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鎮静のリング (三人称ver)  作者: 天野鉄心
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ソウルイーター

 巨大イタチは素早かった。


 ボロアーに穿たれた喉元の大穴などないかのように、一飛びでパッシュの眼前に迫り、憎悪と敵意のこもった眼で訴えてくる。


〈そのガラクタ、喰ってやる!〉


 突然、心に轟いた声は大変に禍々しく、パッシュを(すく)ませるには充分だった。

 恐らく巨大イタチの発した恫喝なのだろう。

 パッシュは恐慌に陥り、巨大イタチの大きく開かれたあぎとに腰を抜かしてしまった。

 ボロアーが穿った穴は既に再生され始めている。


 グレイグやルーシアが逃げろと叫ぶが、パッシュの身体はすでに巨大イタチに咥えられてしまって、逃げることも抵抗することも間に合わない。

 パッシュにできることはこれだけ……。


「パラ・ダミア コクォーロ デ・イ スクゥーウ」


 ミッダ神教の信徒ならば挨拶よりも多く唱えている一節。


『ア・ミッダよ、強き心で、すべてを救い給え』


 なんのことはない。ありふれた、どんな信仰にもある根源的な祈りの一節。

 しかし、恐怖の最中・痛みによる混乱・動かない身体・停止した思考・死という想像が駆け巡るパッシュには、この一節を無意識に繰り返し唱えるしかなかった。

 五遍……十遍(じっぺん)……と、必死に早口で繰り返した。

 と、パッシュの胸元に光が生まれ、雄々しくて明瞭な言葉が起こった。


《汝、声に意志を込めよ。力とは心から湧くのだ》


 ハッとしたパッシュはその通りに行動する。


「パラ・ダミア! コクォーロ! デ・イ スクゥーウッ!」


 瞬間、虎皮の首巻きとシャツの下に隠れているにも関わらず、『鎮静の鎖輪』が真昼の日光のように一層眩く発光した。

 同時に、パッシュを拘束していた巨大イタチの牙は消え失せ、パッシュの体を羽が舞うようなゆったりした浮遊感が包んで、ふんわりと地面まで下ろしていった。


 キエェェェ――ッ……


 暗闇に落ちていく意識の中、パッシュの耳に小動物の呪詛と悲鳴が聞こえたが、気を失ってしまった。


 ※


 パッシュが目覚めると、まず朝の明るさが飛び込んできて、やや厚めの雲に覆われた空を見上げていると知る。


「起きたのね」


 穏やかな女性の声がしたので、パッシュは思わず「母さん?」と確かめてしまったが、にべもなく「ハズレ」と返されてしまった。


 では、誰だろう?


