網かけ調べ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
網にかかる。
人によっては、なじみがあるかつ、あまり使われたくない言葉だろうな。取り締まりに引っかかることも意味するからな。
人は自由に憧れることしばしばだが、本当に自由で自分勝手にふるまうと、とがめられることがほとんどだ。自分はよくても、相手の自由を侵害することになっちゃうからな。本当に自由ができるのは仮想の空間の中だけ……という感覚も、あながち間違いじゃないかもしれない。
この肉体があるだけでも、縛りは多く存在する。生理機能うんぬんのみならず、外部に設置された網をくぐることができずに、捕まってしまう可能性がね。
僕がずっと前に経験した、アミに関する話なんだけど聞いてみないかい?
学生の時分、校門の前などで持ち物検査を受けた経験、君にはないか?
僕の学校ではあった。たいていは一か月に一回といったペース。人によって、これを多いととるか少ないととるかは、判断が分かれるところだろう。
不要物を持ち込むのを禁ずる。校則にも書かれている以上、文句をいうのはあくまで個人的な感情にすぎない。どうにかブッチしようと策略をめぐらせる子もいたが、僕は粛々と受け入れる側だったよ。
持ち物に関しては問題ないし、持ち物チェックをする風紀委員の子に、ちょっといいなという娘もまじっていたっていうのもある。物理的にその子と距離を縮められる時間があるなら、そう悪いもんじゃなかったのさ。
だから、その検査強化月間の到来はうれしかったり、驚いたりと複雑な印象だった。
誰が何の不要物を持ってきたかなどは、個人的な指導にとどまると聞いている。いったいどれほどの生徒が摘発されているかは風紀委員しか知らないはず。
そこで、この抜き打ち強化月間の到来となれば、何かやばいものでも見つかったんか? と疑うのは、別にそこまでおかしいとは思わないんだけどね。
その日も、家を出発前に持ち物を確認。教科書や筆記用具といった必要なものだけ入っているのを見て取ってから、家を後にした。
校門前。
やはり今日も、風紀委員の皆さんが並んでいる。すでに先客の生徒が足を止められ、通学カバンの中身をのぞかれていた。
この強化月間に入ると、持ち物チェックは毎日のように行われていたよ。痛くもない腹を探られる側としてはプレッシャーだし、うっとおしくもあったんじゃないかな。
ほんとう、何が原因でこのようなことになったのか? 並んでいながらも考えをめぐらせる僕だったが、並んでいる最中に、何度か足がすーすーする感触に襲われる。
スラックスとソックスに覆われ、あらわになっている肌の部分はない。厳密には裾の部分にはわずかなすき間があるけれど、そこから入り込んだものが、鳥肌の立ちそうなほどに肌を冷やすだろうか?
風邪とかなら勘弁だなあ……などと考えながら、順番が回ってくる。ちょうど、例の娘のところだった。
彼女にはこれまでも何度か検査してもらったことがあるが、今回はそれに輪をかけて丁寧だ。教科書やノートの一冊一冊も、わざわざ手に取ってパラパラめくっていく。まるで検品作業だった。
「なあなあ、どうして今はこんなに力を入れてんの?」
検査中の彼女へ尋ねてみる。遠距離オンリーの一方的な片思いではないからね。お互い、見知った仲ではある。
「『網にかかる』のを待ってる」
「アミ……?」
「そ。こうしていつもより時間かけるのも、その一環。もちろん、検査もしているけどね。あたしたちは網を張って待ってるの。ほんとの目当てが来るのをね」
そうして僕の荷物チェックも残りわずかになったところで。
あの、すーすーとした冷えが走った。
今度は足元のみにおさまらない。腰を伝い、背中を伝い、うなじから顔いっぱいにまで、寒気が一気に広がるのを感じた。
「……かかったみたい?」
つぶやいた彼女が、めくっていた教科書をカバンの中へしまうと、僕の肩へ手を伸ばす。
右、左と一回ずつ肩たたき。とたん、僕は自分からひざを折ってしまいたいほどの脱力感に襲われる。
どうにか踏ん張ったものの、上半身もまた崩れ落ちそうだ。重いものを乗せられたというよりも、身体の支えとなる骨がいっぺんになくなってしまったかのようだ。
彼女に肩を貸される形で保健室へ運ばれたけど、神経もまともに動いている様子がなくってね。制服越しの彼女との接触面もかすかにごわごわとしたものを感じるのみで、ベッドで寝かされても、背中へ感じるのは大差ない感触だったなあ。
そこで横になったまま、保健室の先生に靴下を脱がされる。このとき、上半身をあまり起こすことができなかったんだけど、足の指の付け根あたりに針を刺されたんだ。
注射針のような、真っすぐのものじゃない。雨のしずくのように折れ曲がった形状は、ほぼ釣り針のそれだった。
ざくりと刺されたそれが、ゆっくり抜かれていくとき。僕の中では、肩を叩かれたときに抜けてしまった、骨の支えがじわじわと身体の中へ満たされていく。神経も戻ってくる。
足裏へ痛覚が戻ったのは、ことが済むまでだったから、痛みを感じ始めたのはだいぶ遅くになってから。そのときには先生が釣り針を身体から抜き終わっていたよ。
その針先に刺さっていたのは、赤い血をところどころこびりつけていた、黄色いなまこのような細長い帯状のものだったよ。指でつまめそうな細さのそれは、実に1メートル以上の長さがあった。
先生としては詳しいことは話せないものの、こいつは学校への侵入者、スパイのようなものだと話してくれたよ。
どうにか人と一緒に潜り込んで、情報を集めようとするもの。誰の思惑によるものかは分からないが、こうして人間世界のものを探り出そうとする。
その気配や疑いが濃厚なとき、ああして持ち物検査を強化しながら、連中が尻尾を出すのを待つのだという。




