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鎮静のリング (三人称ver)  作者: 天野鉄心
6/6

旅立ち

 その足取は――といっても足音などしないのだが――、威嚇や警戒のためか慎重で、早晩のように飛び跳ねたり駆けたりといったものではなかった。


 〈坊主一人か。――そんなはずはない〉


 またパッシュの心に淀んだ音が届いた。

 ライルの評した『強欲』や『欲張り』からは想像できない、獣らしからぬ用心深さに思えた。

 などと、余計なことを考えてしまったパッシュは、開きかけた(まなこ)をきつく閉じ、崩れかけた祈りの姿勢を正す。


(落ち着け! 心を乱しちゃいけない!)


 心中で強く言い聞かせ、また心の中で祈りの言葉を繰り返し唱える。

 だが、徐々に大きくなっていくラーテルの気配に、パッシュの心はますます乱されていく。

 その様が判るのか、ラーテルが(わら)う。


 〈ククッ。恐れ。不安。焦り。

 ……それは坊主が『生きたい。死にたくない』と欲しているからだ。

 無論、オレサマを『滅ぼしたい』と願うことも、また『欲』だからな。

 そんな純粋で見苦しい『欲』ほど(もろ)い。

 そんなヤツから憎っくきミッダのオモチャを取り上げて、喰っちまってオレサマの『力』が強くなるなら、このうえないわ〉


 ラーテルの口上に、反射的にパッシュは怒った。

 だが同時に、そうやって〝揺さぶっているのだ〟と、怒りを鎮める冷静さもあった。

 パッシュは祈りの言葉を途絶えさせず繰り返し、情動を平らにして獣に対峙する気持ちを改める。


(思い通りになってたまるものか)


 獣はかなりパッシュに接近してきている。

 ただ、パッシュだけが獣と戦っているわけではない。

 ボロアーとグレイグとルーシア。そして協力を求める声に応じてくれた村の職人や下働きの男手たちも、この災いと戦ってくれているのだ。

 それを思えばこそ、獣の揺さぶりに心を乱して、対策を台無しにするわけにはいかない。


 と、ラーテルが飛び退り、パッシュと距離を取った気配。

 そして、風を切って飛び過ぎる矢の音と、砂地に石が落ちる音。

 駆ける足音と男の雄叫び。


「おおおおおおっ!」


 村人らの牽制に合わせて、潜んでいたグレイグが切りかかったようだ。

 その後もラーテルの飛び退いた先に複数の矢が飛び、投てき用の槍も届いた。

 力あるルーシアの魔法詠唱も起こる。


 しかし巨獣は動じていない。


 〈くだらん。貴様らもあとで喰ってやる〉


 パッシュにだけ聞こえているであろうラーテルの言葉は、通常の武器や魔法では傷付かぬことを嘲笑い、パッシュの動揺を煽り宝具の使用を急がせる意図を感じさせる。

 パッシュは、囮の位置につく前に厳命された、ライルとボロアーの言いつけに歯噛みした。

『何事が起ころうと、好機を待って、宝具の力を行使するのだ』と。

 これは、命がけでラーテルに接近し、剣や魔法で攻撃しているグレイグとルーシアの命さえ後回しにせよ、ということだ。

 それがパッシュを焦らせ、平常心を奪う。


(早く! 早く決着をつけたい! 誰一人、怪我をしないうちに!)