 声の主を探してみると、布切れや薬箱を抱えたルーシアが立っていた。

 どうやら別の用事で通りがかり、パッシュが目覚めたことに気付いただけ、といった様子だ。

 それにどこか複雑な表情。

 それでもルーシアは、「呼んできてあげる。寝てなさい」と告げ、歩いて行った。


 治癒の魔法や手当てがされていたからか、パッシュの身体に痛みはなく、横たえていた体を起こし、辺りをしっかりと見回す。

 パッシュが寝かされていたのは、巨大イタチが圧し潰した家屋の近くの広場。両手の指の数より多い負傷者が、ライルや医者や村の婦人らから手当てを受けている。

 職人や農家や牧人ら男手は、破壊された家屋や村を囲う柵などの対応をしているようだ。


 しばらくしてパッシュのもとにミリアがやってきて、体調を気遣うとともに、状況を教えてくれた。

 巨大イタチによる被害は、家屋の倒壊が三軒。村を囲う柵や、村の水源の一つである川の水汲み場や洗濯場の損壊。一部の牧場と田畑が荒らされ、家畜や作物に被害がでたそう。

 何よりパッシュが辛かったのは、人的被害がでたことだ。


「……お二人、亡くなられたわ。怪我はあなたを含めて十人。でも、あなた以外まだ意識を取り戻せていないの……」


 ライルやミリアは、軽度の傷を治癒する魔法を行使できる。パッシュもそのお陰で復調し、目覚めることができた。

 しかし十人もの人たちが、魔法による治癒でも意識が戻らないというのは、かなり深刻な事態だ。


 一通り負傷者の手当てが終わると、ライルが雇傭兵の三人とパッシュとミリアを村長宅に集めた。

 ミッダ神教と雇傭兵の意見をまとめ、村長から領主へ報告してもらうためだ。


 ボロアーが口火を切る。


彼奴(きゃつ)は、ラーテルだな?」


 ライルが応じた。


「間違いない。

 伝承では、最初に姿を現した巨獣は、アワーリティア――すなわち『強欲』を象徴した獣で、キツネであったとされている。

 しかし、姿形、所業や振る舞いを見るに、イタチ科――それも無鉄砲で獰猛なラーテルに違いなかろう。

 もっとも、『強欲』というよりも『底なしの欲張り』といった印象であったが」


 ライルの応答に、ボロアーは首肯で追認し、グレイグは「デカイとか、強いとか聞いてたが、ありゃ反則だわ」と肩をすくめた。

 ルーシアとミリアは沈黙し、村長は話の展開が見えずおろおろしている。

 パッシュは少しだけ違って、小さな疑問が引っかかっており、口を開いた。


「どうして僕だけ意識が戻ったんだろう? 他のみんなは、まだ目覚めないのに……」

「ミッダ様のご加護、だな」


 即座にライルから慰めの言葉があった。が、ボロアーの見解は違うようだ。

 パッシュの方を指して、言う。


「少年の身に着けた宝具のお陰であろうよ。

 恐らくそれは『鎮静の鎖環(リング)』だろう?

 かの宝具には、悪心を滅却し巨獣を粉砕した、とある。

 事実、ラーテルが少年を咥え込んだとき、強烈な光が起こって、首から上を粉砕・霧散させよった。

 また少年は記憶も情緒も保ったまま目覚めた。

 儂はこれを糸口と見るが、どうかね?」


 ボロアーが指摘と予測をしたあと、矛先はパッシュからライルに向けられた。ライルの判断次第で、領主への報告や要請の内容が決まるからだろう。

 またライルが応じる。


「七種七頭の巨獣は、どれも見境なく『喰う』ことに固執しておったと伝承に聞く。

 その対象は、動物の肉だけでなく、植物や、岩石や水や炎であったと。

 無論。人肉も、だ。

 ラーテルに傷付けられた村人らが、魔法を使っても意識を取り戻さないということは、物質的な肉ではなく、人間としての欲求――。

 すなわち、生きること・感じること・考えること・人としての記憶や情動を喰われた、と考えられる。

 つまり、巨獣らが『ソウルイーター』と呼ばれる由縁だ。

 パッシュが記憶も感情も、思考や意欲を損なわずに覚醒したことは、間違いなく宝具の加護であろう。

 であれば、ボロアー殿の考えが、もっとも現実的で高い効力を持つと認めざるを得ない」


 ライルは、明確にボロアーの意向を認めつつも、どこか歯切れが悪く、迷いのある言い方をした。

 ボロアーは早く結論をだしたいのか、再びパッシュに向き直って告げた。


「少年――いや、パッシュくん。君がその宝具を使って獣と相対する、という方策なのだ。やれるかね?」


 ボロアーの試すような視線。

 ライルの孫を案ずる表情。

 ミリアの毅然とした佇まい。

 反してグレイグとルーシアは、パッシュが答えるまで視線を合わせるつもりはないようで、壁にもたれたり腕組みしたりと、パッシュの判断に関わらないようにして見える。


 だからパッシュは『自分が決めなければならない』と強い覚悟を持つことができた。

 ライルから鎮静の鎖環を託された時から、この決断をすることは定められていたのだろう。


 一度、深く深呼吸し、パッシュは応じる。


「僕が、やります!」


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