第二章 雨の森を往く
廃墟の境内を後にした瞬間、雨はまるで天が哭いているかのように激しさを増した。
ざんざんという激しい水音が木々の葉を叩き、地面を叩き、すべてを飲み込もうとするように降り注いでいた。
黒崎零はルリアを背負う形にしていた。
少女の細い両腕が零の首にしっかりと回され、濡れた銀髪が零の肩に張り付いている。
ルリアの体は軽かったが、傷の痛みで時折小さく震えていた。
「零……ごめんなさい……重い……よね……」
ルリアの声は零の耳元で弱々しく響いた。
零は低く答えた。
「黙ってろ。声を出せば追手に気づかれる。
傷が開くから、できるだけ体を預けていろ」
森は深く、木々が密集して視界をほとんど奪っていた。
足元は泥と落ち葉でぬかるみ、零の黒革旅靴がずぶずぶと沈むたび、冷たい水が靴の中に染み込んでくる。
雨が木の葉を叩く音、遠くで獣の遠吠えが響き、時折木々の間から聞こえる金属の擦れるような音が、零の神経を尖らせていた。
聖騎士団の残党がまだ追ってきている可能性は高かった。
零の黒い旅装束は雨と血で重く、羽織の表面にルリアの血が広がり、冷たい感触が肌にまとわりついていた。
背中のルリアの体温だけが、わずかな温もりとして伝わってくる。
零は右腕でルリアの体を支え、左手に鬼哭丸を握ったまま、いつでも抜けるように構えていた。
(守ると決めた以上、絶対に守り抜く。
侍として、一度背中を見せたら終わりだ)
森を進むことおよそ一時間。
ようやく木々が少し開け、小さな岩壁に開いた洞窟を見つけた。
零はルリアをゆっくりと下ろし、鬼哭丸を傍らに立てかけた。
洞窟の中は比較的乾いており、入り口から少し奥に入れば雨の音が少し遠のいた。
「ここで少し休む。傷の手当てをするぞ」
ルリアは洞窟の岩壁に背を預け、浅い息を繰り返していた。
銀髪が顔に乱れ、紅い瞳がぼんやりと零を見つめている。
左の脇腹の傷は深く、血が止まらずに滴り続けていた。
零は刀袋から予備の布を取り出し、水筒の水で湿らせた。
「痛いだろうが、我慢しろ。
魔族の傷は冷えると悪化しやすいと聞いた」
零の指が傷口を丁寧に拭う。
ルリアは小さく顔をしかめ、痛みに耐えながらも零の顔を見上げた。
「零……なぜ、私を助けるの?
私は魔王の娘……人間にとっては敵のはずなのに……」
零は傷の手当てを続けながら、低く答えた。
「侍だからだ。
一度守ると決めたら、理由などいらん。
お前はまだ子供だ。こんな雨の中で死なせるわけにはいかない」
ルリアの紅い瞳がわずかに揺れた。
「……ありがとう……」
手当てを終えた零は、自分の黒い羽織を脱いでルリアの肩にかけた。
「少し休め。
追手が来る前に森を抜ける。
安全な場所まで連れて行く」
ルリアは羽織を握りしめ、小さく頷いた。
外では雨がまだ激しく降り続いている。
遠くで、再び金属の足音のようなものが聞こえた気がした。
零は鬼哭丸の柄に手をかけ、目を細めた。
「休む時間は短い。
すぐにまた動くぞ」
ルリアは零の横顔を見つめながら、静かに思った。
(この人……本当に強い……
私を守ってくれる……)
洞窟の外では、桜の花びらが雨に打たれながら、ゆっくりと舞い落ち続けていた。
二人の逃避行は、まだ始まったばかりだった。