 巨獣は冷酷で冷淡で、邪悪で貪欲だ。

 グレイグとルーシアが倒れれば、パッシュを苦しめるために、加勢に来ている村人を襲うかもしれない。

 被害を最小限に済ましたいという『欲』もまた、ラーテルは狙っていると理解してしまえるがゆえに、パッシュは焦ってしまう。

 目を閉じ、一心に祈りの言葉を唱え続けていても、グレイグとルーシアが苦戦する声や音が聞こえ、村人らの牽制を嘲笑うラーテルの罵倒が心に届くからなおさらだ。


 と、パッシュの心に獣とは別の声が届く。


 《(なんじ)、厄災から耳目を(そむ)けることなかれ。心を澄まし、全ての感覚で厄災を受け止め、鎮静を求めよ》


 早晩、ラーテルの口内で聞いた、導きと同じ声だ。

 パッシュは反発と躊躇を覚えた。

 グレイグやルーシアの命がけの攻防を目にすることが怖かったし、獣の禍々しい姿と暴虐を目にすることが怖かった。

 そして、(かめ)に溜めた水のように平らであるべき心が乱れてしまうことが恐ろしかった。

 しかし、声は《見よ》とパッシュに強いる。


 その瞬間、パッシュの耳を轟音が二度打って、反射的に開いてしまった目に、壮絶な光景が映る。


 夜闇に巨獣ラーテルの姿をを浮き彫りにする、赤と青の閃光の残滓(ざんし)

