気にこちらを向く。
こ、こわ! やっぱ聞くのやめときゃよかった。でもそんなに言われる人ってどんな人なのかなって気になっちゃったんだよ。チクショー! 好奇心にはかてねー!
「私たちのリーダーです。たよりになる剣士ですよ」
優しく答えてくれるリシス。
はい、うそ! 絶対、うそ! さっきまで愚痴ってたくせに何言ってんの。しかもしゃべりかた元に戻ってるしっ。
オレの表情を読みとってか、リシスは小鳥のように首をかしげた。頭の上に?マーク
でも出そうな表情だ。
騙されんぞ。そのかわいい顔の裏に隠してんだろ? 本当はオレがなんでこんな表情かも分かってんだろ! けっ。白々しい。
オレはひとしきり突っ込んでから、再びぼけーっとし始めた。
魔法使い、ファイター、弓使い、そして剣士。どっかで聞いたことあるんだよなこの組み合わせ。はて、どこだったかしら?
そんなことをオレが考えているうちにも、この三人はまだもう一人の仲間の愚痴を言っていた。それも最初よりも勢いが増しているように感じるのはオレだけだろうか。
どんだけ嫌いなんだよこいつら。そろそろ悪口つきてきてもいいころだろ。
その時今日三度目の来客を告げるベルがなった。
あの男の登場だ。自分の知らないところで散々愚痴られた可哀想な男だよ。
きっとこの先も知ることはないだろう。知らずにリーダーとしてやっていくのだろう。裏ではリーダーと思われて無いのに、自分は張り切ってリーダーを努める。なんて可哀想なことだろうか。
オレは複雑な心境で一言。
「いらっしゃい、ま…………」
オレはあの時のように言葉を失った。
入って来た男は予想通り剣士の男だった。
全身がっちりと堅められた銅の防具で、背中には重そうな大きめの剣を背負っている。
かっ、かっこいい。
茶色に染めた長い髪に整った顔立ち。男のオレが見てかっこいいと思うのだからそうとうかっこいい。
でも、顔と性格は別物だしな。それはさっきの出来事でよく学んだよ。
さあ、あの三人はどうだ。罵倒か、悪口か、それとも無視なのか。
「ヘイト、魔物退治お疲れさま!」
「おおっ。傷一つ無いところを見ると余裕だったのか」
「買ってきたパンあるけど食べるか?」
えっ……。何この変わりよう。こわっ!
リシスおもいっきりしゃべりかた元に戻ってんじゃん。それにどうした、弓使いの兄ちゃん。何が「パンあるけど食べるか?」だよ! さっきは鬼畜ナルシストとか言ってたくせに何ころっと態度変えてんの?
あー、なんか色んなことすっ飛ばしてすごいわ。本当に尊敬にあたいするね。逆にここまでくるとすがすがしいよ。
「ありがとう。でもいいよ。次に行かなきゃいけないところもあるしね」
イケメン剣士ヘイトは爽やかにそう言う。
「じゃあ、ちょっとぐらい安んでからでも……」
リシスは例の透き通るような声で言った。
「いや、行こう。わがままを言ったぶんおまえらに迷惑はかけられない。オレのことは気にするなまたまだ体力は有り余ってる」
この人、もしかしてすごい良い人なんじゃないの? あの三人も態度を変えたとかじゃなく本当はすごくリーダーとして頼りにしているのかもしれない。
三人はヘイトの言葉を聞いて席を立った。
本当に嫌いならこんなに嬉しそうに立ち上がらないよね。仲間だからこそ思うところも少しはあるのかもしれない。でもそれに勝る良いところがあるから一緒にいるんじゃないの? オレはそう思うのである。
ヘイト率いるいっこうはもう扉を出ようとしていた。
……あっ! 思い出した。
魔法使い、ファイター、弓使い、剣士。何か聞いたことがあると思ったら…………。
「あの! あなたたち、雪山のウルフマンを倒した方達ですよね!?」
極北にある小さな村の近くの雪山に現れるというウルフマン。そのウルフマンを倒したという四人組の話。一人は凄腕の美人魔法使い、一人は頭脳明晰の弓使い、一人は怪力のファイター、そしてもう一人は仲間思いの勇気あふれるイケメン剣士。
その四人の活躍でその村は救われたという。
オレの言葉に反応したのか、四人は一度足を止めたが何も言わずに出ていってしまった。
彼らなら魔王を止めることができるだろう。ほんの少しでも役にたてたなら幸いだ。
もしこの宿屋が無かったらどうだろう? 彼らは集まることができなかったかもしれない。そう考えると少しは役にたてたのかもな。
そしてその翌日。
なんと彼らが傷をおってこの宿屋に戻って来たのであった。
出血は酷かったが、そこまで傷は深くなく、復帰した父とともに怪我の手当てをしていた。
話を聞くと洞窟に巣食うドラゴンが手ごわくて敵わないとのことで、しばらくこの宿屋を拠点にする腹づもりらしい。
結果からいうと一ヶ月ほどでドラゴンは倒し、さらにその一年後には魔王を倒した。
そしてその物語は伝記となり、後世に語り継がれることとなる。
それにはこうも記されていた。
キラウェア洞窟のドラゴンとの死闘の間、彼らの生活を支えた宿屋の若者レオン。ドラゴンとの死闘において彼の存在はたいへん大きなものであった。
と。
ははっ。やっぱりフルネームは載らなかったか。
まあ、でもこうして名前が載っただけでもえれーことだよな。脇役を代表して載ったわけだしな。
私は、小さな村で妻とともに宿屋を営む者です。歳は七〇歳です。脇役です。
でも、魔王を倒す勇者だけが英雄じゃない。
彼らが使っている剣や防具は武器屋で買ったものだし、彼らの腹を満たすのは食堂だ。そして彼らが休息をとったり寝泊りをするのは……そうここ。宿屋だ。
それらの人達は脇役とよばれるが、主役が魔王を倒すために必要な力の根源は脇役にあるといってもいい。
いや、そうとしか言わない。断言する。
世界は勇者を始めとする主役を中心に回ってるわけじゃない。
オレ達脇役が世界を回しているのだ。
私はそう思うのである。
短編に初挑戦です!
まあいっても二作目ですけどね・・・。
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