プロローグ
静まり返った田舎町で、静かに侵食していく異変。自分と同じ顔をした「何か」が暗闇を歩く恐怖を描いた怪異ホラーです。
夜の冷気が、網戸の隙間からすっと部屋に忍び込んでいた。
大学生の裕太がこの古びた借家に引っ越してきてから、ちょうど一週間が経つ。東京の大学に通いながらも喧騒に馴染めず、家賃の安さに惹かれて選んだ山あいの小さな田舎町。聞こえるのは虫の声と、風に揺れる木々のざわめきだけのはずだった。
枕元のスマートフォンが震えたわけでもないのに、裕太はふと目を覚ました。時計の針は午前三時を回っている。喉の渇きを覚えて台所へ向かおうと立ち上がった瞬間、玄関のほうから**「コツン」**と小さな音が響いた。
泥棒か、あるいは野良猫か。息をひそめて廊下を窺うと、すりガラス越しの街灯の光の中に、人影がひとつ浮かんでいた。
その影はドアノブにそっと手を伸ばすと、ゆっくりと回そうとした。カチャリ、と鍵の開かない金属音が静かな家に重く響く。裕太の背筋に冷たい汗が伝った。
「……誰だ?」
掠れた声で呼びかけると、ドアの向こうの人影はピタリと動きを止めた。数秒の気味の悪い静寂の後、影はゆっくりと立ち去っていく。足音ひとつ立てずに。
恐怖に震えながら朝を迎え、裕太がおそるおそる玄関の鍵を開けると、そこにはお隣に住む一人暮らしのおばあさんが立っていた。手には出来立ての惣菜が入ったタッパーを抱えている。
「あら、裕太さん。おはようございます」
おばあさんは、まるで身内を見るような温かい笑顔を裕太に向けた。
「昨日の夜は、本当にありがとうねぇ。庭の雑草を全部抜いてくれたでしょう。腰が痛くて困っていたから、本当に助かったわ。裕太さんは、本当に親切な学生さんね」
「……え?」
裕太は言葉を失った。昨夜、自分は一度も外に出ていない。ましてや人の家の庭掃除など、するはずもなかった。
「あの、僕……昨日はずっと寝ていて——」
否定しようとした裕太の言葉を遮るように、おばあさんはふふっと微笑んだ。その瞳の奥には、どこか異様な、底知れない暗がりが宿っているように見えた。
「謙遜しなくてもいいのよ。あなたのそのお顔も、大きな背中も、暗闇の中でしっかり見えましたもの」
朝の眩しい日差しの中で、裕太は強烈な寒気に襲われた。
自分ではない「何か」が、自分の顔をして、この町を歩き回っている。
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自分と同じ姿をしたナニカが生活範囲に潜んでいる……という、ドッペルゲンガーや都市伝説のような不気味さをテーマに執筆しました。
静かな田舎町でじわじわと恐怖に追い詰められていく裕太の運命を、ぜひ最後まで見届けていただけると嬉しいです。面白かったらブックマークや評価をよろしくお願いします