 赤い光は炎の燃焼であったろう。ラーテルの左前脚から首元を吹き飛ばしていた。

 青い光は氷の槍が無数に貫通したのであろう。ラーテルの右前脚を砕き腹に無数の風穴を穿っていた。

 ボロアーの魔法に違いない。

 獣の損傷は、早晩のようにいずれ再生するだろうが、それまでは一時的にグレイグとルーシアの危険性が下がった。


 〈笑止!〉


 獣は顎を上げ苦悶したように見えたが、パッシュにはまた獣の嘲弄が伝わってきた。

 ボロアーの強力な魔法も、真に獣を弱体化させるに至っていないのだ。

 そこへボロアーの声が飛ぶ。


「パッシュ! 宝具を放て! ミッダの御力で鎮静を!」


 ハッとしたパッシュは、手にしていた鎮静の鎖輪を宙へ差し上げた。

 投網やシーツを広げたように、鎖輪はパッシュの頭上でジャラリと広がっただけ。

 しかしそれだけでよかった。


「パラ・ダミア! コクォーロ! デ・イ スクゥーウ!」


 パッシュが力ある声で祈りの言葉を発すると、鎖輪は黄金色に輝き、ラーテル目指して空を飛び、その巨体に絡みついて締め上げた。

 その様を目にしてもパッシュは祈りの言葉を繰り返す。

 導きの声はこう言ったのだ。

『祈りの言葉に力を込めよ』と。

 七種七頭の厄災が伝説のとおりならば、パッシュがミッダの伝説のように信仰と祈りの強さを示せば、獣らを封じることが叶おう。


 しかしボロアーからは別の指示が飛んできた。


「グレイグとルーシアの武器に、加護を!」


 パッシュは混乱しかけた。

 ライルやミリアのように、まだ魔法を行使したことがないパッシュには、どうすればボロアーの指示通りにできるのか。その方法を知らない。

 だが考える時間はない。パッシュは言われたままに祈り、両の手を突き出して唱える。


「パラ・ダミア コクォーロ デ・イ スクゥーウ!」


 果たしてパッシュの祈りの通り、獣を巻き締める鎮静の鎖輪と同じ黄金色の輝きが、グレイグとルーシアの手にする剣に顕れた。

 すかさずボロアーから次の指示がなされる。


「ラーテルの牙と爪を無力化するのだ!」


 老魔術師のよく通る声に、グレイグとルーシアは即応する。

 パッシュには知らされぬところで打ち合わせていたのだろう。それほどに迷いのない指示と行動の早さだ。

 パッシュが一心に祈りの言葉を唱え続けるなか、グレイグとルーシアは、闇雲に暴れるラーテルの後ろ脚を黄金色の剣で切り落とす。


「仕上げだ!」


 ルーシアより先に一仕事終えたグレイグが叫び、悶えるラーテルの腹の上を走って、下顎から上顎まで剣を貫通させた。

 獣から聞き苦しい音が発せられる。

 甲高い異音は耳に痛く、頭の芯を突き刺し心を殴りつけるようで、思考や行動が吹き飛ばされそうになる。

 パッシュにいたっては、明瞭な呪詛と怨嗟が言葉として届いていた。

 思いつく限りの罵倒や殺傷の願望や恨み言の塊が、数十の石塊(いしくれ)となって耳と心に押し寄せてくる。


 それらを受け流し、パッシュはミッダの伝説のとおりに祈りを言葉にのせる。

『ア・ミッダよ。強き心で、すべてを救い給え』と。


「パラ・ダミア! コクォーロ! デ・イ スクゥーウ!」


 ――オオオ、オォォ……ォォ……。


 鎮静の鎖輪がひときわ強く輝き、ラーテルはその奇声をかすれさせながら、黒い(もや)となって霧散した。


 ※


 翌日の昼。

 アミデア村の広場で祝勝会が催されたが、まだ意識の戻らぬ怪我人たちを(おもんばか)り、雇傭兵と一緒に戦ってくれた男手たちの慰労会というささやかな食事会で終わった。


 パッシュはいつものようにアミデア神殿で朝の祈祷と清掃を終え、自宅へと戻り、ライル司教の厳命を受けた。


「領主様には、村長が話をつけてくれている。

 雇傭兵のお三方も、最後まで付き合ってくれることを約束してくれた。

 伝承のとおり、ラーテルは新しい宝具を遺し、霧散した。

 しかし村人らは未だ回復してはいない。

 となれば、残る六頭の巨獣を鎮めねばなるまい。 ミリアが伝達に回った経路と、教会の場所と司祭の名をまとめておいた。

 ラーテルから悪心を(はら)ったパッシュならば、できると信じておるぞ」


「必ずや、ミッダ様の加護をもって、やり遂げてみせます」


 厳粛なライル司教と神官パッシュの恭しいやりとり。

 ライルは、離れたところに待たせていた雇傭兵三人に向き直り、しっかりと頭を下げ、彼らに請うた。


「未熟な孫を、どうか助けてやってくだされ」

「もちろんだとも」


 ライルの嘆願を躊躇いなく受けたボロアーは、「そろそろ行くとしよう」と告げ、玄関から出ていった。

 グレイグは「よろしくちゃーん」と軽薄に応じ、ルーシアは小さく会釈して男どもに続く。

 パッシュも、ライルから書面や路銀を預かり、背負い袋を背負って外にでた。


 乾季の乾いた空は、風に乗った砂のせいでやや黄色く煙って見え、パッシュの命運を占うことは難しかった。


 アワーリティア――『強欲』のラーテルを霧散させることは適ったが、まだ意識を取り戻さぬ怪我人がいる限り、完全な消滅や封殺が成し遂げられたとは思えない。

 ラーテルの厄災に片が付いたなどと、思い込んだり決めつけてはならないだろうと、パッシュは気を引き締める。

 伝承には、七種七頭の巨獣がそれぞれ厄災を引き起こしたとある。

 アワーリティアを司る獣は、その欲の強さゆえに短慮で、ミッダも容易く封じたとされている。


 パッシュは、自身がミッダに匹敵する大義を成したとは、到底思えないでいた。

 それでも初めての旅で、初めての土地へ向かい、まだ親しくなっていない雇傭兵や現地のミッダ信奉者と協力して、巨獣の厄災に立ち向かわなければならない。


 パッシュの苦難の旅は、まだ始まったばかりなのだ。

お読みいただき、ありがとうございます!


三人称練習用の短編のため、一旦ここで完結となります。

同一タイトル・同エピソードで一人称練習短編も公開しておりますので、そちらも読んでいたらだけると嬉しいです!


「練習用」と題しているとおり、私の筆力アップやアイデアの洗練、展開や描写の修行が目的の一つでもありますので、感想や指摘・改善点やアドバイス、面白かったところや応援など、コメントしていただけるとなお嬉しいです!

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